サンサーラの傍観者

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作者:ジェード
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読了時間目安:24分


 目が覚めると、私はポケモンだった──。
 

◇◆◇

 身体を起こそうとしても、胴体は鉛のように重い。その実、俺の身体は古びた鉄製だった。片方のみ有る手のような部分に気付き、目を遣ると見るからに人のものではない蒼い布地。
 頭を支配するのは、海が渦巻くような混乱と戸惑い。そして焦燥。一体、どうしてこんなことになってしまったんだ。
 絶句した俺が周りを見渡していると、ぐんぐんと棚の影が濃くなって、その黒点はポケモンになった。そいつはふよふよと浮いて、俺を見て話しかける。
『新入り、大丈夫? 君、顔色悪いけどさ』
 俺の事を新入りと呼ぶのは、帽子を被ったような頭をした、ポケモン。種族名は、確か“ムウマージ”だった筈だ。新入りとはどういう意味なのか。そもそも俺を知っているのか? 疑問は湯水のように湧く。
 まずは声を出そうと、とにかく力を込めてみた。
「あのさ!」
 予想打にしない発破になってしまい、自身で驚く。とりあえず、この身体でも意思疎通が取れることに安堵した。
 ムウマージは少し嫌そうに震えてからケロッとしている。
『うるさー、ヒトツキって“エコーボイス”覚えるんだっけ?』
 “ヒトツキ”。俺の種族名だろう。思い出せずにいて引っかかっていた。ここには、俺とこいつしかいない。今は無理やりにでも、このムウマージに俺のことを聞かなければ。
「なあ君、俺はどうしてここに? 信じられないことに、俺は人間だった筈なんだ」
 口調が早まり舌が滑る。自分でも何故か、確信して言えなかった。不思議と吃ってしまい、己の表層的な記憶を辿る。どれもこれも、刷り切った後の版画のようだ。自分で自分を信じきれないなんて悲しいことあるのか。
『ニンゲン? って何?』
 ムウマージはキョトンと呆けたような顔で訊いた。次いで、どんなポケモン? という俺を絶望させる言葉を付けて。
 人間という概念すらない世界。つまりは周りに人間のいない世界。
 そんなことって、あるのか? 現実的過ぎる夢じゃないのかとすら思える始末。
 とりあえず、それらしい説明をした。“人間”というポケモンとは別の種族の生き物であること。俺は記憶がないが、確かにその人間……だった筈だということ。
 咀嚼不十分ではあるが、ムウマージは納得してくれた。
『君は記憶がないのか。大変だねー。ニンゲンとやらは僕は分からないけど、でも君は確かにヒトツキだし。外の世界で倒れてたんだって』
 “外の世界”という言葉が引っかかるが、逐一聞いては話が進まない。
 それより倒れていた? だったら救護した人間、いやポケモンが居るのだろうか。そいつに話を聞きたい。
 というようなことを、ムウマージに伝えると、俺を助けたポケモンについて教えてもらえた。
 ヨノワール、というポケモンで普段から見回りをしているらしい。彼は、他のポケモンの知らないことをよく知っているし、管理者という存在の手伝いをしているそうだ。要は位の高いポケモンなんだろう。
 そのヨノワールに今すぐ会いたいと伝えると、ムウマージの胸の赤い石が一瞬光る。通信らしきことをしてから、今は留守にしているそうだと俺に伝えた。
『まあまあ、そう落ち込むなよ? ヨノワールが帰って来るまで、ここを僕が案内したげる』
 ヒトツキの身体にも慣れる必要があるでしょ? と言う彼女の言葉は真っ当だった。冷静になる為にも、ひとまず周りを見て状況把握した方が良さそうだ。
 頷こうとしてみたが、俺には首がなかったのだった。切っ先を引き摺り移動した。
 
