青鴉

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作者:ジェード
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読了時間目安:17分
 土煙の止まない、煉瓦造りの街並み。石炭の燃える黒煙が、今日も空を塗りつぶしている。ここは、山岳地域に街が出来た地方。モンスターボールやポケモンセンターのような、現代の叡智はまだない。人々とポケモンの知恵と努力から、日進月歩を繰り返し、成り立っていた。
 ここでは特に、炭鉱から発掘される、燃料を中心に第一次産業が栄えた。山間に街が点々とし、都市部ほどの交通の利便性はない。
 もっぱらの交通・流通手段は、アーマーガアやエアームドによる空輸か、世代を継いで、手入れされてきたトロッコであった。街の広場には輸入品の市場や古美術の市が時々開かれるが、目新しいものといえばそれくらいのものである。天候のいい日に、行商のマラカッチ達が、からからと音を立ててやって来るのだ。
 この土臭く飾り気のない街を、ある意味好いていた、赤髪の青年が一人。
 彼は、名をシュロという。赤髪に涼しげな蒼い瞳をしていた。その紅顔からか、余程の切れ者だったり、実力者と勘違いされることこの上ない。が、実際のところ、無駄口を叩くの嫌いで、ただ気怠いだけであった。
 鍛冶屋の父から職は継がず、若くして調教の実力が認められ飛行調教師に。普段は、若いココガラやアオガラスの飼育、アーマーガアに空路を教える等をして暮らしている。切れ者であるのは、調教師である時のみで、何も考えずただ澄ました顔をしては、周りに意味を必要以上に探られた。
 彼は、若いアオガラスを肩に載せ、やや渋い顔をして立ち尽くしている。目線の先には、一匹のドリュウズ。彼は普段は炭鉱で作業を手伝っている、一端の鉱夫だった。シュロの幼い頃からの付き合いで、言ってしまえば幼なじみようなものだ。誘えば、試合にも付き合ってくれるし、シュロが寝泊まりする部屋で寝ている時もある。
 そんな気心知れた彼の、様子がおかしかった。
「リュウ、砂が上手く搔けないらしいな?」
 目線を合わせないままに、頷くドリュウズ。右手には、彼の髪のように紅いスカーフ。ドリュウズは、炭鉱周りにもしこたま居るので、区別出来るようにとのことだ。
 炭鉱で働く他の鉱夫に頼まれてのことだった。ドリュウズの調子が悪いので、調教師であり気心知れたお前なら、何か判りはしないかと。
「そうは、言われてもな」
 鉄の鉤爪には異常は見当たらない。鉤爪の不調子ならば、シュロのような調教師が研いでやることで、ケアが可能だろう。気に掛るとすれば、血色の悪さといつもの血の気が感じられない、というところか。それから、鉱夫によれば、“すなかき”の特性が上手く作用していないらしい。
 身体的な不調ならば、それこそ医者の仕事だ。医師に掛かるには、下山し平野の街まで行かなくてはならない。
 見られて嫌そうなドリュウズを、負けじとずっと目で観察。しばらくにらめっこを続けたのち、肩にいたアオガラスの“エリゼ”が、シュロの首を軽くつついた。シュロがエリゼを見ると、くいと北西を指した。山岳地帯の中では、学者や知識人の集まる街がある方角だった。
「成程、エリゼの言う事は一理あるな。それに、お医者は高い。まずは詳しく調べなくては」
 ドリュウズの容態を一部手帳に書き記す。それから、シュロはケンタロスの毛皮で出来た、丈夫な革手袋を両手に装着。肩から掛けた、木製の笛をひと吹き。すると、安らぎの鈴の転がる音が、山鳴りに響いてくる。数秒もすれば、立派な黒翼を持つアーマーガアが馳せ参じた。
 広い背中に跨り、まずは背中を撫でてやる。コンディションは良さそうだ。シュロは、自然とあまり見せない笑顔を零す。
「久しぶりだな。西の学術図書館の方角は分かるな? あそこまで頼む」
