ブラッシー行き特別列車内殺害事件

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
作者:ジェード
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:34分
 とある作家は言った。

 “誰しも特別で普遍である。どう在りたいかは、その人次第なのだ。”

 其れは痛いくらいに真実で、どうしようもない真理だった。私は私である為に、或いは私を守る為にそうするのが、最善手だったのだから。





 “本日は、ブラッシータウン行き特別列車のご利用、誠にありがとうございます。”そのような車内アナウンスが響く。
 午後の明るいグリーン車両には、四人の男女がポツポツと座って窓辺を見ている。明るい金髪に蒼眼の青年、レスター・レヴィングストンもその一人だった。
 隣には、助手のゴチルゼルを座らせ、携帯パッドを触る彼は、立派な私立探偵。次の予定にはブラッシータウンのとある住所と、捜索内容が詳細に書いてある。私立探偵がよく受け持つ、行方不明者の捜索内容だった。
「ありがとう、君は寝ていたらどうだろうか」
 ゴチルゼルが彼の膝にコートを掛ける。頷く代わりに静かに目を遣ると、そのまま静かに隣に座って草原豊かなブラッシー迄の道のりを楽しむ。
 二人は静かな休養を望んでいたが、向かいの二つ前のボックス席では、彼らとは反対に仕事中らしい。インタビュアーの真面目そうな女性が、懸命に質問をする声と、スマホロトムがその様子を収めるのが嫌でも視界に入ってきた。
「ええ、そうですね。難しいでしょう。アタクシからすれば、そういう女優や俳優は──朝焼けなんですよ。原作を読むのは当たり前。本物と同じ体験をして漸く日の出なのですよ」
 耳に入る、透明感と威圧感を持つ不思議な声。それは聞き覚えがある。レスターがちょいと目線を向けた先には、いつも見慣れたポケウッド女優。インタビューを片手間に受けている、クラン・シェーレンベルクがいた。
 びっくりして、しばらく眺めていたが、それは失礼だと彼は思い立つ。あのような芸能人という人種が、誰よりもプライベートを大切にすることを、彼は知っていたからだ。それに、探偵として名が売れてしまった彼も、似たようなものだったからだ。
 インタビュアーの彼女との質疑応答は続く。
「その、シェーレンベルク氏から見て、“本物の女優”とは?」
「境界……ボーダーラインを私たちは知らず知らずのうちに引いてしまうの。失敗する恐怖、自分が変わる恐怖とかね。でも、それを脱ぎ捨てた時こそ、“本物”になれるわ」
 何とも尖った思考だ、レスターは聞き耳立てておいて何だが、そう思って目線を端末から外してみる。通路を挟んで隣の席には、若い女の子が座っている。有料予約制の特別列車なのに、珍しいと考えていた。綺麗なワンピースに、似合わない探検帽を載せた少女。その子は、無邪気に変わりゆく景色に歓声を上げ、時折隣に座るタルップルを撫でている。向かいに、陽の光を浴びて気持ちよさそうなフシギソウも、彼女の手持ちだろうか。
 そうしていると、女性の乗務員が回ってきて、切符を切ると代わりに花入りを渡していた。その番はレスター青年にも、回ってきた。
「切符のご提示、ありがとうございます。こちらはブラッシータウン原産の乗車サービス、カモミールでございます」
 気持ちいい笑顔の女性乗務員に、ゴチルゼルはカモミールの一輪挿しをもらっていた。なるほど、確かに、ブラッシータウンは花産業が活発な街だったな。と納得し、信頼する助手が花を見ている姿を、微笑ましく見ていた。
「あー! ダメだよつがるちゃん! ボクがお姉さんからもらった花を!!」
 少女の声が、青年の思考を阻害した。
 見てみると、さっきのワンピース少女のタルップルが、むしゃむしゃともらったカモミールの花を食べてしまったようだ。“つがるちゃん”は、のんびりと欠伸して、寝てしまっている。
 またひどく、マイペースな個体だな、と青年はくすりと笑ってから目線を窓に戻した。少女が女優らも青年も気にせずに、タルップルを叩くぽこぽこという音が続く。
「春先は長閑なものだな」
 レスター青年の目に映るのは、ターフタウンのなだらかな山々。暖かな陽の光を浴びて、陽陽と風に靡く草木。特に、ポピーのような色彩豊かな花畑は、特徴的なガラル地方の田舎風景だ。
