ふれあいひろば

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作者:芹摘セイ
読了時間目安:5分
 ふれあいひろば(約1,700字)




 うちのマルマインが歯の矯正治療を受けることになった。ボールポケモン、マルマイン。電気に引き寄せられる種族。より強い電気を体内にためた個体は、同族から見ても魅力的に映るのだ。よく噛んで、たくさん電気を食べて、たくさん笑うこと。それが意中の相手を振り向かせるための秘訣だと判断したわけである。
「まる子、歯磨きの時間だよー」
 ヨスガシティ、ふれあいひろばにて。レジャーシートの上で日向ぼっこしているマルマイン――まる子の口元に歯ブラシを近づける。するとまる子が口を開けて、ブラケットとワイヤーのついた歯を剥き出しにする。今日はやっとのこと器具を装着してもらったのだ。奥歯から順に毛先を当て終わったら、仕上げは前歯。ポケモン大百科なんかでは、綺麗な歯並びを見せびらかしていることが多いマルマインだけれど、うちの子はそうじゃない。出っ歯気味の上の歯を丁寧に磨いていく。少しでも触れ合ったら爆発するポケモンだから、できるだけ慎重に。すっかり綺麗になった。まる子も大喜び。喜色満面、眉尻をきゅっと下げて、ころころころりん。芝生の上を転がっていく。体に土をつけながら向かった先は、噴水のある池の前。ほかのトレーナーのマルマインたちが10匹くらい集まって、空気中の電気エネルギーを食べたり、“かいでんぱ”でお喋りを楽しんだりしているところ。遠目からでも一際目を引くのは、ほかの個体に囲まれている一匹のマルマインだ。細く引き締まった濃い眉毛。涙袋のあるぱっちりした目。にこっと笑ったときに輝く、歯並びのいい白い歯。そして体の周りを迸る強力な電気。文句なしの二枚目である。引き寄せられるのも無理ないな、と思いつつ、歯を見せてイケメンのマルマインと談笑するまる子を微笑ましい気持ちで眺めていた。
 恋人のいる人に向かって、爆発しろ、と嫉妬と羨望の念を込めて非難する文化もある。ここふれあいひろばでは特にその傾向が顕著といえる。可愛いとされる特定のポケモンが手持ちにいる場合にのみ入場できるこの施設は、人気のデートスポット。トレーナーだけでなく、その手持ちポケモン同士も触れ合い、いちゃいちゃし合うのだ。私はマルマインのまる子を連れてよくここを訪れた。まる子があのイケメンのマルマインに思いを寄せていることは明らかだし、何よりポケモン同士が仲良しになれば、ほかのトレーナーと交流を深めることだってできるから。とにかく、愛娘同然のまる子――もっともマルマインに性別はないけれど――が綺麗で整った歯を手に入れて、自信をもって笑って、恋を成就させる。それが私の願い。
「まる子ちゃん、元気いっぱいですね」
 近くのベンチで財布の中の診察カードを整理していると、あのイケメンのマルマインのトレーナーが挨拶に来てくれた。穏やかな物腰の好青年。ここで彼ととりとめもない話をしていくのが最近の日課なのである。ええ、と笑顔で返して、池の方を見やる。安全柵に沿うように転がるイケメンのマルマインを、まる子が白い歯をこぼしながら追いかけているところだった。追いかけっこの真っ最中のようだ。「微笑ましい光景ですよね」と、彼は隣に腰かけて続けた。
「まる子ちゃん、矯正されたんですね。今日、とっても嬉しそうに笑ってるなあって、ほっこりしちゃいました」
「そうなんです。歯並びが悪いと、空気中の電気エネルギーを食べるのにも苦労しますし……」
 そうやっていつもどおりに談笑しているときだった。まる子がイケメンのマルマインを追ってこちらまで転がってきた。2匹の距離は段々と縮まっていく。そして私と男性の目の前でようやく追いついた。こちんっ。バクダンボールと呼ばれるポケモン同士が触れ合う音。それを聞きつけて立ち上がったときには遅く――

 ぼっかーん。

 2匹のマルマインの“だいばくはつ”。私たちは爆風に呑まれた。せっかく今日のためにアレンジした髪の毛もめちゃくちゃ。隣の彼が好きだというヘアスタイルで決めたはずだったのに。まる子たちが盛大に爆発してくれたのだ。
 ああ。私より一足先に、まる子は爆発を望まれる側になってしまったのだな。嬉しいような、けれどもどこか寂しいような気持ちを覚えながら。ご機嫌に広がる煙の中、私は密かな対抗心を燃やしてみせた。

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