……ポケスク十五周年おめでとう

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作者:きとら
読了時間目安:10分
 俺は今、現在進行形でおかしな夢を見ている。

 地球暦 二一三〇年九月二四日

 ウルトラホールを渡る航界船『プロメテウス』が旅に出て、かれこれ十五年が経つ。朝起きて、洗面所の鏡を前にする。そこには白い強面顔が映っていた。俺はミュウツー、この船の警備を任された保安主任だ。
 十五時十五分十五秒、ブリッジに出勤する。十五分と十五秒の遅刻だったが、やむを得ない事情があった気がする。とにかく俺はエレベーターを下りるなり、正面から十五度の方向へ歩いて、担当の制御盤に向かった。

「船長」青白い肌の女、シラモ副長が平坦な声で報告する。「これより十五分後に目的のワープホールへ到着します」
「遅れ気味だな、当初の予定では十五時に着いていたはずだ」船長と呼ばれた男、ウォーレンは中央の座席から不満げに言った。「エルニア少尉、船の速度をワープライド係数十五に上げろ」
「了解!」と、操舵席にちょこんと座る女性エルフーンが元気よく答えた。

 やることがない。俺がボーッと制御盤を眺めていると、秘密の通信メッセージが送られてきた。手元のモニターに映るそれは、こう記されていた。「船に奇妙な現象が起きている」

 送信者のIDコードには見覚えがあった。同じブリッジ勤務の戦略士官、ルーナメア中佐だ。顔を上げると、離れたところで制御盤に向かう彼女と目が合った。ルーナメアは意味深な視線を返しながら、再びメッセージを送ってきた。

「今朝からやたらと『十五』という数字が船のあちこちに現れておる。この数分のやり取りの中でも、一体何度出てきたと思う? これは何かが変じゃ」

 ルーナメアは人間の女性のように見えて、その正体は違う。彼女はラティアスで、鋭敏な超知覚を持っている。船に異常が起きれば、彼女がいつも真っ先に気づく。保安主任として、見過ごせない警告だ。
 俺は密かに彼女と通信をやり取りした。

「おかしいと思うのなら、船長に言うべきではないか?」
「お前さんが来る前、それとなく言ってみたんじゃが、聞く耳を持たぬ。あの合理主義的なメガロポリス人のシラモ副長でさえそうじゃ。きっと船の皆が催眠術か何かに掛けられておるに違いない」
「だとしたら、その狙いは何だ? 俺たちを催眠術に掛けて、一体何をさせようとしている?」
「ウルトラホールの世界座標、一五十五マーク一五一五。今朝から船の針路が変更され、この座標に向かっておる。きっと何かが待ち受けているに違いないぞ」
「……到着まで十五秒もないぞ」

 ミュウツーとルーナメアは、揃って身構えた。ワープホールを潜り抜けた瞬間、きっと何かが起きるはずだ。何が起きても、この船と乗組員の命を守れるよう、ふたりは覚悟を決めた。
 エルニアがその時を告げた。

「到着しました!」

 正面のスクリーンに、その恐ろしい光景がいっぱいに広がった。
 ポケモン小説スクエアだ。しかし見慣れた明るい白基調のデザインは見る影もなく、おぞましい魔の暗黒世界に成り果てていた。
 その光景を目にしたとたん、乗組員たちは絶望のあまり、息をすることさえ忘れて立ち尽くした。ミュウツーやルーナメアも。こんなことは、想像していなかった。
 次の瞬間、ポケモン小説スクエアこと『ポケスク』の奥から鋭い氷が襲いかかってきた。樹枝状の氷晶ひとつ取っても、全長八百メートルを超えるプロメテウスより遥かに大きい。
 ウォーレンは叫んだ。

「シールド最大! 武器を起動してあの氷を撃て!」

 間一髪、船を守るエネルギーシールドが起動して、氷晶の衝突にも耐え切った。すかさず戦略士官ルーナメアは制御盤を操り、主砲の狙いを定めて撃ち返した。氷晶はあっという間に粉々に粉砕されたが、すぐに再生していく。その根本にあたる本体が、闇の中からゆっくりと這い出てきた。

「あれは……何だ?」

 直径にして数十キロメートルはあろう巨大な氷晶。その複雑怪奇で不気味な姿を見ているだけで息が詰まりそうなほど、胸が重く締めつけられる。
 あれは何なのか。スキャンした結果を見て、シラモが答えた。

「船長、あれの正体が判明しました。『氷蝕体』です」
「なに!?」
「氷蝕体は負の感情を触媒として成長するエネルギー生命体です。存在する負のエネルギーが強ければ強いほど巨大に成長する性質を持っていますが、ここまで巨大なものは、未だかつて観測されたことがありません」
「それは分かっているが、どうしてポケスクに氷蝕体がいるんだ!」
「俺たちのせいだ」無意識のうちに、俺はポツリと零していた。

