シルバー・コートとイチョウの森

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作者:雪椿
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私は秋が、イチョウが苦手だった。
 はらはらと舞い落ちた葉が頭の上に乗る。それを軽く落としてから、私は周りの景色を眺めた。どこに視線を向けても目を引く、黄金色の絨毯。
 秋。それは山の木々が紅や黄に染まり、~の秋という名の下に人間達が様々なことに挑戦する季節。この季節は姿が紛れてしまうからと、自分と色以外は同じ仲間が行くのを嫌う森がある。
 正式な名前なんて誰からも聞かされていないし、仮に教えられても覚えるつもりもないからわからない。でも、イチョウがやけにたくさん生えているから、という理由でそこはイチョウの森と呼ばれていた。
 そのまますぎるネーミングだけれど、わかりやすいから私はそれでいいと思っている。黄金の森とかギンコウ・フォレストなんて案も出たらしいけれど、前者はともかく後者が恥ずかしい。何なんだ、銀行の森って。
 森の名前はともかく、仲間は自分と色は紛れるけど綺麗だとか何とかいって心の底からイチョウを、森を嫌っている様子ではない。だけど、私はイチョウが全体的に嫌い――というより苦手だった。
 緑だった葉はこの季節になると黄金色に色づき、はらはらと地面に落ちていく。地面を埋め尽くすのは、目が眩むと思うほど鮮やかな黄金色。仲間とは違う色の私をくっきりと浮かび上がらせる、嫌いな色。
 私は自分が好きな色を選んだだけなのに、他の皆はそれじゃあピカチュウには見えない。ちゃんと真似をしたいなら黄色を選ぶべきだという。確かに、私が知るピカチュウは黄色だ。でも、世の中には銀色のピカチュウがいてもいいじゃないか。
 皆はとても寂しがり屋でピカチュウの真似にこだわっているけど、私はそこまで寂しがりではない。別に色が黄色じゃなくても私を見てくれる存在はいるはずだ。……いると、思いたい。
 私については細かく話す必要はないだろう。苦手だけど一応イチョウのフォローをしておくと、イチョウの葉には防虫効果がある。人間はそれを使って本の栞として利用したり、防虫剤として利用したりしているらしい。
 そう思って見てみると、落ちている葉はどれも大抵が綺麗でキャタピーやケムッソに食べられた様子はない。虫食いだらけの葉を思い浮かべると、思わず持ち帰りたいと考えても不思議ではないと思う。
 そのイチョウの種子である銀杏は他からは美味しいやら味が苦手やらと聞くけど、私は一度も食べたことがない。銀杏は踏んだ時に放たれる臭いが好きになれず、その影響からか食べようとい気持ちになれなかったからだ。
 もしも布に臭いが定着でもしてしまったら、それを取るのにかなり苦労してしまう。私が使っている布は他ではあまり見かけないものだから、何度も同じ目に遭うと布が足りなくなってしまう。実際、どうやっても臭いが取れず泣く泣く諦めたことも何度もあった。
 それに、人間が話していた内容によると銀杏は年の数より食べすぎると中毒症状を起こしてしまうらしい。本当かどうかわからないものの、もし本当であれば私はどんなに美味しいとすすめられても食べたいとは思えない。
 ……ああ、ダメだ。苦手の重さが偏っているせいで、途中からイチョウそのものではなく銀杏について語ってしまった。苦手と思えば思うほど考えてしまう癖は直した方がいいと思っているものの、直る気配がない。
 ぶんぶんと頭を振ると、私の動きに合わせて作り物の頭も揺れる。あまり激しく振ってしまうと正体がバレてしまう。振るのもそこそこにして、私は空を見る。太陽はやや沈み始めており、青が少しずつ黒くなっているのがわかった。
 木々の黄色に縁どられた空は、どこまでも広がるように見える。でも、目を凝らすようにして見るとガラスで覆われており、ここが本物と同じように造られた空間であることが理解できる。

