夢の孤島に立つ

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
作者:オメガ
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:35分
ある場所、晴れ渡った空の下に広大な蒼が広がっていた。それは一つの形を取ることもなく、常にゆれ動く水面が、さんさんと降りそそぐ強い日射しで宝石のように煌めいていた。
しかし、そんな終わりの見えない海原をさえぎるようにして、砂の道が波打ち際を沿っている所があった。


砂浜の上を、三人のトレーナーが、散乱する流木を避けながら何かを探すようにして注意深く歩いていた。

「あっちぃな。鉄板に焼かれてるようだ」

一人の少年が、襟元をばたつかせながら言った。吹き出した大粒の汗が滴り落ちて、乾いた砂に吸い込まれる。白いユニフォームはすでにずぶ濡れており、下の肌に吸い付くほどだ。Tシャツと短パンに施された青と黒のラインがくっきりと現れてしまっていた。それでも、踏ん張りのききにくい砂浜を一歩一歩踏みしめて、歩を進める。

「……まったくです。インドア派にも厳しい環境ですよ」

真新しい麦わら帽子、飾り気のない白無地のTシャツをまとった少年が、落ち着いた印象を持つ声で言った。古びた大きめのトートバッグを、重たそうに持っている。汗でずり落ちかけたメガネをクイッと上げて、引きずるように歩き出す。

「二人とも、大丈夫か?」

古したアロハシャツと短パン、履き慣らされてきたであろうスニーカーを身につけた三人目の少年が、残りの二人に言った。汗こそはかいているが、持参した日傘の下にいるからか、そこまでの量ではなかった。そういう事から、他人を気遣えるだけの余裕はあった。

「はん、この程度で音を上げる男じゃねーよ」
「私の方も、探索には支障の出る程ではないです」

そうはいうものの、双方ともに汗の量がおかしい。

「よし、ここらで休憩にしよう」

そう言って、アロハシャツの少年は、汗だくの二人を休ませるべく、ちょうどいい日陰を探しはじめた。




「さてと。ケイトウ、サルビア、大丈夫か」

ヤシの木の下で、ペットボトルの水を飲んでいる少年二人。ようやく体がすこし楽になったようだった。

「あー……なんとかな。ちょっと焦りすぎたか」

ケイトウと呼ばれたユニフォームの少年は、申し訳なさそうに頬をかいた。服を絞るたびに出てくる汗の量に、やっべぇと引きながら言っていた。

「海岸に、何かしらあると思ったのだが。ううむ、見落としている何かがあるというのか? 」

ブツブツと言いながらあれこれと模索している、サルビアと呼ばれたメガネの少年。ハンカチで汗を拭いながら、メモ帳に何かを書きなぐっている。それを見たケイトウは、思考にふけっている彼を軽く小突いた。

「おいおい、少しはそのメモを置いとけよ。書いたところですぐには解決しねぇんだから」

その言い草に、サルビアはムッとした表情を浮かべる。そのまま口を開きかけたところで、アロハシャツの少年が制止した。

「はい、そこまで。いいから落ち着けってば」
「すまない、ストレリ。君という奴はこういう時に強いな。こういう時は」
「しれっと言葉にトゲを付けないでくれ、心が痛い」

そういいながら、少年――――ストレリはにっと笑った。乱れた襟元を整えて、自らも水を一口含む。少しずつ、最低限の量を摂取するように心がけているのだ。


ふと、海岸のその先、水平線の彼方をみる。果てしなく続く海原には一点の曇り、もとい島の一つも見えない。次に、ストレリは自身の腰に巻いたベルトを見た。そこには紅白の球体が二つ。なけなしの食料が無くなれば、彼らの食事なんかも探さねばならない。比較的安全な水源、拠点も必要だ。これから先のことを考えて、思わず不安を覚える。



三人の少年トレーナーは、名も知らぬ無人島で目覚めてしまった。


・ ・ ・ ・ ・


三人は元々、それぞれ異なる地方からの出身だった。それが、とある所で偶然出会ってから同じ旅路を歩くようになってからしばらくが経ち、かの南国リゾートとされるアローラに上陸しようとした。そのはずが、三人には客船を降りてからの記憶がなかった。