 すべての視線が一斉に集まってくる。なぜだ。どういうことだ。誰もが疑問を抱えていた。
 俺自身、どうやって確信に至ったのか分からない。だが俺の意識とは裏腹に、口は饒舌に語った。

「かわいいポケモンに酷いことをしたい、虐めたい、苦しめたい、街や世界といった舞台を派手に壊したい……そうした俺たちの内なる願望が、ポケスクであの怪物を育ててしまったのだ。もちろん、物語をドラマチックに盛り上げるためには、そうした要素は必要だ。しかし虐められるポケモンはどうなる? モブキャラなら殺してもいいのか? 街で生活を営んでいる人間とポケモンの未来を、俺たちの願望で踏みにじっていいはずがない」

 氷蝕体が鳴いている。傲慢に。もっと絶望を、血を、悲しみを。負のエネルギーに飢えた怪物が、更なる悲劇を呼んでいた。
 乗組員たちは互いに目を合わせた。そして、頷き合った。
 俺たちはポケスクが好きだ。十五年続いたこの場所が大好きだ。それをポッと湧いてきた氷蝕体なんぞに壊されてたまるものか!
 みんなが一斉に、真剣に、持ち場についた。

「操舵手、コース変更」ウォーレンが命じる。「攻撃戦略、『ピジョット・アルファ』、氷蝕体を射程圏内に保て!」
「了解!」と、エルニア。
「レーザーはフルパワーまで充填完了!」ルーナメアも声高に告げる。
「撃て!」

 ウォーレンの号令と共に、主砲からまばゆい光が放たれた。それはもう滅多打ちだ。氷蝕体のありとあらゆる部位をレーザーの豪雨が襲った。表面はボロボロに崩れて、暗黒物質のようなコアが剥き出しになった。それも、一瞬だけのこと。プロメテウスが次の一撃を放つ前に、氷蝕体はすぐに再生した。
 船長席から舌打ちとため息が漏れる。

「もう一度だ!」
「船長、何度やっても無駄です」シラモはすかさず返した。「氷蝕体の再生速度が、この船の攻撃能力を遥かに上回っています。このままではプロメテウスが氷蝕体の餌食になるのも時間の問題です」
「では、我々に一体何ができるんだ!」

 皆が押し黙る。誰も答えを持ち合わせていない。俺は先ほどのように無意識の答えが降ってくることを祈ったが、そう甘くはないらしい。
 だから考えた。氷蝕体を打ち破る方法を。一生懸命に考え抜いて、悩み抜いた。だが氷蝕体のせいか、少しずつ心が苦しくなっていく。
 やはりダメなのか。俺たちは諦めて筆を置くしかないのか……。
 いいや、違う!!

「読了と感想だ!」俺は思いつきのままに叫んだ。「俺たちは残酷さを求め過ぎた。だがポケスクには、俺たちを遥かに超える素晴らしい物語がたくさん眠っている! それはまさに、俺たちにとっては人類未踏の世界だ! 彼らの作品を読み、読了したことを伝え、感想を書けば、希望に溢れた物語が週間・月間ランキングに載るではないか!」

 そうだ。その通りだ!
 乗組員たちが次々に立ち上がる。ポケスクの作品を読み、気持ちを伝えること。それこそが自分の中の暗い欲望を、光り輝く希望に変える唯一の手段!
 作品を純粋に楽しみ、違う視点から物語を盛り上げる技法を学ぶことで、物語は進化するのだ!
 ウォーレンは自信たっぷりに命令を下した。

「ルーナメア中佐、読了と感想ボタンに照準を合わせろ」
「了解じゃ!」思わず素の声が漏れるが、ルーナメアは堂々と答えた。「ターゲット、ロック完了!」
「発射!」

 プロメテウスの主砲から伸びる、ひと筋の光。それは闇を切り裂き、希望へと辿り着く。読了。そして感想。光に照らされたそれは、紫色の輝きを放ち、巨大な花火のようにポケスク中へと炸裂した。
 読了と感想が隅々まで行き渡り、氷蝕体が枝葉の先から崩壊していく。もっと絶望を、もっと痛みを。そう叫ぶかの声は、徐々に小さくなって……消えた。
 ポケスクは再び白い光を取り戻した。そしてその空には爽やかな風が吹いて、灰色の戸が開いていた。中から虹色のインクが滝のように流れてきて、毛糸の大地を染め上げる。次の未知なる世界が、戸の奥からプロメテウスを呼んでいるようだった。
 船長席に深く腰を下ろして、ウォーレンは胸を張った。

「さあ、新しい物語が待っているぞ。エルニア少尉、最新投稿話にコースを設定……発進だ」

 *

 俺はベッドの上でカッと目を覚ました。
 暗い天井がボヤけている。窓からはウルトラホールの青い景色がただ静かに流れる。さっきまで何か奇妙な夢を見ていた気がするが、なぜだか思い出せない。鮮明なようで、薄明で。ただひとつ、脳裏に浮かんだ言葉が、自然と喉から出てきた。

「……ポケスク十五周年おめでとう」

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