Twitterにて企画されているチコリータの日に合わせて書いた短編となります。
「え? チコリータはどうかって? でもなぁ......」
「チコリータって、ジョウトのジムにとことん弱いんだろ?」
ああ、またこれだ。
「俺ヒノアラシ! お前は?」
「あたしはワニノコ。 このおっきいお口がかわいいのよもう!」
またこうやって、置いてかれるの。
「......またかぁ。 ごめんねチコリータ。 きっと次は君にぴったりな人が来る」
ずうっとずうっと、待ちぼうけ。
わたしはチコリータ。 頭に葉っぱの生えた誇り高きはっぱポケモン!! ......え? そのまんま? 何よ葉っぱカッターするわよ。
まあそれはともかくとして、わたし、チコリータという種族の悲しい運命を聞いてはくれないかしら。 このジョウト地方、実は草タイプが有利なジムが全然無いの。 そのせいで、誰もわたしを選ばないのよ。 でも当然かもね。 トレーナーを目指す人がポケモンを貰いにくるんだから、弱いポケモンって選ばれないのよ。 わたしはだから待つことしかできないの。 雲みたいな「もやもや」が募るばかり。 だっていつも置いてけぼりだもの。
......そんな日々に飽きちゃったから。
「え? あれ? チコリータ?どこ?」
そう、わたしは研究所から脱出したの。
からくりはとっても簡単。 届かないような窓だって、この首のツルにかかればこの通り。 ガチャリと鍵も開けて、窓枠に飛び乗ればわたしの勝ちっていう寸法なわけ。 これはわたしだからこそ出来たこと!
「博士? どうしました?」
「チコリータがいなくなっちゃったんだ......どうすれば......貰ってもらえなくて落ち込んでるなとは思ったけど」
博士、ごめんなさい。 でも、ここにいたら多分だめなの。 最近胸に謎の「もやもや」があるのよ。 このままじゃそれに潰されちゃうわ。
そう、わたしが出会うべきは、穏やかでしとやかでビューティフォーなニンゲンよ!
待ってなさい、どこかにいるそんなニンゲン!!
つかれた。
町を歩いてみたはいいけれど、何もないじゃない。 チコリータっていう種族がとても珍しいからかは分からないけど、トレーナーとはぐれたのか心配されたこともあったわ。 トレーナーと一緒なのが当たり前だと思われているの。 嫌になる。 ニンゲンのそういうお節介なところ。
「よっしゃあ、俺の勝ちっ!」
「あちゃー......ごめんねエイパム」
少し遠くから聞こえるポケモン勝負の余韻の声。 わたしの葉っぱはそれを敏感に察知したわ。 自然と足が遠のいてしまう。
「やっぱお前は強いなぁ!」
......ダメだわ、離れないと。
勝者の喜びから発せられた言葉は、どうしても「もやもや」を強めてしまう。悪意の無い言葉にここまで嫌な気持ちになるとか、どうかしてるわ。
少しでもそのバトルから離れたくて道を逸れた刹那だった。 草むらをさくさく歩く音が、突然掻き消されたわ。
「あっお母さん、チコリータだ!」
「あっミチコ! 道外れちゃダメよ、虫とか刺されたら......」
謎の小さいニンゲンが指をこっちの方に向けて叫び、てってけ近づいてくる。 そのニンゲンは、驚きで動けないわたしの目の前にすとんとしゃがんだと思ったら、くりくりした目でこっちをじいーっと見てきた。 正直怖かったわ。 狂気を感じたわ。
そしてそのニンゲンは大袈裟な動きをして、唐突に叫んできた。
「かわいい〜〜〜〜!!!!」
......ひっ。 何この子!!
「えー待って触っていい!? ねぇねぇ! って、うわあもちもちしてる〜!」
ちょっ、触っていいなんて一言も! く、ぐるぢい......ニンゲン力強っ......。ちょ、ま、そこ絞めないで......やばっ......。
普通にこれ殺されるわよ!! 誰か!! ヘルプミー!!
「ああミチコ! チコリータに何やって......って、こらミチコ、強く抱き過ぎよ、嫌がってるじゃない!」
「えっ......ああっ、本当だ! ごめんなさいチコリータ!」
ぐへっ、ゲホっ、がはっ......ファインプレーよ......大きいニンゲン......。 死ぬかと、思った......。
「えっ、チコリータ!? チコリータしっかりして!?」
わたしの意識が、ぐらぐらと揺れていく。 あら......このまま、三途の川でも渡るのかしら......まだ運命の出会いもしてないのに......。
それは......嫌、だなぁ......。
ん......慣れない匂いがする......川の匂い、ではない。 これは......。
「あっ、チコリータおきたあ!」
ひっ。 また出た! ......というか眼前にドアップで来るのは普通に怖いのだけれど?