気づいた時には、見知らぬ島の海岸で全員倒れていたのだ。右も左も分からない状況下に置かれ、生き延びるためにある程度の島の全容を調べる必要があった。


島の外周を歩いて回ってみたが、木々や熱帯植物が生い茂るばかりで見渡しも良くない。かと言って、調べない訳にも行かないのだが。

「……こうなったら、海の方も調べてみるか」

ストレリは、ベルトのモンスターボールを一つ取り外した。それを海原の方に投げると同時に、大きな龍が水面を揺らす。
三又の角と青い鱗を携えたポケモン『ギャラドス』が海岸に姿を現した。

分類でもきょうあくポケモンとされている通り、凶暴な面相をしている。しかし、このギャラドスはトレーナー方に顔を近づけて、おもむろに頭を下げた。鱗におおわれた頬の部分を、ストレリが優しく撫でると、外見からはあまり想像がつかない甘えた声を出した。

「いきなり呼び出してごめんな。お前に頼みたいことがあって」

そう言って、ギャラドスに他の島があるかどうかを見てくるように指示した。暴龍は力強く頷いて、沖へと飛び出した。トップスピードに乗った時には、一際大きな波を起こして、その背も見えなくなっていった。

「……となると、俺たちが次にするべきなのは」
「島の内部の探索に、なりますね」

一休みして、全開とまでは言わずとも体力を取り戻した三人。水分、食糧、救急用品、ボールと各自の持ち物をチェックし始めた。ある程度の物が揃っていることを確認して、三人は草をかきわけて島の中部へと歩いていった。




「中には何が潜んでるのかと思えば、意外に静かだな? 」

実際に歩いてみると、そこはあまりにも静かな環境だった。野生のポケモンの一匹くらいは見つかるかとも思ったが、まったくそんな気配はないのだ。

そのかわり、植物による密度こそは凄まじいものだった。それこそ、普通の植物園なんかよりも余程バラエティーに富んだラインナップだろう。馴染み深いものから、見たことも無い種類まであちらこちらに散見できるのは中々ない状況だろう。その無数の木々によって陽の光は遮られ、地面には海のように影が広がっていた。

「いやはや、非常に豊富ですね。まるで植物の宝石箱のようです」

入る前と比べて、どこかウキウキした声でそう話すサルビアは、植物に関してのメモを書くべく、ペンを走らせた。ケイトウがちらりとのぞくと、いつの間にやら高密度の文字や簡単なスケッチで埋め尽くされていた。あまりの情報量に、驚愕を通り越して冷静になってしまっていた。言い換えると、脳のキャパオーバーを起こした。

「あ、あぁそうだな。その通りだな」
「しかし、これだけの植物が覆ってると道に迷いそうだな」

動揺のあまり、声が震えているケイトウを尻目に、ストレリは辺りをちらりと見渡していた。ほぞぼそと降りそそぐ木漏れ日を日傘で遮りながら、何か役に立つものがないかと目を凝らす。

「方向感覚がなくなりそうだ」
「ふむ、漂流した挙句に遭難とはどんな欲張りセットですかね? 」

え、縁起の悪いことを言うなよ、とケイトウはサルビアを小突く。今までの旅路で、何度か小競り合いは起きているが、彼ら二人の関係性は良好な方だと言えるだろう。なんだかんだで互いの認めるべき点は理解していたりもするようだ。

「早いところ広い場所を探さねぇと不味いんじゃねえか? モタモタしてると夜になっちまうぞ」
「それはそうなんだが…… 」

地図もない手探りの状態で、夜までに広間を見つけられるのか。実際、現在位置も不確かな状態なのだ。下手に動けば本当に遭難しかねない。どこまで行っても木々や植物で覆われているこの場では、方向感覚が狂い出すのも時間の問題だろう。

だが、こんな所で野宿をする事になるのも避けたい。今はやけに静かだが、夜になって活発化した種族が現れても不思議はないのだ。植物だらけのこの場で火を灯そうものなら不意とした時に燃え広がる可能性だってある。ある程度のスペースを確保する必要があるのも事実だった。

ここからどう動くか、ストレリやケイトウがあれこれ考えている中、サルビアは自身の手を見つめていた。その手には一つの携帯が握られている。最初に目覚めた時、全員が携帯を所持していたが、例外なく電波は圏外。連絡手段としては使い物にならないはずだった。

