ラストパレード

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作者:夏十字
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読了時間目安:16分
さあ笑って
もう会えない愛しい人
今だけは手をつないで
「ほら、パレード」
なくなった続きをつむごう
明けない夜はないけど
 確かにあの夜、自分は死んだ。そのはず――ううん、絶対に。

 なのに今、自分はここに居る。どうして? ここはどこ? まっくらで何も見えない。そもそも何もないのかもしれない。だって自分は死んだんだから。
 だけど何もないってのは思い違いで。自分の意識は確かにここに在るし、自分の身体だってまっくらな中で何故かはっきりと見ることができる。生きた人間の手、人間の足……間違いなく人としてここに居る。
 そして、自分だけじゃなかった。傍らからじっと見上げる視線があった。自分よりもいくらか薄暗くぼんやりはしているけれど、ちゃんと分かる。白いスカート姿の人間の少女のような、しなやかであどけないいでたち。でもそれは少女じゃない。まずキルリアというポケモンだし、それに――。
「君、なの?」
 問いかける形にしてみたものの、確信はあった。理屈ではない。まるで初めから知っているみたいに“彼”だと分かった。そしたらキルリアも――彼もこちらのことが分かったようで、大きな赤い瞳がより大きく見開かれて揺らいだ。
 ぎゅうっと、抱き寄せずにはいられない。
「おかしいよ。君がステラの姿だなんて。また会えるなんて」

 本当の彼はそよ風のように柔らかい声と少し頼りなげだけどきらきらした笑顔をしていて、優しいおはなしを書いて皆を喜ばせるのが好きで、キルリアの“ステラ”といつも一緒にいる、そんな人間の少年だ。
 自分と彼とのつながりを何と呼ぶのが正しいのかは分からないが、「特別な」とか「大切な」とか「愛しい」とか、そんな言葉が並ぶようなものであることは確かだ。そう、確かだった。
 それは終われないままで終わってしまったんだ。自分はあの夜に死んでしまって、彼は残された。
 だからこんな状況は本当におかしい。こんな風に、こんな姿で居るなんて。思わず笑ってしまう。君はさっきからずっと泣きじゃくっているのにね。
「そうして泣いてると、ほんとにラルトスの頃のステラみたいだよ」
 彼の頭をそっと撫でながら辺りを見渡す。やっぱり自分達の他には何も見えない暗闇である。
 ――ただ、わずかに。感覚を研ぎ澄ませると感じ取れる気配があった。どこかに居るというよりは、この場所全体に覆い隠しきれないプレッシャーが満ち満ちているような。
『気付いた、か』
 闇の向こうを睨みつけていると、やがて全方位から響くような低く重々しい声がした。まるで暗闇そのものが震動しているみたいで、反射的に腕の中のキルリアをさらにしっかり抱き締める。
『些末なものに手出しはせぬ。そも、ここは我の関わるべき場所ではない。お前の場所だ』
「? どういうこと? あなたは一体――」
『かつてのお前の生の在りようを投影し、お前の望むものを描き出すことのできる世界。そういうことだ』
「望むものを……それは、彼の存在もってこと?」
 どきりとした。今まさに腕いっぱいに温もりを感じているのに。
『その者は違う。紛れもなく表の世界に生きづく命だ。……ゆえに永くここには居られぬ。このような泡沫には』
「泡沫……」
 その声は最後に、ひときわ重く告げた。
『表の理で言えば一晩。夜明けが来ればこの場所は消える。お前とともに』

 声が止み、押し黙った闇が残った。
 正直分からない。もともと初めから分からない。死んだ自分がこんな形でここに居て、キルリアになった彼も居て、ここは自分の場所で、夜明けが来れば消えてしまう? そんなのまるで、おはなしの中のことみたい。
 そばでは彼が呆然と立ち尽くしている。おはなしと言えば彼が書き続けているストーリー、結局全部が書き上がるところを見られなくなってしまったな。もう彼との時間だってなくなって、新しいページは描けなくなってしまったんだ。
 ……だったら、ここにある時間はどうすればいいんだろう。事実、なくなってしまったはずの時間がわずかでもここにあるっていうなら。
「――迷ってる時じゃない」
 口にして、頷いた。彼の手を取った。
「なくなった続きを、一緒につむごう」
 てっぺんから闇が裂け、満天の星が現れた。

