悪夢は英雄に二度負ける

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作者:雪椿
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読了時間目安:16分
記憶を失った悪夢は、何もわからぬままあの者達の仲間となる。
※ややネタバレに近い、ポケダン時・闇・空に関係する内容が入っています。

 目が覚めた時、そこは知らない場所だった。わかるのはどこかの森、ということくらいだろう。なぜ、自分はこのようなところにいる? どうしてここで意識を失っていた? 脳内に様々な疑問が過っていく。
 思い当たりそうな出来事を振り返ろうとしたところで――ふと、気が付いた。自分に関する記憶が、まるでどこかに塊で落としてきたかのようにぽっかりとなくなっている、ということを。
 この事実に私――、私? かつて自分をどのように呼んでいたのか、わからない。思い出せない。なぜだか自然と自分のことを「私」と言っていた。
 そのことから以前も自分のことを「私」と呼んでいた可能性があるが、確かめる方法はない。他の呼び方は何だかしっくりこないことから、しばらくは今の呼称でも問題はないだろう。
 己の呼び方も決まったところで、私は横たえたままだった体を起こす。視界に入ったのは黒い体――位置関係からしても自分のものだろうが、私は自分がどのような種族の生き物だったか覚えていない。
 視界に映るものが自分の体という現実がなかなかしっくりと来ないが、これは恐らく時間と共に慣れていくだろう。とりあえずそのまま立ち上がろうとしたが、見たところ足と呼べるものが見えない。記憶を失う前はどうやって移動していたのだろう。首を傾げるが、周りには誰もいないのだから答えてくれる者はいない。
 このまま誰かが来るのを待つよりも感覚で動いた方がマシだ、と腕に力を入れてみると。

「!?」

 にょきり、という効果音がついていそうな感じで足のようなものが出た。驚きのあまりしばし棒立ちの状態となるが、勝手に引っ込む気配はない。どうやら、足は己の意思で出したり引っ込めたりできるらしい。
 また、足を出していない状態でも体は浮遊し、気を抜かない限り地面に落ちるという恥ずかしいことにはならなかった。この体は一体どういう仕組みをしているんだ、と自分のものながら思う。
 記憶を失う前は仕組みを知っていたのだろうか。……いや、恐らく疑問に思うことなく当たり前のようにやっていたのだろう。
 何かの機会――。そう、今の私のような状態で己の体について考えない限り、疑問を抱くことはない……気がする。ここでスパッと気持ちよく言い切ることができないのが、記憶喪失の厄介なところだ。
 他にも厄介なところは多くありそうだが、今のところ直面していないのだから考えるのは後回しでいいだろう。今、私が一番に解決するべきことは他にある。そう、現在直面しているもので、先にこれを何とかしなければ後に繋がらないことが。

 ぐ~……

 ……それは、何か食べられるものを探すことだ。腹が減っては戦もできぬ、と誰かが言ったような記憶がよみがえってきた、気がする。腹が減ったら集中できるものもできないし思い出せるものも思い出せないだろう。
 幸いにも、ここは森。食料であれば木の実なり種なり落ちているはずだ。そう考え、私はこれ以上腹の虫が大合唱を始める前にと動き始めた。

*****

「……なぜ、森に金やグミが落ちている?」
 思わず虚空に向かって呟いてしまったのは、ある意味仕方がないだろう。なぜなら私の視線の先にはリンゴと思われる果実とこの世界で流通している金と思われる物体、複数のグミと思われる甘い香りを放つ物体が地面にそのまま落ちていたからだ。
 ……こういう時、一般常識のようなものはあまり忘れていないようでよかった、と感じる。そうでなければ、ここがどういう場所なのかでさえも理解できなかっただろう。と、一旦思考が脱線しかけたので再び目の前に落ちているものに意識を集中させる。
 リンゴは、まあいい。ここは森なのだから落ちていても不思議ではないだろう。ざっと見たところリンゴのなっている木が見当たらないが、深く考えたら負けだろう。
 だが、金やグミはどうだ。森という明らかに自然しか見当たらないところに、作られた物体が勝手に落ちるとは思えない。森に迷い込んだ何者かがうっかり落とした、と考えれば納得できるが、目の前に見えるそれは落としたにしてはやけに綺麗すぎる。
 まるで、ついさっきこの場に出現したような感じだ。金やグミが勝手に出現する、という不思議現象に対する答えは私の中にはない。
 妙なモヤモヤを抱きつつ、空腹を満たせるであろうリンゴとグミに手を伸ばそうとした、その時。笑い声と共にリンゴとグミが姿を消した。一瞬驚くも、すぐに視線を二つの食べ物を盗んだ者――エイパムに向ける。
 エイパムはグミをしっかり抱えたまま、リンゴを掴んだままの尻尾をリズミカルに降っている。その顔はニタニタと、嫌な笑いが張り付いていた。行動、表情どちらを見ても明らかに私をバカにしている。これは、少々痛い目に遭って貰う方がよさそうだ。