「サルビア、何してるんだ?」
「今に分かりますよ」

そう言って、おもむろにカウントダウンし始めた。遠くから聞こえてくる、空を割く音。それが加速度的に音量を増していく。

「3、2、1……来ますよ」

そう宣言したところで、鳴り響いていた音はパタリと止んだ。それと同時に、三人の前には鋼鉄の体を持ったポケモンが一体、ふわふわと空中浮遊していた。

「どうやら見つけたようですね」

問いに対して、青い鋼鉄の円盤――――メタングはそのゴツい両腕を上で交差させている。期待通りのボディランゲージに、サルビアはかすかに微笑んだ。

「……おい、このメタングってお前のだったよな。いつの間に捜索させてたんだよ」
「それはもちろん、我々がこの非常に興味深い天然の植物園に入る前からですが。なるほど、ここからおよそ600メートル先に広間があるらしいですね、早く向かいましょう」

さも当然のように答えている彼。その手に握られている携帯の画面には、リアルタイムで文字の羅列が綴られ続けている。更には、いつの間に作成したのかこの島の見取り図のような画像まで添付されていた。この時点で、ストレリはある点に気がついた。

「なあ、サルビア。もしかして……そのメタングと通信できるのか?」

その問いを待っていたと言わんばかりに、目をきらりと光らせる。指先でメガネを持ち上げてから先はまさに怒涛だった。

「よくぞ聞いてくれましたよストレリ。そこのスポ根脳とは違いますね、いいでしょうお答えします。私はかねてからポケモンとの円滑な意思疎通をテーマに個人的探求を続けてきたのですが、その一環としてこのメタングとのデータを共有することから始めました。メタングというのは、二匹のダンバルが合成して進化したとされていて、単純に脳も二つあるとされています、そしてそれを繋ぐのは磁力の神経。つまりは彼の神経内に通信用のチップなどを埋め込むことで電子メールでの対話を可能としたのです、ちなみに彼がいれば我々の携帯も互いに連絡を取るくらいならば造作もありません。まあ、あなたがたなら余裕で理解できますよね。はい」

「――――いやなげーよ! どれだけ語りたかったんだお前、というかしれっとディスってくんなし!」

突っ込みを連発するケイトウを前にして、一切表情の変わる気配がない。しれっと、軽く受け流しているサルビアの心は、ある一言で揺さぶられた。

「というか、電波塔としても機能するようになってるのもそうだが、メタングって人間の言語でメールが打てたのか?」

もしここが擬音などが文字で表現される世界線ならば、ピキリ、という硬直音が聞こえてきたかもしれない。それくらいには、サルビアの表情筋は引きつっていた。

「そ、そういえばお前、さっき" 埋めた " とかなんと――イッタッ!? 」

今にも核心を突きそうになったケイトウの腹を、サルビアはエルボーで狙い打った。突然繰り出されたそれをまともに食らってしまった彼は、膝から崩れ落ちる。

「ああ、すみません、たまたま肘が当たってしまいまして。いやあ本当に申し訳ありません」

そうはいうものの、完全に目が笑っていない。
――――コイツ、ヤバい。
他の二人が、この容赦のない少年に抱いた感情がそれであった。

「さあ、無駄話もここまでにして出発しましょう。メタング、案内してください」

実に、重圧的もといにこやかな顔を貼り付けて話を有耶無耶にしようとするサルビア。そんな彼を止められるものはこの場にはいなかったようだ。思いがけないダメージをくらったケイトウは、ストレリの肩を借りてのろのろと起き上がって、言った。

「……アイツ、いつか捕まるんじゃねえか? 」
「そうならないように、祈るしかないだろ。アレは」





日が沈み、辺りが真っ暗になろうという時間帯。三人は無事に夜を明かす場所を確保していた。多少こじんまりとしているが、焚き火をするのに十分なスペースはあった。
パチパチと火が弾ける音をBGMにしながら、今後の予定について話し合っていた。

「――――一応、お二人の携帯に大まかなマップを送信しました。現在地もそこで確認できると思いますので」
「ありがとう。 所で、明日は一旦最初の場所に戻りたいんだが、いいか?」
「海岸にか? なんか用事でも、ってあぁギャラドスか。そういや、海の方を調べさせてんだったな」
「あらかじめ、明日あたりに一旦戻ってくるように言い含めておいたんだ。あのまま放置はしたくない」