 広がる草原。ぬるい風が頬を撫で、しめった土の匂いを運んでくる。遠くにはなだらかな稜線の影が見え、頭上にひときわ明るいのは十字のかたちをした星座。
 ああそうだ、これは去年の夏前に南のほうへ旅行して見た景色だ。確かにあの時こんな風に彼の隣で雲ひとつない星空と十字星を見上げていた。思い出では顔まで届くような草があってくすぐったかったから、そこはちょっと違うんだけれど。
「この景色、旅行から帰ってきてからも何度も夢に見たっけな。色々思い出しちゃうよね――ねえ?」
 ふと見やると、彼は目を伏せてしまっていた。きっとこのままだとまた泣いちゃうだろうな、そう思ったら苦しくなった。
「元気出して。じゃあ、こんなのは……できるかな」
 望むものを描き出すことができるってさっき聞かされた。それなら、と、強く思い描いてみる。
 ドン、と乾いた音が鳴って夜空に火の玉が四つ打ち上がる。ひゅるると尾を引いてぐんぐん昇ってゆき、黒いキャンバスに赤、青、黄、緑。あざやかな大輪の花火が咲いた。
「あは、すごい!」
 繰り返し、打ち上げてみる。次々に咲き誇る色彩に照らされた君の表情は――今にも降りだしそうなほどに曇って、怯えていた。
「……そうだよね、ごめん。だけどね、あの日の花火大会、とっても楽しかったんだよ」
 最後の夏の夜。なないろの花火に合わせてくるくる踊るステラを見て、わっと咲いた君の笑顔がどこまでも愛おしかった。こんな時間がいつまでも続いてほしいって心から願った。
「だからその気持ち、君に届いてほしいなって。そして、忘れないでいてほしいの」
 とん、とステップを踏み出す。尽きたはずの命が隅々まで軽やかに駆け巡ってこの身を踊らせる。静かに吹く風の流れに寄り添うようにして舞う。しばらくそれを眺めていた彼だったけれど、なんといってもその身体はキルリアだ。すぐにそわそわとした調子になり、やがて一緒に踊りだした。くるくる、くるくると。
「うまいうまい。ほんとにステラみたい」
 なないろの輝きが何度だって空にはじけるリズムで、ふたりのステップはくるくるくるくる続いてゆく。かわるがわる、続かなかった時間の続きをつむいでゆく。
 だけど、ついに彼は泣き出してしまって、それは途切れた。
「だいじょうぶ、泣かないで」
 そっと手を差しのべる。風がざわめいて、辺りの様子が変わってゆく。どこまでも伸びる石畳の上を深紅のマーチング衣装に身を包み、トランペットやチューバ、クラリネット、打楽器なんかを軽快に鳴らしながら颯爽と行進する楽団。その後ろには燕尾服やドレス、ピエロの格好など思い思いの華やかさでランタンを持って練り歩く人々と、ピカチュウ、イーブイ、マネネ……数えきれないほどのポケモンが長い行列をつくっている。
「ほら、パレード。秋にあるから一緒に見に行こうって言ってくれてたよね」
 でも、叶わなかった。だから――だいぶ勝手なイメージの産物になっちゃったけれど。
「行こう」
 手を繋いで。

