泡沫のガールフレンド

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作者:四葉静流
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読了時間目安:14分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

・この拙作には暴力・暴言等の描写があります。ご注意くださいますようお願いします。
・2021月2月8日、加筆修正。
「あの子をお願いね。サラナちゃんには、あなたが必要だと思うの」

「そんな顔しないで。それから、わたしの事を忘れないでね、ヒメ」







「戻れ、ダダリン」

 サラナさんが前に突き出した腕の、その先に握られたボールから光が伸び、このジムのバトルフィールドであるプールの底へと力なく沈み始めたダダリンに達する。サラナさんの三番手がボールへ戻る最中、バトルフィールドより高い位置に設けられた四方の観客席から挑戦者へ疎らな拍手が起こる。
 観客はこのコンペキシティの住民が多い。彼らは思っているのだ。身を包む鋼の潜水服と同じく、サラナさんは一切動じていないと。そして、バトルフィールド間に架けられた細い鉄橋の、その一つの上で両腕を構えたままの黄色いストリンダーの息は僅かだが乱れている。勿論、客席の最前列の更ににその前の柵に間隔を空けてサラナさんを見守る私たちジムトレーナーもバトルの行方は案じていない。
 流れは完全にサラナさんが掴んでいる。観客の大多数は表面上において中立を保ち、サラナさんにも挑戦者にも拍手を贈っている。しかし、今回の挑戦者もこのジムの雰囲気に呑まれている。
 サラナさんも挑戦者に仰っていたが、水タイプのジムリーダーでありながら手持ちにドラミドロやダダリン、そして「切り札」を加えているサラナさんにストリンダーを用意してきた事は良い判断だ。しかし、机上の計画と実戦は違う。それは得てして悪い方に転がる。その証拠に、挑戦者の先鋒を務めたリーフィアは慣れない足場とジムそのものが牙を剥く威圧感に体を震わせるほど怯え、有利であるはずのブルンゲルを相手に何もできずプールへと引きずり込まれた。
 このジムに足を踏み入れた時から、いや、コンペキシティを訪れた時からサラナさんの作戦は始まっているのだ。
 コンペキシティは、交通と貿易の要所として活気に溢れた港街だ。高いビルが立ち並ぶ一方で、古くから続く大きな市場もある。水辺のポケモンは歌い踊り、人間たちの顔色も明るい。しかし、その太陽の輝きを存分に受けた街に一つだけ黒点がある。それがこの、コンペキジムだ。
 ダイマックスを有するガラル地方のスタジアム型と違い、この地方のジムは完全屋内型が多い。その中でも、窓一つさえ存在しないコンペキジムは重苦しい空気がジムの中に蔓延している。そして、その理由は窓の有無だけではない。
 造船ドックや大電力発電装置を連想させるジムの機械的な内装は、全て黒色で統一されている。おぞましい実験施設を想起する者もいるだろう。天井に吊るされた照明装置はなく、それはバトルフィールドの中に設けられている。ステージパフォーマンスと同じく、光は演出に大きく貢献する。下方からの光を浴びるサラナさんは、挑戦者にとって異形の怪物と錯覚するだろう。

「ここまで私を追い詰めた事は、評価します。しかし、それもここまで」

 ジムの諸所に取り付けられたスピーカーから、ノイズが混じったサラナさんの声が響き渡る。その声色に感情はない。これも演出の一つだ。サラナさんのヘルメットには変声機が取り付けられている。そして、音響装置を利用して己を実際よりも大きものと惑わせて精神的に追い詰める。
 挑戦者は挑戦者、ジムを仕切るジムリーダーの意向に口を出せない。それを退け勝利をもぎ取る事こそ、挑戦者の務め。しかし、あのトレーナーも難しいだろう。眉間に皺を寄せてサラナさんを睨む挑戦者。ヘルメットに隠されているサラナさんの顔へ、それでも視線を向けるのは余裕を持ち合わせてない証拠。サラナさんに敗北を味わせたトレーナーたちは、どれだけ後がなくなってもジムを見渡して勝ち筋を模索し続けた者だけだ。
 古い大気圧潜水服を模した漆黒の衣装を纏ったサラナさんが、腰に付けたボールホルスターから最後の切り札を手に取った。そして、複眼のような小さな窓が並ぶヘルメットの前に掲げる。勿論、これも演出だ。本来の大気圧潜水服は装着者を守る為、陸の上では身動きが儘ならないほど重い。サラナさんや私たちを包むそれは、防護機構の代わりに機械的な動作補助装置がある。加えて、ヘルメットの窓も本物とは異なりスモークガラスが嵌められている。

「これで終わりです。出てこい、アシレーヌ」

 サラナさんが自らの頭上に投げたボールから出てきたポケモンは、サラナさんの足元へ尾鰭を絡めるようにして隣に佇んだ。サラナさんの手持ちであるブルンゲル、ドラミドロ、ダダリンの奥に潜む切り札、それがあのアシレーヌだ。「コンペキの海の亡霊」という異名を持つサラナさんを追い詰めた先に初めて姿を現す、麗しき歌姫。しかし、挑戦者の奮闘もここまでだろう。アシレーヌが体一つ分前に出た。

