怪盗乱麻を発つ日

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作者:jupetto
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読了時間目安:9分
自作の長編小説の数年後、いつかこんな日が訪れるんだろうなと思って書きました。



【──お疲れ様でした、ラディ。三ヶ月ぶりでしたが、危なげなく終えましたね】

 怪盗乱麻、アッシュ・グラディウスがバトルリゾートでの活躍を終えてから、四年後。久しぶりの仕事を終えた彼女の部屋に、AIであるスズの声がスマホから響いた。

「うん、今日もレイやみんながサポートしてくれたから」

 突然の声に驚くこともなく、冷蔵庫からオレンジュースを取り出してグラスに注ぐ。黒い怪盗衣装からバスローブに着替えており、グラスを傾ける姿はもう成人しているように見えるほど大人びていた。仮にジュースでなくワインを飲んでいたとしても、誰も違和感を覚えないだろう。

【さて、仕事が終わった後にわざわざスズを呼び出したのは何の用でしょうか? 新しい怪盗衣装でも欲しくなったとか】
「ん……」

 ゆっくり、ゆっくりとグラスを空にするラディ。言いにくそうではあるが、表情に焦りや恐れのようなものはない。


「ねえスズ。私の、怪盗乱麻の消費期限って後どれくらい?」


 ふう。ゆっくり息を吐いた後口に出した言葉は、真剣であり。決して冗談ではなかった。

【何を言うかと思えば。最近仕事の頻度が減っているとはいえ今日も皆さん満足していたではありませんか。ラディの頑張り次第ですよ】
「昔からスズは嘘ばっかり。私だってもう、子供とはいえないのよ」

 子供じゃない、という強がりではなく。子供とはいえない。18歳という年齢を子供と取るか大人と取るかは人次第だが、今話しているのはそういうことではない。

【……そうですね。貴女はもう一人前のレディです。アローラの怪盗はエンターテイメントであって犯罪ではない。その建前があってなお、盗人として振る舞わせるのは限界があります。子供達の教育に悪い、との批判も増え始めています。やりにくい時代になりましたね】
「今日だってみんなが満足しているのは私じゃなくて新しい島キャプテンでしょう? もう怪盗には飽きてるのよ、みんな」

 そう言って、ラディはふて腐れたように自分の髪をくるくるいじる。その仕草は外見よりも子供っぽくあり、しかしラディが幼い頃はスズ含め他人に見せようとしなかった仕草だ。

【む、それは卑屈というものですよ。貴女のバトルだってみんな楽しんでいました】
「わかってる。ちょっと拗ねてみただけ」

 でも、間違ってもいない。スズは世代交代として新たな島キャプテン達を育成し始めたし、ラディはそんなニューフェイスを相手取るいわば先輩役としてのバトルに徹した。今日だって、仕事中はスズは新島キャプテンのサポートに回っていて、自分とは話していない。
 もうラディは、アッシュ・グラディウスは一人前の人間として成長した。それは同時に限界を意味し、時代も怪盗のような犯罪者を求めなくなり始めた。
 ラディが誰より憧れた模犯怪盗も、もういない。彼は、自分のあるべき姿へと帰った。それはここで話すことではないけれど。

【……後2年、が限度でしょう。貴女が20歳になるまでには、別の生き方を提示し保証するつもりでした】
「そう、本題はそれ」

 あくまでも、消費期限は確認。すでに覚悟を決めていたことをスズに聞いただけ。

「この話をサフィールにしたらね。怪盗じゃなくなったらバトルリゾートで働かないかって。君ならきっとシャトレーヌとして十分な能力があるって言ってくれたの」

 昔盗みに入り、たくさんの対立をして、なんとか本気を引き釣り出して戦ったシャトレーヌ。今思い返せばかなり強引な反抗で犯行だったけど、そのおかげでサフィールやラティアスと仲良くなれて、キュービにはたまに相談に乗ってもらう間柄になった。

