ある夜の昔話

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作者:地塩
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読了時間目安:8分
縁として数年前に投稿した作品の再掲です。
「ねえねえじいや。 何かお話してよ」
 ベッドに潜り込んだ幼い主人にねだられ、年取った執事は微笑んだ。
「それではどんな話がよいでしょうか……桃太郎? シンデレラ? それともーー」
「イヤだそんな子供っぽい。 ねぇ、私が聞いた事ない話をしてよ」
 ベッド脇の椅子に腰掛けて、執事はふむと考えこんだ。 その膝の上に、ぴょんとブラッキーが飛び乗った。
「………それではこんな話は如何でしょうか」


 昔々、とある富豪の家にルリという美しい娘が使用人としてやってきました。 ルリは気立てのよい働き者で、主人一家や使用人など、周りの人みんなから好かれました。 若い娘はみんな彼女に憧れ、若い男で彼女にときめかない者はいませんでした。
 富豪の跡継ぎであるレオンも、ルリに恋しておりました。 レオンは彼女の好きなスイセンとアネモネの花束を差し出して告白し、ルリもレオンの事が好きだったと知りました。 恋人になった2人は清い交際を続け、ついに結婚の約束をしました。


「素敵! 私も大きくなったらリュウ君とそんな恋がしたいな」
「その為には、もっと色々な事をお勉強して素敵な女性にならなくてはいけませんね」
「うん!」
「ルリとレオンも素敵な恋愛をしていましたが、ある日大事件が起こりました」


 2人の婚約の知らせを聞いて、家中の者が心から祝福しましたが、その中でただ1人喜んでいない者がいたのです。 それはミミィという使用人で、主人の前では愛想を振りまきながら、裏では気に入らない人の悪口ばかり言っていたので、みんなに嫌われていました。 ミミィはレオンを自分のものにしたいと思っていました。 そして誰からも可愛がられているルリの事は気に入らなかったのです。
 2人が結婚すると聞いて彼女は嫉妬しました。 そしてとんでもない事をしたのです。
 ある晩、ミミィは主人の奥方の衣装部屋に忍び込み、指輪やブローチなどを盗み出してそれらをルリの部屋の箪笥の中に隠しました。 貴金属の類が全てなくなっていたら、次の日の朝奥方が着替える時に必ず騒ぎになります。 その時に、みんなの前でルリを泥棒に仕立て上げようとしたのです。
 ミミィの思惑通り、翌日屋敷中に悲鳴が響きました。
「あなた大変! 宝石が全部ないの!!」
 主人は驚き、すぐさま家の者を全員集めて犯人探しを始めました。 ミミィは待っていましたとばかりに進み出て言いました。
「旦那様、それはきっとルリの仕業ですわ。 私昨日の夜、ルリのモココが奥様の衣装部屋から出てくるのを見ましたもの。 きっと毛の中に宝石を入れて持ってくるよう指図されていたのね」
「ルリ、一応調べさせるがよいか」
「ええどうぞ。 私は盗んでなどいませんから」
 ところが、箪笥の中からなくなった物が次々見つかったから大変です。
「旦那様、何かの間違いです! 私は盗んでいません!」
「そうです父さん。 彼女がそんな事をする人だと思いますか?」
 ルリとレオンの必死の訴えもむなしく、主人はルリを追い出すと言いました。
「誰であれ、盗みをして許されはせん。 警察には届けない。 その代わり、黙ってこの家から出て行きなさい」
 他の人々も、ルリが泥棒をするわけがないと思っていましたが、主人の決めた事を覆す事は出来ませんでした。 ーーただ1人を除いて。


「ただ1人って誰?」
「執事のトキですよ」


「旦那様、犯人はルリではありません」
 進み出たトキはきっぱりと主人に言いました。
「昨日の夜と言えば、ルリはずっと私を手伝って書類の整理をしてくれていました。 モココも一緒に」
 主人は眉をひそめました。 ニヤニヤ笑っていたミミィの目が見開かれました。
「ミミィ、どうして嘘を言ったのですか? そう言えば、コーヒーを淹れようとキッチンに行く途中で見かけたのですが、ルリの部屋に何の用があったのですか?」
 その場にいる全員から疑いの目を向けられ、青くなりながらもミミィは叫びました。
「なっ何よ! 私が盗ったって言いたいわけ!? 証拠はあるの!?」
 その言葉を待っていたかのように、影が1つミミィに飛びかかりました。 ブラッキーは金切り声には耳を貸さず、ミミィの服のポケットを噛み千切ってトキに渡します。
「解せない点が1つありました。 奥様は全ての宝石類がないと仰っていましたが、ルリの部屋をどれだけ調べても1つだけ出てこなかったのです」
 そしてポケットの中から、金のペンダントを取り出してみせました。
「旦那様がご結婚3周年の折に奥様にお贈りになったこのペンダントだけが見つからなかったのです。 急いでポケットの中身を箪笥に隠した為に、1つだけ違うポケットに入れたこれを忘れていたのでしょう」
 ミミィ、と語りかけながら、トキは彼女の真っ青な顔を見据えました。
「これでルリを追い出す企みもおじゃんですね。 まあ、たとえ首尾よく事が運んでルリが追い出されたとしても、彼女からレオン様を奪うなんて事は無理でしょうが。 こんな卑劣な事を平然とやる人に、レオン様は見向きもしません。 それに」
 レオン様は何が起きてもルリを愛する覚悟がおありのようですからーートキが若旦那に微笑みかけてそう話を締めくくると、そこにいた全員が拍手しました。 その拍手には、冷静な洞察と思考で真犯人を突き止めたトキへの賞賛と、レオンのルリに対する愛の深さに感動した事による改めての祝福の思いが込められていました。


「トキかっこいー! 名探偵みたい!!」
 顔を輝かせる少女を見て、執事は目を細めた。
「ルリは無実だと主人にもはっきり分かりました。 ミミィはその後すぐにクビになり、2度と主人一家の前に現れるなと言われて追放されました。 一方、レオンとルリはめでたく結婚し、トキは褒美を貰い、皆幸せに暮らしています」
「暮らしてる?」
「ええ、元気に暮らしていますとも」
「じいや知り合いなの?」
 執事はにこにこ笑いながらこう言った。
「お嬢様。 ひいおじいさまとひいおばあさまのお名前はご存知ですか?」
「えっとね、ブルおじいさまにローズおばあさまに……あっ。 レオンおじいさまとルリおばあさま!」
 少女は顔に笑顔を咲かせてガバッと起き上がった。
「それにじいやの名前はトキ! さっきの話ってじいや達の若い頃の話だったんだ!」
 トキは胸ポケットに手を入れた。 出てきたその手に光っていたのは金のペンダント。
「あの後、旦那様と奥様ーーお嬢様のひいひいおじいさまとひいひいおばあさまですねーーが下さったのです。 私にはもったいない物ですが、皆が受け取れと勧めるもので。 レオン様とお酒を飲むと今でもこの話を始め、冒険や事件の数々を思い返すものです。 あの頃は若かった、と」
「え、まだ他にも話があるの?」
 トキはしまったという顔をしたがもう遅い。 少女は身を乗り出した。
「ねえ、もっと聞かせて、お願い!」
 こうなるとこの小さな主人は頑として譲らない。 寝かしつける為に話をしたというのにこれでは逆効果である。 トキは苦笑いをして頭を掻いた。 長い夜になりそうだ。 ブラッキーはそっと主人の膝から飛び降り、巻き添えは御免被るとばかりに部屋から出て行った。
 大きな月が金色に輝くある夜の昔話だった。

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