 甲高い鳴き声。次には、風を切る清々しさがあった。アオガラスのエリゼも、隣を並走して飛んでいたが、まだ人を乗せられるような、静かな羽ばたきではなかった。風に揺れて、足首の鈴がちりんちりん、と音を転がしていく。
 疎らだった、石造りの街が視界に集約してきた。紙の生産が盛んな、学者好みの街。アーマーガアは、石で目立つように造られた、留まり場に降り立つ。羽音がほとんどしないのは、シュロの手腕だった。エリゼも慌てて降りる。
 目の前には、街の中でも大きな館。山岳地帯唯一の専門書のある図書館だ。学者や研究者、医者や薬師までもが挙ってお世話になる。
「隣町のシュロだ。調べて欲しいことがある」
 飛行調教師の証、木彫りのココガラが入った笛を見せる。受付のイエッサンは、丁寧にお辞儀してドロンチを一匹あてがった。ドロンチに乗ると、広い図書館内を遊泳していく。シュロの調べたい、鋼ポケモンの医療について尋ねると、幾つか該当する書籍を取り出して、頭上で浮かせていた。
「これか」
 ドロンチに乗りながらだが、軽く目次と表題を流し読みするシュロ。彼の目に、気になる項目があった。
 “【粉塵による害】人間の炭鉱夫では、石英、珪石など遊離珪酸を含む粉塵の吸入が原因で、珪肺けいはいを引き起こす恐れがある。その為、一定深度以上からは、鋼を有する毒に強いポケモンに採掘を任せている。しかし、彼らもまた生物である。規定量以上のアスベストやボーキサイトを摂取した場合には、健康異常が見られる。一部例外として、バルジーナやランクルス等がこれらの害を一切受けない、特殊な身体構造を持つことが報告されている。
 有効なものは、対処療法のみ。現時点では、喚起のいい場所で療養し、漢方薬で免疫力を上げて毒素の排出に努めるしかない。幸い、彼らの回復力の早さならば、大事には至らないだろう。”
「……なるほど。要は働き過ぎだったのか」
 人間ほどではないらしいが、炭鉱で働くリスクを改めて見ると、素直に頑張れとは言えない。にしても、これに漢方薬が効果があるとは、目からハートのウロコだった。
 漢方薬か。シュロは司書のドロンチに本を渡しつつ、考えていた。広く取り扱うのは、下山した街にある“漢方屋オリヴィエ”だろう。ただ、この時代の漢方というのは、貴重なものこの上ない。不老不死の薬という眉唾物や、ものによっては医薬品以上の値がついた。果たして、自分の持ち金で買えるだろうか。
「行く他ないんだがな」
 愁いを吐き出すため息。ドロンチに礼を言い、下ろしてもらう。半透明になる尾を無邪気に振るドラゴンらしからぬ姿を目に留めた。
 外に出た若い調教師と青鴉。これから件の漢方屋に向かう訳だが、シュロには詳しい道標がなかった。漢方薬の評判と、少々変わった風の噂のみだったからだ。地図は貴重な上、外出したがらない学者ばかりのこの街で、下山した者はどれだけ居るだろうか。
 シュロが、厚皮の右手を掲げると、従者のようにアオガラスのエリゼは留まってみせる。
「俺はこれから山を下る。先に、この匂いを探してきてくれないか?」
 彼が空いた左の手に持っていたのは、ベルガモットとイアのみをすり潰して出来ている匂い袋。普段は、混乱したり怒りで落ち着かないポケモンを、鎮静させ手懐ける為の物だ。
 彼は気がついたのだ。ベルガモットもハーブの一部であったと。薬草の香りは特に強い。これならば、お調子者のアオガラスのエリゼであっても、分かるのではないかと。
 エリゼは、何度か首を傾げた後に、しゃんと飛び立つ。青黒い羽根が抜け落ちた。
「……俺も向かうとしよう。久々の下山だな」
 石造りの留まり場に、再び大きな影が降ってきたのは、呼笛が消えて僅かしてからだった。





 シュロが岩山を越えて降り立った場所は、普段の見慣れた風景とはかなり違っていた。身なりのいい人間が多く、ポケモンもいわやはがね、こおりに集中していた種族がガラリと変わった。
 一番の違いは、やはり水車と水路だ。高山とは違い、なだらかな大地に嫋やかに水が張っている。水浴びをするヤヤコマ達が、人懐っこさを見せていた。