 
 *


 俺がいた場所は最初暗くてよく分からなかったが、老朽化した建物のようだ。至る所に影があり、日差しはほとんど差さない。苔むしていたり、カビが生えていた。
  建物だけではなく、埃かぶったインテリアや家財も見える。ここに、人間の文化があるのは間違いない。全くの異世界ではなかったので一息吐いた。
 そして、なんとなく予想していた通りに、周りのポケモンはゴーストタイプしかいなかった。
 眠るオーロットに触手のような腕でイタズラを仕掛けるフワンテ。黒ずんだ本のような物を捲るブルンゲル。埃まみれの場所を、無駄だろうに掃除するミミッキュ。俺を見て“ないしょばなし”をする、カゲボウズとムウマ。
 ゴーストタイプの住処であり、彼らの為の楽園なのだと俺は理解する。
『新参か、苦しゅうない』
 俺に話しかけてきた抜け殻は、確かテッカニン……じゃなくてヌケニンか。何処から声を発しているのか、聞きたくなったが俺も似たようなものだった。
『ねー、この子ニンゲン? だったんだって。聞いたことある? ニンゲン』 
『知らぬ。前にも、そういううわ言を言う新参がいた。もはや懐かしい』
 思わぬ所からヒントが転がり込んできた。人生捨てたものではない。人生なのかは怪しいところだが。しかし、俺の他にも人間だったと言う奴がいた? じゃあ、ここは一体。
「ヌケニンさん、どうしてもそいつに話を聞きたいんだ。教えてくれないか?」
『僕からも頼むー』
 どうしよかなー? と意地悪に見てくる抜け殻。不快だ。こいつゴーストタイプが怖くないのか?
 しかし、ムウマージがヌケニンをテキトーに煽てると、気分を良くして教えてくれた。しめしめと見るムウマージから、マジカルフレイムの気配を感じたのは、言わぬが花か。
『その名はデスカーン。その時はデスマスだった』
『あー、デスカーンかー。もう! 早く言えばいいんだよ』
 ムウマージはヌケニンを小突く。その通りだと思った。“のろい”という技、今なら俺にも使える気がしたが、それよりも先を急ぐことにした。
 いくつか廊下を渡って、そのデスカーンがいるという、部屋の一角にムウマージは案内してくれた。中には、大きな棺に腰掛ける重圧感のある金塊の身体。強面だが、威圧感は感じない。
『そこの剣さん、お初にお目にかかります? ムウマージさん、何か御用デスか』
『うん。このヒトツキ君がね、君に話を聞きたいって』
 デスカーンにこれまでの経緯を話す。ところどころ頷いては、俺の顔を伺った。他のポケモンのように、人間と聞いただけで、首を傾げたりはしなかったのでひとまず安心した。
 一息吐いた後に、ゆっくりと話し始める。
『自分、ここに来た時はデスマスでした。しかし、ずっと持っていた仮面に、違和感を感じたのデスよ』
「違和感?」
『誰かの顔によく似ていたのデス』
 デスカーンは神妙な面持ちで続ける。黒く影のように伸びる手で顎を触り、答えあぐねつつも、何とか俺に思い出せるだけのことを話した。
『誰かの顔。デスが、そんなポケモン誰も知らないと。自分にも覚えがありません。気味が悪いとは思っても、何故か手放す気になれず。ずっと持っていたある日、気づきました。これは、もしやニンゲンの顔じゃないかって』
 “ニンゲン”という懐疑的な言い様に一抹の不安が襲う。もしや、人間なんて存在は元からいなくて、俺が、このヒトツキがずっと見ていた長い長い夢なんじゃないか? そんな疑念すら感じる。
「その仮面、あんたの知り合いか? そもそもあんたは元々人間じゃないのか?」
 デスカーンはうんともすんとも言わない。ただ虚空に言葉を探す。俺とデスカーンを遠巻きに見ていたムウマージも不安そうだ。
『分からないのデスよ』
 しんと冷え切った空気が取り巻く。同時に、底冷えする感覚を覚える。周りにあった燭台が小刻みに揺れた。ポルターガイストだろうか。
『自分は人間だったような気もするし、でもこれは、不思議な夢なんだと思えてもきます。段々と、昔のことを思い出せなくなる。それでも、怖いのデス。未だにあの仮面を見ていると』
 その時の、デスカーンの瞳は異質だった。出会ったばかりの俺にも不思議と意識についた。
 それくらい、訴えかけてくるものがある、憂愁と寂静の混じる瞳だった。
「涙が零れるのです」
 