 そんな穏やかな空気を劈くように。蒸気機関車の急ブレーキが、金切り声のような不快さを上げて止まる。当然車内も、慣性に従って大きく揺れた。
「お、おっと!」
「わわっ、つがるちゃん!!」
 レスター青年には、隣に座っていたゴチルゼルがぶつかる。
 同時に、向かいの二つ前のボックス席。あのインタビュアーと女優の所では、女優の持つバッグが開いてしまい、化粧ポーチやミラー、台本等が散らばってしまった。そこに、“つがるちゃん”こと、タルップルが転がってしまう。体長0.3メートルの小さな体躯が災いしたのだろう。寝ていたタルップルのよだれが、その女優の持ち物を、いくつか溶かしてしまっていた。
「あ、あのごめんなさいお姉さん! ボクのつがるちゃんのせいで、色々溶けちゃった……」
 ワンピース姿の少女は、転がり倒れたタルップルを抱きしめると同時に、散らばった女優の荷物を拾って詫びる。特に被害を被ったのは、化粧ポーチのようだった。ルージュか何か、ピンクの液体が、白いポーチに染み出ている。タルップルの体内で作る強い酸、『りんごさん』に溶かされてしまったようである。
 レスター青年は、前の席で起こったトラブルを見守っていた。特に、あの女優が怒りを少女にぶつけるようなら、介入も考えていたからだ。
 あわあわと取り乱す、ワンピースの探検帽少女。一方の女優は、黒く巻いた髪を指に絡ませながら、そっと美しい微笑を咲かせた。
「大丈夫よ。お互い不運だっただけ。タルップルは無事?」
「うん、おでこをぶつけちゃっただけみたい。ごめんね、お仕事道具台無しにしちゃって」
 タルップルは丸いたんこぶを作っていた。少女はタルップルを抱いたままに、ぺこりとお辞儀をしてみせた。タルップル自身も、何だか申し訳なさそうに女優を見る。
「気にしないで。私のルージュは、特別でもなんでもないもの」
 とりあえず、乗客者同士のトラブルには発展しなかったようだ。安堵するのは、女優の向かいに座っていた、インタビュアーも同じようであった。
 それよりも、レスター青年は、この急ブレーキの理由が引っかかっていた。『りんごさん』で車内が汚れてしまったのもあるし、とにかく彼は一度直ぐ前の車両にいる、車掌に安否を確認しようと思い立つ。
「ゴチルゼル、君はここで待っててくれないか? 私は、車掌室に行こうと思う」
 冷静な助手は頷き、二つのモンスターボールを携えて、車掌室に足を進める。
 外に出ると、止まったままの車両の石炭庫に当たる部分が何やら騒がしい。タンドンやトロッゴンが、入れ替わり立ち代りしている。
 石炭庫を、横脇の通路で通り過ぎたレスター青年は、ようやく車掌室にたどり着いた。指示に慌てた様子の車掌がそこにはいた。
「あの、すみません。何かトラブルでも?」
 レスター青年に、車掌は疲れた笑顔で安心させようとしていた。白手袋には、通信機が握られている。
「ああ、いいえ。大丈夫ですよお客様。事故なんかではないですから。ただ、燃料係のタンドン達が、ずっと働きっぱなしだったようで……徹夜明けのエネルギーが尽きたんですね」
「はあ、もしやポケジョブの、ですか」
 力なく頷く車掌。マクロコスモスのトップが辞任してからというもの、警察組織やポケジョブ等の企業同士の連携は、ガタガタに崩れてしまっている。
 さっきのタンドン達も、本来する以上の労働を課せられてしまったのだろう。それでなくとも、ポケジョブに貸し出すトレーナーは、個人事業主という扱いなので、何かとトラブルは多い。
「もう代わりのタンドン達が来たんで、お客様は席にお戻りになって大丈夫ですよ。まもなく、動き出しますので、お気を付けて」
「ええ。こちらこそ、お仕事中に失礼しました」
 レスター青年が、礼儀正しくシルクハットを胸にすると、次には車内へさっきの車掌からのアナウンスが入っていた。

 “特別列車に乗車のお客様にご連絡です。ただいま乗務員交代のトラブルにより、20分程の遅延が発生しております。その影響を受けまして、当車両はブラッシータウン駅まで“急行列車”への変更を致しますことを、ご了承下さい。乗客の皆様には、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。”