「それは、私が先に見つけたものだ!」

 叫びつつ、ふっと頭に浮かんだ技から騙し撃ちを選んで放つ。いきなりの攻撃にエイパムは避ける暇もなく技――いや、避けるも何もこの技は絶対に当たるものだったな――を喰らい、反撃する間もなく軽く吹き飛んで目を回した。
 グミはどれもしっかりとエイパムの腕の中にあり、無理に取ると千切れてしまいそうだ。かといって腕を動かすとエイパムが目を覚ましてしまう恐れがある。尻尾は気絶したことで開いているため、リンゴなら取ることができそうだった。
 二つに対する執着の差が激しすぎないか、と思わないこともないが、私としては空腹を満たせれば問題ない。遠慮なく取ると手で軽く表面を払い、そのままかぶりつく。すぐにリンゴと味と香りが口一杯に広がった。
 リンゴは顔が変わるほど酸っぱい、というわけではないが蜜がたっぷり詰まっていて甘いと思うほど甘くもない。要するに普通の味だ。拾ったものであるうえ、軽い攻防があったことを思うと不味いよりはよかったのかもしれない。
 大きさはそれほどでもないのに、全て食べ終えるとそれなりに腹が膨れた。これならまたすぐ空腹になるという事態は避けられるだろう。エイパムの目が覚めるしまうと面倒なことになりそうなので、早めにその場から去ることにした。
 遠くにゴンベやビッパの姿が見え、エイパムが気絶してもなお死守するグミを狙っているのが予想できる。グミにこだわって四苦八苦していたら、すぐに第二、第三の戦いが待っていただろう。エイパムのリンゴへの執着があまりなくてよかった。そう安堵する。
 これから起こるであろうゴンベ達の争いに巻き込まれないよう、反対側の方に進む。今まで自分のことや食料のことで頭が一杯だったため気付かなかったが、ここは地形が入り組みまるで迷宮のようだった。
 いや、適当に進んでも進んでも一向に出口が見つからないことから、本当に迷宮なのかもしれない。代わりに見つかったのはあまりにも怪しい階段。今のところ階段以外に進めそうなところが見当たらないうえ、余計に動いてまた空腹になると笑えない。
 罠ではないことを祈りつつ、階段の先に進む。一瞬の暗闇を抜けた先にあったのは――、今までと比べると広いというだけの、ただの行き止まりだった。……正確には奥に泉らしきものが見えるが、ここが行き止まりであることには変わりない。
 てっきり出口があるとばかり思っていた私は、行き止まりを見て思わず溜息を吐く。
「一体どうすればこの森から出られるんだ?」
 誰かが答えてくれるわけでもないのに、ついぼそりと呟いてしまう。階段で進めたことを考えると階段で戻るのが普通だが、行きはともかく帰りの階段などあっただろうか。
 ……あった。隅から隅まで思い出してみれば、確かにあった。空気そのものと一体化しているのではと思うくらい存在感がないせいで記憶から消されそうだったが、行きだけではなく帰りのものらしき階段もあった。
 もしも一方通行だとすると、進んだ者は皆ここで過ごさなくてはいけなくなるから当たり前と言えばそうかもしれない。だとすると、階段のアレはさっさと先に進ませるための手段か何かだろうか。
 一体どうやれば、あれほど空気と同化していると思うほど存在感をなくすことができるのだろう。そんな考えが一瞬頭を過るが、答えを教える者がいないのだから考えてもした田がない仕方がない。
 とにもかくにも、地道ながら戻る方法はわかった。問題は戻るまでにかかる道のりの長さだ。先ほどいたところは部屋や通路のような形状が続いており、全体の把握に時間がかかった。階段を探すため闇雲に歩いていたら、すぐに空腹となってしまうだろう。
 地図か何か、またはマッピング可能な道具があれば無駄な時間を省くことができるのだが、残念ながら私には何もない。食料を運任せで確保しつつ、体力とこれまた運を頼りに出口を目指すのは少々無謀とも言える。
 とはいえ、今の私にはそれ以外方法がない。やらなければずっとこのままだと自分に言い聞かせ、来た道を戻ることにした。

***** 

 あれから私は木の実や種を食べて空腹をしのぎつつ、時々食料を狙う者や縄張りを荒らされたと勘違いし襲い掛かってきた者達と戦いを繰り広げていた。相手はエイパムのようにすぐ倒せる者から、フシギソウのようにやや苦戦する者までまちまちだ。
 苦戦する相手は眠らせてしまえば必要以上の戦いは避けられたが、なぜかすぐに起きてしまうため何度も使うしかない。しかし、あまり乱用するとすぐに集中力が途切れ使えなくなる。これは他の技でも同様のため、相手にあまり敵認定されないよう動く必要があった。
 幸いなことに食料と突然どこからともなく大勢の者が現れる部屋以外は大して襲われないので、何とか倒れることなく進めている。
 問題は行動する前、運に任せるしかないと思った方だ。