ケイトウは腕を上にあげて、ぐっと背伸びをする。面倒くさそうに、ため息をついて言った。

「ここにどんな奴がいるのかも分かってないしな。貴重な戦力なのは間違いない 」

そして、自身の隣でスピスピと眠りこけている白いウサギをみて、またため息をつく。自分たちが知らない島に取り残されているというのに、実に気持ちよさそうな寝顔をしている。

「俺の手持ちは、コイツだけだしな」

サッカーユニフォームを着ているようにも見える白うさぎ、エースバーン。ガラルにおける炎御三家の最終進化系とされているこのポケモンは、焚き火を灯してからすぐに、実にリラックスした様子で睡眠を貪っていた。さらには、マンガのような鼻ちょうちんまで作っている。そのマイペースさに、ケイトウは一際大きなため息をついた。

「……やる時はやる奴なのは分かってるんだが、なんか不安だわ」

まったく羨ましいぜ、なんてボヤきながら彼も地面に寝っ転がった。しかし、眠気がやってこない。瞬時に眠りについたパートナーほど、神経が図太く出来ていなかったのだろう。

「目蓋だけでも閉じていなさい、起きているよりかはマシです」
「わーったよ……ところで、お前は何してるんだ?」

目線の先には、カコカコとキーボードを叩かれているサルビアの携帯。彼曰く、メタングに埋め――搭載したチップの調節作業を行っているのだという。

「非合法の匂いがプンプンす――すまん、悪かった。ジョークだから、そいつを止めてくれよ頼むから」

いつの間にやら、にっこり微笑んでいるサルビアと、凶悪なアームを振りかぶっているメタング。彼はその時、絶対に二の句を継がせないという確固たる意思に溢れていた。その圧力を前にして、藪をつついてアーボックを出してしまった哀れな少年には為す術もなかった。

「ほほう、あなたのジョークはとても面白いのですね? 早く休んだ方がいいでしょう今すぐに」

そう言い捨てて再び携帯へと向き直り、ケイトウはその恐ろしさに無理やり寝付こうとした。この流れを見ていたストレリは、ケイトウに同情しつつ「そういえば」と話題を変えることにした。

「サルビアは個人的にやっておきたい事とかはあるのか?」
「私ですか。そうですね、せっかくの機会ですしこの島の動植物に関してのレポートでも書いておきたいと思ってます」
「いや、そうじゃなくてだな」
「ジョークですよ」

フッと笑ったサルビアは、不意に真剣な面立ちをしてこの先の必要事項をまとめ出した。そこから改めて、ストレリと二人で明日以降の優先順位を立てていく。
ひとまずは、ギャラドスの回収と拠点の設置、食糧確保。先にやるべき事柄を再確認したのちにようやく、二人も眠りについた。


・ ・ ・ ・ ・


月が落ちて日が昇り、朝のひざしがジャングル中に降りそそぐ。昨日と変わらず高温高湿。木漏れ日が直接歩くものを体を焼きにかかる。

「くっそぉ……なんで俺ばっかこんな目に、いつつ……」

腹を擦りながらそう漏らすケイトウ。夜が明けてから、眠りが浅かったケイトウは一番に移動する準備を始めた。順にストレリとサルビアも起き始める中、最後まで眠りこけている自身のパートナーを起こそうとした。しかし、寝ぼけたエースバーンによってケイトウの腹に強烈な蹴りが入るという惨事があったからである。

「ちくしょう……」
「いや、なんであれ食らって痛い程度で済むんだよ」
「気にするだけムダだと思いますよ? その人、いわゆる体力馬鹿という人種ですし」

二足歩行型のポケモンの中でもトップクラスの身体能力を誇るとされている種族の蹴りを、(寝ぼけていたとはいえ)腹部で受けて怪我もしていないのは正直異常なところがある。端的に言い換えれば、お前人間じゃないだろ。

