よくあるはなし case1:「ユズちゃん」

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作者:夏十字
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読了時間目安:20分
こんなのめずらしいことじゃない
どこにでも よくあるはなし
だけど たいせつな おはなし
『きょうはどんなことあった?』
 スマホ越しに届いたメッセージ。「ユズちゃん」からだ。宿のベッドの上で僕はすかさず返信の文字を打つ。珍しいミツハニーのメスをゲットできたこと、洞窟でズバットの大群に追いかけられるはめになったこと、そのあと外へ出るなり目に飛び込んだ夕焼けがとっても綺麗だったこと。夕焼けの写真も添えておこう。
『すごい きれい わたしはおりがみしたよ リリもいっしょだよ』
 返信して程なく、またメッセージが返ってくる。一緒に送られてきた写真にはピンク色の紙で折られたハート――じゃなくて、ラブカス。前に僕が教えたやつだ。思わずにっこりとしてしまう。
 こうやって、どちらかが眠る頃までやりとりが続く。毎日こんな感じだ。

 僕はポケモントレーナーとして旅をしている。
 ……と言うとなんだか立派そうだけれど、まだまだ駆け出し。ポケモンリーグの公式大会に出場できるような、何だったら優勝できるような本当にすごいトレーナーになるために相棒のモココ達と頑張っているところだ。
 今日はどこまで行こうか。スマホの地図アプリとにらめっこしながら考える。本当は最新式のスマホロトムが欲しいけれど、今はお父さんのお下がりで我慢。でも近頃ポケモン図鑑アプリの動きが悪かったり、いきなり電池が切れちゃったり、ぼちぼち何とか考えなきゃいけないかもしれない。
「うーん、今日はお昼までにこっちの湖のほうへ――あ」
 メッセージアプリからの通知。名前欄に「ユズちゃん」とある。
『おきたらしんどくて ねつがでちゃった』
 大変だ。ゆっくり休んでて、とすぐにメッセージを送る。ありがとうと返事があって、無理させたら良くないからそれ以上は返さなかった。

 ユズちゃんとはネットを通じて知りあった。
 同い年の女の子で、ここからは少し遠い町に住んでいるそうだ。「ユズ」は本名じゃなくネット上の名前だ。トレーナー同士の交流用のSNSに迷いこんできて、ちょっとめんどくさい人から説教を受けていたところに僕が助け舟を出したことでやりとりするようになった。リリって名前のクチートといつも一緒だけれど、ユズちゃんはポケモントレーナーではないのだ。というか、トレーナーにはなれない事情がある。
 ユズちゃんは生まれつき身体が弱くて、家から出ることも満足にできないらしい。今日みたいに熱が出てしまう日も少なくないみたいだし、彼女の顔を見せてもらったことはないものの、たまに写真に写りこんでいる腕はすぐ折れてしまうんじゃないかってくらい細くて辛くなる。彼女の文面や振る舞いから年齢よりもいくぶん幼い印象を受けるのも、多分その辺りのせいなんだろう。
 ただ、そんな子だからこそ旅のトレーナーである僕と毎日メッセージを交わすようになった。ユズちゃんはポケモンが大好きで、外の世界にとても興味があって、僕の旅の話をいくらでも聞いてくれる。もともと旅の写真はあまり撮ってこなかった僕が事あるごとにシャッターチャンスをうかがうようになったのは、彼女に送ってやりたいから、見てほしいからだ。
 それと、旅の写真と交換に僕も写真をもらっている。ユズちゃんの描いた絵、つくった工作、家で育てている花――外の世界にいる僕は彼女とは逆で、むしろ「家のなかのこと」を珍しく思うのだ。恥ずかしいことに旅立ってから長いことホームシック気味だった僕が、今はぜんぜん平気なのはこのやりとりのお陰かもしれない。