 私達は誰かに観察されているのだ。この見えない終わりが存在する「箱庭」で、始めから終わりまでずっと。

 でも、それに気が付いているのは恐らく私しかいない。皆、この小さな箱庭で始まり終わるのを不思議に思わない。時々訪れる人間のことも、ただのトレーナーか観光客だと思い込んでいる。
 何でも随分前にある箱庭から二匹のポケモンが逃げ出し、施設に大きなダメージを与えたらしい。施設が受けたダメージがどのくらいかは知らないけれど、とにかくそんなことが起きてから「そういうこと」に厳しくなったのだとか。
 私は偶然、本当に偶然外から「迷い込んだ」箱庭に詳しいポケモンと出会ったことで、その事実を知った。彼とはそれから一度も会っていない。恐らく、今も相棒と共にどこかを進んでいるのだろう。
 私は彼について詳しくは聞こうと思わなかったし、彼も聞かれたくないようだった。聞いて欲しくない話を無理に聞こうとするほど、私は好奇心の塊ではない。
 ――それに、私の勘がこれ以上深入りすると危ないと告げていた。もしも好奇心の爆発で訪ねていたら、今頃どうなっていたのだろう。想像してみるも、頭に広がるのは暗夜をそのまま溶かしたかのような黒だけで、背筋がとても寒くなったのを覚えている。
 ここがどういう目的の箱庭なのかは知らないものの、少なくともポケモンが逃げ出すようなところではない。その事実に少しだけ安心しつつ、自然な感じで視線を元に戻す。あまりにも空を見上げていると、気付かれて注意されてしまう。
 幸いなことに、ここは私以外誰もいない、だって、この場所は他の皆が行くのを嫌う森で、私自身も苦手としている森。イチョウだけがやけにたくさん生えている、イチョウの森。まるで何かの実験の一つであるかのように、見事に見えるのはイチョウばかり。
 少し離れたところには、モミジだけがやけに生えているモミジの森があると言われている。仲間達は今頃、その森でのんきに景色を楽しんでいるのだろう。そこにどういう意味があるかも考えないまま、笑顔で。私もそこに行きたかったと、何度思ったことか。
 でも、そこには行けない。行ってはならない。もしも行ったら、私は二つの意味で独りであることを思い知らされてしまう。思ったことをそのまま口にしたら、何があるかわからない。知らなければよかった。そう何度考えたかわからない。
 もう何回、この黄金色の絨毯に埋もれ姿を隠してしまいたいと思い、実行したことだろう。その度に外から見える姿を想像して、隠そうにも隠れていない事実に泣きそうになったのに。そのせいで銀杏を潰して臭いがつき、大事な布をダメにしているというのに。なのになぜ、何度も来てしまうのだろう。
 私は秋が、イチョウが苦手だ。仲間の色から始まって、最終的にこの場所について考えてしまうから。夏が長くなるか、さっさと冬になって欲しい。でも、季節は私の気持ちを無視して巡っていく。まるで、誰かが操作しているかのように、正確に。
 そのことを思う度、本当にこの場所の正体を知っているのは私だけなのだろうか。実は他にも気が付いているポケモンがいるのではないか。そんな妄想に襲われる。実際は誰にも聞くつもりはないし、聞いてもちゃんとした答えが返ってくるとは思えないけど。
 自分でもうんざりするくらい同じことを繰り返して、結局私は他と違っていてよかった。知っていてよかったという考えに行きつく。確かに他に合わせていた方が楽だっただろう。知らない方が幸せだっただろう。目の前の「当たり前」を疑わずに済んだだろう。
 でも、それでも私は普通とは違う道を選び続ける。理由はいつまで経ってもわからないけれど、それが私だと思えるからだ。それが私がここにいる意味だと考えているからだ。
 ……私の考えも、この「箱庭」の目的に入っているのではないか。最近は何となくではあるものの、そう考えるようになった。
 だって、いくら何でもおかしいじゃないか。たくさんいる仲間の中で、私だけが他と違うだなんて。季節が何度も巡って仲間の顔ぶれが変わっても、私だけが「そのまま」だなんて。管理された季節の移り変わりのせいで長く感じるだけで、実際はそれほど経っていないのかもしれない。
 でも、私はもう自分がどのくらいここで生きているのか覚えていない。悔しいけど、終わるまでずっとここで生きるのだから覚える必要はないのかもしれない。頭の中で「真実」に近づく度に、昔のことが曖昧になる。脳が過去を拒絶している影響なのか、それとも。
 そこまで考えたところで、私は考えることが面倒になってきた。これも、思えば毎回だ。恐らくこれも私の性格だけではなく、何かしらの働きがあるのだろう。これ以上は、危険だ。
 頭の中を空っぽにするために、苦手な黄金色の絨毯に勢いよくダイブする。イチョウの葉が舞い踊ると同時に、布の敵と認定されている臭いが辺りに広がる。臭いの広がりから考えると、少し……いや、かなり勢いをつけすぎたかもしれない。
 これはまた、泣く泣く布を諦めることになるのかもしれない。そんなことを考えながら、私はごろりと体勢を変える。まるで計算されたかのように吹いてきた風がイチョウを空へと運び、銀色の布をはためかせていた。

「シルバー・コートとイチョウの森」 終わり

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