「くっそ、好きほーだい言いやがって……というかお前らも起こすの手伝ってくれても――――」
「……待った。なんか、おかしいぞ」

気が収まらず言い返そうとしたケイトウを制止したのは、いつになく険しい顔をしたストレリだった。

「んあ? 何がおかしいん、だ……!?」

そんな表情を浮かべて、何がどうしたというのか。怒気を抜かれ、一瞬戸惑ったケイトウだったが、その答えは目に見える形でうつし出された。



「な――――――!」




今まで、散々照りつけてきた太陽光が突然途絶えた。弱まったという次元ではなく、何かに全ての光が遮断されたような感覚。木々の間にあってもなお十分な日光が行き届いていたジャングルは、わずか数秒のうちに薄暗い闇の中に沈む事となった。

「くっ、視界が……!」
「これ、ヤバくねーか!?」

大丈夫か、とストレリが尋ねようとしたその瞬間。彼の背筋に鋭い悪寒が走った。その原因が恐ろしいまでの速度でこちらに向かっているような錯覚を覚える。



草木を枯らすようなおぞましい何かを持っているように、感じ取れるのだ。あまりに不穏で、敵意に満ちた感情。そこまで思い至ったところで、一番色濃く浮かび上がった。
そう、自分のすぐ前で。


その感情はまさしく…………殺気だった。

「――――――っ!」

標的の首を刈り取らんと迫る影。
今にも影が首を撫でようかという所で、それを受け止めたのは――――漆黒の鎌。

「……え? 」

ギリギリと火花を闇に散らせて、影と鍔迫り合いを演じている白い毛皮の四足獣。地面で力強く踏ん張り、払い落としたその姿。心当たりのあるストレアは、ふと自身の足元をのぞく。

薄暗い地面には、彼の二つ目のボールが開いたままで転がり落ちていた。

襲撃を防がれた影は、分が悪いと感じたのか。一回の攻撃の後に、地面へと溶け込んでいくのを見た。ふと冷静になると、急に心臓が鼓動を早めた。吹き出た汗がつたう首に思わず手を添える。

助けがなかったら、確実に死んでいた。
ドクドクと脈打つ心臓。この動悸が、自分の生存を伝えている。まずは深く息を吸い、吐く。これを数回繰り返してやっと、激しい鼓動も治まってきた。

「おかけで助かった。ありがとう――――アブソル」

アブソルは主人の礼の言葉に、ちらりと目線を送が、すぐにそっぽを向いてしまった。全身の毛を逆立てて、次の敵に備え神経を研ぎ澄ましている。襲撃とほぼ同時に、ボールから飛び出して攻撃をいなす。災害を予期するほどの類まれな感知能力を持つ種族ならではの芸当だった。

ストレアは事なきを得た。だが、他の二人はそうもいかなかった。気づいて、辺りを見回した時には既に、ケイトウとサルビアの姿は跡形もなく消え去っていた。思わず二人の名を叫んだが、その返事が届くことは無かった。

あの影は一体なんなのか、二人はどこに消えたのか。それらはもしかして、自分たちがこの島に来た事に関連しているのだろうか?

「……とにかく、まずは動いた方がいいか」

ここであれこれ考えたところで、答えなんてものは出るはずもない。現在、ここにいるのは自分とアブソルの一組だけ。情報も、戦力も足りない。

「アブソル、先導を頼む」

ストレリが一言頼むと、アブソルは案内を開始した。躓かないようにその後ろへと着いていく。まず目指すのは、最初にいた海岸だった。



・ ・ ・ ・ ・


一日ぶりに見た海原は、これ以上ないほどに機嫌が悪かった。常に荒波が起こっては、無数の水しぶきをあげている危険地帯。強風さえも吹き付けている海岸は、限りなく最悪に近い惨状だった。
ただ、その中を全力で渡ってくる一つの影が見えた。それはストレリにとって、見慣れたもの。

「おーーーーい! こっちだーーーー!」

強風で声がかき消されるが、自身に出せる限界の音量で向かってくる影を誘導する。昨日、海を調べさせたギャラドス。荒波を諸共せずに、トップスピードのまま浜辺へと急接近してくる。

もうすぐで到着し、迎え入れようとしたストレリは――――突然、横に吹き飛ばされた。その原因は、すぐ横で待機していたアブソル。何故脈絡もなしにふっ飛ばされたのか。

「ど、どうしたんだよいきなり――――は?」

全速力でこちらに向かっていたギャラドスは、いつの間にか到着していた。

ついさっきまでストレリが立っていた地点を念入りに、その巨体ですり潰しながら。そこにトレーナーがいないことに気づいたギャラドスは、すぐに標的を見つけた。無機質な黒に塗りつぶされた眼光はまっすぐ、自身の主人へと向けられている。

