ワイルドエリアの清掃員

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:10分
朝日がまだ上りきらない明け方の空。
ワイルドエリア駅では、始発の電車に乗ってやってきたトレーナーたちが我先にと改札へ走り抜けていた。私はその様子を横目にしながら、バケツとモップを持って駅構内の掃除を始めた。電車が次の駅へ発進する風を感じながら、駅構内のベンチに座ってマップを見ている男女の姿が妙に気になった。

「この橋の先に行くのはどう?」
 ベンチに座りながらキャップ帽をかぶった男の子が、女の子に行き先を提案している。何も考えずワイルドエリアに飛び込んでいく子が多い中、珍しいタイプである。その姿勢に好感を覚えたが、女の子の発言で撤回せざる得なかった。
「そこってハシノマはらっぱだよね? 私はまだそこに行ける実力がないわ」
オレンジ色のリュックサックを背負った赤毛の女の子は、不安そうにそう答えたのだ。しかし男の子は屈託ない笑顔を向けて言い放った。

「実力がないっていうのは、単にポケモンが捕まえられないだけだろ? 強いポケモンと戦えばレベルアップが楽じゃないか!」
「でも、万が一のことがあったら危険だし……」
「ハシノマはらっぱと言っても橋を渡ってすぐのところだから大丈夫。何かあったら俺が守るし!」
 物語なら死亡フラグが立ったなと、思わずにはいられなかった。このワイルドエリア駅の清掃員として働く中で、男の子のようなトレーナーを何人か見てきたが、ほとんどの場合酷い目に遭っている。
すぐにでも忠告すべきだが、たかが駅の清掃員の言葉に耳を傾けるトレーナーはいない。よって、私にできることは一つしかない。

 男の子の言葉に少し迷いを見せたが、最後は行く決意をした女の子は小さく了承の言葉を発していた。そこからの行動は早く、二人とも足早に改札を通って外へ飛び出していった。
 私はモップとバケツを持ち直して、通行の邪魔にならないよう角に置いた。それから駅員さんに声をかけてから外へと出る。
 ドアを潜り抜けるとそこには雲一つない青い空と、青く繁った草むらが広がっていた。鼻仕事を放棄して休憩でもしたいところだが、目的であるリーグスタッフに話しかける。

「おはようございます。今日はタツオさんが当番なんですね。首尾はどうですか?」
「スカルべさん、おはようございます。今のところ新米トレーナーが多いみたいだから、エンジシティまで走り抜ける子が多い感じだよ」

 始発組の様子はワイルドエリアに入っても変わらないようであった。冒険しない子が多いのは嬉しいことだ。

「寄り道せずに一直線ですか? それはいいことですね。下手にワイルドエリアを散策するよりずっといい。ところで先程前二人組の黒髪の男の子と赤毛の女の子が通ったと思うのですが」
「今さっき元気よく挨拶してくれた子たちだから覚えているよ。その子たちがどうしたんだい?」
 タツオさんは聞き返しながら、すでに仲間に連絡を入れる無線の準備していた。

「自分のレベルに合わない場所へ向かうようなことを話してました。多分ハシノマはらっぱあたりだと思います」
「それは本当かい? 橋近くの仲間に、目を離さないよう伝達しておくよ。ありがとう」
「万が一のことが起きたら大変ですからね。本当は私が止められればいいのですが、皆さんワイルドエリアに行きたい気持ちが強くて……」

一度暴力沙汰が起きてからは、素直にリーグスタッフに通報ないし報告することにした。余計な問題は起こさないに限る。

「いや、これも我々スタッフの仕事だよ。スカルべさんが駅構内で危険そうな子を教えてくれるの大助かりだからねl」
「そう言って頂けるとこちらも嬉しいです」
「はは、それはそうと全く違う話なんだが」
そう言いつつ言葉を濁すタツオさんの姿に、私は今日のワイルドエリアの清掃担当者が誰なのかを思い出した。
「ーークリンさんのことでしょうか? 
「あぁ、その、臭いがね」
「わかりました。様子を見てきます」

 私はタツオさんに別れを告げると、足早にワイルドエリアのうららか草原へと歩き出した。草原を歩くと、大きなゴミ袋のかごを背負ったダストダスと、同じくゴミ籠を背に持ってトングを手にして地面を睨みつけているクリンさんがいた。彼女は私の青色の作業着とは違い、浅葱色の作業着を着ている。

「クリンさん。おはようございます」
 声をかけると金髪のおさげを結ったクリンさんはしかめた顔を上げた。しかし私を見るなりパッと表情を綻ばせた。

「スカルべさん! おはようございます! お疲れ様です!」
元気のいい挨拶である。いつもながら鈴を転がしたような可愛らしい声だなと思う。
「どうですか今日の草原は」
「汚いです!」
 元気よく草原を汚いと発言するクリンに、私は苦笑いを浮かべた。
「見てください! キャンプした後のゴミです! ゴミは持ち帰るのが基本なのに全然持って帰ってないですよ!」
ダストダスが背負うゴミ籠の中を指されたので確認してみると、確かにキャンプした後の生ゴミが沢山入っていた。中には敗れた服や雑誌も入っている。

