メモリーカード

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作者:雪椿
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読了時間目安:11分
寂しさと一緒に、過去に忘れてきたもの。それをあの子は持ってきてくれた。
「……あれ、おかしいな」
 僕はパソコンを操作している中、作業の終わりにデスクトップのデータをコピーしようとした。でも、空いているはずのメモリーカードには何も入らない。調べてみると、メモリーカードの空きはほとんどないことがわかった。
 何か入っているのならば普通であればファイル名なり何なり表示されるというのに、何も表示されていない。思い当たることを探ると、前にちょっとしたことでメモリーカードを貸してくれと言ってきた友人を思い出した。
 でもデータは何も入れていないと言っていたから、友人が犯人という可能性は低い。というより、こういうことをしても彼には何のメリットもない。友情とかそういうものを大切にするやつだから、滅多なことでもない限り僕との仲は悪くしようとしないはずだ。
 仮に滅多なことがあったとしても、これはおかしい。というよりむしろ怖い。故障か何かの乗っ取りか……と様々な嫌な考えが頭を過ぎていく。考えつく方法で原因を探ろうとしても、原因となりそうなものが表示されていないのだから調べようがない。
 他に被害が出る前に、一旦メモリーカードを抜いておこう。そう考え抜こうとすると、今まで何も起きていなかった画面にノイズが走る。
「うわっ!」
 メモリーカード以上の恐怖現象に、驚きで椅子から飛びのいてしまった。脳内で一気に危険信号が鳴る。どうにかしたいところだけど、これはもう僕の手ではどうにもならない。電源を落として、業者の人と相談しなければ。
 背もたれを支えに震える手でマウスを動かし、電源を落とそうとする。でも、これもダメだった。マウスポインターが目的のところに近づくとマウスの動きに反して離れていき、いつまで経ってもそこをクリックすることができない。
 これ以上怪奇現象としか言えない現象が起こっても嫌だし、こうなったら強制的に電源を落とすしかない……! ノイズまみれの画面と勝手に動き始めるマウスポインターを見ながら、ボタンを強く押し画面が暗くなるのを待つ。
 ぷつん、という小さな音がして画面が暗くなったと思った、その時。

「うわっ!?」

 画面いっぱいにポケモンと思われる目が映し出され、思わず僕は椅子を掴んだまま転倒してしまう。頭を打ち付け、じんじんとした痛みを覚えながら思い出す。こいつはロトム。僕の大切な遊び相手だったポケモンだ。
 数年前、怪しい館で偶然出会ったこの子は寂しがり屋だった。友達がいなくて寂しい思いをしていた僕とこの子はすぐに仲良くなり、一緒に遊ぶようになった。内容は今の僕では考えられないようなものだったけど、当時はとても楽しかった記憶がある。
 でも、時間は色々なものを変える。ふとしたことで今の友人と知り合い仲良くなったことをきっかけに僕は少しずつロトムと遊ばなくなり、いつしかロトムがいたことすら忘れていった。
 寂しがりなこいつのことだ。寂しさが爆発してこうして会いに来たのだろうけど……、あれから何年も経っている。どうして急に? と首を傾げた時、また思い出した。
 ロトムがいた館のあった場所は最近、老朽化が進んで危ないからと壊され空き地になったのだ。結構前から危ないと言われていたけど、ついに壊されたのかと思った覚えがある。住んでいた場所がなくなって、ロトムは僕のところに来たのだろう。
 不審なポケモンだと思われて捕らえられそうになったり、追い払われたり。きっと、ここに来るまで僕が想像しているよりも大変な目に遭ったことだろう。そんな苦労をしてまで来てくれたロトムを忘れ、乗っ取りや怪奇現象だと怖がっていた自分が恥ずかしくなる。
 ……いや、あれは途中からどう見ても怪奇現象だったから、怖がったのは恥ずかしがらなくてもいいかもしれない。ロトムも画面の向こうで嬉しそうに笑っていて、あまり気にしてなさそうだし。
 ロトムが僕のところまでやってきた。それはいい。恐らくロトムと一番遊んだのは僕だろうし、ロトムをよく知っているのも僕だった。この子について思い出した今、追い出そうとかそういう気持ちはない。
 でも、この子はどうやって僕のところまで来た? いや、「どうやって」かはわかる。それが不思議に思ったきっかけだったのだから。どうして何も表示されていなかったのかはわからないままだけど、そこはポケモンだからということにしておこう。
 問題は、どうしてそこに入っていたのかだ。直接パソコンに入ってしまえば、それでことは終わる。わざわざメモリーカードに入る必要はない。その前にメモリーカードにも入れたのかと思うけど、そこは今問題にするところじゃない。
 そもそも、自分の存在を知られたいのなら、何かに入らなくてもそのまま姿を見せてしまえばいい。いや、それだと僕は思い出せずにロトムを追い出していた可能性がある。この場合は選ばなくて正解だったのかもしれない。
 どういう経緯で入ったにしろ、ロトムだけでわざわざ物を通して僕と会う、という考えになったとは思えない。恐らくロトムにこうしろ、と指示した誰かがいるような気がした。それも、最近あのメモリーカードを貸した人物の中で。
 僕はのろのろと立ち上がると、ロトムがメモリーカードに入ることになった理由を知っていそうな人物――。友人に電話をかけた。