「ジムリーダー・サラナ、最後のポケモンはアシレーヌ! バトルを再開します!」

 サラナさんから見てプールの左辺の中間にそびえるクレーンに似た審判椅子から、初老のリーグ審判の声が轟いた。
 その次の瞬間だった。

「アシレーヌ、アクアジェット」
「ストリンダー、プールに向かってオーバードライブだ!」

 私から全てがよく見える。サラナさんの横から怒涛の水流を纏い、プールの上を飛びストリンダーへと突進するアシレーヌ。大振りの電撃をプールへと放ったストリンダーの顔つきは驚愕の一色だ。
 挑戦者の読みが外れた。プールの中のどこにいようとも仕留められる電撃を浴びせる算段が、当のアシレーヌはプールを無視して肉薄した。いや、これしか勝機がないと考えたか。いずれにせよ、己で勝ち筋を絞った挑戦者に未来はない。
 オーバードライブで胸元の構えを解いてしまったストリンダーに、アシレーヌの肩が激突する。観客席が沸く。体勢を大きく崩したストリンダーは両腕で宙を藻掻くが、アシレーヌの冷静な鰭捌きに阻まれ鉄橋の柵を掴めない。
 アシレーヌを残して、ストリンダーがプールの中へと落下した。アシレーヌがサラナさんからの指示よりも前に、鉄橋の柵から上半身を乗り出して鼻先と両の前鰭をプールの中へと向けた。

「ストリンダー!」
「アシレーヌ、サイコキネシス」

 着水と同時に放電したストリンダー。その電撃が届かない鉄橋からアシレーヌが不可視の力を翳す。毒タイプのストリンダーにエスパータイプの技はよく効く。輝く水中を漂うストリンダーが苦悶の表情を浮かべて身を捩る。

「ストップ! これ以上は危険と判断して戦闘不能とします! 勝者、アシレーヌ! ジムリーダー・サラナ!」
「助けてあげろ、アシレーヌ」

 審判が椅子の上で立ち上がり片手を勝者へ向けると、そのサラナさんが淡々と言い放った。ストリンダーには一瞬前までバトル相手だったポケモンを拒むほどの気力さえ残っておらず、されるがままアシレーヌの片鰭に抱かれ、挑戦者が待つプールの岸辺へと寝かされた。

「ストリンダー……!」

 挑戦者が、寝そべる相棒の横で膝を折る。当のストリンダーは、息は荒いが命に別状はないようだ。休息を取れば回復するだろう。挑戦者が複雑な心境をそのまま表現した眼差しでアシレーヌを睨むが、サラナさんの切り札はそれを尻目にプールへ潜り、岸に上がると再びサラナさんの足元に尾鰭を絡ませるようにして控えた。

「全体的に悪くはありませんでした。また挑戦してくれる事を待っています」

 苦しい表情の挑戦者と一切の身じろぎをしないサラナさんを、観客の拍手が包んだ。私も分厚い鉄の手袋に覆われた両手で両者を讃える。
 挑戦者も観客も分からない事だが、機械の処理で隠したサラナさんの声は幽かに震えていた。やはりサラナさんは優しい。
 サラナさん自身は「優しすぎる」として恥と思っており、それを隠すようにジムそのものまで改装したが、私たちジムトレーナー全員がそれこそサラナさんの強さだと思っている。







 バトルが終わってサラナちゃんの「ひかえしつ」に戻ると、私は勝手に「ぼーる」から出て、尾鰭で背中を叩いてサラナちゃんを床に転がした。

「うぇぐっ!?」

 重い金属の音と一緒に、鉄の鎧の中からそんな間抜けな声が響いた。鎧を着たサラナちゃんは一人で起き上がれない。床に俯せになって手足をバタバタさせてるサラナちゃんを、さらに転がして仰向けにする。前鰭で兜を留めている金具を外してから、兜を前鰭で挟んで力任せに引き抜く。

「ヒメちゃん……乱暴はやめて……!」

 私に兜を脱がされたサラナちゃんは、床に黒くて長い髪を広げられた根元で困り顔を作ってた。困ってるのは私だよ。
 私は体をサラナちゃんの上に乗せて、前鰭をそれぞれサラナちゃんの顔の横に突き立てて、真上から見下す。私にこういう事をさせる、困ったちゃんのサラナ。両目の上にある細い毛並みは左右で少し違う形をしていて、油を塗った唇の色は肌に合ってない、肌に塗った「けしょう」の油も汗でところどころ醜く崩れかけてる。

