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作者:逆行
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読了時間目安:27分
「ようやく見つけた」
 イノベはスタンプラリーの最後の地点を発見した。足の裏がじんじんと痛む。今日はだいぶ長い距離を歩いた気がする。
「気軽な気持ちで参加したらこれだよ」
 近くの広場のベンチに座り、タオルで汗を拭いながら、一緒に歩いてきたシャワーズに笑いかけた。
 シャワーズは「なぜそんなにぐったりしているの?」とでも言いたげに首を傾げた。その後、広場にいる他のポケモンとじゃれ合って遊び始めた。ポケモンの体力、足腰の強さはつくづぐ凄いなとイノベは思った。普段運動なんて全然していないこのシャワーズは、炎天下の中を歩き回っても疲れた様子を一切見せない。水タイプだから多少暑さに強いのだとしても。
 押してもらったスタンプを見ながら、イノベはぼんやりと考え事をしていた。スタンプラリーって、いったい誰が最初に考えたのだろう。
 スタンプラリーは凄い発明だ。考えた人は、とんでもないゲームを作ってしまったとさぞ興奮しただろう。そして、スタンプラリーが徐々に流行っていくのを見て、人知れずガッツポーズを取ったに違いない。
「いたいた」
 イノベの友達のミライが遠くから手を振っていた。気がついたイノベは、手を振り替えした。ミライとは十分前にはぐれてしまったが、さっきSNSで現在地を教えたため、ミライの方からこっちに来てくれた。スマホでいつでも連絡が取れる時代において、はぐれることは、全く慌てることじゃない。スマホもスタンプラリーと同じく、人類の歴史に残る偉大な発明の一つだ。
 イノベとミライは景品をもらった後、歩いて帰った。ターフタウンのこの辺りには、イノベはほとんど来たことがなかった。この辺りは人口密度とポケモン密度がやたら高い。トレーナーに飼われているポケモンも野生のポケモンも、多く見られた。小鳥ポケモンのココガラ達が木の実をついばみ、クスネがゴミ箱を漁りフィッシュアンドチップスらしきものを取り出している。ガラルジグザグマと小さい子どもが、ダルマッカがころんだ、を一緒にやっていた。
 後最近は、ポケジョブと言うポケモンに働かせるシステムができた影響で、町中でポケモンが働く姿を良く見かけた。その中で思わず目を丸くしたのが、バチュルという小さいポケモンが自分の何倍もある荷物を運ぼうとしている様子だった。無謀だ、と思った。だが、バチュルは全く辛そうな表情を見せず、むしろ軽快さを感じさせる程テキパキと、キャスターのついた板の上に載せてもらったダンボールを、口で紐を加えて運んでいた。
「やっぱりポケモンの力って凄い」
「人間の何倍もの力を持っているよね」
 ポケモンはパワーだけでなく耐久力も高い。イノベはふと、昔間違えて野生のキャタピーを踏んづけたことを思い出した。慌てて足をどけたが、キャタピーはグロテスクな様を一切見せないどころか、痛そうな素振りを全然見せない。糸を吐くなどして襲いかかってくることもなく、歩き続けていた。キャタピーにとって踏まれることは、怒りを見せるに値しない些細なことのようだ。


 次の日も、相変わらず太陽が元気な日が続いた。埃が酷かったため、イノベは母親に「シャワーズに水をまいてもらって」と言われた。母親に指示されたイノベがシャワーズに指示を出す。二度手間なようだが、シャワーズのトレーナーはイノベなので仕方がない。
「いけっ! シャワーズ! みずてっぽう!」
 私は近くのコンクリートを指差して、シャワーズにそう指示を出した。こんなカッコつけた指示出しをする意味は、特にない。ただ、退屈な作業をできるだけ楽しもうと思ったからだった。言ってからイノベは少し恥ずかしくなって、こっちに向いてきたシャワーズから目を逸らした。
 シャワーズは口から水を噴射し、周囲のコンクリートを濡らした。結構な勢いで水を出しているが、これでもかなり手加減をしている。シャワーズが本気を出せば、水が大量放出されてしまう。そんなにたくさんの水は必要ない。また、勢いが強すぎて、コンクリートから水が跳ね返ってしまうし、下手したらコンクリートが抉れてしまう可能性もある。
