たたかい続ける女達

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読了時間目安:16分
「キクコちゃんに呼ばれたの」
 もう何十年もの付き合いになる、老練なる女トレーナーからの誘いだった。前に会ったのは同級生の葬式だったので、もう数年は会っていない事になる。
 電話を受けたサナエは、その誘いに二つ返事でOKを出した。断る理由はない。
 要件は特になく、久しぶりにお茶しないかいという彼女らしからぬ誘いに、少なからずサナエは心配し、また彼女が今何を考えているのか知りたくもあった。
 それに、数え切れない程会って話して来たが、サナエくらいの歳になると減り始めている旧友に会えるだけで喜ばしい。
「おやおや、久しぶりじゃないか。私も会いたいものだ」
 サナエの旦那は、居間の座椅子に腰掛けながら、昔を懐かしむようにしみじみとした顔をする。
「女二人のお茶会に男が口出ししないで下さい。さて、アップルパイでも焼いて行こうかしら」
 お茶しようだなんて、何か話があるに決まっている。キクコは用件もなく電話を寄こしてくるような女ではなかった。お中元やお歳暮、年賀状は寄こしてくるものの、それで生存確認出来ていれば良いだろう、とばかりに普段は連絡をして来ない。
 彼女の張り詰めた生活を考えれば、旧友と歓談をしている暇などないのだ。常に最先端を追い求め、ついて行く事がどれだけ大変か、老いたと自覚するサナエ自身それをよく分かっていた。
 だからこそ、話の内容はなんとなく想像がつく。
 旧友の厳しい顔つきを思い浮かべながら、サナエは何を言えばいいのか考えていた。



 キクコの屋敷に招かれたのは、初めての事ではなかった。旧友を集めた、何かの記念パーティだったと記憶しているが、何の記念だったのかサナエは思い出せなかった。
「お待ちしておりました」
 キクコの世話役であろう爽やかな男が、門まで出てきて応対する。赤シャツにジーンズ姿で、見る限りまだ若い。若くしてキクコの傍に仕えるのは大変だろうと、彼の気苦労に同情しつつ、サナエは門を通った。
「キクコちゃんの世話は大変でしょう」
 その言葉に、青年は一瞬ギョっとした顔をする。
「い、いえ。そのような事はありませんよ」
 威厳と格を備えた彼女に対し、そう呼ぶ者は多くない。彼の反応を見て、まだ長くないのだなとサナエは思った。
 キクコと一緒に居れば居る程、子どもがそのまま大きくなったかのような、ただの我儘婆さんだと分かる。刺々しい割にはどこか可愛げがあるところなんかは、本当に昔のままだ。
「悪い人じゃないから、面倒を見てやってね」
 恐縮する青年もまた、悪い人ではない。たどたどしくも、一生懸命そうな彼がサナエには好印象に映った。
 ここに居るという事はただの世話役ではなく、彼女に稽古を付けてもらっている身であり、期待を受けている存在だというのが分かる。
 未来ある若者だ。
 キクコはそうやって次の世代を育てている。いつかこの世界で彼女の弟子達が活躍するのを、サナエもまた楽しみにしている一人だった。
「キクコさんがお待ちしております。どうぞこちらへ」
 屋敷の扉を青年が開け、中へ通される。
 物々しい雰囲気は、キクコの虚勢を物語っていた。張り続けてなんぼだよ。そんな彼女の声が、サナエの耳に届いた気がした。