「これは酷いですね。後でリーグスタッフの方に注意喚起をお願いしましょう」
「お願いします。これは落とし物ではないですからね!」
「えぇ、クリンさんの言うとおりゴミですね。その掃除のことなのですが、えーとですねクリンさん」
どう伝えるべきかと悩んでいると、クリンさんは仕事に集中したいのか落ち着きがなくなっていく。

「なんですか? 用件があるなら早くお願いします」
カチカチとトングを使って威嚇みたいなことをし始めたので、私は直球で伝えることにした。
「ダストダスをボールに戻して頂く事はできませんか?」
「なぜですか?」
「臭いのクレームが来ております」
「ダストンは臭くないわ」
「特性が問題かと」
「あくしゅうで野生ポケモンを避けてますので当たり前です。掃除をするのに野生ポケモンがいては邪魔だわ」

 ワイルドエリアで野生ポケモンを邪魔者扱いするのは、このガラル地方でクリンさんだけだろうと私は思う。仕事仲間の中で、とりわけワイルドエリアの清掃に情熱を抱いているのが彼女だ。
 シフトで私がうららか平原を掃除をしていた時、彼女は隣のエリアを掃除していた。ふと彼女の様子を見ていたら、キテルグマが彼女の後ろに現れたのである。とっさのことで私は声が出なかった。しかしクリンさんは一度後ろを向いてキテルグマを一瞥すると、また黙々とゴミ拾いを続けたのだ。
あの時は度肝を抜かれたし、野生ポケモンたちがクリンさんに近寄らないことにも気づけた一日であった。理由はとても簡単だった。好奇心で近づく子は大体手で追い払われ、襲いかかってくるものは容赦なく叩きのめされることを、ポケモンたちは理解していた。
なんだかんだリーグ戦経験者なので、ワイルドエリアを歩き回れる強さをクリンさんは持っているのだ。
そんなクリンさんの相棒のダストダスを臭いもの扱いするのは、喧嘩を売っているのと同じこと。もしポケモンバトルを挑まれたらどうしようと、毎回ヒヤヒヤしながらお願いしている。
「分かっています。でも、特性はボールの中でも有効でしたよね?」
「……わかりました。スカルべさんの言う通り、ダストンは控えます。本当は嫌ですけど」
ダストダスにごめんねと抱きついてから、彼女はボールに戻してくれた。その瞬間、まるで交代するかのように、別のボールからカイリキーがクリンさんの横に現れる。

「ありがとうございます。クリンさんには頭が上がらないです。毎日エリアを回って掃除をしてくださるのあなただけですからね。他の方は一つのエリアだけで参ってしまいますので」
「作業員を増やせないのですか?」
「腕っ節の強いトレーナーが条件となると、なかなか難しいようです……申し訳ないです」

 ワイルドエリアの清掃員となると、前提としてジムバッチ3つ以上は持っていなければならない。野生ポケモンにも自力で対処できなければ仕事どころではないからだ。

「スカルべさんが謝ることではないですよ。あなたは上司ですけど、そういうのは雇い主が考えるべきこと」
「大抵ジム戦制覇してリーグ戦に挑んだ人はもっと別の職場につきたがりますからね。本当にクリンさんのような方は貴重ですよ。それでは今日も一日よろしくお願いします」
「頑張ります!」
 クリンさんはトングをカチリと叩くと、またしかめっ面を地面に向けた。私はまだ途中である自分の仕事場へと戻ることにした。

◇◇◇

 自分のモンスターボールを磨いて夜もすがら、事務所の窓に黒い影が落ちる。コツコツと5回叩く音を聞いてから、窓を開けた。そこには手紙を持ったココガラが止まっていた。黒い手紙を取ると、空に羽ばたいて行った。
私はしばらくその黒い手紙を見つめて、重い動作で端を破った。入っていた手紙の中身の題名を読んで、深くため息を吐きたくなった。

 ストーンズ原野にて若い男女二人の遺体回収の件。

リーグスタッフに報告しても、運が悪い時は本当に悪い。それにしても早すぎる。別の人間であっても辛いことだが、今日は詳細を読むのに時間がかかりそうだ。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

作者推理投稿フォーム

 この作品は覆面作家企画に投稿されている作品です。この作品の作者は現在伏せられており、作者が誰であるか推理することができます。

 この作品の作者を推理してみませんか?(※推理投稿したユーザの情報は公開されません)

 作者の推理投稿をするためにログインしてください。

オススメ小説

 この作品を読んだ方にオススメの小説です。

お元気!ユウちゃんねる

テーマ:ワイルドエリア

ふれあいひろば

テーマ:カード

テーマ:ワイルドエリア

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

 覆面作家企画投稿作品の感想は企画期間中に限り表示されません。