 シャワーズが水を出している間、一匹のブースターとそのトレーナーと思わしき男性が通りかかろうとしてていた。シャワーズはいったん口を閉じ、イノベは「すいませんどうぞ」と言ってその人を通過させた。
 そのとき、ブースターがやたらこちらを警戒しているのに気がついた。シャワーズとブースターは同じイーブイの進化系だが、シャワーズは水を出せるのに対し、ブースターは水が苦手なことを思い出した。
 シャワーズは今そっと水を出していただけなのだから、そんなに怯える必要はないのだが。ポケモンは踏まれても平気だし、とにかく頑丈であるけれども、ポケモンによっては苦手なものもある。シャワーズも、遠くで鳴っているだけの雷をやたら怖がっていた記憶がある。
 警戒心が強すぎるブースター。それに対し、思わずシャワーズも警戒を強めてしまった。シャワーズとブースターは、お互いに目を合わせている。そして、シャワーズの後ろにはイノベがいて、ブースターの後ろには一人の男性がいる。
「あ!」
 それは、突然のことだった。
 イノベの脳内に、電流が走った。
 急に叫んだ不審な少女を気にしつつ、男性は「おい行くぞ」とブースターに言って、去っていた。
 その後イノベが我に返ったのは、水をまき終えたシャワーズが声をかけたときだった
 自分の部屋に戻ったイノベは、さっそくスマホを手にとった。


「どうしたの。急に呼び出して」
 このご時世SNSでもメールでもなく電話で呼び出されたミライは、何か事件でもあったのかと、心配した表情を見せていた。
「そういうことじゃない。ちょっと聞いてほしいことがあって」
 イノベは、ブースターとシャワーズが向かい合っている状況を見て、あることを思いついた。それを、どうしてもミライに報告したかった。
「『頭おかしいんじゃない?』って思ったら、素直にそう言って欲しいのだけれど」
 そのように予防線を張った後、イノベはこのように言った。
「ポケモンって、戦わせたりしたら面白いのかなって思って」
 イノベの声はだいぶ震えていた。
「戦わせる? ポケモンを? 初めて聞いたよそんなの」
 イノベは、ポケモン同士を戦わせる、ということを思いついた。これまで、ポケモン同士を戦わせる、というのは誰もやったことがなかった。だから今までイノベも、そんなことが脳裏を掠めたことは一切なかった。本日思いついた、できたてホヤホヤのアイデアだった。
「どうかな?」
「面白そう。だけど戦わせるって、そんなことできるの?」
 イノベはすぐには答えられなかった。なんせ、ポケモンを戦わせている人なんて、今までに見たことがないのだ。
 どうなるのか、全く想像がつかない。どういうルールにするのか。どういう感じで開始するのか。どういう感じで終了するのか。
 何一つ、固まっていなかった。
 それでもイノベは、懸命に考えをめぐらした。カラカラな砂漠で、なんとか水を出そうと雑巾を絞っている。そんな感覚だった。
「えっと、まずポケモンって『技』が使えるじゃん」
 ポケモンは、人間には到底不可能なことができる。水を出したり、炎を出したり、それらは『技』と呼ばれている。
「この『技』を使って、ポケモン達が攻撃し合う、そんな感じ」
 考えがうまくまとまらないが、それでもイノベは必至に言葉を紡いだ。
「『技』を出し合って戦う。ちょっとイメージが湧いてきたかも」
 ポケモンには、もっと凄い『技』が使える者もいる。竜巻を発生させたり、雷を落としたり、自爆したり。多種多様な迫力ある『技』があった。
 『技』は日常的に使われることはあまりない。イノベのシャワーズも、暑い日に水をまくくらいだった。
 「持て余しているなあ」とイノベは常日頃思っていた。そんな凄いことができるのに、使いみちがなさすぎる。
「ポケモンを戦わせるかあ。考えたこともなかったな。でも、言われてみると、ポケモンって戦うのに向いているのかもね」
「そうだよね! ポケモンを戦わせたら、絶対に面白いと思う! なんで今まで、誰も思いつかなかったんだろう」
 自分はとんでもない発明をしてしまったのかも。イノベは途端に浮足立った。
 これは世紀の大発見。ガラルの歴史が変わってしまう。
 テンションが上がると、頭の回転が早くなるものだ。イノベはどんどんアイデアを出していった。
