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作者:円山翔
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読了時間目安:12分
 とかく、かくれんぼの鬼というものは損な役回りである。十数えて「もういいかい」と尋ね、「もういいよ」と返ってくるまで動けないのである。それだけならまだしも、「もういいかい」と尋ねても、返事があるという保証もない。声が届かないほど遠くに行かれては、この応答そのものが意味を成さないのである。ひどい場合、隠れる側が皆帰ってしまっても、気づく術がないのだ。
 そんな損な役を、私は今日も割り振られていた。とはいっても、一緒に遊ぶ彼等曰く、遊びの中で偶然そうなったということらしいのだが。
 ピクシーのように特別耳がよい訳でも、ガーディのように嗅覚が優れている訳でもない私にとって、彼等を探すのは至難の業というほど難しいことではなかったが、しかし私が彼等を見つけることは一度も叶わなかった。私が鬼になるのは、決まって五時前。鬼があと一回全員を見つけ出したらぎりぎり帰る時間に間に合うかどうかの瀬戸際であった。「五時になったら家に帰りましょう」という学校の決まりを律義に守るふりをして、彼等は私を置き去りにするのである。
 勘の良い読者初見は既に察しがついたであろう。前置きが長くなったが、私はどうもハブられているらしいのだ。
 ここで一つ訂正しなければならない。損な役回りというのは、なにもかくれんぼの鬼だけではない。隠れる側でさえ理不尽を被ることがある。どんなに上手に隠れても、黄色いあんよが見えてるよ。なんてことはざらにあるのだろうが、私はその逆であった。すなわち、どれほど下手に隠れても、私は見つけてもらえないのである。それどころか、鬼をしているときと同様、「しめた、誰も見つけに来ないぞ」などと思っているうちに五時になり、一人でとぼとぼ帰路に就く。訊けば、彼等は一人の家に集まって、げゑむに興じていたというではないか。なぜ私を呼んでくれないのか、とは尋ねなかった。尋ねずともわかる。不遇なのはかくれんぼの鬼ではない。私の立場そのものが不遇なのであった。彼等にとって、私は邪魔者以外の何者でもなかったのである。そうした数人の考えは、知らず知らずのうちに仲間内に浸透していた。かくれんぼに誘ってもらえるだけましである、と考えるべきなのか、私を貶めるために誘っているのか。考えたところで、気が軽くなることはなかった。

 鬼は鬼同志仲良くしろということなのだろうか。誰もいない公園で鬼の役をしていると、鬼たちが集まってくる。鬼と言っても、その正体は野生のポケモンたちである。
 ある時は人型のポケモン・ワンリキーが、山からイシツブテを担いでやってきた。そしておもむろにイシツブテ合戦を始めるのだ。仲間と勘違いしたのか何なのか、私にもイシツブテを渡してくる。渋々受け取ったはいいものの、すぐにそのことを後悔した。重くて投げられたもんじゃない。ハンマー投げの要領で勢いをつけて、何とか敵陣まで投げ返すのが精いっぱいであった。二十キロはあるというイシツブテを、ワンリキーは軽々と投げ合っている。私はと言えば、最初にもらったイシツブテを投げ返した後は、飛んでくるイシツブテにぶつからないように逃げまどうことしかできなかった。ポケモンと遊ぶというのは初めてのことであったが、なかなか骨が折れるものだ。しかし、探す者のいない鬼ごっこよりは幾分かましであった。
 日が傾き始めるころには、ワンリキーもイシツブテも私自身もすっかり土で薄汚れていた。パンザマストから夕焼け小焼けが流れ始めると、ワンリキーたちは一斉にイシツブテたちをひっつかんで、元来た山道を登っていった。ワンリキーにも門限のようなものがあるのだろうか。ワンリキーの姿が見えなくなるまで見送ってから、私は帰路についた。

 ある時は両手に楓の団扇を持ったダーテングが空から降ってきた。そして、突然のことに驚く私をひょいと担いで、一足跳びに山へ跳んでいった。有り体に言えば、私は攫われたのだ。とはいっても、本当に誘拐と言えるのかどうかは怪しかった。ダーテングはひとしきり山中を走り回った後、元いた公園に私を置いて去っていったのだ。あまりの出来事に、しばらく身動きが取れなかった。見渡す限りの深緑の中を恐ろしいスピードで駆け回るというのは初めての経験だった。いざ経験してみれば、随分と清々しいものだ。感覚的には学校のクラスでの発表で誰かが言っていた「ジェットコースター」なるものに似ているだろうか(私は乗ったことがないのでわからないが)。願わくはもう少し気になるところで立ち止まってほしかったり、紅葉の季節にまた行きたいなどと思ったりしたのだが、それはまた個人的に山に入ればいい話である。最も、一人で山に入るのは禁じられていたので、それが叶うのは当分先なのだろうけれど。
 パンザマストから夕焼け小焼けが流れ始めたところでようやく我に帰って、家路を急いだ。いつもより速足になったのは、山の中をダーテングに連れまわされた時の感覚が抜けきっていなかったからであろう。