『熱はどう?平気?』
『うん へいき ありがとう』
 夜になってまたメッセージを送りあう。いつも通り言葉を交わして今日あったことをお互いに話して――彼女の反応にほっとしながら、僕の心の中の不安はぬぐい切れないでいた。
 つい先月の出来事だ。いつものようにユズちゃんとメッセージを交わしていたら話の途中で突然返信が来なくなって、そのまま一日が経ち二日が経ち、三日、四日……と音沙汰のないまま時間が流れていった。急に体調が悪くなって病院にいた、とようやく返事が来たのは三週間してからのことだった。
 ユズちゃんと連絡が途絶えてしまった時の僕といったらポケモンゲットもポケモン勝負もする気にならず、何ひとつ手につかず、ひたすらスマホとにらめっこしていてモココ達にめちゃくちゃ心配された。けれど一番そんな僕にびっくりしたのは僕自身だったと思う。顔も知らない、会ったこともない相手なのにどうしてこんな風になるのか訳がわからなかった。僕のお母さんもあまり身体が強くないから同じように感じてるのかなって、後でそう考えたけれど。
 とにかくユズちゃんが帰ってきてくれたときは本当に嬉しかったし、うそみたいにゲットが捗るようになったし、もっともっと彼女とメッセージを交わす時間を大事にしようって強く思ったのだった。
『もう遅いしムチャしちゃだめだよ。また明日』
『うん おやすみ』

 翌朝おかしなことになった。起きるなりユズちゃんからビデオ通話のリクエストが来たのだ。今までそんなこと一度もなかったから「ええ!?」って声が思わず出て、だけど様子をじっと見ていてもバイブレーションが止まらないから間違いではなさそうで……ちょっとの間考えてから、恐る恐る通話を受けてみた。
 スマホの画面いっぱいに一匹のクチートが映し出される。
 リリだ。リリはただただ無表情でこちらを――たぶん画面上の僕を――見つめている。なんだか緊張して、僕まで無言でじっとしてしまう。そんな状態が十数秒続いたかと思うと、リリは突然ぷいっと視線をそらしてフレームアウト。そのまま通話は切れてしまった。
 僕が大量のハテナマークに埋もれていると、ユズちゃんからメッセージが届いた。
『ごめんね リリがどうしてもおはなししたいって』
 ええと、思い切り嫌われてたっぽいんだけれど。
『よろこんでたよ ありがと』
 うそでしょ。
『リリはね あなたのことすごくすきだから』
 うそだうそだ。絶対うそだ。
『わたしも』
 そんなの絶対……え?
『わたしもあなたがすき』
「……」
 その日は。一日何も言葉を返せなかった。

 次の日のユズちゃんはまったく普段どおりに話しかけてきて。その次の日もその次の日もおんなじ様子で。あの朝のようなことをその後言ってくることはなかった。まるで本当に何もなかったみたいに振る舞うから、僕のほうからそれについて問いかけることもなかった。問いかけてはいけない気がした。
 僕のトレーナーとしての旅はとても順調で、ユズちゃんの体調も安定しているようで、どこまでもいつも通りのやりとりが続く日々があって。だからこそ僕の中でちょっとずつ、確実に育ってゆく感情があった。
 
『会いにいくよ』
 ひと月ほどして、僕はとうとうそんなメッセージを彼女へ送った。
 いや、僕にとっては「とうとう」だけれど、ユズちゃんにとっては「唐突」だったと思う。――きっとひと月前はこの逆だったんだと、ふと感じた。
 ユズちゃんからの返信はない。深呼吸ひとつして、僕は続ける。
『今度はそっちのほうを旅しようって思ってる。だから、ぜひ会いたいんだ』
 僕が彼女について知っていることはそれほど多くない。顔も、家族のことも、本当の名前だって知らないのだから、実は何も知らないって言ったほうがいいのかもしれない。だけどそれで良かった。何気ないメッセージや写真を毎日送りあう。それだけで十分だしそれこそが大事な時間、そのはずだったんだ。
 知らないということがこんなに苦しくなってしまったのは一体いつからだったのか。意識しだしたのはひと月前のあの朝から。でも本当はいつからそこにあったのか、僕は知らない。
 何も知らないままの僕の指は、その後もユズちゃんの返事も待たずメッセージを送信し続けて――、
『ごめんなさい』
 不意に返ってきたその一言に、頭が真っ白になった。指が凍りついて震えて、送ったメッセージを全部、ほんとに全部消してやりたくなった。
『わたし あなたをだましてる』
 ユズちゃんの言葉は、それきりだった。