「ポケモンって、得意なもの、苦手なものってあるじゃん。ブースターはシャワーズのみずてっぽうに弱い、みたいな。『相性』の良し悪しって言うのかな」
「そう言えばあるよね」
「『相性』があるおかげで、戦わせるのが更に面白くなりそうじゃない? このポケモンにはこの『技』をぶつけようみたいな、駆け引きができる」
「単に『技』を出し合うんじゃなくて、どの『技』を出すか考えながら戦うってこと? いいね、頭使うゲームになりそう」
 アイデアを褒められ、イノベは更にハイテンションになった。発想力、着眼点、自分の能力の高さを誇った。天才だ。そんなふうに自惚れていた。
 これから自分は、どうなってしまうのだろう。もし、この案を世間に公表したら! 世界中から称賛され、賞状を100枚くらい貰うんじゃないか。自分はみんなに胴上げされて、一番高いところで写真を撮られて、自分の満面の笑みが新聞の一面をドドンと飾るんだ。


 イノベは、更にこんなことまで思いついた。
「ポケモンって確か、『特性』っていうものを持っているはず」
 『特性』とは、ポケモンごとに持っている特殊能力と言うべきものだ。以前、シャワーズが病気で弱ったとき、たまたま水がかかったら元気になったことがあった。それは、シャワーズのちょすいという『特性』によるものだ。他にも、ポケモンごとにそれぞれ別の『特性』がある。
 だが、『特性』は『技』以上に、日常生活において使われることはない。むしろ、邪魔な場合が多い。他のポケモンの場合、『特性』のせいで手をつないだだけで麻痺してしまう場合もあるらしい。『特性』は完全に邪魔者扱いされていた。
「『特性』も、戦いで活かせる気がする。たとえば、相手が攻撃してきても、ちょすいの『特性』によって回復する、せいでんきによって麻痺させる、とか」
「攻撃したと思ったら、ハイ残念でした、って感じ? 相手がどんな『特性』を持っているか、探りながら戦うことになるのか」
「そう。『特性』のおかげで、駆け引きの要素が一つ増える」
「それは面白そう」
 なんだか、上手くできすぎているな、とイノベは思った。『技』『相性』『特性』。ポケモンは、戦わせると面白くなる要素がたくさんある。
「ポケモンって、戦うために生まれたきたのかな」
 そうとしか思えなかった。
「なんで今まで、『誰もポケモンを戦わせてみようか』と考えなかったんだろう」
 イノベは、それが疑問だった。ポケモンを戦わせるなんて、社会の教科書にも資料集にも載っていない。歴史上、誰もやったことがないはずだ。
「それは……ポケモンを戦わせるっていうのが、問題あるからじゃない? 道徳的にまずいというか」
 ミライは、小声でとても言いにくそうに答えた。しかしそれには、イノベがすぐに返した。
「でもポケモンって、これだけ戦いに適してそうな感あるんだよ。きっと、ポケモンは戦うのが好きなんだよ。だから戦わせても大丈夫なんじゃない?」
「あっそっか。じゃあ問題ないよね。でも、ポケモンって戦った後、当然傷つくよね」
「そりゃあ戦えば、多少傷ついたり怪我したりはすると思う」
「傷ついたポケモンの回復って、どうする?」
 自然回復、という言葉を言いかけてやめた。さすがに戦わせておいて、それはまずいだろうと分かった。戦わせた以上、責任を持ってケアしないとだめだろう。
「傷ついたポケモンの回復かあ。うーん」
 そのときイノベの目に、あるものが移った。それはターフタウンにある、大きくて目立つとある建物だった。
「『ポケモンセンター』を使えば良いんだ」
 イノベは指を指しながらそう言った。
 『ポケモンセンター』。それは、怪我したポケモンを回復できる施設のことだ。『ポケモンセンター』には謎の超高性能機械があって、一分も経たない内にポケモンが元気になる。
 冷静に考えなくても凄い施設なのだが、例によって使う機会はあまりなかった。これだけ近くにあるのに、健康診断のときに使ったぐらい。ポケモンは体が丈夫がゆえに、日常生活において大事に至るような怪我を負うことは少ないからだ。
 にも関わらず『ポケモンセンター』は、一つの町にだいたい一つ置かれている。『ポケモンセンター』はいつも人が少なくて静まり返っている。せっかく凄い機械が置かれているのに。
 宝の持ち腐れ、とはまさにこのことだ。
「『ポケモンセンター』かあ。確かに使えるかも。今まで存在感なかったけど、戦わせるのが流行ったら、急に賑やかになりそうだよね」