 街の人間に自分でも話を聞こうかと、話しかけやすい人間を探していた時だった。忙しない羽音を立て、エリゼが右手に舞い戻る。
「早かったな。どうだ?」
 がなるように鳴く。自信があるようだ。それならば、とシュロも特に疑問なくついて行く。エリゼは人と人、ポケモンとポケモンをかき分け飛んでいく。
 幾つかの角と十字路を抜けた辺りか。エリゼが甲高く囀る。気を張ったシュロだったが、足元に重い何かがぶつかった。何かと目を遣ると、石畳に足が引っかかったハヤシガメがいた。謝罪の意を口にし、鈍足を助けてやる。
 ハヤシガメは、背に括り付けた荷物を運んでいたらしい。彼の行く先を見守ると、仕組んだように飛んでいるアオガラス。
「そうか。きちんと匂いを当てて、お手柄だったな」
 思わず頷く、教育係の青年。目の前には、今旅の目標とした“漢方屋 オリヴィエ”……ではなく、ヤレユータンが仕切る青果屋があった。“ベルガモット”ではなく、“イアのみ”の場所を当ててしまったらしい。
 シュロは、叱るにも至れず。寧ろその器用さを褒めてやることにした。荷運びしていたハヤシガメも合流し、木箱をヤレユータンに手渡している。シュロに懐いたように、足元を摩った。
「街の人間に聞いておくべきだったか。未だ、漢方屋が判らないことに変わりはないな」
 瑞々しい青果類を見つめ、ハーブ類はないことを確認する青年。すると、大きな柏の葉を持った、店主がふらりと立ち寄った彼を見つめている。
 立ち尽くすシュロに、ふと湧き上がる一つのイメージ。この青果店を曲がり、裏の路地に行くまでの明瞭な道筋だ。テレパシーの中でも、高等なテクニックなのは間違いない。
「これは、 “さいはい”か。わざわざ済まないな」
 言葉は語らずに、礼を言うヤレユータン。ハヤシガメを助けたことが、功を奏したらしい。人間と間違われる程に、頭のいい種族であることを改めて彼は実感した。お礼に、小さなきのみを買って袋詰めにしてもらう。エリゼに啄まれないよう、厳重に袋の紐を二重に結んだシュロだった。





 ヤレユータンの指し示した通りに、歩いていくとガラス張りの店。キュワワーを模した看板には、“漢方屋 オリヴィエ”。想像していたよりも、ずっと明るく開放的な見た目をしていた。
 ガラス戸を開けると、出迎えたのはヤバチャだ。気前よく、紅茶の試飲を青年らに押し付けてくる。重い石と石が擦れる音がする。見ると、薬研を挽くジジーロンの姿がある。当の本人も咳き込んでいたが、大丈夫なのかとシュロは思っていた。
 客人、シュロの存在に気づいたらしい。のんびりとした動作の男性がやって来た。薬師か店主だろうか。隣には、何やら腕自慢なヤンチャム。
「お兄さん、いらっしゃい。何かウチに用が?」
「ああ。うちのドリュウズが鉱山の粉塵で身体を壊してな。漢方が効くと聞いたんだが……」
 シュロは、適宜自分のメモを見せつつ、彼にドリュウズの様子を説明した。時折、頷き納得した男。直ぐに調合するので、店番のヤバチャとでも店を見ていてくれと言われてしまった。
 彼としては、値段も聞いておきたかったのだが。仕方なしに、コレクションに見紛う綺麗さで、瓶詰めされた薬草類を見ていた。あの男、潔癖に違いないと謎の確信すら持っていた。
 ちからのねっこにハートのウロコ。ベイリーフの葉にガバイトのウロコ。干した高麗人参や、パステルカラーのツノもある。更には珍しい冬虫夏草まで。物珍しさに、嘆息する青年の後ろには、正に新たな薬を育てるパラセクトが鎮座していた。
「やば、ややや」
 ほら、飲んでみて? としきりに自らを差し出すヤバチャ。シュロとエリゼは、その銀河系のような色に押し黙っていた。お互いに譲ろうとしたが、気を利かせてしまったヤバチャ店員により、二人分の試飲が用意されてしまったのである。
 旅は道連れである。息を止め、目一杯に味覚を殺そうと試みる一人と一羽。特に目立つ雑味はない。しかし、喉を抜けた辺りからの、エグ味が容赦なかった。世に情け等なかったのだ。