 
 *
 
 
『結局、よく分からなかったね』
「確かに。でも仕方ない」
 デスカーンの話は、胸に詰まるものがあったのは確かだ。自分の正体について悩むなんてのは、人間らしさの塊だと思う。アイツは元人間でほぼ間違いないと見ている。
 とはいえ、何も収穫がなかったのも事実。結局、どうしてポケモンになってしまったのかも、元に戻る術も何もかもが不明だ。
『あ、これ食べよーよ。フワライドのとこからくすねて来たの』
 ごく自然に、盗みを告白するムウマージ。笑顔が無邪気だ。見ると、橙と紫のクリームらしきものが載ったカップケーキだった。毒々しい色に思わずたじろいだが、空腹でもあった。匂いは本当に菓子そのものだったので、目を瞑って口に押し込む。
「意外とイけるな……」
『フワライドは、ぼんやりしてるからよく調理を失敗するんだよ。今日は美味しかったけどさ』
 ポケモンも調理をするものなのか。十分に力を使いこなせれば、俺でも出来るんだろうか? 疑問に思ったが、俺の手先は一本しかないことを思い出す。
『フワライドはいつも料理をしてるし、ブルンゲルは読書狂い。ジュペッタは裁縫が大好きで、ミミッキュは汚い場所を掃除しないと気が済まないみたい。なんか、皆変わってるよね』
「へえ? 個性的なんだな」
 だったら、このムウマージはいつも他者に世話を焼いているのだろうか。やたら顔の広い様子だったし、容易に想像がつく。
『ちなみに、さっきのデスカーンはいつもデスバーンと一緒にパズルしてる』
 ……あの図体でねぇ。想像してちょっと可笑しくなった。同時に、普段は楽しくやっているのを聞いて安堵もした。
 最初は悲観やら焦りもしたが、慣れてきている自分に気が付く。後は、件のヨノワールくらいしか縋るものはない。もうすぐ、姿を見せると教えてもらった。待ちぼうけにも慣れてきた。
 手を動かす練習として、ムウマージと積み木型パズルを遊んだ。ついでに、ヨノワールについて詳しく訊きながら。繊細な力加減が要求され、何度もリテイクした。途中から、さっきオーロットに悪戯していたフワンテが絡みついてきた。
 ゴーストポケモンの吐く息が生暖かいということを知ったのだった。
 
 
 ふと、ムウマージが何かに気づく。次には屋内の中にある吊りカンテラが全て点灯していた。何かの合図だろうか。煌煌と灯るカンテラに、一部眩しそうに逃げていく面々が見える。
 意識を外していると、いきなり身体の柄の部分を掴まれた。驚くと腹に口腔を持つ巨体がいた。一つ目が不気味に動く。
「お楽しみ中失礼。ヨノワールは私ですが、貴方が件のヒトツキさんですか?」
「あ……はい」
 俺を見据えると、一つ目はにこりと柔らかに歪む。大きな両手と握手をし、ムウマージとフワンテにも軽い挨拶をしていた。
「いや、すみませんねぇ。ちょいと忙しくて。ムウマージさんもいつも有難うございます。ここからは私の管轄ですから、しばらく二人きりで話しませんか?」
 勿論了承し、ムウマージにも感謝を伝える。特に気にしてなさげに、ヒラヒラと腕の部分を動かす。
 ヨノワールの案内で、初めてこの建物らしき廃墟の外に向かった。
 