「戦わせた後に、すぐ『ポケモンセンター』に寄るようにすれば良いよね」
「『ポケモンセンター』が近くにない場合はどうする?」
「その場合は『キズぐすり』とかを使う」
「『キズぐすり』? 『ポケモンセンター』の中にあるお店で売ってるもの?」
 『キズぐすり』とは、ポケモンの怪我を治せる道具のことだ。
「『キズぐすり』や『げんきのかけら』を何個か買って持ち歩けば良いんだよ。そうすれば、『ポケモンセンター』が近くにないときでも安心でしょ」
『ポケモンセンター』と同様に『キズぐすり』も、全然使う機会がなかった。ポケモンを戦わせることが普及すれば、こういったものが活躍する。
 ポケモンセンターに関しては、運営するのに毎年税金がかかっていると、イノベは学校で習っていた。税金の無駄遣いを防ぐためにも、有効活用した方が良いだろう。
 

「ここまで聞いて思ったよ。ポケモンを戦わせるのって、めちゃくちゃ面白そうだ。きっとガラル中で流行ると思う」
「だよね! 私凄いこと思いついちゃったかもしれない!」
「ガラル中でポケモンを戦わせるのが、もし流行ったとするじゃん」
「うん」
「そうしたら、誰がポケモンを戦わせるのが上手いのか、一番を決めたくなると思うんだよね」
 世の中の多くのスポーツは、世界で、あるいはその地域で最も強い人を決める、何らかの大会がある。野球でもサッカーでもテニスでもバスケでもそうだ。そのため、ポケモンを戦わせるのが今後広まり、人気スポーツとして認められるようになれば、誰が一番か決めたくなるのは自然な流れだ。人は、一番を決めたがるのだ。
「どういう方法で、一番を決めたら良いだろう?」
 イノベとミライは一番を決める方法を考えた。まだ「ポケモンを戦わせる案」を世間に発表すらしてないのに、それについて考えるのは気が早すぎると言うべきものだが、イノベもミライもボルテージが高まっていたため、次から次へと話を先へ進めたくなってしまう。
「ガラルの人全員がトーナメント方式で戦うのはだめだよね」
 ガラルの人の一割が参戦すると考えても、一番を決めるのには際限なく時間がかかる。
「参加者全員でトーナメント方式で戦っても、時間がかかりすぎる。別に時間がかかっても良いのだけど、途中で中だるみしそうだ。単調すぎるっていうか。もうちょっと、参加者と観客が両方楽しめるような、そんな仕組みがあった方が良い気がする」
「楽しめるような仕組みかあ。なんか、トーナメントに出られる人を、上手いこと選抜する仕組みを作れたら良いのだけれど」
 イノベとミライの「取らぬ狸の皮算用」は、まだまだ続きそうだった。
 どうやって選抜するか。この難題に対して、中々二人とも答えを出せなかった。ガラルの人全員でトーナメントはできない。だから、トーナメントに出られる人を、ある程度選抜することが必要だ。欲を言えば、一風変わった面白い選抜の仕組みを作りたい。
 そのように考えていたら、イノベは昨日の記憶が蘇ってきた。
「スタンプラリーだ!」
「スタンプラリー?」
 イノベはまたしても、画期的なアイデアを思いついた。
「カラルの一つひとつの町に、強い人を設置する。その人達と戦って、勝ったらスタンプをもらう」
 そして、スタンプを全て集めた人だけが、トーナメントに参加する資格を得る。このような発想だった。
「ガラルの町に一つずつ向かうの?」
「そう。ガラル中を『旅』して、スタンプを集めていく」
「なるほど『旅』! 面白そう!」
「これなら単調じゃないし、参加者も観ている側も楽しめるんじゃない?」
「最高じゃない! ポケモンを戦わせながら、『旅』も楽しめるってことだよね!」
 スタンプラリーとポケモンを戦わせる、の組み合わせ。こんな面白いものを生み出してしまい、イノベは思わず震えた。やばいやばすぎる。いったい自分は今日、ガラルの歴史を何度塗り替えれば気が済むのだろう。
「よく思いついたね。スタンプラリーを掛け合わせるなんて。そんな発想どこから出てきたの」
「昨日たまたまスタンプラリーに参加してたおかげで思いついた」
「凄いね、イノベ凄いよ……!」
「まあ、強い人を設置しないといけないから、一番最初は強い人を決めるために全員でトーナメントやらないとだめだけどね」
「戦う場所とかはどうする?」
「ガラル地方って、それぞれの町にどデカイ建物があるから、そこで戦えば良い」
