アブソルのいる生活

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作者:けもにゃん
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読了時間目安:11分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

 学生気分も抜けきり、社会人としての自分というものがよく分かってきた今日この頃、一人暮らしにも慣れたがやはり帰りを待つ誰かが家に居るというのはそれだけで心強い。
 ここ最近は学生時代のフットワークの軽さがなくなり、代わりに仕事と家の反復横跳びで如何に体力を消耗しないようにするか、という技術が身に付くばかりでチャレンジ精神などとうの昔にPP切れを起こしている。
 そんな生活でも楽しいことがないわけではない。

「リリィー! 帰ったぞー!」

 同居人のアブソルのリリィの名を呼ぶ。
 大抵の場合は呼ばれる前に既に待ってましたと言わんばかりに居間の扉から嬉々とした笑顔をこちらに向けているものだが、今日は呼んでも出てこない。
 明日が休みで良かったと思いながら玄関の鍵を掛け、居間へと移動する。
 名前を呼ばれても顔すら出さないということは、何かをやらかした時の反応だ。
 分かっているのならよせばいいものをとも思うが、叱られ待ちの顔を見ると『分かってはいたけど楽しかった』とでも言いたげだったのがなんとなく理解できるものだ。
 そんなことを考えながら居間の扉を開けて中を見る。

「ギャー!! リリィじゃなくてグレー!! お前……! 一体何をやらかしたんだよ!?」

 扉を開けて真っ先に目に入ったのは綺麗な白の胸毛がホコリキャッチャーのように灰色の輪郭を際立たさている。
 表情はまさに怒られ待ちで哀愁すら漂っているが、問題はそれだけではない。
 部屋に置かれているあらゆる物の位置がズレており、机の上の物は見事に引き倒されて散乱している。
 明日が祝日でよかったという思いと同時に、何をどうすればこんな大惨事を引き起こすことが出来るのかと眩暈が起きそうになるが、今一度現実をしっかりと理解する。
 自分が仕事に行っている間に一人大運動会でもしていたのか、重かっただろうにレトルト食品やらをまとめて置いている棚まで動かしたようだ。
 確かに一緒にバトルやらをしていた頃から少々やんちゃではあったがここまでお転婆な子ではなかった。
 そうなると他に何か理由がありそうだ。
 気分は自称小学生の名探偵だが、その理由はションボリとしているリリィの胸毛からひょっこりと顔を出していた。

「おっ? バチュルだ」

 自分の手持ちにバチュルはいない。
 ということでこのバチュルは野生のバチュルで確定なのだが、こんな街中で出てくるのも珍しい。
 むんずと捕まえて様子を見たが、リリィがそこにいたのか! とでも言いたげな表情を見せていたのでどうやら部屋に迷い込んだバチュルに興味津々だったリリィが顔を近付け、それに吃驚したバチュルが部屋の中を逃げて回ったのが原因のようだ。
 とりあえずこのまま暴れられても困るため、買い溜めしておいた乾電池を一つお裾分けしてベランダに出てもらうことにしたことでなんとか一件落着……じゃないな。
 部屋の惨状は今から片付けるには気力体力共に尽きた今やるべきではない。

「まあ、わざとじゃないんだ。仕方ない。今日はもうさっさと風呂入って飯食って寝よう!」

 そう言ってリリィの頭を撫でてやると、自分がもう怒ってないことを理解したのか、ようやく尻尾を振るようになった。
 そのまま服を脱いでリリィを抱き抱えて風呂場へと移動し、シャワーの温度を調整する。
 タイプ問わずシャワーが苦手なポケモンは一定数いるが、うちの子はどちらかというと好きな方なので汚れてしまっても洗うのは楽しい。
 ポケモン用のシャンプーを手に取り、わしゃわしゃと泡立ててゆくと泡と体の色が交換されてゆく。
 元通り真っ白になったのを確認してからシャワーでしっかりと洗剤が残らないように洗い流してやると、誕生するのはモップ犬。
 体をぶるぶるされるとこちらまで毛だらけになってしまうので、それよりも先に急いで全身を軽く握って絞る。
 これだけでもかなり水気を落とせるが、まあ最後はぶるんぶるんと体を振るって水を飛ばされるのは仕方のないことか。
 そのまま一旦風呂場を出て、体が冷えてしまう前にタオルでしっかりと水気を取ってからドライヤーで全身を乾かしてやる。
 すると今度はふわっふわのトリミアンのようになった。
 とりあえずブラッシングはまた後でやるとして、今度は自分もさっさと風呂を済ませてしまおう。
 服を念のためシャワーで洗い流し、軽く水気をきってから洗濯機に放り込み、自分の汚れも洗い流す。
 そして風呂から上がるといつものレンチンパックのご飯とレトルトの味噌汁、スーパーで買ってきた炒め物で朝食のような夕飯を済ませつつ、リリィにもご飯を出す。
 二人のご飯が済んだら、漸くブラッシングのお時間だ。
 というのも、リリィは風呂は割と好きなくせにブラッシングは大人しくしてくれないから危なっかしい。
 爪切りも未だに全く慣れてくれないので、全身を使って拘束しなければできそうもないのが大変だ。
 ワタッコのようになった胸毛をブラシでしっかりと溶いてゆき、元の指通りの滑らかなふわふわに戻し、続けて腹側、頭、ひっくり返して背中もしっかりと整えた。
 抜けた毛を集めるとモンスターボール一個分ぐらいになるが、手芸やらの類は苦手なので特に使い道もない。
 せっせと纏めて丸くして、なんとなーくゴミ箱へシュートする。
 その後は個人的なお仕置き基、自分へのご褒美としてその豊満な胸毛を堪能するのだぁ!
 もふもふふわふわの上質な毛質に洗いたての洗濯物のような洗剤の香り。
 そしてそこに混ざる僅かな獣特有の芳しい臭気!
 定期的に吸引することで精神を安定させる効果がある(大嘘)。
 が、どういうわけだかこれをするとリリィは『信じてたのに……』とでも言いたげな絶望の表情でこちらを見てくる。
 ほっぺすりすりでも背中に顔を擦りつけても嬉しそうにしているのに、何故か胸毛だけはこの世の全てを信じられなくなったような目で虚空を見る。
 角に触ろうとしたりするような本気で嫌がる事をすると逃げるため分かりやすいのだが、何故か胸毛だけは絶望するだけで逃げようとはしない。
 その表情の意味するところは未だ分かりかねるが、今日だけは知ったことではない。
 週末の仕事終わりという一番疲れているタイミングで大仕事を一つこさえてくれたこんにゃろうには今日だけは全力で癒させてもらう!
 そうしてもふもふを小一時間ほど堪能した後、時間も遅いためさっさと布団を敷いて滑り込む。
 明日やることが増えたため、ちょっとした夜更かしもしたくない。
 それに明日は元々の予定通り、リリィと自分が出会ってから丁度十年目だ。
 なのでそれを祝うためにもあまり買わないポケモン用のモモンケーキを買いに行き、おもちゃを一つ買い足しに行く予定である以上、時間を遅らせるわけにはいかない。

