王道

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 人と未だ群れるつもりはない。
最愛の弟に告げると、鏡のような同意が返る。
もっともその後に、それはお互い様じゃないんですか、といった、手痛い反撃ものしにつけられて。
 一本の糸が、真っ直ぐ伸びたその若く青い糸にほだされたことへの皮肉。
命懸けの決闘死合いとはまた異なるそのじゃれ合いは、あたしからしたらば予定調和の丁々発止。
ただ、この広い広い同じ空に、こんな血を分けた戦友も、運命を分かち合う好敵手も、もはやたった一匹しかいないことだけが。
少しだけ、淋しい。
曰く、それでもなんだかんだ言って人間に味方してしまったんでしょう。我等は、と、悟ったようなことを告げてくる。
 我らが為した事績は後世で人に盗まれていたのだと、頼んでいないのに知恵を押し付けてきた男がいた。
今は、己の適正に、ポケモンの不思議さに鑑みて勉強を重ねている男。
アイツが、邪魔になってはいけないと彼に姿を頑として見せなくて、あたしが陰ながら心配している男。
今日の呼び出し主の少年である。
 もとより大義など要らなかった。
ポケモンと人の戦争のさ中で、みんなを騙して得をした奴を。あるいは宇宙からの侵略者を。
全く、ただ気に入らないから殺した。愛した誰かのために斬った。
その名誉を謳う歌もいつしか飽きられていった。あるいはあたしが止めるように頼んだ。
だってこの身に宿った強さの磨き方なんて、人間に愛されて嬉しくはなかった。
あいつらって、先祖、群れとかをよく見せるために話盛ってたし。
雑に戦争してもどうにか元に直せるぐらい社会制度がまとまってなかった頃は、誇りとか面子とかでむやみやたら過ぎに戦争してたし。
宗教、クニや世界と呼んだものとたった一個体にすぎない自分を同一視して、勝手に相争って一喜一憂する。
そんな不思議な生き物は、知る限り人間だけだ。それが言い過ぎなら、少なくともあたしはそうしない。
だから、今はよく分からない「青いの」…The cyan、ザシアンとだけ人間には呼ばれている。
そんな気楽な生き方そのものは、本当に気に入っていた。
ましてやライバルなんて、ちょっかいを出し過ぎて石化してない時期を数えて実に五百年ツンツンされている弟が、この世に一頭いたらいいのだ。
それは本当だった。

 重役出勤で赴くと、前王のご友人が所有する城--もといソニアの研究所では近隣の民を招いてささやかなお楽しみ会が開かれている最中だった。
最近森に住み着いたゴクリンのエミリィ、エンジンシティのリーグトレーナーの妹のキョウコ、名を聞いたことがないホップの仲間のウッウ…
人間の子供たちも、ポケモンたちも、姉弟のように同じテーブルにつく姿は、バトルとは違った戦いに臨む最中に、あたしのような者の心も確かに癒してくれた。
その中にホップ少年というオスの人間の雛…呼び出し主で、今日のホストの姿がある。
アイツの前にいる時とはまた別の雰囲気をまとっていて、博士というより教師といった風情だった。
 子供たちにひとりひとつ配られた銀色のパッケージがくっついたプラ袋は、カントーでプロ野球チップスと呼ばれていたそれと似た物だ。
ふつう名刺として渡されているブロマイドの簡易版で、つくりや画質が少しチープなライト層コレクター向けの市販のものもこのガラルではまとめてリーグカードと呼ばれている。
 そして、最強ポケマスシール列伝チップスはガラルでも愛されて二十三年のロングセラー商品。
シールになっている簡易リーグカードにジャガイモに化学調味料をどさどさとかけて薄切りして揚げたものがおまけでついてくる豪華な代物である。
これを、トレーナーズスクールにもまだ入っていないような幼い子が研究所見学に訪れたら、おみやげでもらえることになっている。
こういうのでふだん興味がない層まで釣って、科学という伝統を続けていこうとする、マグノリア博士の時代から続く魂胆なのだ。
 やがて台所から戻ってきた少年に提案されたひとつのものを、小首を傾げることで却下とした。
何か勘違いしているようだが、あたしは生まれた時からずっとこねこポケモンではないし、そもそもこいぬポケモンですらなかった。
それにも関わらず、彼は彼お手製のおみそ汁にポテチを丁寧に割って投入しふやかして、それからほっかほかのカント―ご飯にかけるという暴挙をはたらいていた。
これを飲むのを、あたしにも勧めてくださっている。
「でもこれ、意外といけるんだぞ! 」
じとっという目線を感じ取ったホップは、それでも悪びれずに続ける。
根からとくとくと吸い上げる隣のオーロット種も、言葉が通じさえすれば、ホップ兄貴の料理はやっぱり上品な味でさあ、と言っているようだ。
普通に飲ませてくれ。
そして、まだ食べ終わっていないのにリーグシールに手をつける少年には。
「こら、行儀が悪いぞ! 」
どの口で。
コミュニティの数だけ文化があるんだから、安易な口出しはいくない、…本当に?
本当にこの作り方のねこまんまは後世に遺しておくべき伝統なのか?今すぐにでも抹消すべきではないのか?
がらるると思わず声が漏れそうになっているあたしを知らず、ちいさな円卓の騎士たちは食事をそれぞれの文化の流儀で完了した。
 すると始まるのが新星の知性による子供らへの講義だ。
リザードン、マルヤクデ。そんなポケモンたちとそのトレーナーがいかに工夫を凝らして表舞台のスポットライトを浴び続けたか。
それを、その前向きさで子供レベルにもわかるように、それでも妥協せずに、肝心なところだけはふるい落とさず伝えるホップ。
それを見ていて、あたしはふと今更気付いた。
そうか。君もまたダンデという男の才能のファンだったのだ。
ただ兄だから憧れたのではないし、愛して欲しいと思ったのでもなかった。
彼もまた、人間の文化の中で生きる一人なのだと、今更ながら気付かされる。