「あら、起きたのね......よかったわ」
大きなニンゲンがやってきて、こちらの頭を撫でてくる。 こっちは優しそうね。 ......どうやったらこの優しげなニンゲンからこんなおてんばニンゲンが生まれるのよ。
「よかったらご飯食べて頂戴。 ポケモンフード、食べたことってあるかしら?」
当然よ。 こちとら博士の家で育ったんだから。
そんな感じで強気な顔をしていたら、「よかった」って言っていたから、多分伝わったと思うわ。そして目の前に大盛りのポケモンフードが出てくる。 やっぱ思わず舌舐めずりをしてしまうものよね。
もぐもぐ......あら、フレーバー同じ。 少し冒険感のある味も期待したけど、まあいつもの味がやっぱ1番なのかもしれないってとこね。
というか。
「じいーーーっ」
小さいニンゲン。 声を出してまでフードを食べるこちらを凝視する必要なんてあるのかしら?
「チコリータはーまーるくてーあたまーにーー葉っぱ!」
ドールハウス遊び、お化粧遊び、おままごと、家の中でのかくれんぼ......。
遊びのオンパレードにげっそりするわたしは横目に、今度は絵を描き始めたわ。 その無尽蔵な体力と、その、彼女の絵のクオリティの低さには驚くばかり。 何よこの謎の黄緑の丸は。 え? わたし? 冗談言わないでよ。 仕方ないから、葉っぱの手本を書いてあげたわ。 真ん中ふっくら、端っこしぼしぼ。 こんなイメージでやれば、葉っぱなんてこの身体でも簡単に描けるわ。
「あーっ、チコリータ絵うまい! 葉っぱだ葉っぱだー!!」
えっ、こんな賞賛されるの? わたしって前世画伯だったのかしら。 まあそれはそれとして、そう言われるとやはり嬉しくはなってしまうものなのよ。
そこから、謎のお絵かき教室が始まった。 わたしが教師で小さなニンゲンが生徒。 生徒は色々なものをわたしに描けと要望してきたけど、中にはこんなものもあったわ。
「ねぇねぇチコリータ! お母さんがおでんわで言ってたんだけどさ、『コンプライアンス』ってなあに? 描いて!」
こ、こんぴゅ.......?
描けるかああああああ!!知らないわよおおおおお!!
「きゃー葉っぱぶんぶん!!きゃっきゃ!」
威嚇すらもかわいいと取られるのも、チコリータ族の悲しいところなのかもしれないとわたしは悟ってしまう。
こんなやり取りは日が暮れるまで続いていった。 大きいニンゲンはにこにこと笑って、何をするでもなくふわふわした顔で眺めていたわ。
夜になってしまった。
ミチコという小さいニンゲンは、画用紙に絵を描きまくった挙句、ご飯途中に寝てしまったわ。 小さいからなのかは分からないけど、節操というのは無いのかしら。 そんな中。
「ふう......お疲れね、チコリータ」
大きいニンゲンがわたしに声をかけてくる。 そして昼の調子で頭を撫でてくれた。 この手の感触、わたし好きだわ。
感謝の証として、わたしは[アロマセラピー]を出してあげた。 周りの疲れを追い出す癒しの香り。 大きいニンゲンは深呼吸をして、「ありがとう」と言ってくれた。
「チコリータ、あなたは野生のポケモン?」
......厳密に言えば野生ではないけど、今の状況は野生の様なものね。
わたしはぶんぶんと首を縦に振る。
「そう......。 あのね、チコリータ。 お願いがあって......」
ん? 何かしら。
「どうか、ミチコのポケモンになってくれる。 おてんばではあるけれど、とってもいい子なの。 だから......ってえ」
大きいニンゲンは、わたしの顔を見て驚愕したみたい。 多分結構酷い顔をしていたんだわ。 でも少し弁解させて頂戴。 ミチコは正直わたしの求めているタイプではなかったわけで。 穏やかでしとやかな優しいニンゲンを求めていたわけで。
まあ、楽しくなかったと言ったら嘘になるけど。
「ごめんね。 そんな顔をさせる気はなかったのだけど。 ......あのねチコリータ、ニンゲン語が分かるか知らないけど、どうか一応聞いてほしいことがあって......」
大きいニンゲンは神妙な顔をして、こう続けた。
「あの子、実は養子なの」
......え?
養子って、何かしら。 わたしの中の疑問は広がる。
「あの子は天涯孤独で......去年私が引き取ったばかりなの。 勿論、母親としての務めは果たすわ。 でも、もし私がいなくなったら、あの子までひとりになっちゃうの」
......天涯孤独?
