幸せは歩いてこない

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作者:花鳥風月
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読了時間目安:8分
 今日も一日が終わった。
 ブルーライトに照らされながら文字の羅列を眺め、整理する。時々かかってくる電話に、声のトーンを上げて無駄に謙る。そんな無味乾燥でモノクロの一日が。
 だからといって、仕事の場から離れれば羽根を伸ばせるかと言われれば、実はそうではない。
 SNSを開けば政治家の話、ガラルのシュートシティで行われているトーナメント戦の話、誰かの愚痴や意味深なポエム。あるいは、ポケモンをかつてのプリクラのようにデコってタグ付けしたシェア画像。テレビをつければ、誰かが誰かをおちょくり、笑いものにするバラエティ番組。
 誰かの幸せも、不幸も、自分にとっては関係ないハズのことなのに。どうしてこうもいろんな感情が連鎖するのだろう。
 明るい気持ちで世の中が溢れているなら、自分も明るくなる。逆に周りが暗い気持ちにまみれていると、自分も暗くなる。
 自分はいつもそうだ。何をするにも、いつも他人の目を伺う。自分の感情にしたって、誰にも見えていないハズなのに監視されているようでならないのだ。
 暗い気持ちを抱いてはいけない。逆に幸せに満ちた感情も持っては、周りに疎まれるから見えないようにしなければいけない。



 自分らしくいられる場所はどこなのだろう。



 真っすぐ家に帰ってもいいのだが、あいにく実家暮らしの自分は親の干渉も避けられない。
 今日の仕事はどうだったかとか、昇進はいつだとか、まだ結婚しないのだとか。
 とにかく、今は世間と自分とを切り離したかった。自分に関係のある人間すべてシャットアウトしたい。もちろん未来永劫というワケではない。今日はそういう気分だから、充電する時間が欲しい。それだけのことだ。
 自分はなんてワガママなのだろうと思う。ひとりきりじゃ生きていけないくせに、ひとりになりたいなんて。
 分かっていながらも、自分の足は家までの一番近い道から逸れていた。

「ふぅん、ポケモンのドーナツか」

 通り過ぎようとした店のポスターに、思わず目を惹かれる。ラッキーを模したドーナツが期間限定で発売されているらしい。そういえば、ピカチュウやモンスターボールの形をしたドーナツも、一緒に売っているんだっけ。この時期になると、ドーナツショップが親子連れや若い女子大生、ポケモンマニアの集団でにぎわうのだ。
 ラッキーといえば、幸せを運んでくれるとか言ってたっけ。昔、セキチクのサファリパークに遊びに連れて行ってもらった時のことを思い出した。あいにく、自分はトレーナー免許を持っていなかった歳だから、ゲットはできなかったけど。
 ラッキードーナツを食べれば、この虚無な日常に少しでも彩りが加えられるのだろうか。いや、まさか。でも、ちょうど小腹も空いてるし、たまにならいいかな。
 自分の手は、ドーナツショップのドアノブを握っていた。



「いらっしゃいませー、ご来店ありがとうございます」
「ただいま、ポケモンドーナツ発売中でーす。お土産におひとついかがでしょうかー」
「いかがでしょうかー」

 夕方のこの時間は、やはり多くの人が行列を作っていた。イートインコーナーで汁そばをすすっている人もチラホラ見られる。
 おっと、ぼーっとしている場合ではない。後ろに並んでいる人達をつっかえさせちゃう。
 自分は慌てたように、トレーとトングを手に取ると、ドーナツのショーケースを眺めながら進んでいった。
 グレースがかかったチュロス、ド・定番のオールドファッション、ソルガレオの鬣みたいな、もちもちしたリングドーナツ。どれもそそられるところだが、今日の自分の目的はラッキードーナツだ。
 イチゴ味のチョコレートがコーディングされた、ラッキーを模したドーナツ。これは子どもだけじゃなく、若い女性にもウケがいいのがよく分かる。こういうのがいわゆる“SNS映え”するものなのだろう。しかし、自分は決して映えを狙うためにドーナツを食べるのではない。
 じゃあ何で食べるんだろうか。小腹が空いている、なんていうのは自分に暗示をかけるための建前でしかない。
 