 それからは何を送っても、ユズちゃんから返事が来ることはなかった。
『あなたをだましてる』
 彼女がそう言った理由は分からない。けれど何かとても大切なものが壊れてしまったのは確かだと思った。
 しばらくは毎日ひとりで送ってみていたユズちゃんへの言葉も次第に尽きて、月日に薄れていった。最初のうちはまた前みたいに何をする気も起きなかったけれど、それ以上に日々は積もるから、何が壊れたって時間は変わらず過ぎていくんだって思ったら少しは楽になった。
 そうして半年が過ぎて、僕の旅はちゃんと続いていて、ある日嬉しいことが起きた。モココがついにデンリュウへと進化したのだ。
「デンリュウ……! やったな、おめでとう!」
 力強く綿毛を脱ぎ捨て大きく成長した相棒の姿に、僕は散らばっていた胸の内の思いが今一度ひとつの形をなすのを感じた。
 まったく関係はないかもしれない。でも何でもいいから「きっかけ」を探していた。そしてそれは今、訪れた――というより、もうとっくに針路はそちらへ向いていたんだ。あとはタイミングだけだった。
 指が震えるのをこらえてメッセージを送る。
『やっぱり会いにいくよ。ユズちゃんの町へ』
 会えなくてもいい。せめてあの朝もらったままの言葉には決着をつけたかった。まだその方法は見えていなくても、それを見つけに行きたいと思った。
 ……思ってもみないほどあっけなく返信は来た。
 メッセージは何もない。ただ一枚の写真に、地図アプリの位置情報が添えられていた。

「あれが……」
 路地を挟んだ目の前に、花壇や鉢植えにめいっぱいの花を咲かせたレンガ調の一軒家が見える。
 間違いない。咲いている花はちょっと違うものの、送られてきた写真と同じたたずまいで、地図アプリの位置情報も一致する。
 きっとあれがユズちゃんの家なんだろう。そう思った途端、不思議な気持ちになる。今まで掴めやしなかったものが急に実態をともなって現れたような。「ような」っていうより、まさにその通りなのか。鼓動がバクバクしている。レアなポケモンとしょっちゅう出会っているようなトレーナーだったらこのくらい平気なのかなと、つまらないことを考えてしまう。
 とはいえ、これからどうしようか。何度も言うように僕はユズちゃんの家庭のことも本名なんかも全然知らないのだ。家の門にある表札を見たって、自分の知っているユズちゃんと何も繋がることなんてない。そもそもここが本当にユズちゃんの家だって保証も……いや流石にこの考えは自分が嫌になった。
 着いたよとユズちゃんにメッセージだけして、青空に映える綺麗で可愛らしい家を遠巻きにしながらあれこれ悩んでいると簡単に小一時間が過ぎていった。もう一度メッセージを送ってみようかなとスマホを握り直した時、家のドアが開いた。思わず呼吸が止まる。
 中から出てきたのは体格のいいおじさんが一人と、一匹のクチート。クチートがおじさんを促して、おじさんは慌ててこちらへ――と思いきや、そのまますれ違って、どこかへ行ってしまう。すれ違いざまクチートだけは僕のほうを見て、一瞬目が合った。
 一人と一匹の姿が見えなくなるなり僕の心臓の早鐘は限界まで鳴り、何度も何度も深呼吸をした。
 あれはリリだった。
 クチートの個体による違いはよくわからないけれど、何故だかそう確信した。ああ、本当の本当にここはユズちゃんの家なんだと理解した。
 とはいえ、これからどうしようか。さっきと同じことをさっきよりもシリアスに考える。とりあえずおじさん――多分ユズちゃんのお父さんなんだろう――が戻ってきたら勇気出して声を掛けてみようか。そんな風に気持ちがまとまりかけるや否や、出て行ってから五分と経たずおじさんとクチートが帰ってくるのが見えた。
 突然、クチートが駆け出して僕の目の前へやって来た。今度はじぃっと数秒間目を合わせて……かと思えば、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「リリ、一体全体どうしたんだ」
 ふうふうと息をしながら追いついてきたおじさんがその名前を呼んだ。僕の顔を見て、申し訳なさそうにはにかむ。
「すまないね、君。だいぶ気分屋なんだ。今も急に散歩に行きたがったくせに飽きたみたいで、すぐ戻って来たところなんだよ」
 おじさんはそっぽを向いたままのクチート――リリを撫でようとして、逆に頭の大顎で威嚇されて身体を縮こめてしまう。優しそうな人だ。
 今しかない、と思った。
「あの!!」
 想定よりもずっと大きな声が出た。おじさんもリリも目を丸くしてこっちを見る。不意の視線に息が詰まる。でももう、続けるしかない。
「えっと……僕、ユズちゃんに……その子の……リリの主人に会いたくて……! 旅をしてきて……その……」
 たどたどしく言葉をしぼり出すのがやっとだった。それでも、
「ユズちゃん? ……ああ」
 おじさんには何とか通じたようだった。「××のことか」という、か細い呟きが漏れ聞こえたけれど名前は聞き取れなかった。おじさんはさっきまでとは打って変わって真剣な、いや深刻な表情になっていて、晴れ空のもと重くて暗い空気が訪れたのをはっきりと感じた。長い沈黙のなかで、背中に冷たい汗が伝った。
「せっかく来てくれたのに残念ですが」
 おじさんは深い深い息を吐いて、まるで意味の分からないことをどこか他人事のように、言った。
「あの子は亡くなりました。半年以上も前のことです」