 
 *
 
 
 外の景色は、俺が考えているような在り来りなものではなかった。闇、とでも形容すれば良いのだろうか。ひたすらに青みを帯びた暗黒が裾を拡げ、とある一部分だけが、透けたように何かが映っている。薄氷の張った湖上にでもいる気分だ。
 その部分は、よく見ると湖のような場所が映っている。霧が掛かって明瞭でないが、橋の一部も見える。
 ヨノワールは、その湖畔らしき風景が見える場所の手前で立ち止まる。
「さて、お待たせして申し訳ない。何があったのかお聞かせ願いたい」
 俺は、デスカーンの時と凡そ同じことを説明した。あの時よりもだいぶ口調に余裕が持てた。
 話し終わり、ヨノワールが考え込んでいた。腰に手を置いて、俺を見て逡巡したような様子だ。
「成程。貴方は人間の記憶があると。非常に稀ですが、居ますねそういう方。人間、私は知っていますよ」
「本当か!?」
 ここに来て初となる、人間の存在を認める者現る。思わず握手を求めて抱き合いたくなる。
 このヨノワールが、他のゴーストポケモンとは何か事情が違うのも確かなようだ。
 考えていると、ヨノワールに人差し指を立てて質問を求められた。
「ヒトツキさんは、御自身の“名前”とか、覚えてらっしゃいます?」
「ナマエ……?」
 何度も反芻するが分からない。せっかくのヒントなのに、俺はなんて無力なんだ。様子を見ていたヨノワールに、分からないならば良いのです。忘れて欲しいとのことを言われる。彼曰く、中途半端に知るようなものではないのだそうだ。1か0かしかないと。
「時間がないので、単刀直入に申します。私と人間のいる世界に行きませんか?」
「ああ……へ?」
 一気に思考の器が投げ捨てられ、混乱する。俺には時間がなかったのか? そして薄々感じていたが、ここには人間はいない。
「貴方が何か思い出すには、それが一番手っ取り早いのではと」
 確かにそうだ。結局、俺側に何かあったらここに居ても何も判らない。頷くつもりで、剣先の身体を上下に揺らす。
「では、早速参りましょう。道中に色々と説明しますよ」
 曇りのない一つ目に微笑まれる。ヨノワールはあの禍々しい腹からランタンらしきものを取り出す。途端に、不思議と灯りが点く。その燭を見ているうちに、俺を取り巻く景色はみるみる変わっていった。
 
 
 *
 
 
 出た先は、また暗黒だった。見えない螺旋階段を下りていく。ヨノワールの持つランタンが照らした部分だけが、視覚化された。
 ヨノワールは、俺に今の時期は“ハロウィーン”で、人間世界に行きやすいのだと教えてくれた。そして、先程までいた世界の話をしてくれた。
 彼らは外の世界に自由に出られなくて、それは管理するポケモン毎に管轄されていると。俺がいたのは、たまたまゴーストの巣食う場所だったようだ。これは、ムウマージの話していた管理者のことだろう。
 管理者について尋ねると、軽く教えてくれた。あの世界を作った力を持つポケモンだと。普段は、見えない別世界に引き篭っていて、私以外と話したがらないんです、なんて苦笑気味に話していた。
 管理者もまたポケモンだが、“神”に近い存在で、厳密にはポケモンではないのではないか、という憶測まで聞いた。しかし、他の住人には分かってもらえない話なのだそうだ。
「う、寒いな……?」
「着きましたね。ここは、いつもそうなんですよ」
 目の前に拡がるのは、静かな水面。穏やかな草原に囲まれた、俺達がさっき上から見ていたあの湖だ。橋の上に居るんだとばかり思っていたが、不思議とその先がなかった。中途半端で気に掛る。
「さて、何処に行きます? 人間のお祭りでも見に行きますか?」
「気になったんだが、俺の声って人間に聞こえるのか?」
「いいえ。残念ながら、ただの金属音ですよ」
 だよな、と独り納得する。来たはいいが、現状俺に関する情報もほとんどないのだ。困った様子の俺に、ヨノワールは調べたいことがあるので、それまでお祭りに参加して、色々見てきたらどうか、と提案した。
 俺みたいな、よく分からないポケモンでも参加出来るのか? と聞くと、このハロウィーンという祭りは、特にゴーストポケモンが歓迎されるらしい。
 けったいな催しだなと思ったが、他に特に思いつかないので、そうすることにした。
「あ、そうそう。我々がここに居られるのは日付けが変わるまでです。今は20時11分。このランタンが消える頃には戻らねばなりません。くれぐれも後悔なきよう」
 と言って、さっきまで持っていたランタンを押し付ける。慌てて持つと、中の灯りが暖かくないどころか冷たいことに気が付く。
 不気味に思ったが、今更気にしないことにした。
 