「勿論いきなりシャトレーヌの座につくわけじゃなくて、最初はスタッフさんの仕事から始めてもらうことになるけど……君なら大歓迎さ、って」

 サフィールは、現在リゾートのカードデザイナーとして働いている。皆が楽しめるリゾートとポケモンカードのために、一生懸命だ。たまに根を詰めすぎてサーナイトにさいみんじゅつを掛けられているので関係性は変わっていない。

【質問いいでしょうか。貴女はサフィール君についてどう思ってます?】
「……大切な友達よ。私にとっては」
【ふむ、感情の把握は出来ているようで何よりです。これで気づいてなかったら止めてました】
「AIに感情を説かれるとムッとくるわね。……まあ、気づくのにしばらくかかったのは認めるけど」

 ラディにとっては友人でも、サフィールにとってはそうではない。片思いをされていることはわかっている。……リゾートから離れる時にはすでに恋をされているというのにラディは驚いたが。クルルクやスズはわかっていたらしい。
 告白などをされたわけではないので、これ以上関係が発展するかはサフィール次第。そうラディは思っている。

「別に今すぐ怪盗をやめてホウエンに渡りたいわけじゃないわ。スズやアローラの皆には恩があるから。ただ、スズが怪盗乱麻に見切りをつけたら……そのときは、ホウエンで、あのリゾートで働くことを許して欲しいの」

 グラスを置いて、真剣に頼む。それをスズは、スピーカー越しに苦笑で返した。

【許すも許さないもありませんよ。ラディ自身がそうしたいと思うことを、一介のAIであるスズに止めることはできません。ラディが自分の人生についてそこまで考えてくれているのなら、今後の生き方を提案する手間も省けますしね】
「もう、優しいようで効率と仕事のことしか考えてないんだから」
【スズの存在はアローラのポケモンバトルというエンターテイメントを管理するAI。その意味も今の貴女ならわかっているのでしょう?】
「…………うん。今までありがとう。スズ」

 幼い頃、親の再婚で見知らぬ家と姉たちに囲まれたラディは人に怒るのが苦手だった。任されたことを一生懸命やるのは得意だったが、反論したり屈託のない笑顔を見せるのは難しかったのだ。
 誰に対してもAIであることを意識させすぎないように冗談を交ぜる部分はあるが、ラディに対してはとりわけふざけたことをいい、怒らせるような言動も取った。それがラディの心を開くのに最善手だと判断したからだ。
 新しい時代の子供達には、従順で人間のために働くサポーターとしての役割に徹していることも、今のスズの態度がラディにとって慣れた話しやすいものにしていることも知っている。
 
【……キュービと相談しつつ、次かその次の犯行を最後にしましょうか?】
「……お願い、私の意思で怪盗になることは決めたんだから。私の意思で終わらせる形にしたいわ」
【ええ、そのように。やりたいことがあったらなんでも言ってくださいね】
「ありがとう、今日はあと一つだけ……聞いてもいい?」
【当然です】

 ジュースを注ぎ直して、ゆっくりと飲み干す。成長し、アローラと怪盗乱麻を発とうとする彼女にとっての心残り。


「スズは、あの日テラスから飛び降りようとするわたしを拾ってよかったと思ってる? クルルクは、わたしと一緒に過ごした日々を後悔してない?」


 生きることさえ苦痛でしかなかった日々から掬ってくれた二つの存在に、自分は報いることができたのか。

【……やれやれ。根本的なところで真面目すぎるのは変わりませんねえ】
「スズはやっぱり、おふざけがすぎると思うわ」
【「愚問だよ、ラディ。自ら死のうとしていた子供が成長して自分のための人生を楽しんでくれている。エンタメに携わったものとして、君の拾い主と育てた役目として、それ以上良いことがあるはずがないだろう?」】 
 
 二重に響く合成音声。じわり、と。こみ上げるようにラディの心が昂ぶった。瞳が潤んでいくのを感じる。それはずるい。ひどい殺し文句だ。

「……私もいつかきっと、誰かにそう思える日がくるように。頑張るね。今まで、ありがとう。私、幸せだったし、これからも幸せになる……約束するわ」

 承りました。そう呟いて、通話が切れる。この日の会話はきっと、アッシュ・グラディウスにとって一生の宝物になったことだろう。

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