 どうやってホテルまでたどり着いたのか、よく覚えていない。おじさんが予約をしてくれて部屋まで送ってくれたのは確かだけれど、道中の記憶はほとんどなかった。ベッドの上に身体を横たえて、もう少しも起き上がれる気がしない。
 耳鳴りがする。いきなりトンネルへ入った時みたいに全部の音が遠い。きっと聞きたくないことを聞き過ぎたから、おかしくなってしまったんだろう。
 おじさんからユズちゃんの話を聞いた。みんな聞いた。話している間じゅう、おじさんは泣いていた。僕は泣くことすらできなかった。
 ユズちゃんは生まれつき重い病気で、それが悪化して死んでしまったのだ。もともと長くは生きられないと言われていて、家の周りや家の中にたくさん咲いていた花達は、ろくに家の外にも出られないまま死んでゆくユズちゃんのためにおじさんが育てて、二人で大事に世話をしていたものだった。
 おじさんはユズちゃんのお父さんではなかった。少し遠い親戚、らしい。ユズちゃんのお父さんとお母さんはユズちゃんに毎日酷いことをして、だからある時おじさんが引き取ることにしたんだそうだ。おじさんは奥さんと息子さんを先に事故で亡くしてしまっていて、それもあったからユズちゃんのことを実の娘と思っていたし今だって思っている。そう言っていた。
 ユズちゃんは言葉が喋れなかった。これは生まれつきでも病気のせいでもない。ユズちゃんの両親がユズちゃんにした「酷いこと」のせいらしかった。どんな酷いことなのかは、おじさんは言わなかった。聞くつもりもなかった。
 そんなユズちゃんはそれでもよく笑う子で、それはリリのお陰だったそうだ。リリは昔ポケモントレーナーをしていたおじさんの、相棒だったクチートが持ってた卵から生まれたポケモンで、おじさんがユズちゃんを引き取って家まで連れて来たその日に卵からかえったらしい。まるで運命みたいにユズちゃんとリリは最初から姉妹のように仲良かったと、おじさんが泣きながら微笑んでいたのが深く心に刺さっている。
 そしてリリを通してユズちゃんはポケモンという存在に興味を持ち、日常会話用に持たせていたタブレットを使って自分で色々なことを調べるようになっていったんだそうだ。彼女がトレーナー用のSNSに迷いこんで僕と出会ったのも、そういった流れでのことだったらしい。
「私はどうもネット上の交流などにはうとくてね、あまりあの子のそういう話にも付きあってやれなかったんだが。旅のお話を毎日聞かせてくれるトレーナーさんが居るということは、実に嬉しそうに話していたよ。君が送ってくれた写真も見せてくれて――」
 ……だめだ。おじさんの言葉を思い返していたら、激しいめまいが襲ってきた。これ以上は何も考えないようにしたい。無理やりにでも今はそう努めなきゃ、まずいと思った。
 だけどひとつ、どうしても考えるのをやめられないことがある。どう考えたって変なのだ。おじさんは、ユズちゃんが亡くなったのは半年以上前だって言っていた。後からちゃんと訊いたら八ヶ月くらい前、ちょうど初めてユズちゃんといきなり連絡が取れなくなった頃のことだった。
 だったら。その後しばらくして帰ってきたユズちゃんは一体誰だったと言うんだろう。その後もまったく変わらずメッセージを交わしていた「ユズちゃん」は――?
 めまいと一緒にぐるぐるめぐる思考。それが唐突にある記憶へと行き着いて鮮明になる。
 そうだ。一度どうにもおかしなことがあった。“あの朝”だ。
 おもむろに枕元のスマホを手に取って、ユズちゃんとの会話の履歴をさかのぼる。頭の中で、おじさんに見せてもらった写真のユズちゃんがふんわりと笑う。頭が痛い、胸が痛い。それでも振り切って、もはや画面の上でしか照らされなくなった思い出を逆走する。
 そうしてやっと探しあてたあの日のやりとりを僕はただ、呆然と、見下ろした。
『リリはね あなたのことすごくすきだから』
 まさかとは思う。でも。でも。
 ――あなたをだましてる――
 ずっと謎だったその言葉も脳裏をかすめて。画面上の言葉と不意に混ざって、ほどけて、みるみる視界が涙で溶けて。
 ――わたしもあなたがすき――
 全然確信なんかじゃない。証拠もない。それでもこの瞬間僕の中で噛みあった「答え」が、今の今までせき止められていた想いをわんわん溢れさせて。もうどうやっても止まらなかった。

