金木犀の花が薫る頃に

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作者:ぴかちう
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読了時間目安:10分
 ――彼は、毎年この時期にやってくる。
 オレンジ色の星型の花、金木犀の花が薫る頃に――


* * *


 わたしは、ずっとこの花の楽園で暮らしている。ずっと一匹で。
 はるか前に仲間はいたんだけれど、みんな飛んでいってしまった。わたしは、何故か飛ぶことができなくて……取り残されてしまった。
 花の楽園で、一匹ポツンと居座っている。いつもと何も変わらない、平凡な日々を過ごしていたある日。
 何やら、影が近づいてくる。わたしは身構えた。
 何やらいい薫りとともに現れたのは。

「……君は……誰?」

 現れたのは、ニンゲンだった。一人の、ニンゲンの男の子。
 ニンゲン。はるか昔に見た記憶がある。

『何故……ここに来たのですか』

 テレパシーで彼に訊く。

「いやぁ、毎年この頃は、この辺りのおじいちゃんの家に遊びに来るんだけどね。ちょっと遠くに出てみたら、海が割れて道ができてたんだよ! 気になって、来てみたんだ。そしたら……君が」

 なるほど。ここは人の住んでいるところから外れたところにあるから、誰も訪ねてこなかったが、この少年はこうして来てしまったみたいだ。

「君はなんでここに居るの?」

 わたしは口を噤む。

『え……と……飛べないから』
「飛べない?」
『何故だかわからないけど、わたしだけ姿が変わらないの』
「姿……?」

 わたしは彼に説明した。
 ここに沢山咲いている、『グラシデアの花』の花粉を吸うと、わたしの種族は姿が変わって空を飛ぶことが出来ること。
 でも、何故かわたしは吸っても姿が変わらず、ここに残されてしまったこと。

「そうだったんだ……一匹だけでつらかったね」

 つらい……のだろうか。ずっとここにいるせいで分からない。

「僕の前で一回やって見せてよ。もしかしたら出来るかもしれない」

 できないとは思うけど……一応やって見せた。グラシデアの花に近づき、匂いを嗅ぐ。

『くしゅんっ!』

 やっぱりこうだ。毎回、こうやってくしゃみをしてしまうだけで、姿は変わらない。

「なんでだろうね……」
『わからない……』

 やっぱりわたしは、ずっとここにいなきゃいけないみたいだ。
 と、彼がずっと持っているあるものに目がいく。

『ねぇ……それは何?』
「ああ、この花? これは『金木犀』っていうんだ」
『……キンモクセイ?』
「うん。とってもいい匂いがするんだ」

 と言って彼はわたしの元に花を近づける。わたしは、匂いを嗅いでみる。
 かぐわしい甘い薫り。とても、いい匂い。

『くしゅっ!』
「あれ、この花でもダメなんだ。じゃあ、花粉症かな?」

 どうやら、わたしがフォルムチェンジ出来ないのは花粉症のせいらしい。花のポケモンが花粉症なんて……。

『でも……とても良い薫りでした』

 最初は怖かったけど、このニンゲンに出会えてよかった。

「ああ、僕、そろそろ行かなきゃ」
『えっ』

 しばらく色々話した後、彼はそう言った。
 久しぶりに誰かと話せて嬉しかった。なのにもう行ってしまうなんて。

「この花、プレゼント。今日の記念に」

 と言って彼は金木犀の花をわたしに差し出した。

『いいの……?』
「うん! あげるよ、君に――」

 と、言いかけたところで彼の言葉が止まる。どうしたのかと訊こうとすると。

「ブーケ!」
『へっ?』

 彼がいきなり叫ぶので驚いてしまった。

「君の名前はブーケだ! 君、花束みたいだなって思って。いい名前じゃない?」

 いきなりこう言われてキョトンとしてしまう。そうか、名前。わたしには名前がなかった。

『ブーケ。いい名前だと思う……!』
「へへっ。よかった!」

 こうして、わたしは"ブーケ"となった。

「また来年……この花が咲く頃に会えるかもね」

 彼はわたしの方へ微笑んでから、駆け出していってしまった。それからしばらくは、この花を抱いていた。
 わたしは、この短い間で彼のことを好きになっていたようだ。
 寂しい。会いたい。そんな気持ちがわたしの中でぐるぐる回る。
 ずっと、ここで待っていよう。また来年、彼に会えることを願って。

 それからは、今までと同じような平凡な日々が続いた。もう慣れてしまったので、何も感じない。
 そして……。
 風が冷たくなって、雪が降り。雪が溶け、暖かい日差しが差し込み。その日差しが照りつけるように暑くなり。そして、また涼しい風が吹いてきた頃。
 その風とともに運ばれてきたのは。
 あの、オレンジ色の星型の、前に見覚えがある、あの。
 金木犀の薫りだった。