「まだ生きているようだねえ。お互い長生きしたものだよ」
 二階の客間に案内されたサナエは、窓の外を眺めつつそんな憎まれ口を叩くキクコに違和感を覚えた。
「そこに腰掛けな。突然呼び出して悪いね」
「いんや、キクコちゃんの呼び出しだもの。断るはずないじゃないか」
 窓際に備え付けられたアンティークチェアに二人で腰掛け、数年前と変わらない姿を確認する。
「調子はどうだい? 相変わらず、若い男をしごいているみたいだけど」
 はん、と鼻をならして、キクコは苦々しい顔をする。
「骨のない奴らばかりで困るよ。本当、やる気があるのかないのか」
「またそんな事言って。さっきのあんちゃんは、結構やるんじゃないかい?」
「ミフネかい? あいつはそうさね。今見ている中じゃ一番ものになりそうだ。少しは私を楽しませてくれるくらいになると嬉しいんだがね」
 強気で自信満々な態度は変わらないのだが、いつもより早い。サナエがキクコと会う時は、もう少し柔らかな彼女が迎えて入れていた。それを考えると、キクコが何か無理をしているような気がして、サナエはやっぱりねえ、と呟く。
「なんだい?」
「いんや、なんでもない」
「気になるじゃないか」
 サナエは悩んでいた。
 結局、今日までどんな事を言おうか決まっていなかった。ありきたりに、今までよく頑張ったじゃないか、だなんて簡単に言う事は憚られた。キクコの業績はそれだけ素晴らしいし、彼女自身がまだ高みを目指そうとしているのならば、水を差すような事を言いたくはない。
 それでも、友人として心配するくらいは許されるはずだと、サナエは決心する。
「……そうかい? それじゃあ言うけど、キクコちゃん、あんた無理してないかい? 私の前でまで、そう突っ張らなくてもいいじゃないか」
 サナエの言葉に、キクコは一瞬だけ面食らったような顔をした。だが、すぐに取り繕うかのように「何言ってんだい」と呟き、立ち上がって窓の外を眺める。
「私が無理をしてるって?」
 言葉を間違えればキクコは怒るだろう。彼女の性格を良く知るサナエは、気を遣って回りくどい事を言うよりも、はっきりと物を言った方が良いのを知っていた。
「レッドとグリーンとかいう随分と年下の坊やに負けたみたいだから、凹んでるんじゃないかい? テレビや雑誌を見ていても、強気な発言が多いからさ。随分と無理をしているんじゃないかと思ってね」
「はっきり言ってくれるねえ」
 はっは、と笑ったキクコは、今度は満足そうな顔をしてどっかりと再び椅子に腰かけた。
「サナエの言う通り、私にしては随分言いっ放しに強気な物言いをしてしまったものさ。言い返してないと、なんだかプツんと途切れてしまう気がしてね。私も歳だ。世代交代だなんだって言われて久しいが、とうとうその時が来たんだって思っちまったよ」
 もういつ見たかも分からないキクコの弱気な表情が、そこにはあった。 
 雑誌や新聞テレビでは、キクコの強気な発言を面白がって取り上げ、レッドやグリーンを引き合いに出し、やいのやいの文句を垂れていた。
 キクコ自身そうなると分かってやっている事だから、それもしょうがない話なのかもしれない。しかし、今までの彼女ならばあんなテレビのコメンテーターや雑誌の一記者相手に、他の雑誌で自分のコメントを出して反論したりするような事はなかった。
 いつだってモンスターボールを構えて、文句があるなら来てみなよ。私達に勝ったらなんでも言わせてあげるよ、とどっしり構えていたものだ。
 それを見ていたサナエは、よっぽど堪えているんだろうと思った。世間でも言われている、世代交代、時代遅れ、というのはすぐそこに来ているのかもしれない。そう思う人間は多くいる。
 キクコにしても、すぐに引退し、余生を楽しもうという器用さを持っていればどれだけ楽だろう。幸か不幸か、彼女はそんな世の中の言説を鵜呑みに出来る素直さなど、微塵も持っていなかった。
 ポケモンは戦わせるものさ! キクコの有名な言葉は、彼女の不器用さをよく表している。ポケモン達を捕獲し、戦いの場に引き上げ、見世物にしてしまった事への責任と覚悟を込めた彼女の言葉は、批判される事も多い。時代錯誤だと叩かれる事もある。それでも、キクコとそのポケモン達との間にある信頼と覚悟と執念は、格闘タイプに熱く、ゴーストタイプのようにしつこい。
 戦い続ける女。それが、この時代を生き抜いて来たキクコの姿なのだ。
 サナエ自身、彼女のそんな姿に憧れていた。彼女のようになりたい、とは思わないが、彼女が頑張っているならサナエもまた頑張ろうと思えた。それはサナエだけではなく、多くのトレーナーが彼女を見て感じる事だろう。
「あのねえキクコちゃん」
 だからこそ、サナエはただ労いの言葉を掛ける訳には行かなかった。
 張り続けてきた責任は、どこへ行ったのか。
「あなたが残してきた業績も、その足跡もなくならないの。作ってきた歴史が違うのよ。その重みを、いつまでも若い世代にぶつけ続けなさいな。それがあなたの仕事でしょう? それに、あんな坊や達に負けたままで悔しくないの?」
 心配の言葉を掛けるつもりでいたのに、勢い余って説教染みた事を口走ってしまい、サナエは言い終わってからハっとする。
 キクコは怒るでも笑うでもなく、サナエの言葉をぽかんとして聞いていた。言い返す言葉がないのか、そうだねえ、と呟き押し黙る。
 別に諦めるなら諦めるで良い。ただ、諦めるために人を使うのは違うだろう。サナエは少しだけ憤慨していた。
 キクコの表情を見て分かってしまったのだ。
 彼女が、もっと優しく自分を労い、余生を優雅に楽しみなさいとでも言ってもらえると思っている事に。
 嘗められたものだ。他の同業やライバルに言われるのは癪に障るが、サナエなら良いという事だ。
 その意味でサナエはキクコに怒ったが、それと同時に、彼女がその役回りを自分に任せようとしてくれた事は別の意味で素直に嬉しく思った。
「……あんたにそう言われたら、何故だかだんだん悔しくなってきたねえ」
「そうそう、その調子よ」
 既にキクコの顔には、弱気の表情はなかった。
 張り続けてなんぼ。その言葉は、まだ彼女のものだ。
「次の対戦は決まってないの?」
「次は確か、ジョウトから来るカリンとかいう小娘だね。なかなか骨のあるやつらしいが、私が蹴散らしてやるさ」
「私、応援に行っちゃおうかしら」
「やめなやめな。すっ転んで怪我でもされたら敵わないよ。テレビで茶でもすすりながら見ているといいさ」
 サナエはやっと少しばかり元に戻ってきたその様子に微笑み、キクコは恥ずかしそうに笑ってやめておくれよ、と一つ咳払い。
「悔しくなってきたら、甘い物が食べたくなってきたね。あんたが作ってきたアップルパイをいただこうか」
 呼び鈴があるのに、ミフネー! とキクコは大声を出した。大した間もなく、紅茶の入ったティーカップと、アップルパイ二切れ分の皿を乗せたトレイを持って、ミフネが入って来る。
 二人の前へ綺麗に並べると、緊張した様子のまま小さく頭を下げ、「行っていいよ」というキクコの言葉を受け部屋を出て行った。
 一口紅茶に口をつければ、少しばかり中身が温い事に気付く。キクコも気付いたのだろう。サナエと目が合った。
 大きく息を吸い込んだキクコを見て、サナエは慌てて首を横に振ってそれを制した。
「いいのよキクコちゃん。彼、とってもいい子じゃない」
「ふん。いらん気を回してくれたね」
 すぐに持ってくるよう言われているだろうに、扉の前で話を聞いてしまい、落ち着くのを待っていたのだろう。
 彼の様子を想像したサナエは、思わず笑ってしまった。
 強気で我儘なこの老婆を慕って来る若者がいる。キクコにはまだまだやる事がたくさんあるのだ。こんなところでまごついている暇はない。
「そういえば、旦那は元気かい?」
「死に損なっているよ」
「夫婦揃ってしぶといねえ」
 目の前の旧友と一緒に喋っていると、まだまだこれから、という活力が溢れて来る。
 敵わないなあと思いつつ、サナエは自分が作ったアップルパイを一かけら口に運ぶ。同じようにキクコもそれを口にし、小さく微笑んだ。