 ある時は地域の子と思しき子が、保護者を伴わずにやってきた。そして、悪戯っぽい笑みを浮かべて私に飛びついてきたのだ。受け止め損ねてしりもちをつくと、その子はケラケラと笑った。面識があったかどうかと顔をよく見てみるのだが、今まで見たことのない顔である。クラスメイトの誰とも、地域で出会ったどの子等とも違う顔である。しかし随分と人懐っこいようだ。初めて出会った私にも物怖じせずに向かってくるあたり、相当に胆も据わっている様子。とはいえ、私もそこまで大きいわけではない。言ってみれば、その子より一回り大きい程度である。迷い子かと問うと首を横に振る。親はどこだと問うと両掌を上に向けて肩を竦める。どうやらどこかに置いて来たらしい。仕方がないので公園の遊具で一緒に遊んでやった。
 パンザマストから夕焼け小焼けが流れ始める頃、髪の長い女性が公園へやってきた。一緒に遊んでいた子が駆け寄ったあたり、その子の母親であろう。その子と女性は私に手を振って、山へと帰っていった。ふたりの、正確には子の後ろ姿を見て、本当にそんな山の中に住んでいるのかという疑いは晴れた。子の尻に、ふさふさとした黒い尻尾が揺れていたのである。悪狐ポケモン・ゾロアが化けて遊びに来たというのである。ということは、母親は化け狐ポケモン・ゾロアークであろうか。それともゾロアの飼い主であろうか。全く不思議なこともあるものだと思いつつ、私も帰り道を辿った。

 ある時は雪笠ポケモン・ユキワラシの大群が公園に押し寄せて体を寄せ合っていた。雪の降る寒い日だというのに、懲りずに公園に遊びに行った私は、ユキワラシのものとは思えない太い腕にむんずと掴まれ、おしくらまんじゅうの只中に放り込まれた。見れば、それはユキノオーであった。更にユキワラシたちを見守るように、ユキメノコがブランコを囲むパイプにちょこんと腰かけている。ユキノオーは私を放り投げると、ユキメノコの方へと戻ってその場に腰かけた。最初のうちは寒くてたまらなかったのだが、押し合いへし合いしているうちに体がポカポカ温まってきた。着ていた服のせいもあったろう。しかしこれだけ冷たい雪とユキワラシに囲まれて、これほどまでに暖かくなるのも不思議な話である。雪で作ったかまくらの中で暖をとるようなものであろうか。否、体温が違う者同士がこれほどまでに肌と肌(私の肌は大部分が服で覆われてはいたが)で触れあって、冷たくないはずがない。私の体が、冷たさに慣れてしまったということなのであろうか。逆に、ユキワラシたちは暑くなかっただろうか。
 そうこうしているうちに、パンザマストから夕焼け小焼けが流れ始めた。空は雲に覆われて夕焼けなんて見えやしないのにご苦労なことである。ユキノオーが何やら声を掛けて歩き始めると、ユキワラシたちは一列に並んでユキノオーの後をぞろぞろとついていった。しんがりを追うように歩き始めた(といっても浮いているので歩いているやらわからない)ユキメノコが、こちらを振り返って会釈をした。私もつられて会釈をすると、ユキメノコは笑って私に背を向けた。私は私で暗くならないうちにと、雪道を転ばぬように急いだ。

 ここに記したのはほんの一例であるが、こうしてみると人間の子等と遊ぶよりもポケモンと遊ぶことの方が間違いなく多かった。おかげで、学校では異端視されて余計に仲間外れにされることが多くなった半面、ポケモン見たさに私のところにやってくる子等も現れた。しかしどういうわけか、私以外の誰かがいると、ポケモンたちは公園にはやってこなかった。試しにその子等に隠れてもらい、私一人だけが見える状態で公園で待っていても、ポケモンたちは現れなかった。単に触れ合いたい子、捕まえたい子、様々だったであろう。そういう子等も、ポケモンがやってこないとわかると、つまらなそうに私から離れていった。私もどうにかしたかったのだが、こればかりはどうしようもなかった。私がひとりでいるときにやってきたポケモンに、なぜ私以外の誰かがいるときはやってこないのか尋ねてみた。大抵は首を傾げるばかりだが、中には答えようとしてくれる者もいた。しかし、ポケモンたちが鳴き声で答えても、私には何と言っているのかがわからない。尋ねるだけ無駄なのだ。もしや、私は人間の皮を被ったポケモンなのではなかろうか。そんなことを考えたが、それならばポケモンの言葉がわかるのではなかろうか。人間の世界で長く暮らすうちに、ポケモンの言葉を忘れてしまったとでもいうのだろうか。母に私が人間かどうかを尋ねると、「当たり前じゃない」という当たり前の答えが返ってきた。私は人間だ。それはどうやら間違いないらしい。となれば、私にはポケモンを引き付ける何かしらがあったのだろうか。それとも私以外の子等に、ポケモンが嫌う何かしらがあったのだろうか。結局よく分からないまま時は過ぎていった。

 とかく、かくれんぼの鬼というものは損な役回りである。この考え方は今でもそれほど変わらない。今も私は鬼として、家の中で子供たちを探し回っている。あの頃と違うのは、隠れる側に人間もポケモンもどちらもいることと、探せばちゃんと出てくることである。体が大きくなって隠れるのは苦手になったが、探す側としては我ながら優秀な部類であった。家の中のことや家の周りのことは熟知しているので、よほど変な場所に隠れられない限りは見つけることができる。ポケモンの特性や技でどうしても見つけにくくされることもしばしばであった。しかし、そのあたりは長年の経験がものをいう。見つかった側は目を丸くするわけだが、私にとっては「見つからない」ことが日常であり、今のように「見つかって」くれるだけでもありがたいことなのだ。
 私は人と、ポケモンと、何よりも機会に恵まれた。いつからだったかそう思うことにしたおかげで、私の心は風船もかくやというほどに軽かった。
参考
DAMカラオケで「春よ来い/松任谷由実」を歌うと流れる映像
登場ポケモンの図鑑記述・設定

場面転換時における物語の飛躍がひどいのはいつものことです。読者諸賢の「そうぞうりょく」にお任せいたします。

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