歌の花園

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作者:雪椿
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読了時間目安:7分
止まった花園で、彼女は「今日」も歌い踊る
 くるり、くるり。くる、くるり。
 世界が緩やかに、楽しそうに回る。いや、私自身が回っている。聞こえるのはよく知っている声。他ならぬ私自身の歌声。
 灰色の空に舞うのは、決して動くことも落ちることのない花びら。一面に広がる白の舞台で、私は踊る。どこまでも届くような声で歌う。観客はどこにもいない。いや、来るはずがない。ここにいるのは、舞台の主役である私だけだ。
 その中で私はいつものように、少しだけ昔を思い出す。今となっては懐かしい色がついた、あのヒトがいた頃の記憶。

*****

「今回はいつまで続くのかしら」

 それがあのヒト……母であるロズレイドの口癖だった。母と言っても、本当の母親ではない。生まれた頃から親と呼べる存在がいなかった私を引き取り、今まで育ててくれた存在。種族から何から接点が存在しないヒト。
 父と呼べる存在はいなかった。いや、記憶を掘り返してみればいたような気もするが、よく覚えていない。母に尋ねても答えてくれなかったから、むしろ思い出さない方がいいとも思っていた。
 今の世界になる運命の日よりも少し前のこと。私は新たな歌と踊りに挑戦したい。そう母に伝えた。それで返された言葉が冒頭のもの。母の目はこちらをチラリとも見ていなかったことをよく覚えている。
 子どもの挑戦心に対して随分と厳しい言葉ではあるが、母がそう思うのは仕方がない。私はその時まで、母がすすめてきたものを試しては毎度のようにすぐにやめてしまっていたのだから。
 チクリと痛む心を無視して、私は宣言通り新たな歌と踊りに挑戦を始めた。これまでとは方向がかなり違うからか、なかなか上手くいかない。そんな私を見て、いや見ていなくても母は「終わるまでもう少しかしら」と呟くのが当たり前だった。
 これまで何度も何度もかけられた言葉。それを聞き続けるうちに、私はいつの間にかその通りだと思い始めてしまっていたのだろう。少しずつ、少しずつ歌に挑戦する時間が減っていった。
 時間が減るにつれて私の心からも挑戦したいという心が消えていき、あと少しで影も形もなくなる。そう感じてきた頃。

 世界から私を除いて色が全て消え失せ、ものの動きが全て停止し、音という音が消えた。

 その瞬間は今でもよく覚えている。何の前触れもなく遠くや近くから色が消えていったり止まったりして、いたるところでパニックが起こった。どこに逃げればいいかもわからないのに、荷物をまとめて逃げようとするポケモンが相次いだ。
 そういう私も荷物をまとめて逃げようとして、そこで初めて既に止まっている母に気が付いた。よく見ると、私の家からは既に色という色が抜け落ちていた。どうして気が付かなかったのか不思議なくらい、私だけが普通だった。
 色を失い永遠に動くことのなくなった母を見た時、私の中にどのような感情があったのか。それは私自身にもわからない。思い出そうとしても、ぽっかりと穴が開いてしまったかのようにそこだけ記憶がないのだ。
 ただ、止まった母を見てから逃げようと思わなくなったのは覚えている。しばらく壁の向こうから混乱の声を聞いた後。世界は突然、不気味なくらい静かになった。静寂が、立ち尽くす私の耳に突き刺さり続けた。
 外に出てみると、私を置いてきぼりにして世界は壊れていた。いつもと同じような時間を過ごすはずの、ある昼過ぎのことだった。
 何が原因だったのかはわからない。誰かに聞こうにも、その相手は全て止まっているのだから。本か何かで調べようにも、それは機能を果たそうとしないのだから。
 私は運命に選ばれたのか、それとも選ばれなかったのか。状況だけ言えば選ばれたのだと思うのだけれど、それが嬉しいのか嬉しくないのかすぐには判断できなかった。なぜなら、私以外誰もいないのだから。
 何もすることが思い浮かばなかった私は、とりあえず全てが止まる前にやっていた挑戦を少しずつ再開していった。今はもう、挑戦に対して何か言うヒトは誰もいない。一度も止めることなく続けられた。
 時間というものはなくなったのだから、どのくらいやっているのかはわからない。今もこうして歌って踊っていることを考えると、かなりの間やっているのだと思う。ずっと続けられているのは、あれから空腹や眠気、疲れがなくなったからだろう。
 そうして続けてきた結果、わかったことがある。私は歌うことが、踊ることがとても好きだったのだ。続けられなかったのは、母には悪いけどすすめられたものが私には合わなかったから。
 時として、仮に合わなくてもやらなくてはいけないものもあるだろう。でも、これは私が好きでやっているものだ。単なる挑戦としてやるのなら、無理にして合わせて続ける必要はない。相性を無視してやっても、私が辛くなるだけだ。
 先ほど運命に選ばれて嬉しいか嬉しくないか判断できなかったと言ったが、今なら嬉しいと言える。こうして歌う楽しさ、踊る楽しさを思い出すことができたのだ。嬉しいと言わないでどう言うというのだろう。
 気に入っている舞台は、今も使っている動くことのない花びらが空に舞う花畑だ。以前はあるダンジョンの最奥にある、とても美しい場所と言われていた。でも、今となってはただの広い場所となっている。
 ただの広い場所というのは、この花畑の花は白ばかりで美しいという感想は出そうにないからだった。いや、よく見れば形を始めに多少の違いはあるようだけど、遠めに見ている限りではそれほど変わらない。
 でも、その辺りを覆う白が色のある私という存在を引き立たせる。止まっている影響で花がどうなることはないのだから、もう最高の舞台と言えるだろう。
 ダンジョンの性質は残っているから敵がいないとはいえ来るのが大変だったけど、ずっとここにいるから問題ない。いつまでも、いつまでも続けることができる。それこそ、この世界が終わる時までずっと。
 私はいつも思う。ここで永遠に、止まることなく。歌い、踊り続けたいと。

*****

 他に何もないようどこかで誰かが問う。この世界はなぜ壊れた? 誰かが答える。それは、どこかで歯車が歪んでしまったから。

 互いの顔しか見えないある場所で誰かが尋ねる。どうして彼女だけは無事だった? 誰かが言う。それは、彼女が「選ばれた」から。

 耳が痛くなるような沈黙が支配するところで誰かが呟く。この世界はいつ終わる? 誰かが零す。それは、ここでは誰もわからない。

 ある花畑では、「今日」も美しい声が響き渡る。楽しげな踊りが披露される。それを止めることなく続けるのは、一匹のポケモン――メロエッタ。壊れた世界の中、独り彼女はとても楽しそうに。嬉しそうに。歌い、踊り続ける。

「歌の花園」 終わり

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