 客間の窓から、熱せられたアスファルトの上をしっかりとした足取りで帰っていく旧友を、キクコは眺めていた。
 サナエはいつもキクコを老いた子どもと表現するが、キクコからすると彼女もまた老いた子どもだった。
 ミフネに送らせようと言っても、一人で歩けるわよ、と絶対に譲らない。アップルパイはいつ持って来ても毎回最高傑作よ、と言っているし、彼女の同業が良い結果を出すと素直に悔しがって嫉妬した。
 そしてサナエもまた、自分がそう思われている事を知っているのだ。互いが互いにそう思っているのを知っているからこそ、我儘婆さんや老いた子どもなどと笑って言い合える。
 良い関係だとしみじみ思う。キクコはオーキドに抱いているライバル心とは違う、戦友のような気持ちを彼女に抱いていた。バトル畑の人間ではないからだという理由以上に、数少ない友人と言える人物である事が大きい。
 サナエと話していると、滲み出す悔しさや高みを目指す気持ちがむくむくと盛り上がってきて、今はやる気に満ち溢れている。 
 次の対戦はジョウトの天才娘。強いポケモン、弱いポケモン、そんなの人の勝手。自分が愛情を注ぎ、好きだと言えるポケモンを使ってのし上がって来たという話から、もしかしたら自分と似たような部分があるのではないかとキクコは思っていた。
 世間からは好カードだと言われているが、キクコにとっては誰が相手でも関係ない。目の前に立つ人間を片っ端から蹴散らしていくだけ。
「どこが好カードなんだか」
 独り言ちて、キクコはもう見えなくなった友人を思い浮かべる。
 弱気になっていた自分が、嘘みたいだった。世代遅れ、時代遅れ、時代錯誤、そんな言説はどうでも良い。キクコは自分自身が良いと思う方法で、ポケモンバトルで勝ち続けるために生きてきた。
 負けた事だって一度や二度ではない。オーキドの時だって、ワタルの時だって、苦渋を舐めて来たことには変わりなかった。
 若いとか、老いてるとか、そんな事関係ないというのはキクコ自身が一番世界に向かって叩きつけてきた想いだったのだから、やる事は変わらない。
 最後までポケモンバトルという世界で生きていく事が、自分のポケモン達に対するケジメであり、そういう責任の取り方しかキクコは知らなかった。 
 その意味では、好カードと言える相手はキクコにとって数少ない。
 引退を後押ししてもらおうだなんて、ふざけた事を望んでしまった友人に心の中で謝り、
「張り続けてなんぼだよ。なあ、サナエ」
 自分にそう言い聞かせ、キクコは一人笑った。

