運び屋ブン

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作者:円山翔
読了時間目安:11分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

 ごきげんよう。依頼かい?
 どうしても期日内に運んでほしいものがある?
 分かった。とびっきりの運び屋にお願いしよう。
 この地球上で最も速い生物は何かと問われたとき、貴方なら何と答えるだろう?
 古来より神速と謳われてきた、でんせつポケモン・ウインディ?
 16時間で地球を一周するという、ドラゴンポケモン・カイリュー?
 速すぎて姿が見えないという、しのびポケモン・テッカニン?
 そのどれもが正解となりうるだろう。しかし、そんな有名どころ以外にも、「最速」を名乗るにふさわしい存在はいるかもしれない。もしかすると、貴方の身近にも。

 オニスズメ印のHIKYAKU運送。ジョウト地方はコガネシティの片隅に居を構えるこの運送業者には、日夜様々な客によって様々な物品を運び込まれる。
「ささやかな手紙から国宝級の物品までなんでもござれ」
「安い、早い、丁寧。三拍子揃ったオニスズメ印のHIKYAKU運送」
 そんなキャッチフレーズのもと日々奮闘する、小さな運送業者だ。小さいからって馬鹿にはならない。受けた依頼を着実にこなし続け、運送業界大手のペリッパー運送、ゴーリキー運送、ヤルキモノ運送などにも負けず劣らずの位置をキープし続けている。
 そんな小さな運送業者に、伝説の運び屋と呼ばれるポケモンがいるのをご存じだろうか。カイリュー? 確かに信頼性は抜群だが、違うね。ペリッパー? 競合他社の看板を使うわけにもいかなくてね。アーマーガア? ガラルじゃ一般的らしいけど、こっちでは見たことがないなぁ……そんな有名なポケモンじゃなくてさ。もっとパッとしない……
「誰がパッとしないって?」
 噂をすればほら、奴が来た。
 燃える炎のような髪に楕円の大きな耳。横長の顔には困ったような平べったい顔。
「平べったい顔で悪かったな」
 ……あんまり褒めるとうるさいから、これくらいにしておこう。
 奴が伝説の運び屋、名はブンという。種族はバオッキー。イッシュからやってきた外来種だ。……ほら、いつぞやのポケモン総選挙で720位という快挙を成し遂げた。
「最下位ってのは快挙からは程遠いんじゃないか?」
 人差し指を上げて、チッチと左右に振っている。全く、どんな地獄耳だろう。おまけに冗談というものが通じない奴だ。
 まあ、こんな奴だが、腕は確かなんだ。軽い身のこなしとしなやかな肢体で、どんな物品も傷一つなく運んでのける。おまけにそのスピードときたら! リオルは一晩で3つの山を越えるというけれど、こいつはその比じゃない。実際に言葉で言い表すのは難しいんだが……とにかく、すごいんだ。HIKYAKU運送が今のポジションを維持し続けられるのは、このブンのおかげと言っても過言ではない……かもしれない。
 試しに運ばせてみろって? 残念ながら、そう簡単にはいかない。こいつがお呼びになるのは限られた任務、それも、とびっきり重要なものだけだ。
 しかし、今日居合わせた貴方はラッキーだ。まさに今日、その重要な任務が舞い込んできたのだから。百聞は一見に如かず。ぜひともその仕事っぷりを見ていただきたい。
「よぉ、相棒。仕事の依頼だぜ」
 オーナーが差し出したのは、背負いベルトのついた四角い木箱。燃えてしまわないのか心配なところだが、安心してほしい。どういうわけか、ブンは炎を出せないんだ。燃えているように見えるのはそういう毛並みをしているってだけでね。なぜかって? それを聞くのは野暮ってやつさ。
 箱には宛先と受取人の名前の書いたタグが付いている。差出人が匿名というのが気になるが、そういうことは詮索してはならないことになっている。何より、ブンはそんなことどうでもいいと思うタイプだからね。まあ、麻薬や爆弾なんかが入っている場合は、依頼の時点で危険物処理班のガーディやレントラーが黙っちゃいないから安心してほしい。割れ物とか衝撃に弱いとか、そういうことも請負の時点で確認してある。
「できる限り早く、そこに書いてある場所の少年に届けてほしいんだと。指定日時は三日後まで。速い分には問題ないが、遅れるのはなしだ。それと、適切に梱包されてはいるが割れ物だ。細心の注意を払って運んでくれ」
「そういう重要そうなのを、なぜ毎度毎度俺に持ってくるかな」
 タグを指で叩きながら言うオーナーに抗議はするだけしてみるが、オーナーの言うことは絶対。ブンが何を言おうと知ったこっちゃない。つまり、出せる答えは必然的に「Yes」しかないのである。
「前金はこいつでどうだろう」
 オーナーが投げて寄こしたそれに、ブンは目の色を変えて食いついた。ブンの顔ほどもあるそれは、よくよく熟れたカイスのみ。こんななりをしているが、ブンは甘い物に目がないのだ。ブンが手にした次の瞬間には、きのみは綺麗になくなっていた。
「足りないねぇ。あと3つは寄こしな」
「がめつい奴だ」
「仕方ないだろ。必要経費だ」
 ぺろりと口の周りを舐めつつ3本指を立てるブンに、オーナーは更に3つ、それまでより一回り大きいカイスのみを放り投げた。それらが地に落ちる間もなく、ブンは3つのきのみを跡形もなく平らげて見せた。言っただろう、速いって。だが、これはブンのスピードの一端でしかない。好物の甘味を大量に食った今、ブンはこの地球上で誰よりも速い生物のうちの一匹となったのだ。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
 両手を組んでぐぐぐっと伸びをしたブンは、木箱を背負って立ち上がった。