 パレードは続く。十字星の下、花火に彩られ。進んでく、進んでく。
 景色は遡る。ふたりの思い出を映し出しながら。戻ってく、戻ってく。
 マーチングに合わせて歩んでゆくにつれ、周囲の光景は過去の記憶のものになっていく。海で遊んだとか、プラネタリウムに行ったとか、美味しいものを食べたとか。言ってしまえば何でもないようなことばかり。でもそれら全てが確かに、ふたりが今こうやって手を繋いでる理由なんだって、めいっぱい感じながら歩いていた。歩みを進めるほどに彼が手にこめる力は強くなってゆく。それに応えるように自分も強く強く握り返すのだった。離したくなんかなかった。
 そうしてたどり着いたのは、ある白い部屋の思い出。そこでパレードの歩みはピタリと止まった。それは町のポケモン研究所で一匹のラルトスが生まれた時の――ふたりが出逢った日の景色だった。
 よく覚えてる。真っ白い研究所の一室で、タマゴからかえったばかりのラルトスを見守る君の優しい目。それにちょうどこの日の夜、町に大きな停電が起こったんだ。生まれたてのラルトスは突然の真っ暗闇が怖くて怖くて、小さくなって震えて泣いていて。君はそんなラルトスをぎゅっと包みこんで、
「ずっといっしょだよ。大丈夫だよ」
 そう柔らかい声で励まし続けてくれたんだ。停電のおかげでその夜は町でも星がたくさん見えたから、そこから君が“ステラ”って、名づけてくれたんだったよね。
 君の笑顔はいつも少し頼りなげで、でもいつだって温かい光だった。ずっといっしょだって言ってくれたから、いっしょじゃなくなるなんて思ってなかった。ずっとずっと続くと疑わなくて、いっしょだよって言ってくれた君には何ひとつも言えなかったな。「ありがとう」って言葉さえも。
「……あれ。あはは……」
 いつの間にかぼろぼろ涙がこぼれていた。堪えきれず、うずくまってしまう。いやだな止めたいなって、思えば思うほど止まらない。なくなってほしくないものはなくなってしまうのに。
「ダメだね、泣き虫は変わってなかったみたい……君に泣かないでって言っといて……はは」
 もっといっしょにいたかった。ずっといっしょにいたかった。なんで生まれてなんで消えちゃうの? 居たいと願っても居られないなら、一体何のために?
 ――そっ、と。キルリアの小さな手が頬に触れた。そのまま小さな身体で精一杯包みこんでくれる。
 顔を上げてみたらキルリアは――彼は泣きながら微笑んでいた。それは少し頼りなげな笑顔だった。
「うん……行かなきゃね」
 ゆっくりと。自分と彼の涙を拭って微笑み返し、立ち上がる。そうして今一度、彼の手を握った。心なしかほんのちょっと空の色が薄らいできたように感じた。
「出逢ってくれた。居てくれた。だから一緒に、ラストを綴ろう」

 パレードは続く。明け方の空、花火に彩られ。進んでく、進んでく。
 景色も進む。ふたりの思い出を追ってゆくように。終わりへと、終わりへと。
 さっき一度は遡った記憶を今度は時間の流れどおりにたどっていく。いよいよこれは最後の道のりなんだってことは分かっていた。それでも彼と手を繋いで笑って、軽やかにステップを踏みながら歩みを進めてゆく。胸の奥はずきずきと痛い。だからこそ今は、こうやって過ごしていたかった。彼という光を灯しながら終わりまで歩もうと、もう決めていた。彼という光をその先へと送り出すためにも。
 そうしてとうとうパレードは終着点に行き着いた。あの花火大会の夜の――その後の出来事へ。

「……」
 自然と息を呑んでしまう。そこにあったのは家へと帰ってきたステラがただひとり、暗い書斎に佇む光景。キョロキョロと周囲をうかがったのち目をつむり、強く念じるような仕草をみせる。すると前方の空間が水の波紋のように揺らぎ始めて、それは次第に大きな歪みとなって――次の瞬間、ステラの身体がビクンと硬直したかと思うとそのままばったり倒れてしまった。
 プツン、と全ての視界が途切れる。世界が途切れる。パレードも夜空も花火も何もかもが消え失せて、再び最初のまっくらになった。
 在ったのは自分と彼と、そして眼前に――金の甲殻、腹部の赤黒の縞、三対の肢、いびつに広がった翼――見上げるほど巨大で異様な姿を持つ、恐らくはドラゴン。
「来たか」
 その低く重々しい声は確かに、あの闇に響いていた声だった。
「名乗っておくとしよう。我が名はギラティナ。お前達の生きる世界の、裏側を司る者だ」