「お願い、チコリータ。 あの子がこんなに笑うの初めてで......。
画用紙だって、今日初めてこんないっぱい使ってくれたんだから」
わたしはミチコが描いた画用紙に目をやる。 そこにはぐちゃぐちゃなあの子とわたしらしき黄緑の物体があったわ。 頭に緑の線が無ければわたしだってわからない。
......ニンゲンの画力がどの程度かはわからないけど、描いたことがなかったからあんなにぐちゃぐちゃなのかしら。
というか、今まで彼女は描く対象も無かったのかしら......? この大きいニンゲンを除けば、ずっとひとりだったのかしら。
「あの子は、ずっと可哀想な子っていう感じで見られてきたの。 そしてきっと私もそうだわ。 事あるごとに心配とかもするから、もしかしたら息苦しさとかもあったのかもしれない。 でも反省しようとしてもうまくいかない。 難しいものなのよ」
可哀想な子。 事あるごとに、心配。
そういえば、ミチコが少し道を逸れてこっちの方を見に来た時、この大きいニンゲンは結構狼狽していたわね......。
「......ミチコがあんなに笑うの私初めて見たわ。 多分、あなたはそんな目で彼女を見ないのね。 それがあの子に伝わるからなのよね。 きっとおてんば少女みたいな感じかしら。 ふふふ、面白いわね」
......異論はないわ。 確かに、わたしは彼女を一切そういう目では見なかった。
彼女は、それが幸せだったのかしら。
改めてあの画用紙を見やる。 何故かしら、下手な絵という解釈が段々と変わっていく気がしたの。 手を緑のクレヨンで汚して、夢中になって円をぐるぐる。 そして満面の笑みで描けたと見せてきた姿。 それが、大きいニンゲンの言葉の魔法のせいなのかとても尊いものに思えてしまう。
そして、わたしはふと気付いた。
わたしとミチコは、「同じ」なのだと。
だってわたし達、ずっとずっと、他人から1つの視点でしか見られてなかったもの。
「もやもや」が、やっとそのベールを脱いで実態を見せてくれた。
(ワニノコ、ヒノアラシ......どっちにしようかなー)
(え? チコリータ? でもちょっとなぁ......だって、弱いじゃん)
強さという視点でしか見られていなかったわたし。 天涯孤独という面でしか見られてなかったミチコ。 一体どこが違うの? いや、何も変わらない。
そんなわたし達は今日出会った。 出会ってしまった。 互いが飢えてやまないモノを、わたし達は与えあったのかもしれない。
......そうだわ、ミチコは強さを気にする言葉なんて言わなかったわ。
かわいい。 まるくて大きい葉っぱ。 絵が上手い。 そんな沢山の目線で、わたしのことを見てくれた。......ああ、わたし、それに飢えてたんだ。
「チコ......」
「えっどうしたのチコリータ!? 泣かないでよ大丈夫? お腹痛い? ホームシック?」
違うわ。 違うわ。 全然的外れ。
ああもう、やっとやっと出会えたんだわ。 こっちを置いていかないニンゲンに。 真っ直ぐじいっと見つめてくれるニンゲンに。 そして、互いにぽっかりと空いてた穴を埋めあったんだわ。
わたしが本当に欲しかったのは、ただ穏やかなニンゲンじゃなくて、そういうひたむきなニンゲンだったんだわ。
......だったら。
向き合ってくれた子をこっちが置いてく訳には、いかないわよね。
ぴちちちと、鳥ポケモンの声が聴こえる。 わたしはそれに合わせて寝返って、そして優雅な目覚めを......。
「べろべろばぁー!!」
ひっ!! 最悪の目覚め!!
「おはよー!!」
朝から元気ね......わたしも眠気は飛んだけど......。
気づいたら寝落ちしていたわ。 えーっと、確か大きいニンゲンからミチコの話を聞いて......うん、そうね、泣きじゃくりながら最終的にこくって頷いたんだわ。 そして両方寝ちゃったんだわ。
「ああこらミチコ、チコリータ驚かせちゃダメよ、これからこの子も家族になるんだから」
「かぞく! やったー!!」
ミチコが喜んでいる中大きいニンゲンと目が合うと、彼女はぺこりと礼をしてくれるの。 別にそんなのいいじゃないって思うけどね。 これから家族になるわけだし。
「チコリータ、よろしく!」
......ふふふふふ。 ミチコ、こうなったら覚悟なさい! あなたを穏やかで優しいレディに育て上げてやるんだからっ!! 生まれ変わったわたしの新たなポケ生、張り切っていくわよ!!
「ミチコ! 保育園行くよー!」
「やったあ! ほら、チコリータ行こっ!」
えっちょっまっ葉っぱは引っ張んないでよ!!! レディへの道千里よりも遠いわねもう!!!