 バーン!!!!!!!!

 銃でもぶっ放したかのような爆発音が響いたかと思うと、ブンの姿は忽然と消えていた。この一瞬でどこまで行ったというのだろう。額に手を当てて遠くを眺めるオーナーは、その姿をその目に捉えているようだった。
 炎を出せない代わりに、ブンは体の中で燃やした炎を全てを運動のためのエネルギーに変換できる。好物の甘味は絶好のエネルギー源だ。沢山のきのみを要求したのは、届ける場所までの往復に必要なエネルギーを補給するため。彼の高速移動は、普通に歩くときの何倍ものエネルギーを消費するのだ。しかしそんなに早く動いて、ちゃんと曲がれるのかって? そこも心配ない。今みたいな派手な移動は今いるこの場所みたいな、真っ平らな直線道路がどこまでも続いているような場所だけさ。カーブの多い場所や入り組んだ路地なんかは、ブンだろうが誰だろうがとてもあんなスピードでは走れやしない。代わりに、ジグザグマも顔負けの方向転換で潜り抜ける。ジグザグマみたいにジグザグに曲がると荷物に負担がかかるので、曲線を描いて曲がるんだ。ブンの描く曲線の綺麗なことといったら! 決して何にぶつかることもなく高速で駆け抜けるブンの後をついて走ろうなんざ、土台無理な話なのさ。しかもそのスピードで、荷物はもちろん道中の人・物・ポケモン、何にも傷一つ付けやしない。こんななりをしているが、デリケートな扱いもばっちりなのさ。