*****

 電話をしてわかったのは、やはりというか何というかロトムをメモリーカードに入れたのは友人だった、ということだ。僕が想像するようなデータは何も入れていなかったから、あの言葉は確かに嘘ではなかった。ただ、ポケモンというデータが入っていただけで。
 友人は偶然迷い込んだロトムと会い、言葉が通じないにも関わらずかつて僕と遊んでいたロトムだと見抜いた。友人も一緒にロトムと遊んだ時があったから、ロトムの特徴を覚えていたのかもしれない。
 ロトムが僕のところに行きたいと思っていると知って、友人は考えたそうだ。自分がロトムを連れていってもいいが、肝心の僕はロトムの存在を忘れている。普通にやったのではロトムが傷つくだけだろう。
 そこで、電化製品を通して怪奇現象を起こさせることで、強制的に僕の記憶を思い出させようとした。かつてロトムと遊んだものの中に似たようなものがあったから、ロトムも喜んでやると思ったらしい。
 確かにロトムは喜んでいるし、僕も思い出した。少々やり方が乱暴な気もしないでもないが、友人はこれくらいしないと思い出さないと考えたのだろう。……実際、思い出したのは怪奇現象によってではなく転んで頭を打ったからだけど。
 今はもうパソコンから出て、僕の周囲を飛び回っているロトム。あの頃とは違い、今は友人がいるから寂しくない。でも、寂しさ以外のものも僕は置いていってしまっていた。申し訳なくてロトムを直接見られないでいると、小さな声が耳に届く。
「……ロトム?」
 声に視線を向けると、ロトムは不思議そうな目をこちらに向けていた。どうして自分と遊ぼうとしないのか。そう言おうとしている気がする。ずっと放置されていたというのに、いいポケモンすぎる。
 でも、僕はもうロトムと一緒に遊ぶような年じゃない。そもそも、あの頃の遊びはもうできないと思っていた。理由は、もうあの遊びを楽しいとは思えなくなってしまったから。怖いと思うようになってしまったから。
 昔は平気だったのに、どうして今はそうじゃなくなってしまったのか。自分でも不思議でならない。これも時間が関係しているのだろうか。ロトムが傷つかないようにやんわりと断ろうとして、気が付いた。
 これは、僕がロトムと遊ばなくなり始めた時とよく似ている。あの時の僕は友人と遊ぶのが楽しいと思っていて、これからはあまり遊べないと伝えるために館を訪れた。いつものように遊ぼうとするロトムに対し、僕はやんわりと断りそして謝ったのだった。
 そこからどうなったのかは、既に回想しているのでやらない。とにかく、これではかつての繰り返しだ。それはロトムにも、そして友人にも悪すぎる。何もしない相手のところに居続けるほど、ロトムも人(いや、ポケモン?)がいいわけではないだろう。
 ふよふよと漂い続けるロトムに視線を合わせ、口を開く。
「ロトム。僕は昔と同じじゃないから、あの頃のような遊びはできない。だから、その代わりとなる遊びをしたいと思うんだけど……、いいかな?」
 ロトムは記憶にあるものと変わらない、いい笑顔で返事をする。一安心した後、数年前に買ったきり、一度も投げたことのない物の在りかを思い浮かべる。お小遣いが足りなくて片手に数えるほどしか買ってないけど、この子はちゃんと入ってくれるだろうか。
 記憶を頼りにいくつかの場所を探して目的のものを取り出すと、僕はそれをロトムに差し出した。

*****

 あれから僕とロトムは定期的に遊ぶようになった。気のせいか、遊ぶようになってから調子がいい。このところ息抜きらしい息抜きをしていなかったから、余計にそう感じるのかもしれない。
 ロトムはいつものように僕の周りを漂っている。それを見てバトルを申し込む人がいるけど、ロトムとはバトルするために一緒にいるわけではないので毎回断っている。
 それでもトレーナーか、と怒りに満ちた顔で言われたことはあまりに多くて数えきれない。でも、僕は別にトレーナーではない。ゲットしたのは見知らぬ誰かに捕らえられないようにするためであって、バトルもジム巡りも興味がない。
 ロトムも別にバトルできないからと不満ではなさそうなので、今はそれでいいと思っている。……とはいえ、やむを得ない事態になった時にわからなくて困るのもアレだから、たまに勉強し直したり時々友人に頼んで練習したりはしている。
 フォルムチェンジするのは知識として知っていたけど、初めて見た時はさすがに驚いたものだ。肝心のロトムは姿を変えることができるものよりも、あのメモリーカードの中がお気に入りのようだ。
 ロトムが入ってしまうと使えないので本来は困るべきなのだろう。でも、僕もあれ以降そのメモリーカードは使っていないので困ることはない。再び僕とロトムを結び付けてくれた記念品という感覚だ。きっかけとなった友人には何か違うのではと言われているけど。
 今日は久しぶりに友人とも遊ぶ日なので、ロトムだけではなく僕も何だかソワソワとしてしまっている。内容は決めていないけど、きっと懐かしい感覚になるだろう。ポケモンの存在を忘れるつもりもないので、終始賑やかになるに違いない。
「あっ!」
 チャイムが鳴り響いた。僕とロトムは競うように、玄関に向かって飛び出した。

「メモリーカード」 終わり

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