 
 
「キクコちゃんは変わりないかい?」
 カントー地方5番道路に構えた、育て屋兼自宅にサナエは帰ってきた。
 彼女の入れた茶をすすりつつ、旦那は分かり切った事を言う。
「変わらないなんてもんじゃないよ。あの婆さん、まだ強くなる気だよ」
「それは負けてられないね」
 机を挟んで向かいの座椅子に腰掛けたサナエは、その通りだと思った。
 弱気になったキクコに発破をかけてしまった手前、自分も引くわけにはいかない。
 トレーナーのポケモンになり、野生を忘れたポケモンが捨てられた際のライフラインである自覚と、突き進んでいくバトル界についていって、晴れ舞台で輝かせている自信。
 進化出来ずに悩んだトレーナーとポケモン達への手助けや、身体が不自由なポケモン、心を病んだポケモン達への支援。
 今まで数多くの仕事を熟してきたが、未だ頂きは見えず。
 勉強しなくてはいけない事は山積みだ。知識なんていくらあっても困らない。まだまだ邁進していく友人の顔を思い浮かべ、サナエもまたこの世界で走り続ける意思を強くする。
「キクコちゃんの次の相手、また随分若くて強い娘みたいなんだけど、応援に行ってみようか。好カードだって、さっきテレビでやってたよ」
「来るなってさ。怪我されても困るから、茶でもすすってテレビで見てろって」
「ふうん。じゃあ、行こうか」
 サナエは頷き、微笑んだ。
 あんな事を言っておいて、本当は来て欲しいのをサナエは分かっていた。本当に来てもらいたくなければ、あんたの座る席はないよと棘棘しく突き放してくる。
 茶でもすすってテレビで見てろというのは、見て欲しいのだ。
 自分の身体を気遣った言葉から分かる。相変わらず心の優しい、だけど恥ずかしがり屋で頑固で我儘な、大きな子どもだ。
「どこが好カードなんだかねえ」
 そんな大層な役は、私に任せておきなさい。
 サナエは一人そんな事を考え、熱い茶をすすった。

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