 レスター青年が席に戻ると、タルップルの『りんごさん』を掃除し終わる、バリヤードがいた。モップを軽快に回して、楽しそうに去って行った。
 20分ほどの急停止。銘々に休んで待機していたようだ。さっきのワンピース少女はいない。フシギソウだけが、窓辺を見てお留守番している。
 二つ前の席の女優もいない。インタビュアーの彼女はそのまま席におり、さっきとは違い、ひたすらにキーボードを叩いていた。隣にはいつの間にやら寛ぐ、彼女のだろうか。ランプラーもいる。
 レスター青年の助手、ゴチルゼルは、いつもの冷静さで席で待っていた。青年が戻ると、端末で現在の時刻表を丁寧に見せてくれた。
 女優、クラン・シェーレンベルクがエンニュートと共に、席に戻ると同時だった。列車はゆっくりと動き出し、徐々にそのスピードを上げていく。シェーレンベルクからだろう、煙草の燻る香りがする。女優が、見るからに手を返したサインをしていた。
「分かりました。本日はありがとうございます。映画の試写会、楽しみにしております」
 レスター青年の通路を挟んでの隣、ワンピースの探検帽少女は帰ってこないまま。前のボックス席の二人は、全く会話を交わさなくなった。
 女優は窓辺を見つめながら、自身の手持ちの手入れをし。ライターは、やはりランプラーに見守られながら、キーボードを叩いていた。やはり日常的な、列車内の風景。


 その幕は、切って落とされた。


 けたたましい非常ベル。そして急ブレーキ。さっきの急停止から、10分と経っていない。流石に、車内はにわかにざわつく。
「もう今度は何……? また編集部に電話しなきゃ」
 ライターがスマホロトムを呼び出し、女優が物憂げに電光掲示板を見上げていると。
「なな、何!? 今の音! ボクの予定はどうなっちゃうのー!」
 どたどたと足音を立てて、ワンピース少女がようやく自分の席に戻ってきたようだ。レスター青年も、いよいよ非常事態の予感を感じていた。
「あの、私が車掌に尋ねて参りますので、皆さんそこに居てもらえますか?」
 三人の目線は、レスター青年に集中する。それぞれ困惑なり、仕切られたことへの不満がありそうだった。しかし、ワンピース少女の一言で、全員そうするのが最前と判断することになる。
「あー!! ボク、お兄さん知ってる! あれでしょ、ガラルの名探偵さん!」
 当のレスター青年は、苦々しく頷く。女優は納得したように微笑み、ライターはひたすら驚いていたようだ。
「と、とにかく! 私が状況を確認しますから、皆さんはお静かに。何かあっても、私のゴチルゼルが守ってくれるでしょう」
 足早に、その場を去る、チェックのチェスターコートの青年。助手のゴチルゼルがその様を見届けていた。

「あの! 何かトラブルが?」
 走りたい気持ちで、車掌室にたどり着いたレスター青年。そこには、青ざめたさっきの車掌と何名かの乗務員。何か、異臭がする。レスターが代わりに換気を推奨した。
「皆さん落ち着いて、マスクかハンカチで口元を塞いでください。何か、ありましたよね」
「はい、さっきのタンドン達が……」
 と、さっきは通り過ぎたボイラーのある、石炭庫を指す。レスターが駆けつけると、異臭の源。
 蒸気機関のエネルギー源、死に果ててしまったタンドン達が、そこには転がっていた。