 さて、そうこうしているうちに、ブンは受取人のところに辿り着いたようだ。
 時刻は20時を少し回ったところ。真新しい住宅街の一軒家に、依頼主の苗字が書かれた表札が下がっている。
 荷物を玄関先に置いて、ドアを3回ノックする。インターホンのある家でも、インターホンにカメラがついているかどうかさえ関係ない。
 ドアを開けたのは一人の少年。おそらくはオーナーが言っていた少年だ。他に気配がしないので、家には少年だけしかいないらしい。
 箱の名前を指さし、本人かどうか確認する。少年は迷いなく頷いた。このとき嘘を言っていれば、ためらいの色を見せるか、どこかしら挙動が不自然になる。こんななりをしているが、ブンは目聡いのだ。怪しい表情の変化や挙動を一つとして見逃しはしない。しかし今回はそんなこともなかったようだ。
 少年にドアを開けてもらい、ブンは荷物を家の中に運び込んだ。大きさも重さも含めて、少年一人ではとても持ちきれそうにないからだ。部屋の真ん中に木箱を置いて伝票にサインをもらったら、任務は完了。「ありがとう!」と笑う少年に困ったような笑みを返し、速やかに家を後にした。伝票を会社に持ち帰るまでが運搬だ。受取人と荷物との感動の対面を邪魔する道理はない。
 ブンが去った後、少年はおっかなびっくりといった感じで木箱の蓋を開けた。途端に芳しい香りが立ち昇り、瞬く間に部屋を満たす。懐かしさが少年の目尻を濡らす。そして、少年は歓喜した。
 入っていたのは、なんとアンティークのティーセット。ポットにカップにソーサーまで、一式揃っている。しかし、それだけじゃない。なんとポットの蓋が持ち上がり、中から紫色の顔が覗いている!
 それは少年がガラル地方で仲良くなったこうちゃポケモン・ヤバチャが進化した姿、ポットデスだった。旅行当時はガラル地方のポケモンを海外に連れ出すことが認められておらず、泣く泣く別れることになった。それが、海外渡航が認められたことによりとうとう少年の元へやってこられたのである。モンスターボールに入ることを良しとせず、割れないよう保護しつつ中身がこぼれないようにしなければならないため、箱詰めする方も運ぶ方も相当に気を使ったはずだ。残念ながらティーセット自体は贋作のようだが、少年がそんなことを気にするはずもない。ただただ懐かしい友との再会を喜び合っていた。ふたりはこれから長年お預けを食らったお茶会としゃれこむわけだけれど、それはまた別のお話。

 月明かりが照らす道を、ブンはひた走る。荷物も期限もなくなって、身も心も軽くなったブンは、来る時よりも緩いスピードで(とはいってもはたから見れば十分に速く)走っている。ぐんぐんと後ろへ過ぎ去っていく景色をよそに、空に輝く月や星はほとんど動かずにブンを見下ろしている。ブンは夜空が好きだった。夜空に限らず、空が好きだった。ブンがどれだけ早く動こうと、その大きな顔で自分を見ていてくれる。ブンにとって、空はそんな安心感を与えてくれる存在だった。
 ブンは少年に見せたのと同じ、少し困ったような笑みを浮かべていた。先ほども今もそうだが、本当に困っているわけではない。元々がそういう顔だから、そう見えるだけなのだ。そのせいで勘違いされることも少なくない。しかし今、ブンは胸の奥に焼き付けた少年の笑顔を想い、確かに笑っていた。
 このままいけば、日が変わる前には拠点に辿り着けるだろう。帰ったらゆっくり休んで次の仕事に備える。そしてまた、オーナーに甘い物をせびるのさ。

 この地球上で最も速い生物は何かと問われたとき、貴方なら何と答えるだろう?
 宇宙からの刺客、DNAポケモン・デオキシスのスピードフォルム?
 電脳の世界を光速で駆ける、バーチャルポケモン・ポリゴンZ?
 雷の速さで敵を討つ、じんらいポケモン・ゼラオラ?
 そのどれもが正解となりうるだろう。しかし、そんな有名どころ以外にも、「最速」を名乗るにふさわしい存在はいるかもしれない。もしかすると、貴方が出会ったことのある誰かかもね。
過去とか様々な依頼とか、膨らませれば連載できそうな内容ですが、今のところ連載の予定はありません。あしからず。

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