『みっともない、みっともないね。サラナちゃん』
「ヒメちゃん……お願い……やめて……!」
『私はニンゲンの言葉をほとんど知らないって、いつも言ってるじゃん。ほんとにもの覚えが悪くてウンザリしちゃう』
「うっ!」

 私はサラナちゃんのほっぺを片方の前鰭ではたいた。次の瞬間には、サラナちゃんの両目からポロポロと大粒の涙が流れ始めた。いつまで経ってもサラナちゃんの泣き虫は直らない。

『ちゃんと私を見てよ、ほら目を逸らさないで』

 サラナをはたいた前鰭でサラナの横顔を掴んで、むりやり私に向ける。サラナは鎧に覆われた手足を動かさない。動かせない。だって、そんな事したら私にもっとひどい事をされるって知ってるから。本当は、私はこんなニンゲンなんてメチャクチャにしてやりたい。

「ごめんなさい……許して……」
『何言ってるか分からないけど、話を進めるね。なんで今日も顔を隠してバトルしたの? 今度やったら許さないって言ったよね?」
「お願い……やめて……ヒメちゃんの言葉が分からなくて……ごめんなさい……」
『それに、私が出るくらい追い詰められないでよ。ほんとにサラナちゃんのそういうところにウンザリしちゃう。サラナちゃんもルリナみたいになってよ』
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
『だから俺の分かる言葉で喋れって言ってるだろこのクズっ!!』

 俺はさっきよりも強くサラナの頬をはたいた。油の上からでも分かるくらいサラナの頬が赤くなる。それに俺の前鰭に油が付いた。こんな汚いもの、後でこのクズに舐め取らせよう。アシレーヌはいつも美しくなければいけない。たとえ雄であっても、そしてアシレーヌを従えるニンゲンも。
 ルリナはこのゴミと違ってバトルも「けしょう」も腕が良かった。それに、俺の言葉をなんとなくだが理解してた。ああ、ルリナを比べるとマジでこいつゴミだな。目の「けしょう」も崩れてきた。

「ごめんなさい……本当にごめっ!? がっ……ぐっ……!?」
『クズサラナちゃ〜ん、アシレーヌの言葉が喋れねえならもう喋んなよ〜』

 俺は前鰭をサラナの首に乗せて体重をかけた。サラナが首や手足をバタバタさせるけど、やっぱり俺を攻撃しない。この根性なし、マジでこのまま殺そうかな。
 だが、それをするとルリナとの約束を破る事になる。ルリナはサラナに俺を託した。確証はないがルリナはきっと、俺にサラナの教育を任せたんだろう。だから俺は、このゴミクズをアシレーヌの俺に相応しくなるまで教育しなければいけない。

『ゴミクズ、次やったらマジで許さねえからな? 分かったらほら、返事は?』
「ぐっ……がっ……!!」
『これくらいにしてやらねえとマジで死ぬか』

 俺が前鰭をどけてやると、ゴミクズが大きく咳き込んだ。

『よく我慢できました、ゴミクズサラナちゃん。ゴミクズだけど、ご褒美はちゃんとあげないとね』

 俺は咳き込んだままのサラナの頭を抱いて、口と口を重ねた。その間もサラナは咳をしてる。息が苦しんだろうけど、俺には関係ない。だって、サラナがクズなのが原因だし。
 俺のデコをすり寄せてサラナの涙を拭く。やっぱりこいつは泣いてる時が一番可愛い。俺の母親が言ってたな、「手がかかる子ほど可愛い」って。あれはずっと俺への嫌味だと思ってたが、こいつに出会ってから本当の愛情も入ってるって気づいた。
 ルリナより何をやっても駄目な駄目駄目サラナちゃん。雄の子なのに雌の子になりたいサラナちゃん。それが美しさの為に雌の子の仕草をする俺に似てたから、だから俺がうっかり惚れちゃったサラナちゃん。好きだよ。これからも頑張っていこうね。じゃないと隣にいる私が恥ずかしいから。本当に、駄目な子ほど可愛いなあ。

「サラナさん、少しいいですか?」
『誰か来たみたい。この事は誰にも言わないでね? 「転んだ」って言ってね?』

「ひかえしつ」の扉を叩かれて、私はサラナちゃんの体からどいた。私がどくと、サラナちゃんは鎧の両手を顔に当てて泣き続けた。

「ヒメちゃん……こんな私で……ごめんなさい……」
『本当に分かった? やっぱり心配になるなあ』

 私はそう心配しちゃうけど、それでもサラナちゃんは誰かに言った事がないみたいだから今回も大丈夫だと思う。ニンゲンは暴力で躾けるのは悪い事って思うみたい。前にバトル中にサラナちゃんの体を体当たりで押し倒したら、しばらくサラナちゃんに会えない事があった。

 サラナちゃんが腰に付けた「ぼーる」の真ん中を押して、私はその中に戻った。


 了
 拙作をお読み頂きありがとうございました。
 創作だから許される事ですが、「愛という名目で行われる暴力」っていいですよね。

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