 レスター青年の指示により、各機関への通報はスムーズに行われた。直ぐにブラッシータウンから直属の巡査が派遣され、空気洗浄が行われる。ポケモンセンター各位に、タンドン五名、トロッゴン一名が救急転送されたが、既に死亡していたタンドン三名に、レスター青年は十字を切った。
「遅れましてすみません! 本官、ブラッシータウン交番直属の、バーナード巡査であります! ハイ!」
 刑事よりも先に現れた巡査。いわゆるお巡りさんは、何故か狂気とも言える目の輝きをしていた。困惑する乗務員や乗客者は、さらに不安になる。
「あー、どうも。私は……」
「探偵のレスター・レヴィングストン殿でありますね! 本官、知っておりますよ、ハイ!」
 レスター青年が探偵事務所の名刺を渡すと、代わりに、あんパンと牛乳を渡そうとしている。何なんだこいつは……と、レスターは辟易する。
「探偵殿は、あんパン嫌いでありますか?」
「そういう冗談は、ホームズにでもして頂きたい」
 だいたい、あんパンと牛乳は張り込みだろう。そして、いつの時代なんだ。とレスター青年の脳内ツッコミは絶えない。
 やはりどうにも、ガラルの現在の警察組織はまとまっていない。多くの人員を、“ねがいぼし”やムゲンダイナの調査に割かれているからだ。その上、マクロコスモスの瓦解。そりゃ、こんな私立探偵が時々、刑事事件の捜査に駆り出されるよな、と青年は自嘲気味だった。
「じゃあボク、あんパン欲しいです! ダメかなおじさん?」
 呑気に、あんパンを欲しがるワンピース少女。バーナード巡査はあのテンションのまま、少女に渡していた。こんな状況で、よくもまあ食べられたものだと、青年は思っていた。
 女優は不機嫌そうに煙草を咥え、ライターは汗ばんではいたが、とにかく話を聞こうとこちらを見ていた。最初に花をサービスしてくれたと思われる、女性乗務員は、震えて座り込んでしまっている。
「私からの提案なのですが……この感じですと、刑事が現場を封鎖するのは、相当時間が掛かりますよね?」
「そうでありますね、ハイ! ガラルの警察本部は、今はイシヘンジンよりも不安定でありますからして、ハイ」
 自分で言ってしまうのか。レスター青年は更なる不安に駆られた。しかも最悪なことに、事件現場に一番近い車両にいて、何度かボイラー室を素通りした自分は、濃厚な容疑者なのだ。
 そんな濡れ衣を、許す訳にはいかない。
「私のことをご存知らしいですね。私は、おそらく第一にでも挙がる容疑者だ。そんなのは、実に不名誉です。ですので、あなた方の力をお借りして、今ここで解決してしまいたい」
「おおっ! 名探偵のお出ましでありますか! でしたら、本官喜んでお手伝い致しますよ、ハイ!」
 いやに、爛々と輝く目をしたバーナード巡査。列車内は、当然だがざわついた。
 彼とタッグを組み、レスター青年は、探偵としての“ブラッシー行き特別列車内殺害事件”に取り組みだしたのである。





 車両内の安全は、バーナード巡査のマタドガスにより、無事空気洗浄を終えて確保された。現在は、バーナード巡査のムーランドが、車内の異物調査を行っている最中である。
 亡くなってしまったタンドン三名を、観察するレスター青年。黒く硬い外殻に異変はない。岩の特性を持ったまま、死後硬直してると思われる。ボイラー内部も、争った形跡は確認出来ない。
「毒殺、と断定していいだろうか。ヨノワール、頼む」
 彼は、持っていた二つのボールの一部を解放する。出てきた一つ目の霊体は、壁をすり抜けて人間には見えない、ボイラー内部の細かな部分まで見ていく。
 戻ってきたヨノワールが、小首を傾げて青年に伝える。彼の“おみとおし”のセンサーに引っかかるような物は無かったようだ。
「レスター殿! 本官、鉄道関係者との確認が取れましたであります、ハイ!」
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「ハイ! 14時16分までは、至って通常の運行。しかし、乗務員の交代のタイミングが遅れてしまい、14時37分まで運休。そして、被害者達が交代し、14時42分に出発、そして14時50分に事件発生。であります、ハイ!」
 見た目とは裏腹に、着実な仕事ぶりに、ちょっと驚くレスター青年。聞いた限り、鉄道側の記録は事実で間違いない。
「突如、急行になったタイミングがありましたよね。あのダイヤルはどうでした?」
「ハイ! 間違いなく、普段の観光線路からは外れて、“急行列車”へ切り替わっております! ショートカットした事により、予定よりも早い到着になるようだったようですね、ハイ!」
 鉄道側や車掌に不備はない。そして、“予定よりも早い到着”という部分に引っかかるレスター青年。何か犯人側の、都合が狂ってしまったのか。
「分かりました。あとは、聞き取りと洗い出しですね」
 ボイラー室を後にし、先程の乗客3名と乗務員1人が座って待機する車内に向かう。助手のゴチルゼルが、丁寧に礼をして迎えてくれた。
「失礼ながら、皆さんに簡単な事情聴取と荷物検査を行わせてもらいます」
「本官が荷物と、手持ちのポケモンの状態をチェックさせていただきます! ハイ!」
 レスター青年が宣言すると、三名の乗客は皆、銘々に嫌そうにしているが、しかたあるまい。