 嬉しそうに、悪意ある笑みを浮かべるヤバチャ。彼女が調合したハーブの瓶を見てみると、【効能:肉体疲労、肩こり】とある。ヤバチャなりの労いだったと見て良いのか、青年らは測りかねていた。
「おーい、赤髪のお兄さん! 出来たよ」
 暖簾から顔を出す、先程の男性。エリゼと共にカウンターに向かうと、ジジーロンが丁寧にお辞儀をする。
 彼による、調合内容の説明を聞いた。何でも、解毒作用のあるローズマリーやダンディライオンを中心に、シェルダーの毒素を用いたハーブティーの元のようだ。味は、はがねタイプの好むオッカとヨプのブレンド。
 その内容物故、ヤドンだけには与えると副作用で稀に進化してしまうらしい。何とも可笑しな話であると、青年は聞いていた。
「助かる。それで、値はどの程度張る?」
「心配なし! たったの150$!!」
 にこやかな笑みを浮かべる赤髪の青年。肩にいるアオガラスは、先の展開が読めていた。
「よし! まけてくれ!!」
「えーー!?」
 ノータイムの値段交渉に、仰け反る男性薬師。挟まれたジジーロンは、困ったように手をまごまごしていた。
 青年の手持ちぎりぎりの額であった。買えなくはないが、それでは向こう2週間の彼の食事は、ウブのみの水炊きになってしまうだろう。
 ずっと、肩から青年の話を聞いていた、エリゼが動いた。嘴には、見覚えある麻の袋。中からは、まだ新鮮なきのみの匂いだ。
「おい、何する気だ」
 器用な嘴で袋の中身を見せると、前脚でジジーロンと薬師の男に向かって“ちょうはつ”してみせた。穏やかだった、ジジーロンの鼻息が荒くなる。宥めつつ、薬師の男が袋を取ってみると。
「これは! 採れたてのイトケとネコブ! もしやお兄さん、あのヤレユータンの店に?」
「そうだが、何故分かる」
 シュロ青年は、密かにジジーロンの逆上を恐れていたが、店の中だからか、飛び回る青鴉を叩いたりはしなかった。内心、教え子の無事に安堵する。
「あそこのヤレユータン、見下した人間には物を売ってくれなくてですね……どうにも、私にも仕入れを教えてくれんのです。このきのみとの交換で、値引きってのはどうです?」
 青年は納得していた。漢方屋すら、まともに交易しないとは大したプライドだとも思った。
 薬師の男が木製のはじきを叩く。見せられた値段に、思わず珍しく声を出した。肩には、自慢げに付け上がっている青鴉。勝手な真似を許していいものか、悩んだ青年は、犀利さいりな鴉を叱りは出来なかったのである。





 馴染みある、鉱山の街に帰ったシュロとアオガラスのエリゼ。シュロが寝床にしている、シンプルな石壁に木製の家具の並ぶ部屋には、不調な自身の爪を見つめるドリュウズ。
 壁には、飛行調教師の使う革道具のセットがある。一番目立つのは、鍛冶屋の父が手掛けてくれた、柄にアーマーガアの入ったダガーだ。
 早速、もらったハーブティーを煎れてみる。薄いオレンジの透明色から香る、独特の鼻を刺激する香り。ドリュウズは、訝しげに見てから美味しそうに笑って見せた。少しずつ、飲んでいく。
 気になったシュロ青年が、ひと舐めしてみると。仄かに広がる鉄の風味。はがねタイプ用に調合しているのか。
「やはり、お前には美味しいのか。エリゼも飲むか?」
 止まり木で様子を見ていた、現在教育担当のアオガラスを呼んでみる。彼も、シュロが一口分取ってくれたハーブティーに口付けする。
 反応は下の下。舌をだらんと垂らし、何度かえづいていた。その様子に、苦笑する青年。
「お前の進化は、まだらしいな」
 アーマーガアは、ここら一帯では敵無しの空の王者。賢くて、武に長けている。一方のアオガラスはまだ青く、しかし賢い鴉なのだと、静かに納得するシュロ青年であった。


──Fin──
浮線綾さんのイラスト数点から、私がイメージして書いてみた三次創作的短編でした。改めて、浮線綾さん素敵なイラスト等ありがとうございました。

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