 
 *
 
 
 ヨノワールに道案内してもらい、そのハロウィーンとやらの会場まで来た。来たのは良いが……。
「あ、ヒトツキだ。珍しいね」
「手持ちなんじゃない? ランタン持ってるの可愛い〜! お菓子どうぞ!」
 マシュマロの載ったチョコレートを押し付けられた。さっきからずっとこんな状態だ。派手な格好をした人間と連れのポケモン達に、見つかる度に、菓子を押し付けられ続けた。
 辟易して、中央の広場から少し離れた、電飾された木の根元に挟まる。もらった菓子類を隣に置いて、ひとまず他の人間やポケモン、周りの景色を観察する。
「何の祭りなんだ、これは」
 率直な疑問だ。皆で変わった格好をし、菓子類を配ったり写真撮影をしたり。楽しそうなのは間違いないが。
 人間の仮装もバリエーション豊かだ。マントを引きずる者に、顔を青白くペイントした者。血糊っぽいものをふんだんに塗っていたり、牙や尻尾も生やしている。ムウマージのような人間も多いな。
 ふと、とある人間が目に留まる。そいつは甲冑を着て、動く度にガチャンガチャンと煩かった。名前を忘れたが、カブルモから進化するポケモンを連れていた。
 というのも、俺は何故かそいつの持つ大剣に身震いしたのだ。生理的嫌悪、とでも言うのか。俺自身があの剣みたいなものなのに、だ。何か、俺自身の記憶に関わっているのは間違いない。そいつに近づいてみる。
「おー、ヒトツキじゃん。中世騎士感が増すね」
 お前に興味はない。男から剣を奪い取る。
 当たり前だが軽い素材だ。裏表、持ち手から切っ先まで見るが、特に何も引っかからない。隈無く調べたいのに、まどろっこしい。
 俺は考えるままに、身体を振りかざして、その偽の聖剣を真っ二つにした。男の悲鳴と周りの笑い声が聞こえる。
『お前、やるね。今日見た一番の悪戯だと思うぞ』
 何の声だと思っていたが、あの男の隣にいた、虫タイプの騎士だ。俺に話しかけていたのか。
「悪戯?」
『だってそうだろ? 今日はハロウィンなんだから、悪戯してお菓子をせしめなきゃな』
 一瞥し、トレーナーの元に戻って行った。俺はバラバラになった聖剣を返却し、彼らが何か言っているのを無視して、木陰に戻る。ランタンの灯りは未だ冷たく、しかし朧なものになっていた。
 
 
 *
 
 
 脇に本を何冊か抱えたヨノワールが戻ってきた。それはどうしたのか、と尋ねるとポルターガイストってやつですよ、と嬉しそうに答えた。マトモそうに見えたのに、お前もかよ。
 もうだいぶ夜も耽り、祭りは終わった。今は清掃や片付けをする人間がちらほら見えるくらいか。
「どうでしたか?」
「殆ど手付かずだ。一応、俺が剣という物に関わっていたような、そんな感覚があるくらいだ」
「それは、おそらく合っていますよ」
 俺の疑問に答えるべく、ヨノワールは手元の本を捲って、自分の収穫を語った。
 それは、ポケモンの生態に関する本で、特に誕生と起源を調べたものだそうだ。
「ヒトツキは、鉱物のグループに属するが雌雄がある。その為か、本体の剣に殺された人間の魂が宿って生まれたのではないか、と考える人間もいるようですね」
「殺された、か」
 偽の大剣を見て震えたのも、そうだとすれば辻褄が合う。俺は、俺が思うよりももうヒトツキなのかも知れない。死んだ、と聞かされて多少驚きはすれど、納得したからだ。
 俺がどんな人間で、どういう人生を送っていたかはまるで分からない。本当に殺されたなら、碌な人間じゃなかったのかもな。
「そうか……死んだのか。そうか。死んだなら、もう足掻いてもどうにもならないよな」
 吐息が漏れる。諦めの意思だ。だが、不思議とそう嘆く気分にはならなかった。
「生死ばかりは、誰であろうと干渉出来ませんよ。しかし、そう悲観しなくとも楽しいポケ生が送れますよ。皆さん優しくて個性的でしょう?」
「……進化出来るかねぇ? 隻腕は何かと不便だから」
「ニダンギルになれたあかつきには、私から“やみのいし”をプレゼントしますよ」
 微笑むヨノワールにつられて、少しだけ気持ちが軽くなる。手招きされて、また底冷えする湖に戻る。
 冷たいランタンの灯りが、消えようとしてた。
 