「明日はも~っといい日になるよね。リリ太郎。」

 キョトンとした表情を浮かべているが、大丈夫。君が居てくれるだけで幸せだ。
 明日はいい日にするさ。
 心の中でそう呟いてリリィの頭を優しく撫で、電気を消した。



     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇



 翌日、スッキリとした目覚めで仕事疲れも全回復できたようだ。
 上半身を起こして伸びをすると、それにつられてリリィも目を覚ましたのか、四足特有の前足を突き出して伸ばしたあと、後ろ足をニューンと伸ばして大きな欠伸を一つする。
 とりあえずあまり掃除をしない自分にとってはいい機会だと言い聞かせてからクイッ○ルワイパーを手に取り、簡単な拭き掃除をする。
 本当なら掃除機でもかけるべきなのだろうが、休みの日の朝から掃除機をかけられては他の眠ってる休日を満喫している人達に迷惑だろうそうだろう。
 決して掃除機をかけるのが面倒だとかそういう理由ではない。決して。
 だがまあウェットシートで取れる埃など割とたかがしれており、かえって労力も掛かるコストも割高になるのだが、まあ楽なんだ。
 誰に言うでもなくそんな言い訳を言いつつ、まだベランダに居候していたバチュルとリリィは窓越しに何やら世間話でもしているらしく、ついてまわられないだけましだが、それはそれで何を話しているのかちょっと気になる。
 そうこうする内に拭き掃除も大雑把に終わり、散乱した物達を元の位置へと戻す。
 こうして見るとあまり酷い状態になってはいなかったようで、机の上に置いていたリモコン立てやらがばら撒かれている程度だ。
 動いた棚等を元の位置へ戻し、ついでのプチ衣替えを済ませると昼頃。
 出掛けるには丁度いい時間帯だ。
 昨日の今日だったが既にバチュルと仲良くなっていたのか、またしてもいつの間にか屋内に入っており、今度はリリィの頭の上で楽しそうに不思議な踊りを踊っている。

「出掛けるぞー。バチュルはー……まあついてくるでもいいし、新天地を求めるでもいいぞ」

 そう言うとバチュルはリリィの頭の上からピョンピョンと飛び降りてゆき、昨日渡した電池を引っ張ってきた。
 その上で前足を振っているように見えるため、どうにも電気が不足していただけで、そのお礼を言っているようなので、その内新天地を求めて何処かへと行くのだろう。
 リリィと共に商店街を抜けてゆく。
 天気もいいし活気のある商店街を歩くのはそれだけでいいリフレッシュになる。
 途中にあるアンティーク屋に寄って、リリィが気に入りそうなおもちゃを一つ作ってもらった。
 なんでもそのアンティーク屋は色んな依頼も請け負っているらしく、今回は中にモーターが入っていて勝手に跳ね回るそこそこ固めのボールを作ってくれた。
 頑丈なのもそうだが、何よりチラッと見えた時点でリリィが目を輝かせていたので少々お高いがいい買い物が出来たことだろう。
 店を出てから更に商店街の端にある可愛らしい店員衣装を身に付けたイエッサンとペロリームの店員が居るケーキ屋へと出向き、リリィ用のケーキを受け取る。

「商品はこのような感じになっております。人間も一緒に食べられるようになっていますので是非お二人でお楽しみください」

 そんな注文はしていなかったのだが、店員の方がお祝いの品ということで気を利かせてくれたようだ。
 ありがたい気遣いに素直に感謝を述べ、ついでにチップも奮発して渡してからルンルン気分で店を出る。

「さ、家に帰ろう」

 何故自分が上機嫌なのかリリィはよく分かっていないようだが、言った通りだった。



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