「ギラティナ……。やっぱりあなたが」
 声だけじゃない。この姿は鮮明に記憶にあった。忘れるべくもない、あの夜の記憶。
「あの夜……ステラは不安だったの。花火大会が終わって心の底から感じてしまった。楽しいことは終わるって。始まったら終わるんだって。だから怖くなった。自分の未来に何があるのか、何を失うのか、恐ろしくなった。それで、未来を視ようとしたの。……だけど不安なあまり、力が強くなり過ぎてしまって」
 ひとつひとつ、絞りだす言葉とともに思考を巡らせてゆく。疑いようのない答えは、すぐそこにあった。
「そして――あなたと繋がった」
 最期の間際、脳裏に焼きついた姿は間違いなく目の前に在るそれだったから。
「未来を視るべくお前は空間を捻じ曲げ過ぎた。いっぽうで我の世界の一部に大きな綻びがその時生じていた。それらが結びつくことが一体どれほどの確率なのかは知る由もないが、ともかくお前はそれで時間という概念の存在しない我が世界の理と、さらに言えば我自身と直接繋がり、シンクロした」
「それで、死んでしまった……」
「文字通り時が止まったのだ。お前達のような表の世界の生命は時が進むことで生命たりえている。終わりへと向かうことで生きていると言える。ひとたびその流れを失えば、その時点で終いなのだ」
「あなたは、そうなったことに責任を感じて……時間をくれたの?」
「我は些末な命などに興味はない。これはただ、本来関わる必要もない表の世界へ干渉してしまった事実が癪だったゆえの気まぐれだ」
「……」
 急に気持ちの置き場が見つからなくなって黙りこくってしまう。
 ふと、泳いでいた指先をそっと何かがすくい取った。彼がさり気なく手を繋いでくれていた。
「あとひとつ、聞かせて」
 彼の手を握り返し、真っ直ぐギラティナに問う。
「どうしてこの姿だったのかな」
「ここはお前達にとって本来の時間と空間の在り方とは異なった場所。お前達がとる姿も元の通りとは限らぬ。何故その姿なのかは我のあずかり知るところではない。我は、な」
「そう……そっか」
 ちょっと気持ちが行き違っちゃったのかな。そう思ったら何だか笑えてきた。
「お互いに言葉が交わせればよかったのに、ちょっぴり残念」
「異なる姿、異なる器であれば元々の自己との同一性を保つことすら容易くはない。お前達には少なくともお前達であるに足るそれは初めからあった。それだけでも驚くに値する」
 取り合った手の温もりに思いを馳せる。そうしていると一瞬、向こうのほうから黄金色の輝きが射しこんだ。
「頃合いだ」
 それがどういう意味かはすぐに分かった。
「ギラティナ。……感謝します。気まぐれでも、この時間をくれたことを」
 異形のドラゴンの大きな身体が闇へと溶けていく。と同時に暗闇は剥がれ、気づけばまた広い草原に立っていた。空はもう明るく、遠くの稜線から朝日が顔をのぞかせていた。

 じっと。
 繋いだ手は離さないまま、花火をふたりで見上げていた。少しずつ、そこにある君の手の温もりが遠ざかっていくのを感じた。深呼吸すると澄んだ朝の味がした。
 君の姿が薄くなって、消えていく。ううん、きっと消えているのは自分のほうなんだろう。
「ありがとう」
 数えきれない本当にたくさんの代わりに、やっとそう言った。きっと他に何を言っても終われなくなってしまう気がした。それきり君のほうは見れず、花火の音に耳を澄ませていた。
 ――ステラ。
 不意にあの柔らかい声が聞こえた。はっとして振り向くと、もう君はどこにも居なかった。そよ風が髪を撫でる。
 瞳を閉じて、その声を心いっぱいに響かせる。少し頼りなげな笑顔が映って滲む。そのまま、とん、とステップを踏み出してくるくると舞う。君が生く世界のまばゆさを瞼ごしに思いながら。
「ありがとう、マスター。ステラのだいじな光」

 最後の花火が上がって、

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