 
 *
 
 
 ランタンの明滅する灯りを頼りに、俺達は再び螺旋階段を上る。人間世界に別れを告げたが、さほど寂寥や名残惜しさはなかった。
「なあ、最後にちょいと聞いていいかな?」
 唐突に、前を往くヨノワールに投げかけた。頭だけを動かし、目が合う。思慮深さが出ている、そんな瞳だった。
「ええどうぞ。私に答えられれば良いですがね」
 落ち着いた声は、余裕の現れだろうか。ヨノワールは人間の世界にかなり詳しい。言語も文化すらも。そうした含蓄が彼の余裕の正体だ。
 俺は立ち止まり、ゆっくりと目を見張る。
「俺達のいた世界ってさ、人間の言葉だと“霊界”って呼ぶんじゃないか」
 ヨノワールは、ランタンを手摺に置いて、ふむふむと頷いて見せた。
「霊界、ですか。確か死んだ魂の集まる世界でしたかね。ほほう、そうなのかもしれませんねぇ。私は元は植物だったりして。興味深い考察です」
 俺の疑問は、ほぼ確信に変わった。
「本当に聞きたいのは、ここからだ」
 頭に疑問符を掲げたヨノワールを見る。純粋に俺の質問を楽しんでいるようにも、俺を判断する材料を探してるようにも見えた。
 
 
 
 
 
 
「アンタも、元は人間なんだろう?」
 
 
 
 
 
 刹那、身の毛もよだつ空気を感じた。この世のものでない、生気を感じない冷たさだった。
 ヨノワールは、何も答えなかった。ピクリとも動かない微笑を貼り付け、ひたすら俺を見ていた。
「どうでしょうね? もしかすると、そうだったのかも。 あくまで眉唾物ですが。しかし、何故そうお思いで?」
「“神”という概念を信じてるのは、人間しかいないからだ」
 満足そうに、ヨノワールは前を向き直った。何故か鼻唄を口ずさんでもいた。馴染みがありそうだったが、分からなかった。
 神という概念を知っておきながら、霊界について詳しく知らないのは不自然だ。それでなくとも、他のポケモンが人間の文化で過ごしていたり、ヨノワールが人間の多岐にわたる言語を読み解けたり。
 恐らく、探せば山ほどある。しかし、これ以上は詳しく詮索しないことにした。何か身の危険を感じたからだ。こういう癖のせいで、俺は殺されたんじゃないか、なんて考えていた。
「まあ大丈夫ですよ。貴方はそのうち、嫌でもあの世界に適応します。さすれば、もう考えることもないでしょうから」
 再び帰ってきた闇の淵は、以前よりも冷たく冷徹に、この世界を包んでいるように見えた。
 ランタンが燃え尽きたように、壊れて溶けていくのを、俺は何故か見ていた。
 恐ろしくて、目が離せなかった。
 
 
◇◆◇
 
 
「報告します。以前のヒトツキですが、最近は人間というワードも使わず、努めて平和に暮らしているようですね。いい事です」
 影から顕現した、もはや影そのものではないかという漆黒に包まれた上司を見る。
 辺りの空間は相変わらず歪んでおり、重力も時間の流れもめちゃくちゃである。
『ご苦労だった、ヨノワール。しかし、独断で基本世界に干渉するのは感心せん事とは思わんか?』
「あまり周りに波及する前に、納得されられたので良いかとの判断です。とはいえ、彼のような切れ者に記憶を与えてしまったギラティナ様にも過失があるかと、私は考えておりますよ?」
 影を纏いし反転世界の主、ギラティナは無表情なまま私を見ていた。不服そうだが、納得はしているだろう。
『貴様は腕が立つが、時折傲慢さが見える。記憶の計らいを忘れぬように心せよ』
「勿論ですとも。では、失礼します」
 微笑は得意だ。生前の癖を持つ者が多いと聞くが、私はずっとあらゆる人間の前で、平和主義者として過ごしていた。今となっては、良かったのかもしれない。
 死者の輪廻転生を見守れるのは、私とあの管理者だけ。
 そういう特別感や優位性にしがみついて、私はこの死神めいたことをしているのかもしれない。
「それにしても、何故人間は、また人間に生まれ変われると思っているんでしょうね?」
 私は慣れ親しんだノクターンの鼻唄を唄って、今日も冷たく生命を燃やすランタンを持った。
サンサーラ……サンスクリット語で輪廻を意味する。輪廻転生の元になったインドの概念。

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