海獣の父

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作者:ジェード
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 拝啓、もう既にホウエンでは、初夏に類する暑さだと思われます。私も久しく、故郷のサイユウシティの日差しの強さが懐かしく思われてなりません。
 恩師、Dr.フジとご親交の厚い貴方様に、こうして不躾ながらに手紙を書いた訳を、これからつらつらと述べていこうかと思います。感情に任せての乱文を、どうかご容赦ください。


 私はホオズキという研究者の端くれであります。タマムシ大学のニシノモリ教授の元で、ご鞭撻を受けました。その頃のニシノモリ教授は、ナナカマド教授に遅れを取る形でしたが、当時突如現れたポケモンという生命体への、生物学的観点からの研究を熱心に行っていました。私とかのオーキド氏は、同輩でありました。
 その頃、タマムシ大学では、ポケモンを従来の生物史に当て嵌めるかの論議が、活発であったのを覚えています。私が属していたのは、フジ博士らの否認派閥でした。オーキド氏はナナカマド教授らの賛成派閥で、ここで氏とは、関係が途絶えてしまいました。今にして思えば、ここが私の人生の分岐点でありました。
 それから、私はフジ博士の元にて、ポケモンがいかに強力な再生細胞の持ち主か。植物にすら近いほど、進化と成長を急激に遂げる生き物かを。数々学んでいきました。とりわけ、全てのポケモンの起源である、ミュウの発見に、彼が如何に取り憑かれていったかは──貴方様もご存知かと思います。検体番号:151 Mew_2の件に関しては、私も他人事ではありませんでしたから。未だに、あのポケモンを別種である“ミュウツー”と呼べないのは、そういった経緯からでもあります。
 命を弄る研究というのは、それほどまでに魅力的でありました。倫理と道徳に反する過ちの先に、我々の渇望する“創造”は潜んでいました。
 それは、研究者の性であり、それを知りながらも侵した、私の罪に違いありませぬ。


 私は四十を過ぎた頃に、フジ博士らに劣らぬ、生物実験を余儀なくさせられることになりました。
 きっかけはイッシュ地方、ヒウン大学への研究チームに参加した後です。そのチームでは当時盛んであった、既存種の隠れた特性の発見・研究をするチームにいました。当時、特性『かそく』のアチャモや『さめはだ』のフカマルの出現が、大層話題になっていたかと思います。私の担当はたまごグループ・ドラゴンのポケモンで、中でもタツベイやミニリュウを孵し育成した数は、プロトレーナーにも引けを取らぬものでしょう。
 しかし。その当時、一度は解散したはずの、国家解放テロ組織──プラズマ団が、再び結集していたのです。私や研究チームの仲間達は、家族を人質に取られ、多くが従軍することになりました。中には、最後まで拒否して拷問を受けた者もいました。 私にも妻子がおりました。子供らの為に、私が研究に従事すればいいと、やはり多くの仲間と同じ決断をしてしまったのです。
 彼らの目的は、端的に言えば“生物兵器の創造”でした。「Project:techno_buster」と呼ばれるもので、今でこそ“ゲノセクト”として、認知されているポケモンを生み出す計画でした。しかし、あれは最初期の狙い通りならば、意思も感情も持たぬただの殺戮兵器に他ならぬ生物だったでしょう。そうならなかったのは、不幸中の幸いであり、後述する若き恩師のお陰に他なりません。

 プラズマ団の隊員達に私が課せられたのは、ミニリュウを用いた生物実験でした。もう少し具体化しますと、ミニリュウの鱗を使って『techno_busterの装甲を創れないか』という注文でした。結論から言って、これは思わぬ形で成功してしまいます。
 ポケモンをポケモンと定義出来る根拠とは、何でしょうか。縮小する習性、“わざ”という名の特殊技能、タマゴ。さまざまありますが、大きなものとして『タイプを有する』ことであります。昨今の“タイプ:ヌル”とその進化系の個体に関して、従来通りのポケモンとしてカテゴライズするか否かの、学会議論が白熱したのを、知っているかと思います。あれはまさに、タイプを有するポケモンか否かの争点でありました。タイプ:ヌルは多種多様のポケモンの細胞の掛け合わせであり、その進化系シルヴァディは専用ディスクにて、タイプを自由自在に変えられる。未だ観測記録のない、神話神アルセウスと同じ特徴を持っていました。『へんしょく』のカクレオンと『へんげんじざい』のゲッコウガも、同様の論争の種になった歴史があります。
 話を戻しましょう。
 私が受け持っていたミニリュウの研究では、『フィルター』というバリヤード等が持つ防御特性や、どんな攻撃にも耐えるという、シェルダーの殻のような機能を、ミニリュウにも持たせられないかと進めていました。たった一体の成功種は、ミロカロスの『ふしぎなウロコ』を移植したミニリュウでした。ミニリュウとヒンバスでは、ウツギ氏によりますと、同じ水中1と称されるタマゴグループだったからでしょう。成長過程も似ており、要は遠い親戚なのです。
 遺伝子異常にて、脱皮の機能が使えなくなる個体。大脳新皮質のエラーにて凶暴性を増す個体。カイリューに進化すると、飛翔出来なくなる個体。成功の影には、惨憺たる屍が積み上がっていました。今でも私は、這うようにして動くミニリュウが、何度も脱皮をしようとして、重たい鱗が邪魔をしたまま衰弱していく姿を夢見ます。ゆめゆめこの惨劇を忘れるな、という呪いめいた途方もない罪悪感でありました。
 しかして、それ程の十字架を背負いながらも、わざわざ敵の課した研究に没頭していたのです。「一切弱点を持たぬカイリュー」という、素晴らしき研究成果に目が眩んでしまったのです。私がオーキド氏に倣うような、ポケモンへの博愛を深めた研究だったならば。フジ博士と共に、ポケモンタワーへ日々の贖罪していたならば。今でも忸怩たる思いで、赤と白のボールを見つめている日々です。
 そのふしぎなウロコを有するミニリュウは、カイリューに進化すると、一見普通でありました。穏やかな性格だけは、度重なる研究のストレスにて歪んでしまいましたが。それ以外は見慣れた海の化身でした。我々チームが驚いたのは、耐久研究の段階でした。何と、あのカイリューは致命的弱点であるはずのこおりタイプの攻撃を、いとも簡単にいなしていました。それどころか、「ロックブラスト」のような“いわタイプ”すら、全く痛手を負わないのです。あのカイリューは、「弱点を持たぬ」言うなれば、無色タイプのポケモンになっていたのです。