「えーと……ボクは、リリスローズ・ド・ジェンヌ。探検家です! 今日は、お父さん達には内緒で、ターフタウンの地上絵を見に行こうと」

【容疑者A】
リリスローズ・ド・ジェンヌ(16)
性別:女性
手持ち:タルップル♂、フシギソウ♂
職業:自称探検家(お嬢様)

 一人称がボクである彼女に、レスターは敢えて触れなかった。面倒だし、誰しもそういう時期はあるからだ。彼女は、ジェンヌ家というカロスの由緒ある名家の娘。レスター青年とは、似たような境遇だからか、探検家になりたがるのはわかり易かった。今日は、うるさい両親が演劇を観に行っていて、彼女にとってはチャンスだったという。
「失礼、君は急停車中に車内にいなかったようだが……何用で?」
「えー、お兄さんボクを疑うの? あれはただ、お手洗いが何処にあるか迷ってただけなの! それに、フシギソウの“リーフちゃん”は、ずっと席に居たでしょ?」
 毎度の事ながら、この工程をする度に、レスターは人に嫌われるのに慣れていくのを、実感していた。彼女の言い分は正しくて、フシギソウが席に居るのはレスターも確認している。
 持ち物は、水筒にペンとノート。いくつかのキズぐすり類と財布程度しか入っていない。


「アタクシ、事件よりも貴方の方に興味があってよ。若い探偵さん。クラン・シェーレンベルク。ご存知の通り、女優」

【容疑者B】
クラン・シェーレンベルク(40)
性別:女性
手持ち:ピクシー♀、エンニュート♀、ニンフィア♂
職業:女優

 彼女は妖艶な目をレスター青年に向けた。が、その手のものは苦手だったので、助手のゴチルゼルが睨みを効かせ牽制。彼女は、明日に出演映画の試写会が控えており、キルクスのホテルに泊まる予定だったという。
 一度、停車時に外に出ていたのを、レスターは覚えている。持ち物には、台本と、ラッキーセブンが二箱あったので、本人の言い分は筋が通っている。タルップルとのトラブルで溶けてしまった中身は、やはり化粧品が主らしい。ルージュとパフ、コンシーラーらが一部融解して合体してしまっている。
「一つお聞きしたいのですが、マネージャー等は? 普通は、何者かと同行するものかと」
「そうね、“普通”は。でもアタクシは出演交渉もスケジュール管理も自分でやりたい質なの。それに、護衛ならこの子達でも出来るわ」
 そう言って、香水の香りを纏うエンニュートを撫ぜる。


「なんでこんな……あたし、スイセ・ドリューヘッドっていいます。ライターです。知ってるでしょうけど、シェーレンベルク氏に移動中の取材を」

【容疑者C】
スイセ・ドリューヘッド(24)
性別:女性
手持ち:ランプラー♀
職業:ライター、雑誌記者

 彼女は、ナックルシティの編集部所属のライターであるようだ。実際には、小説家志望で、レスター青年が見ていたキーボードでの作業は、その自分の為の原稿作業であったらしい。
 本日は、シェーレンベルクへの取材をし、そのまま編集部へ帰る予定だったそう。
「スイセ女史、本官のムーランドが貴方の傍でうるさいのでありますが……何か隠されてますね? ハイ」
「え……あっ! ちょっと、出てらっしゃい“スフィル”!」
 スイセが、慌てた様子で足元を叩くと。でろん、とゲンガーが現れた。彼女の手持ちであるらしい。普段から引っ込み思案で、わざとではないと彼女は説明する。
 持ち物を見せてもらったが、スマホロトムにタイピング用のパソコン。あとは軽い飲み物と菓子類にキズぐすり類。化学薬品等の匂いはないようだ。

