夢破れて

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作者:円山翔
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読了時間目安:4分
「わたし、10さいになったら、ぽけもんとれーなーになるんだ」

というのが口癖だった。駄々をこねて買ってもらったゲームボーイに憧れ、まだ箱のようだったテレビに中を所せましと駆け回る少年に憧れて、いつかは私も彼らのようになるんだと心のどこかで思っていた。

「なれるわけないのにね」

 それはあくまで空想の世界。誰かが作った箱庭に過ぎないと、その頃の私は考えていなかったし、そういわれても信じようとはしなかっただろう。現実を知ってしまった今となっては、その夢はただの夢でしかない。

「なんで夢を見るんだろうね」

 夢を見て、憧れて、現実という壁にぶつかって。そこで立ち直れる人は、強い人だと思う。
 諦めが肝心だと母は言った。諦めるなとは決して言わなかった。
 今となっては、どうせ努力したって仕方がないと、何をするにも考えるようになってしまった。なぜあの時背中を押してくれなかったのか。それが絶対に叶わないことだと知っていたからなのだろう。あの頃では決して理解できなかったであろう感情が、いまなら分かる。
 わかるからこそ、それをなんにでも当てはめてしまった自分がもどかしい。
 決してできないと思ったことには、挑戦しようとしない自分がいた。
 「どうせできないから」といって諦める自分がいた。
 ポケモントレーナーになるという夢は現実には叶わなくとも、ゲームの中ではそれができるというのに。
 現実にできなければ価値がないと、いつからそう思うようになったのだろう。

「わたし、10さいになったら、ぽけもんとれーなーになるんだ」

 私の娘がそう言ったのを聞いて、

「なれるといいね」

と返した。その時私はどんな表情をしていただろうか。娘は「どうしたの?」と顔を覗き込んできた。

「泣いてるの?」

 必死に歯を食いしばっても抑えきれない感情が目から溢れた。
 ああ、なぜ今になって思い出すのだろう。あの頃の私を、無知だった私を、思い出したくもないあの日の記憶を。

「お母さんもね、同じことを言っていたの」
「ぽけもんとれーなー?」
「そう。お母さんのお母さんは『なれるわけない』って言ってた。その通りだったの」
「じゃあ、わたしもなれないの?」

 娘の素朴な疑問に「そうだね」という言葉が一瞬頭をよぎったが、喉元で食い止めた。ここで真っ向から否定してしまったら、私は私の母と同じになってしまう。そして、娘は私と同じになってしまうかもしれない。
 ゆっくりと言葉を選んで、そして話した。

「そうかもしれない。アニメやゲームの主人公のようにはなれないかもしれない。でも、あなたがそうなりたいと思うなら、どうやったらなれるか考えてみようか」

 それが精いっぱいだった。自分の母がそう言ってくれたらよかったのに。そう思える言葉を必死に選んだ結果だった。
 間髪入れずに娘は答えた。

「じゃあ、ぽけもんをみつける!」

 ああ。否定されようが蔑まれようが、自分もこれくらいまっすぐに生きていられたら、どんなに良かっただろうか。
 娘の頭を優しくなでて、私は言った。

「素敵な目標ができたね。じゃあ、明日から頑張ってみたら。今日はもう遅いから、おやすみ」
「うん! ママ、おやすみ!」

 娘をベッドまで見送ってから、手元のSwitchの電源を付けた。
 見慣れた伝説のポケモンのパッケージを選択し、Aボタンを押した。
 タイトルをAボタンの連打ですっ飛ばして、レポートを読み込めば、そこはもうポケモンの世界だ。

 これから娘はどこでだれに出会うのだろう。
 それは人間か、ポケモンか、他の何かは知らないが、娘はその誰かと仲良くなれるだろうか。
 画面の中の分身を動かしながら思う。

 思っていた形とは違うけれど、母であり社会人であると同時に、今の私はポケモントレーナーだった。

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