因果応報と相関関係

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この短編小説は「生命の博打、運勢や如何に」の後語りとして、ボスゴドラがペンドラーのことを思い出す場面です。先にそちらの小説を読むことをお勧めします。



 神は意地悪なのさ。友人は誰かを助けるためにした行為で、報われるべき恩恵を受けずにこの世を去った。
「人生は選択の連続…。正しい選択をして命を落とす者もいるし、残虐な回答を提出して救われる者もいる。なんで神様は馬鹿なんだろうな。」
俺の放った言葉が偶然にも警告になっていた。だけどそんな運命からは逃げようがないじゃないか、知り得ないじゃないか。でも、アイツは死んだ。一体どうすれば、どうあれば正解だったんだ。



 アイツは俺の硬い思考を解いてくれた。初めて会ったのは俺が心理学の講演会を開いて熱弁しているときだった。俺は講堂のスクリーンから傍聴者に目線を移すと、アイツが出入口付近に座っていた。私より遥かに有名人だったから、俺だけでなく周りに座っていた人達まですぐに『あの数学者だ』と気づいていた。

 講演会が終わり、みんながゾロゾロと会場を去っていくのを逆流してきたポケモンがいた。それがペンドラーだった。アイツは片付け中の俺に「失礼、ちょっといいか。」と聞いてきた。こんな大物と話せる機会は今までなかった。俺は気分がアガっていたから「なんでしょうか。」と質問を受け付けた。質問は想像を超えていた。

「貴方は先程の公演で、『行動には必ず理由がある』と言ったな?」

その言葉は今回の公演のメインテーマだった。私たちは常に考え、判断し、行動を止めない。それが今回の講義の大前提だった。しかしアイツときたら、

「私は『理由の無い行動』をしたことがあるが?」
「ん…どういう時だ?」
「夏場に、私はアイスを食べた。」

何を言うかと思えば、簡単なことだった。

「ははは、それは『暑いから』っていう理由なんじゃないか?」
「そうだな。」

そうだな。だと?アイツは不動・無言・微笑で俺の前に立っていた。そして少し間を開けてからアイツはこう言った。

「いま、お前は何を確認して『暑いから』と判断した?」

一本取られた。アイツは俺の浅はかな発言に漬け込んだ。

「お前は『考え、判断し、行動を止めない』とも言った。それが『行動には必ず理由がある』という根拠としているのなら。お前は今、『判断』を放棄して答えを導いたことになる。よってその根拠を自ら崩したわけだ…。」

そしてアイツはまだまだ俺に攻撃を叩き込む。

「それと、もうひとつ。夏場の話をしたが、冬になると、私は無性にアイスを食べたくなる。なぜだか私にも分からない。暑い日に、アツアツのラーメンだって食いたくなる。」
「…あなたは何故だと推察します?」

私は数学者だからと、正確無比で論理的な推察を見せてくれると思っていた。

「気まぐれだな。」
「…へ。」
「この世界は偶然に満ち溢れている。私は数学者だが、証明したものには興味無い。マグレ、それが私の推察だ。」

声がひっくり返るほどトンデモナイ推察…いやこれは推察放棄なのか?と、ポカーンとしていた俺にトドメの一撃を浴びせに来る。

「お前は『心理学』を専門にしていながら、推察が単純すぎる。さっきだって、お前は『数学者ならもっと論理的な答えを導くだろう』って思ったに違いない。」
「っはは。参った、降参だ!」

すると突然アイツはフッ、と微笑したあとに

「そのうえで、だ。私と遊んでくれないか?」






 そう言われて、次の日の晩にアイツの家に呼ばれてテーブルで向かい合わせに座った。おもむろにテーブルの隣の棚からトランプを取り出した。

「なにをやるんだ。」
「ブラックジャック。さて、私はこのくらい賭けよう。」

いきなり手元から3000円でてきた。

「ギャンブルかい。仕方ないな…。」

俺はまずは、と1000円から始めた。



 勝負は6:4くらいで俺が優勢だった。アイツの顔や仕草から、手持ちがどんな状況かが手に取るようにわかる。だがアイツはアイツで勝負強い。勝てるところでしっかりと高い値を出してくる。だが彼の動きを見ていると、こちらも緊張感を感じるんだ。