「なんて事だ……全員“どくタイプ”を所持しているじゃないか」
 天を仰ぎたくなるレスター青年。ちょっとした過呼吸を起こしていた、あの女性乗務員以外には全員に聞き取りをした。
 しかし、やはり犯行を行えるのは、この車両内にいた自分を含めた4人しかいないのだ。死因がほぼ毒殺で、薬品類も見つかっていない。という事はもう“どくタイプ”による犯行でしかない。
「ちょっといいですか」
 手を挙げたのは、怪訝な顔をしたスイセだ。黒髪を纏め、メガネを左手でいじっていた。
「何故、貴方……レヴィングストン探偵は、容疑者から外れるんです? 貴方の手持ちだって見せるべきでは」
 ひと息ついて、分かりました、とモンスターボールを全て出すレスター青年。
 並ぶのは、先程から皆を監視するゴチルゼルに、捜査隊長のヨノワール、ライボルトの三体。
「私の手持ちは皆、“どくどく”等は覚えません。そして、あまり知られていないのですが……ポケモンを“毒殺”出来るのは“天然のどくタイプ”だけなんです」
「えー、そうなの?」
 口を挟んだのは、リリスローズだ。彼女の手元には、強力な酸を持つタルップル。もぐもぐと呑気にあんパンを食べている。
「そうです。普通、ポケモンが猛毒状態になっても、自力で克服するんです。それは、ポケモンの植物並の成長と進化の早さが関係しており、要は凄いスピードで“抗体”が造られるからです」
「そんなポケモンを、“毒殺”するのは難しい……どくタイプの体内で造られる、“その個体独自の猛毒以外”ではね」
 三人はレスターから、バーナード巡査へ目線を移していた。あの爛々とした目は、今も力強く頷いてレスター青年の言葉を肯定していた。
「して探偵殿! 探偵殿のゴチルゼルは、事件発生前からずっと車両におり、且つ“かげふみ”であると確認しましたね?」
「ええ、その通りです」
 “かげふみ”は常時、同じフィールド下にいるポケモンを、ボールへ戻れなくさせる。だから、誰も一度出した手持ちを、レスターの許可なしには戻せなかった。
「でしたら、犯人は、“かげふみ”をかいくぐれるどくタイプ……つまり、スイセ女史のゲンガーしか居ないのではありませんかね? ハイ」
 そう、“かげふみ”は“ありじごく”とは違う。ゴーストタイプ或いは同じ“かげふみ”だけは、その縛りから逃れられるのだ。
「あ、あたし何もしてません! 第一、理由もないし!」
 スイセが立ち上がり、バーナード巡査に抗議する。ランプラーもゲンガーも怒っているのか、周りの物体はいくつかポルターガイストを起こしている。
 順当に行けば、彼女が犯人になる。年齢の低いリリスローズに犯行は難しい上、シェーレンベルクは事件発生時にアリバイがある。エンニュートの猛毒でじわじわと殺すのも、不可能に近い。それならば、ボイラー内部の火室は、もっとタンドンらが呻き苦しんだ跡が残るからだ。
 だが、おかしい。色々と足りない気がしてならない。レスターは、バーナード巡査を呼び、再び始まりのボイラー室へ向かう。
「急行列車になって、焦った……?」
 自分の何気ない一言。だが、彼の閃きには必要なエッセンスだった。急いで端末で調べ始めるレスター青年。
「ヨノワール、連結部分から列車の上を調べてくれ! ライボルト、君はトイレだ! バーナード巡査、お願いが」
 彼とムーランドにとある依頼をする。レスター青年の中には確信があったからだ。
 しばらくして、レスター青年の予想通りの異変を発見したヨノワールと、“ある物”を発見し銜えたライボルトが戻ってきた。そして。
「探偵殿! 居ましたです、ハイ!」
 はあはあと、息を切らした手持ちそっくりな巡査の姿。
「ありがとうございます。よし、直ぐに皆さんを集めよう」
 探偵、レスター・レヴィングストンによる事件の解明が、行われる時が来たのだ。