 ガラル地方の各町には、ドーム状の大きくてやたら目立つ建物か建設されていた。各町で建物の色や中の様子が異なっている。
「でもあの建物って観光スポットじゃん。あんなところで戦っていいの?」
「観光スポットっていっても、いつもガラガラだよ。後、あそこ行っても、あんまり面白くない。それなら、戦うのに使えば良い」
「面白くないかなあそこ」
「面白いないでしょ」
「世の中にはもっと面白くない場所なんていっぱいあるよ」
「……」
「でも言われてみればあの場所は、戦うのに向いてそう。まずあそこは広い。観客もたくさん入れられる。無駄に椅子も多いし。戦うのとスタンプをもらう場所はそこが良さそうだね」
「やっぱり場所はそこで良いよね。でも、一戦戦うだけじゃすぐ終わっちゃう。観客入れるとしたら、戦う以外のイベントがあったほうが良い気がする」
「確かに、戦いだけ観させて観客を帰らせるのはね。もうちょっと、なんか欲しいよね」
「そうだ! ターフタウンにウールーを追いかけるアトラクションあるじゃん」
 イノベは、ターフタウンの観光スポットに行った時を思い出していた。緑色で包まれたその場所では、ウールーを目的地まで運ぶアトラクションのようなものが行われていた。ウールーを牧羊犬のように追いかけて、柵の中まで制限時間内に入れる。このようなゲームができる。あの場所で唯一「楽しいなあ」と感じたのはそれぐらいだった。
「あのアトラクションを、チャレンジャーにやらせてみたらどう? クリアした人だけで、スタンプゲットに挑戦できるようにする」
「それいいかも! 観客はチャレンジャーがアトラクションをクリアできるか、ハラハラしながら観ていられるよね」
「後、もう1つ思いついた。あの場所って、ポケモンを『ダイマックス』させるイベントもあるよね」
 各観光スポットでは、ポケモンを巨大化させる、通称ダイマックスイベントが行われている。どういう原理は不明だが、観光スポットではポケモンを巨大化させられる。巨大化させるには、ダイマックスバンドというのが必要だ。抽選で選ばれた人は、ダイマックスバンドをもらい、自分のパートナーを『ダイマックス』させられる。そして、巨大化したポケモンと記念撮影するなどのイベントが行われているのだ。
「ダイマックスイベントも、戦いに行かせそうじゃない。『ダイマックス』させたポケモン同士を戦わせるとか」
「巨大化して戦うの! それ一番面白そう!」
「だよね! これが一番面白いと私も思った! ポケモンを一回だけ『ダイマックスさせて良いルールにすれば、より一層楽しくなるよね」
 だいぶ話が本筋から逸れてきた気もするが、イノベは今とても楽しかった。自分のちょっとした思いつきが、どんどん形になっていく。もっともっと、『ポケモンを戦わせる案』を突き詰めていきたいと思った。
 イノベとミライは、また明日も合う約束をした。『ポケモンを戦わせる案』について、二人ともまだまだ話したかった。


 イノベは帰宅してから真っ先に、今日思いついたアイデアをノートに書き起こした。イノベはスマホのフリック入力がまだ遅く手書きの方が早い。忘れない内、この革命的な発想の全てを、文字に起こさなくてはいけない。手の甲は当然のように真っ黒になった。母親に晩ごはんだと何度も呼び出されても、彼女は無視をして書き続けた。何か別の作業の間に挟んだら、記憶が薄れてしまうだろうと思った。
 かなり殴り書きだが、なんとか全てのアイデアをまとめられた。このノートが世界を変えるきっかけを作ると思うと、ノートを持つ手が自然と震えた。ノートはひとまず引き出しの奥に入れた。後でスマホで清書しようと思った。
 その夜、イノベは当然の如くイノベは眠ることができなかった。脳の覚醒がいつまでも終わりを迎えなかった。目を閉じても、世界中がどよめく瞬間が瞼の裏にありありと浮かび上がる。
 イノベはこの後、どうするか予定を立てた。
 今の時代小さい子供でも、全世界に簡単に発信する手段を持っている。インターネットに接続して、SNSに投稿すれば良い。予め投稿内容をまとめておけば、投稿には十秒もかからないだろう。
 自分が投稿したアイデアはどんどん拡散されていき、やがて『バズった』状態になるたろう。一度バズってしまえば、ガラるのお偉い方の目にも止まるはずだ。そして、そのお偉い方に自分は呼び出されるだろう。後は、大人たちが自分の手を勝手に引っ張ってくれる。時の流れに身を任せれば良い。