「そこで賭けに出るのか…?」
「こういう鬩ぎ合いが醍醐味だろう?」

彼は数学者。証明したものなどどうでもいい。だからこそ証明していない事象に出会うため、運勢に対して何倍も楽しめているのかもしれない。それに比べて俺は楽しめているのだろうか、アイツに比べて学者の生き方を楽しめているのだろうか。考えれば考えるほど迷っていく。

「ブラックジャック、だ。」
「くぁ〜…なんて奴だ…。」
「いいんじゃないか?お前はお前のやり方で。」

アイツは急に真面目な顔で話し始めた。

「心理学は見えない答えを追い求めるのだろう。であれば、こんな運に身を任せた人生より、答えを探りながら遊ぶ方が楽しいんじゃないか?」

空になったカップに苦いコーヒーを注ぎながら、アイツは持論を語るんだ。それがまた、なぜか俺の心に響くんだ。

「我々は同じ学者にして、対極の存在だ。『問いを探すため』遊ぶのか、『答えを探すため』遊ぶのか。それは立場によって変わるものだ。だからお互い、自分のやりたいようにやればいい。そうだろう?」
「…ああ、そうだな。」

凝り固まっていた思考が解されていったように、俺の心が軽くなった気がした。

「これ、忘れるなよ。」

2000円。最後の賭けに負けて持っていかれたはずのお金だった。

「え、いいのか?」
「金を奪ったなんて評判が少しでも漏れたら、私は生きていけないからな。その代わり、また相手を頼む。」

それが初めての出会いの一日目だった。









 いま思えば、アイツが死んでしまったのは偶然であっても、それがアイツの生き方だったんだろうと、妙に納得してしまう。俺に遺してくれたものは数知れないが、アイツはアイツのやり方で『問いを探すため』に生きたように、俺は俺のやり方で『答えを探すため』に運命って奴と向き合おうと思う。
 俺は運から逃れようと堅い方へ、堅い方へと選択していた。初めてアイツとブラックジャックをした時、アイツが楽しんでいるのを見て羨ましくなっていた。そんなに人生を楽しめたならどれほどいいんだろう、と。でもアイツが…ペンドラーが俺のやり方を肯定してくれなければ、俺の道は無かっただろう。俺は俺のやり方で楽しさを求めてみせよう、そう思えたのも彼のおかげなのかもしれない。

 ペンドラーは「因果応報」を頑なに信じていた。どんなことにも良心的。「あなたのためにやってあげたんですよ」なんておこがましい態度を取ることはなかった。まあ、なにせ自己満足で助けてたくらいだからな。こんな俺にも救いの手を差し伸べてくれたのだ。なのに彼がその「因果応報」に裏切られてしまったのも思うところがある。
 「因果応報」は所謂、『擬似相関』だ。善い行いをすれば善い結果が、悪い行いをすれば悪い結果が帰ってくる。それは一見、因果関係を持っているかに見えるが、そうじゃない。この行動と結果が釣り合わない、そんな納得いかないシステムはなんなのだろう。
 あ、きっとペンドラーも「あっちの世界」で首を傾げてたんだろうな。でも結局ちょっと笑ってから、こう言うんだろ?










それが「あの世界」の一番の楽しみだ、と。






 今回は哲学的な話ではなく、私一個人の主観だけで書いた作品です。普段はそういう荒業は使いませんが、ペンドラーが自分に重なる部分が多くて感情が乗ってしまったために、ボスゴドラとのやり取りでもそういった場面が出てきています。
 全体を通して「運と生き方」をメインテーマに書いてみましたが、要は気まぐれなんですよね。それを二人のやり取りでわかりやすくオーバーに表現しただけです。どうやって生きてても付いてくる「運・不運」の分かれ道、それがどっちに転がっても人生は素晴らしいって思って終生できたらいいなと思って、あえて「不運」な結末で終わらせました。
 読みづらかったかもしれませんが、最後までご高覧いただきありがとうございました。

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