「皆さん、お集まりいただきありがとうございます。私の推理を聞いて頂きたいのです」
 車掌や女性乗務員、そして容疑者3名は揃って固唾を呑んでレスター青年を見ている。
「結論からして、やはり犯人はこの中にいます。そして、タンドン達を毒殺したんです」
 困惑がさんざめく。ドラマや小説じゃないんだから、みたいな野次もあった。しかし、やはり視線は三名の女性に集中しているし、レスター青年を見る周りの目は、期待混じりだ。
「私のヨノワールに調べてもらったところ、蒸気機関車のボイラー安全弁が、一部溶けておりました。犯人は、初めはもっと大掛かりで長期の犯行を予定していたのでしょう。しかし」
 レスターのゴチルゼルが、蒸気機関車上部、ボイラー安全弁の様子を『サイコキネシス』を使って映し出す。構造をよく知る車掌らは、凍りついていた。この犯行が完遂されていれば、間違いなく運転室にいた自分達は死んでいたからだ。
「そうはならなかった。遅延によるショートカット、急行列車への切り替えがあったからです」
 『サイコキネシス』は、次には路線図を映し出し、大幅なブラッシータウン駅へのショートカットを説明していた。
「焦った犯人は、蒸気機関のそのものを破壊することにしました。火室にいるタンドン達に『ふしょくガス』を送り込むことにより、スピーディな犯行をしてみせたんです。でも、誤算がありました」
 レスター青年は、雄弁だった。静まる空気。喉が詰まりそうな思いに駆られそうになるが、彼は止まらない。
「使用するはずだった、“とくせいパッチ”をトラブルで溶かされてしまったから。本来出来る、言い逃れが出来なくなったんです」
 レスター青年の手には、ビニールに入った溶けて壊れてしまった道具があった。内部端子が、ドロドロに溶かされて一部見えている。
「タルップルは、『りんごさん』という体内で強い酸を作れるポケモンです。そのタルップルが鎮静作用のある、カモミールを食べて寝ていました。そのよだれは、強い酸性に違いなかった。これらは偶然ですが、彼女に降りかかった悲劇です」
 ほえー、と間抜けな声でタルップルを見つめる、ボクっ娘探検家少女。レスター青年の説明は、続く。
「鉄や鋼を溶かせる毒を持つのは、“ふしょく”のエンニュートしかいない。エンニュートは通常特性が一つしか存在せず、“とくせいパッチ”を使うことでしか隠れ特性になることはできない。つまり犯人は」
 空気が、足並みが。揃って、とある一人を向いていた。
「貴女しかいないんです。クラン・シェーレンベルク氏」
 暫しの静寂。当の本人は、もう車両内を気にせずに煙草を蒸していた。甘ったるく、苦い薫風。ゆるりと、ボブカットの艶髪を触る。
「でもね、可愛い探偵さん。アタクシ、その時刻には、席に着いてたわ。それは貴方も見ているでしょう?」
「そうですね。でも、“狐につままれる”のはもう懲り懲りなんです」
 彼は、助手のゴチルゼルに指示する。眩い光が、一瞬皆の視界を奪った。誰もが目を瞑り、開けた先には。
「貴女は、最初の停車時にボイラー安全弁を溶かすつもりだったが、これが“急行列車”に切り替わったと気づき、タンドンを殺害する計画に変えた。エンニュートと共に戻ってきたのは、ゾロアークだ」
 そこには、居たはずの女性乗務員……ではなく、黒い化け狐。『マジカルシャイン』を喰らい“イリュージョン”が解けたゾロアークだった。
「本物の乗務員さんは、倉庫で眠らされてましたのを本官らが保護しました! ハイ!」
 バーナード巡査が、バターンと大きな音を立て、ムーランドと共に現れた。最初に見た女性乗務員が、あんパンを持たされたまま、ムーランドに座っていた。如何にも、困惑している。