「……っ」

 ぐらり、と視界が揺れる。リンゴをそのまま口にできたのは最初の頃だけで、後は運悪く戦いで潰れたり食べつくされたりしたリンゴしか手に入らない。今は空腹を満たせるものを手に入れ次第口に入れなければ、すぐにでも倒れてしまいそうだった。
 戦いで倒れなくとも空腹で倒れては意味がない。どうやらリンゴに執着していなかったのは、あのエイパムだけのようだった(いや、本当は執着していたのかもしれないが)。
 早く出口に到達しなければ。その思いで進むも、体は正直でぐらぐらと視界は揺れ続ける。食料を手に入れようにも、これでは手に入れるのが先か倒れるのが先か。バッグなどがあれば持ち運びができたものを、本当に何も持っていないのが悔やまれる。
 もう少しだけ持ってくれと、ここまで見ているのかどうかわからない神に祈りつつ進む。そもそも神がいるのかという問題もあるが――、私は何となくいる気がした。なぜだかわからないが、どこかで会っている気さえしている。
 そんなことを考えつつ、やっとのことで数歩ほど進んだ時のことだった。

「――あ」

 祈りを嗤うかのように、視界が暗闇へと包み込まれる。暗闇から戻ってきた景色はどれも似たものでどこだかわからないが、見覚えのあるエイパムが銀色の針を尻尾に嫌な笑みを浮かべているのを見たことで、私は最初に目覚めたところに戻されたのだと理解した。
 エイパムが何をしようとしているかは尻尾に握られた道具からわかるため、私はちょうど近くに落ちていた種を口が開いたタイミングで投げつける。反射的に種を飲み込んだらしいエイパムは、その直後どこかに姿を消してしまった。
 ひとまず危機が去ったことに安堵しつつ、周囲の状況を確認するため視線を動かす。やつは苦しむ私を見ながら宴でも開こうとしたのか、近くにちょっとしたリンゴの山ができているのが見えた。
 どういう仕組みか、わざわざ目覚めた場所に戻されても腹の状態は戻っていなかった。そのため、視界に入るリンゴの山は宝の山のように見える。元の持ち主はまだ戻ってくる気配はなく横取りを狙う者もいない。私を止める者は、今のところどこにもいなかった。
「……美味いな」
 空腹は何にも勝る最高の調味料だ、と誰かが言っていたように、どれも同じ味のはずなのにとても美味に感じられる。今度倒れたらどうなるかを想像し少し恐怖を覚えつつ、気が付いたらリンゴを全て頂いていた。
 腹は今にもはちきれそうなほど膨れ、これ以上はないほど満たされている。傍から見ると、今の私はとても滑稽な姿をしているのだろう。我ながら、この体のどこにどうやってリンゴが入ったのか不思議でならない。
 これで当分は空腹で倒れることはなさそうだが、またあの道のりを行くことを考えると今度は戦いの方で倒れてしまいそうだ。最も心配しているのは相手の力により負けるものではなく、技を全て使いきったことにより悪あがきを連発して倒れるものだが。
 時々見かけた栄養ドリンクの瓶を「今はまだ大丈夫」だからと無視せず遠慮なく飲んでいればよかった、と遅い後悔していると。

「――ねえ」

 誰かに話しかけられたと思う暇もなく、容赦なくぶっ飛ばされた。木にぶつかる、と感じ体を捻ろうとしたが上手くいかず、そのまま通過していく。追撃は来ないようなのでよろよろと元の空間に戻ると、待ってましたとばかりに追撃が来る。
 その衝撃に、口からは声ではなく音が飛び出るのがわかった。反撃しようにも流れるような動きで攻撃を叩きこまれ続けているため、行動という行動ができない。私はたまに訪れる空白の時間を使い、攻撃とも言えない攻撃を続けるしかなかった。

*****

 一体、どのくらいの時間が経ったのだろう。私にしてみれば長い時間だったが、完膚なきまでに叩きのめしてくれた者達は汗一つかいていないことから、実際はそれほどでもなかったのかもしれない。
 私がよろよろと立ち上がったのを見て、スカーフを巻いたメガニウムとライチュウは共にとても嬉しそうな顔をしている。……またあの地獄のような時間を繰り返すことができて嬉しい、という意味だろうか。
 それはさすがに勘弁して欲しいので心の中で白旗を振り、両手を降参のポーズにしようとする。片手が上がったか上がらないかという瞬間、ライチュウがかなりのスピードで遠慮なく片手を握ってきた。

「これからよろしくね、ダークライ!」

 ――ダークライ? それは自分のことなのか、と尋ねる間もなく辺りが光に包まれる。気が付くとそこは森ではないところで、私は勢いに流されるままメガニウムとライチュウ――探検隊であるチーム・ポケダンズの仲間となっていた。
 最初はわけがわからなかったが、慣れればこの生活も楽しいものだ。ただ、事あるごとに難しい依頼や迷宮に連れていかれるのだけは解せない。この前ついに理由を尋ねると、「あのことを考えると、ダークライはこれくらいのことをしないといけない」とだけ返ってきた。
 あのこととはどういうことなのか。いくら尋ねても詳細はわからず、私は記憶を失う前彼女達と何らかの関わりがあったとしか予想できない。
 まあ、時が経って私のしたことが彼女達にしたことを清算するくらいになれば、少しくらいは教えてくれるだろう。そんなことを考えながら、私は今日もカフェでグミのドリンクを飲むのだった。

「悪夢は英雄に二度負ける」 終わり

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