 翌日、今日もある約束をしていたはずのミライから連絡が来なかった。こちらから連絡を取ると、「今日はごめん」と返事がきた。サマーホリデーだし、家族と遊びにいく用事でもできたのだろうとイノベは思った。
「おかしいなあ、もう飽きちゃったのかな」
 次の日もミライは忙しくて、イノベと会えなかった。
 その次の日の頃になると、イノベは徐々に熱が冷めていった。ミライと合う約束をしていたが、今後はイノベ側からキャンセルした。理由は、ノートに書き殴った内容を改めて冷静に読み返すと、そんな大したことじゃないような気がしてきたからだ。スマホで清書するのも面倒くさいと感じ、ずるずると先延ばしにしてしまっていた。
「あれっ、こんなものだったっけ」
 イノベは思わずシャワーズに問いかけた。だが、シャワーズは当然彼女の言っている意味を理解できず、首を傾げるのみだった。
 そうこうしている内に、サマーホリデーが終わりを迎えようとしていた。
 後数日経てば、学校に行かなくてはいけない。イノベは、現実へとするする引き戻される感覚を覚えた。そして、学校が始まる前に宿題を片付けねばならぬことを思い出した。
 『ポケモンを戦わせる案』のアイデアをまとめたノートは、ひとまず引き出しへとしまわれた。
 ようやく宿題が完了した。学校が始まるに向けて引き出しの中を整理していると、奥の方から、ちょっと前に無我夢中で書きなぐったノートが出てきた。イノベはこのノートの存在が、頭の中から消えかけていた。
 ノートのパラパラとめくりながら、イノベは嘲笑混じりに呟いた。
「あのときの自分、どうかしてたのかな」
 変な方向に突っ走っていた自分を思い出し、思わず頬を赤らめた。
 今考えると、本当に愚かなことを長々と考え続けていたなあと思う。ポケモンを戦わせるなんて、そんなこと広まる訳がない。ポケモンを戦わせるのが流行るなら、とうの昔に流行っていないとおかしいだろう。流行っていないということは、つまらないということなのだ。
 そもそも、実現不可能なのではないかと。ポケモン側が戦うのを嫌がったらどうする? ポケモンを戦わせるなと苦情がきたら? 戦いで回復できないほどの傷を負ったら? ポケモンの攻撃がトレーナーに当たったら? 観客に当たったら? それで死んでしまったら? 激しい戦いで建物の一部が破損したら? 地面とか壁とかに穴が空いたら? 旅の安全性の確保は? 野生のポケモンに襲われたら?
 自分のアイデアは、全てにおいて無理がありすぎた。
 そもそも、自分のような平凡な人間に、世界をひっくり返すような、革命的なアイデアなんて、出せる訳ないのだ。
「そうだよね、自分なんかにできっこないよね」
 イノベはつい先日、SNSで炎上している人を見かけた。日常のちょっとしたできごとを書き込んだだけなのに、一部の人の怒りに触れ批判コメントが殺到していた。
「……危ないところだった」
 もし自分が、『ポケモンを戦わせる案』をSNSに書き込んでいたら、多くの人から叩かれていたかもしれない。それを考えると、青ざめる。
 炎上に対する恐怖、自分に対する呆れ、所詮自分の発想なんて世界を変える力はないという事実。それらがイノベにネガティブな感情を与えた。
 思わずイノベは、ベッドの上で頭を抱え、深い溜息をついた。
 落ち込んでいるイノベの頬を、パートナーのシャワーズは優しく舐めた。
「シャワーズ、慰めてくれるのありがとう……!」
イノベがシャワーズの頭を撫でると、シャワーズは気持ちよさそうな表情を浮かべると共に、イノベに体を擦り寄せた。
 こういうときのポケモンの包容力は絶大だ。シャワーズのおかげでイノベは、ちょっとだけ元気が出た。
 このことは、もう忘れようと思えた。
「イノベ、ご飯よ」
 一階でお母さんが呼んでいる。晩ごはんの準備ができたらしい。しかも、今日はイノベの大好物のようだった。
 イノベは持っていてノートを丸めて、ゴミ箱に捨てた。明日は燃えるゴミの日だ。
 すっかり元通りの明るい表情となったイノベは、軽やかな足取りでシャワーズと共に階段を下りていった。

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