『!!』
「やぁ、また来たよ。ブーケ」

 それは、少し背が高く、声が低くなったけれども、紛れもなくあの少年のものだった。

『会いたかったっ……!!』
「まだここにいたんだね」
『うん……』
「ほら、これ……」

 と言って差し出したのは金木犀の花だった。

『わぁ……!! やっぱりいい匂い!』

 と、わたしは。

『これ……』

 と言って、色褪せ、薫りも無くなった花を彼に見せた。

「わっ! ずっと持っていてくれたんだね……!」
『うん……』

 少し、恥ずかしくなる。
 わたしは、持っていた花を置き、新しい金木犀の花を持った。
 匂いを嗅ぐ。

『……しゅっ!』

 また、ダメみたいだ。

「うーん、ダメかぁ……」
『うん……』
「また来年も来るよ! ブーケが空を飛べるようにねっ!」
『!!!』

 嬉しかった。わたしのことを思って、来てくれる少年のことが。

『ありがとうっ!!』

 わたしは、彼に感謝の気持ちを伝えた。感謝。とても良い事だ。すると気持ちがいい。

 一年前と同じように、暗くなるまで話す。少年は、年に一回一日だけこの辺りに来るらしい。

「また、来年来るからね」
『うん』

 別れが惜しい。着いていきたい。
 けど、少年はポケモンを持ってはいけないと言われているようだ。
 来年を、待とう。

「じゃあねっ!!」

 と言って、少年が消え去っていく。

『じゃあね……!!』

 しばらく、余韻に浸る。
 ふと、持っている金木犀の匂いを嗅いだ。彼の匂いがしたような気がした。

『っしゅん!』

 くしゃみは、相変わらずだ。
 それからも、金木犀の花が薫る頃になると、少年は来てくれた。年々、花粉症も和らいできたかもしれない。
 毎年、毎年、この時期を楽しみにしている。
 わたしの種族は長生きだ。だから、少年と長くいられる。と、思っていた。

 今年も金木犀の花が薫る頃になった頃。また彼はわたしの元に現れた。
 が、なんだか暗い顔をしている。

『……どうしたの?』
「あぁ、ごめん。なんでもないよ」
『そう……?』
「ほら、これ」
『ありがとうっ!』

 金木犀の花。匂いを嗅いでみる。すると。

『いい匂い……』
「……あれ、くしゃみ出ないね?」
『あっ……本当だ!!』
『「やったーっ!!」』

 わたしたちは喜んだ。
 しかし、喜びもつかの間。彼がまた暗い顔に戻り、言った。

「ごめん、ここに来られるのは今日で最後かもしれない」
『……え?』
「今まで、ありがとう。君と話せて良かった」
『待って、なんで……』

 彼は黙っている。

『……わたしも、あなたに出会えて本当に良かった』
「ふふ、そう思ってくれてるなんて、嬉しいや」

 と、彼がなにか思い出したような表情をする。

「そうだ。ひとつ聞いてなかった。君は、なんて種族なの?」

 彼がはにかんで言った。そういえば、種族について言っていなかったな。
 わたしは、彼の質問に答える。

『わたしは……シェイミ!!』
「シェイミ……シェイミか。……ありがとう、ブーケ。君のことは一生忘れない。」
『わたしも……あなたのことを忘れない』
「……もう……行かなくちゃ」
『そんなっ……!!』
「今まで、本当にありがとう。楽しかったよ」
『こ……こちらこそ……』

 涙がこぼれる。これが最後なんて……。

「ありがとうっ!!」

 最期に彼はそう言って、向こうへ走っていった。


* * *


 それから、何年も経ったかもしれない。正確には覚えていない。
 彼は、本当に来なくなってしまった。今もなお、ずっと金木犀の花を抱きしめている。
 ふと、花畑に目がいった。グラシデアの花。

『あっ……!』

 わたしは気付いた。花粉症を克服した今なら、空を飛べるかもしれない……!
 グラシデアの花にそっと近づき、匂いを嗅いだ。すると……。
 身体が、グラシデアの花の匂いに包まれて……。目を開けると、"私"は『スカイフォルム』になっていた。

『これなら……行ける!!』

 なんで気づかなかったのだろう。彼は、私が空を飛べるようにという使命を果たしてくれたのに。
 彼は、今もいるだろうか。どこにいるのだろうか。
 海割れの道。小さい姿では行くのが困難だったところも、飛べばひとっ飛びだ。と、思うと、少年はこの道を毎年来てくれたのか……。胸が痛くなる。
 長い長い道を超え、外へ出る。……思えば、何年ぶりだろう。
 と、どこかから懐かしい薫りがする。
 懐かしい、温かい薫り。それは紛れもなく、金木犀の薫りだった。
 今年も、あの時期がやってきたのか。私はその匂いを辿って進んでいく。
 進んでいく中で、一つの疑問が浮かぶ。ポケモンはちらほら見かけるのだけれど、ニンゲンが見当たらない。はるか昔で、今は風景も変わってしまっているけれど、前はこの辺りもニンゲンがいたはずなのに……。
 どう考えてもおかしい。と、思っていた時。角を曲がると、そこには……。
 金木犀の木が、たくさん立っていた。

『わぁっ……!!』

 まるで楽園だ。ひとつひとつの花の匂いを嗅ぐ。
 久しぶりのこの薫り。彼を思い出す。
 名前すら知らない、でも、私にとって一番大切な彼。

『ありがとう……』

 私の中で、彼はずっと生きている。この、金木犀の薫りとともに。
 ……私は、仲間の元へ戻った。でも、あの頃に、毎年彼に会いに行こう。そう決めた。
 金木犀の花が薫る頃に。彼に、感謝……『ありがとう』を伝えるために……。



――完――

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