 この研究は、完成の喜びを一入と感じる間もなく、私は悪用の恐怖に怯えていました。このカイリューの研究を利用されれば、瞬く間に完全無欠の「techno_buster」が生まれてしまうに違いありません。それどころか、タイプを持たぬミルホッグやレパルダスを、黒いプラズマ団が従えていた可能性すらありました。
 そんな私に手を差し伸べたのは、若き恩師のアクロマ博士でした。彼は表向きプラズマ団、及びゲーチスに従うリーダーでしたが、その内実は我々と同じく純粋な探求者でありました。たった一人でキュレムの『いでんしのくさび』の研究を遂げてしまった、恐るべき才人でもあり、私は尊敬と畏怖の念を持って、彼とは接していました。
 アクロマ博士は、私の研究成果のカイリューを見て、大層感激した様子でした。その一方で、この装甲が鱗によるものだと看破し、私に更なる研究の余地を与えました。お察しの通り、これこそがカイリューの希少な特性『マルチスケイル』の最初の一匹でありました。アクロマ博士の助言によって、遺伝子的欠落を残したままにする事で、一撃程度の弱点を消す“特性”として落とし込んだのです。今いる『マルチスケイル』のカイリューは、全て私が生み出した個体から繁殖したものでしょう。
 そしてあの研究は、未だに実験なしに進めていました。私の知識を総動員した結果、とある仮定に辿り着きました。それは、あのカイリューは、果てしなく“海神ルギア”に近づいたのではないか。そのような誇大妄想でした。少ない報告によりますと、ルギアは「特殊な皮膚にて、あらゆる攻撃を跳ね返す」らしいのです。最も参考になったのは、ジラルダンという男による、ルギアの詳細な証言でした。テロリストの証言を宛てにしていいのか、と思いますが。しかし、やはりあのルギアとカイリューの状態は、私が思うに非常に酷似していました。
 ルギアとカイリューでは、実はとある共通点があります。それは、海にまつわる生まれであり、両者共に、荒潮に揉まれた故の強靭な鱗の持ち主なのです。あの研究が完成していたら、私は海神をも生み出していた……のかもしれません。それは泡沫の夢と化すのが、正解でありましょう。


 これが、私の告白したかった全容であります。あれから月日が経ち、私も家族も自由になりました。人質脅迫による実験とのことで、情状酌量の余地にて、少ない刑罰で赦されもしました。今はイッシュのフキヨセにて、家族と余生を過ごしています。
 しかし。研究者はいや、人間は。あればあるだけ求めてしまいます。際限がないのです。欲望とはそういうものです。欲深いからこそ、我々人間は進化を絶えずしてきたのですから。
 同封しました私の諦めの悪さを、どうか貴方の手にて処分して頂きたく思います。身勝手ながら、Dr.フジ並びにドラゴン使いのゲンジ氏に、親交の深い貴方様にお願いします。これほどの乱文及び、必読の強要を、ここに深く陳謝致します。
 末筆になりますが、テッカニンと共に初夏の風を感じる昨今、どうぞピーコちゃんと健やかにお過ごしください。


          タカフミ・ホオズキ





 十枚にも渡る手紙から、ようやっと顔を上げた老人は、オレンジの夕日に凪いでいく海を見つめていた。頭に乗ったキャモメ、ピーコちゃんは老人の深刻さを覗き見ている。不思議そうに、その無邪気さをくちばしにて振りかざしていた。
 手紙の封筒の奥には、虹色の光を纏う青色の鱗。それを手に持つ老人は、ひたすらに嘆くように。そして、子供を諌めるような皺を、額に湛えていた。
「人間の業もたかが知れている。この海原より広いなんてこと、ありゃせんだろう」
 そんな独り言は、燃えていく手紙の焦げ臭さに紛れていった。深い波間に鱗が呑まれていく際、青白い燐光を発していく。母の元へと還るかのように。余燼も罪の証も、その深き隔たりへと跡形もなく消えていく。
 海は泣いていた。波に紛れた、翼の音だった。揺蕩う鼻歌だった。
 泡沫の儚さにて、穏やかな海獣の声は子守唄のよう。そのハミングは変わらずに、海と老人らを抱擁していたのだ。

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