--チャンピオンタイム イズ オーバー。
その少し前のことを思い出すと。
人間たちの今代の王争いの決勝戦。
それを、あたしもスタジアムのすぐ外から見守っていた。そのはずだった。
気付けば屋内に突進し、モニタが映し出す両者の姿と、壁越しに伝わる剣戟音へ聞き入ってしまっていた。
アイツの前に姿を見せる気にはならなかった。ポケモンバトルなどという、人間の文化に興味があったわけでもないと思う。
ただ、見届けたかったのだ。
英雄。しばしば歴史の中で誇大評価を受けうる、あたしのような存在。
そんなものがいなくてもアイツは王の器なのだと、こうして世界の中心に証すことができた。
名実ともに死ぬことはなかった、ひとりの王者の退場と引き換えにして。

 子供達にひとりひとつ渡された銀色の袋に秘められたカード。それはまるで招待状だ。科学の世界に、勝負の世界に。
推薦状にしろ、それそのものが特別ではない、と知る者は少ないし、知る必要なんてないとも思ってみる。
『こどもが ふたり たびしてる きしゃのまどから ほしが みえる…』
ジョウト地方の現チャンピオンと、組織を退場した、ガラルではジョバンニと呼ばれる男のその息子として生まれさせられたトレーナーのレアカードにつけられたフレーバーテキスト。
それを、子供達が音読していた。
ジョウト現チャンピオンが旅立ちの時に点いていたTVマンガの童話の内容を表しているらしい。
かの童話には、マルヤクデやらスコルピの祖先が襲われて、逃げた甲斐なく死んだ時の話が挿話として入っている。
彼、または彼女は捕食と被食がゼロサムでない運命に疑問を抱いて死んだ。
だが彼、または彼女にとって虫の良すぎることに祈りは聞き遂げられる。死んだまま世の頂上である天の星として、ペンドラー座の尾として燃え始めた。
「自分らしいって、どういうことだと思う? 」
あたしが思いを馳せていた兄弟の、その片割れが子供たちに問い掛けた。
ウッウはまた誤嚥していた隣のピカチュウを吐き出し、逆襲の電撃のされるがままになった。
「…そうだな。 」
それを答えととったのか、(大丈夫か?)感慨深そうにウッウを少年は抱き上げて、目を合わせた。
「オレたちは勝手に他人に自己投影することもあるけど、お前にはいつかホウオウみたくなるというでっかい夢がある。
 きっと、立ち止まった時そこで腐って、諦めないのが大事なんだ。 」
 人の欲の犠牲にならないポケモンや人間なんて、大きいくくりで見ればそんなにいない。
ただ、それに耐え切れた奴がいただけだ。色々な形で、だけれども。
 努力もしていないのに、うっかり願いが叶ってしまう、そういう形での不条理もある。
大切なのは、それぞれの自分らしさを見つめ続けることじゃないだろうか。どんな場所でも、ひとりでも、自分に負けずに。
「でも、俺はその時ひとりじゃなかったぞ、…お前の名前聞いてなかったな。 」
雛だと思っていたモノが、意外な強さで次に見つめ返したのはあたしだった。
だって盾の王様が少年と共にあいつに向き合ったとき、あたしは隠れていたのだし。

 ところで要件はなんだったのか、子供達が去って落ち着いたところを見計らった。ホップの袖を引っ張ってせっついた。
「ザマゼンタ様に調査しに行って貰ってたんだけど、ドンピシャだ。」
彼の言うには、ウォーグル座…いやシシコ座が正式名称だったか?ホウエンにシシコ座流星群が降った時の隕石と似た反応が、ガラルにあると言うのである。
むべあるかな。
『ひっさつわざ「イーブイマーチ」っ!!』
巣穴に設置されたカメラには、爛々と行進するポケモンたちが、赤と青の触手を自在に操るポケモンと戦う姿が映されていた。
「じゃあ、………。オレ達一緒に行こうな。 」
 虫のいい奇跡の神話はここで終わりだ。
ホップを背に乗せる。
たった一人でも、誰かに愛されたいと願ってしまえば、きっとまた余計に我儘になってしまう。
けれど、こんな大チャンスぐらいなら構わないだろうと(死亡フラグなのでは?)ホップはこのマックスレイドバトルにあいつを誘ったらしい。
それも悪くないと、今なら思えた。
線路の上をどこまでもどこまでも、『僕たちは一緒に進んで』いった。

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