 そのあと三日間、僕は町にとどまった。
 とても元気よく出歩く気分にはなれずほとんどどこへも行かなかったものの、その場所に居ることそのものをひとつひとつ噛みしめて、過ごした。
 町を発つ日のお昼前、おじさんの――ユズちゃんの家を訪れた。直前になって連絡したにも関わらずおじさんは快く迎えてくれた。家の中へと促されたけれどもそれは遠慮して、玄関先で挨拶をすることにした。
「あの子に会って行ってくれたら喜ぶと思うがね」
 おじさんはそう言ったが、それ以上は言わなかった。きっと僕の気持ちは理解してくれているんだろう。
「ぜひまた来ておくれ。それにしても君の話、奇妙なこともあるものだ。あの子が亡くなってからも君に連絡を取っていた『あの子』とは何だったのか……」
 そうやって大げさに首をかしげてみせてから、おじさんは笑う。
「私も長らくポケモントレーナーだった身だからね。不思議な不思議なことは毎日のようにあった。だからこれもどこか、『そんなこともあるのかな』という気持ちでいるよ」
 僕は無言で、何度もうなずく。
「君とあの子のことを話せて私はようやく、いくらか気持ちに整理をつけられたのかもしれない。本当にありがとう、君の旅の幸運を祈っているよ。ほら、リリもご挨拶なさい」
 おじさんに呼ばれて、玄関の隅っこに隠れていたリリがおずおずと僕の前へやって来た。
 僕はすかさずそれをぎゅっと抱きしめて、言う。
「リリ、ありがとう。ふたりぶんの気持ち、ありがとう」
 リリはびっくりして、跳ね返るように僕を振りほどくと大顎で思い切り威嚇しながら家の奥へと逃げて行ってしまった。
「はは。リリはいつもあんなだから、君のことを嫌ってはいないんだよ」
 僕も笑って、深く大きくうなずいた。

 町を離れる間際、スマホに一通のメッセージが届く。「ユズちゃん」からだ。
『ありがとう だいすき』
 ラブカスの折り紙を掲げるリリの写真が添えられていた。

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