(救われたいんだろうな)

 幼き日の思い出。
 サファリパークのラッキーはゲットできなかったけど、確かにあの時姿を見ることができた。「きっとあなたの未来は幸せに満ち溢れている」と頭を撫でてくれた、両親の手の温もり。
 その思い出に、無意識にすがっていたのかもしれない。ラッキーに幸せを分けてもらいたくて、自分は、自分は__。

「お次でお待ちのお客様、こちらにどうぞー」

 店員さんの呼びかけが、我に返してくれる。忙しなく自分は、レジへとトレーを運んで行った。
 正直、親子連れの客何人かが、自分の姿をジロジロと見ている。いい年した大の大人が、1人でポケモンのドーナツを買っていくなんて。
 これが別の日の自分だったら、恥ずかしさのあまり耳を真っ赤にしていただろう。だが、今日の自分はそこまで考えている暇も余裕もなかった。早くラッキーに幸せを分けてもらいたい。このドーナツに救われたい。

「店内でお召し上がりでしょうか?」
「あ、ハイ」
「ご一緒にお飲み物や飲茶はいかがでしょうか?」
「えーと……じゃあ、アイスティーをひとつ」
「かしこまりました」

 対象のポイントカードもなかったため、電子決算でさっさと会計を済ませる。
 ただ、この時の店員さんが、対自分の接客中に怪訝な顔ひとつもせず、笑顔でずっと対応してくれたのが、何となく救われた気がした。手慣れているものだ。
 紙ナプキンの上にラッキードーナツが敷かれ、透き通ったカラメル色のアイスティーが並ぶ。

「お待たせいたしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」

 店員さんの丁寧な接客と笑顔が、自分に祝福を授けてくれるような気がした。 



 店内の一番角の席につき、手持ちのウェットティッシュで手を拭く。まずはアイスティーのグラスにストローを突き立て、喉を潤わす。乾燥しやすい事務室で電話対応をするものだから、喉が乾燥していたのだ。
 続いていよいよ、ラッキードーナツの下半分を紙ナプキンで包み込み、口に運ぶところだ。それにしても、こういう見た目がかわいらしかったり、キャラクターを模した食べ物は、いざ目の前にすると何となく食べにくい。それでも自分の口は、ラッキードーナツにかぶりついていた。

(なかなか甘いな)

 ずっしりと甘い。他のドーナツよりも値を張っているだけある。これは自分の年には相当堪えるぞ。
 でもなぜか、悪い気はしなかった。思えばドーナツショップでドーナツを食べることも、ずいぶん久しぶりな気がする。
 そうだ、サファリパークに行ったあの日も、帰りにドーナツを食べたんだっけ。
 おいしい? と微笑みを投げかけてくれる両親の顔が、ふっと頭をよぎる。すごくおいしい、と幸せそうに答える、在りし日の自分の姿。
 無味乾燥で意味があるのかないのか分からない。そんな日々を送っていた自分にも、幸せだった時間があったんだ。
 気が付けば、目頭が熱くなっている。昔の思い出が、頭の中に浮かんでいるハズなのに、にじんでよく見えなくなっている。

 ドーナツをかじった跡に、自分の感情が詰め込まれた雫が、ぽとりと落ちた。



 幸せが降ってこないかな、何かいいことないかな。誰しもそう思いながら生きている。不幸を望む者なんて、実はどこにもいない。
 でも、幸せは現れるものじゃなくて、自分で見つけて掴むもの。今日食べたドーナツだって、自分で店に入って掴んだものだ。
 様々な人の思惑が漂い、いつでもそれに触れられるこの時代。でも、自分の幸せは、自分が一番大事にしてあげよう。それは誰の手でも傷つけることができないものだから。
花鳥風月はラッキードーナツを食べ損ねました。ピカチュウドーナツとモンスターボールドーナツはおいしかったです。

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