「どうでしょう、シェーレンベルク氏?」
 座っていた彼女は、カツ、と高いヒールを響かせる。モスノウのような白いファーコートを下ろすと、気だるげに煙を口から吐く。
「アタクシ……いつだって“本物”の女優でいたいの。白雪姫の魔女にだって、お菓子の家の老婆にだって化けられる、そんな“本物”こそが、クラン・シェーレンベルクなのよ」
 何故だか、誰もが、動けなかった。それは魔法に掛かったように。毒牙に掛かったように。動けなかったのだ。何処からか、パイプオルガンの旋律でも聞こえてきそうな、威風堂々さ。
「だから、可愛いだけの無能な主役にはうんざりなの……もっと、陰惨にリアルを演じなさいって、いつも思うわ」
「貴女の今回の役は、嫉妬で人殺しをする悪女でしたね。それでまた……“本物”になる為に?」
 レスター青年は、その女優を睨んでいた。込み上げる嫌悪感を抑え、必死に冷静さを保っていたのだ。
「そうよ。貴方、知ってる? 本物の恋は燃え上がるように情熱的で、理性を置き去りにしてしまうの。本物の挫折は、見る世界全てを濁らせ、その人の心に残り続けるの。じゃあ、本物の殺人は? 私は、私は……鳥肌が止まらなかったわ! 恐怖が、緊張が、どっと押し寄せた! 後のことなんて、何も考えられなかったの!!」
 喜劇よりも軽やかに、悲劇よりも劇的に。彼女は語る。彼女は演じる。暗澹の中でも。
「アタクシからすれば……それは“とんでもない対価”なのよ」
 その悟りと理性を持った、矛盾する恍惚な姿に。レスター青年は、呆れて首を振っていた。
 カツ、カツと。美しいヒール音は、終幕を刻んでいた。
「……私は貴女に似たような男を知っています」
「あら、そうなの?」
 翻るコート。自供したというのに、蝶のように佇んでいるのは変わらなかった。
「彼もまた、“誰にだってなれるのに、本当の自分にはなれない”んです。貴女は……なれましたか? 本当の、女優クランではなく、“人間クラン・シェーレンベルク”に」
 レスター青年は、どうしようもなく、濡れた目をした男を思い出していた。黒髪に琥珀の目をした彼は、この女と重なって仕方なかったのだ。
 先程とは、違う静寂。レスター青年がバーナード巡査を見ていたその時。
「……意外と可愛くないのね。探偵さん」
 列車の天井を這ったエンニュートが、眼前に迫っていた。ゴチルゼルに指示を出すが、これでは待に合わない。悲鳴が交錯する。鋭い『シャドークロー』が、彼を狙っていたが──。
「……若い探偵殿、真実とは真実だからこそ、皆恐れ、なかなか近づかないものなのです」
 バーナード巡査が、エンニュートの肢体を締め上げ、特殊警棒で固める姿が、青年の目の前にはあった。ゾロアークも締め上げられており、ムーランドが抑えていた。
 怒涛の展開。そして助けられたことに安堵し、力が抜けた。
「そう……残念。じゃあ、アタクシは“本物の牢獄”でも味わって来るとするわ」
 クランが外で待機していた、刑事らに両手を差し出し、この事件は幕を閉じた。ラッキーセブンの残り香は、儚く甘く、そして苦かった。





 サイレンと人の行き交う雑踏のこだまする、特別列車第一車両。
 乗務員と被疑者らは、ラッキー看護師のセラピーを受け、ようやく解放されつつあった。また事件の証言を依頼はされるだろうが、ひとまず帰宅が許されたのだ。
「貴方……優しそうな感じなのに、微妙にデリカシーないんですね」
 疲れてコーヒーを流し込んでいたレスター青年。話しかけたのは、事件に巻き込まれてしまった、スイセ・ドリューヘッドだ。
 痛いところを突かれた気がして、レスター青年は、言葉には気をつけようと、自分を戒める。
「そうかもしれない……しかし、貴女も不幸でしたね。せっかくの取材もパーでしょう」
「ええ。明日から忙しいでしょう。でもね……気になるんです」
 スイセは、欠伸をするレスター青年に、鋭い目を向けていた。何かを感じ、改まる。
「シェーレンベルクは、何故私を指名したのかって。だって、もっと信頼出来るライターはあちこちにいます。もしや貴方も、ブラッシーに野暮用があったのでは?」
「ありましたね。行方不明のポケモンの捜査依頼でした」
 二人は意味深に見つめ合い、スイセはまた眼鏡の柄を触っていた。ゴチルゼルが心配そうに、青年の目を見ている。
「もしかしたら、ですが。貴方も私も……皆、彼女の“キャスティング”だったんじゃないでしょうか? だからあんなにも、彼女はあの時活き活きとした、ある意味彼女だけが、本物だったのかも」
 全ては、誰かによって仕組まれた“悲劇”だったのか。その中で、クランだけが、役を脱ぎ捨てた“本物”になったのか。
 それは、二人には分からない。
「……考え過ぎでしょう。あんパン、食べます?」
「……私はいいです」
 二人は特別列車を降り、バーナード巡査からもらった、冷めたあんパンを分け合うという体で、押し付けあったのだった。


─Fin─
Twitterで小説に使う要素等を募集し、書くという企画で書いた一遍でした。

ジャンル:本格推理もの
テーマ:自分を形作るものは何か
登場人物:ボクっ娘、意外と有能な脇役、かっこいい悪女
その他の要素:花、ショートカット、急行列車、徹夜明け、とんでもない対価、あんパン、朝焼け、よだれ、とくせいパッチ、境界

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

オススメ小説

 この作品を読んだ方にオススメの小説です。

交連

覆面作家企画9に投稿させていただいた作品です。 テーマ:カード

私のゆめ

テーマ:ワイルドエリア

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。