視認するや否や、その場から飛びかかろうと体をくねらせる。そこから3秒もしないうちに、そこにいる人間の体はスプラッタになることだろう。

「ガァッ……!?」

――――すぐ真下からの奇襲を、食らっていなければ。

間近からの切り上げによる『つじぎり』を喰らったギャラドスは、体制を大きく崩す事となった。その真っ黒な眼球で、攻撃してきたアブソルを睨みつける。

自分のポケモンとはいえ、明らかに正気ではない。傷つけることはしたくないが、ストレリは心を鬼にして次の指示を送った。

「っ! アブソル、でんげきはだ!」

指示を受け取ると、即座に電気をチャージし始める。バチバチと青い電流が白い体毛にまとわりつく。それを見たギャラドスは撃たせまいと、半ば強引に突撃しようとしたが、少しばかり遅かった。

「今だ、撃て!」

高速で貯めた電撃が、一本の矢のようにして放たれてギャラドスを貫いた。この技はチャージ時間こそ早いが、威力は10まんボルトよりも劣る。

「グォオオオオオオオ!?」

それでも、電気にめっぽう弱いギャラドスに大ダメージを負わせるには十分すぎた。明らかに動きが鈍ったところで、最後の一押しと『つじぎり』を叩き込む。それによって、ようやく暴れていたギャラドスはゆっくりと倒れ伏して沈黙した。

だが、その体は一瞬のうちに黒く染まる。ジェルのように形状が崩れて、砂の中へと沈みこんでしまった。ストレリが突然の事態に困惑したその時、どこからともなく謎の声が二つ聞こえてきたのだ。

『はぁ、ほら見なさい。まんまとかわされちゃったじゃないの』
『ちぇー、成功するとおもったんだがなぁ』
「誰だッ!」

咄嗟に、ストレリは周りを見回す。しかし、そこには誰もいない。そんな中、アブソルはただ一点を見つめ、臨戦態勢に入っていた。先程、ギャラドスが消えてしまった地点。

そこには、おぞましいほどの黒い渦が発生した。
それと同時に、周りの景色から色が失われていく。森も海も、豊かな色彩の全てがごっそりと抜け落ちていく異様な光景。辺りが灰色一色に染まりきった時、渦からは二つの影が飛び出してきた。その正体は、魔女のような風貌をした『ムウマージ』とずんぐりとした図体と手足をもった『ゲンガー』であった。彼らがストレリたちの方へ向くと、先程聞こえた謎の声が頭の中に響いた。

『どうも、お二人さん。楽しんでるかしら』
『俺たちの悪夢、味わってくれてるかぁ?』

最初の声はどうやら、彼らの念波によるものだったらしい。そして今の発言からすると、これまでの事態はこのポケモン達が元凶のようだ。

「……お前らが、俺たちをここに連れてきたのか」

質問に答えたのは、ムウマージの方だった。淑女のように優雅な一礼をして、すらすらと喋りはじめた。

『この島は、私たちにとってのレストランのようなものですの。食材を調理し、美味しくいただく。食材はここに迷い込ませた人間たちの心。 恐怖と不条理に歪んだ魂というのは、実に甘美な味わいなの。知ってまして? この前に食した少女の魂などはもう、絶望に歪み切っていて、取り込むとすぐに溶けてしまいましたわ……』

その時の体験を思い出しているのか、ムウマージは悦に浸ったような表情を浮かべた。涎まで垂らしているのを見て、ゲンガーが軽く小突くとハッとして話の続きをし始めた。

『とっ、とにかく。あなた達の心、魂も美味しくいただいてあげますわ。ちなみに……あなたのご友人は夢を見てもらっています。とびっきり幸せな夢を、ね』
『やっぱりよ、上げて落とすのが料理のコツだからなぁ』

ガハハ、と豪快にゲンガーは笑う。
そして、その顔を酷く歪ませて……ニタリと嗤った。獲物を下見するかのように、じっくりと眺めてこう言い放った。

『――――幸福をとことん味あわせた後で、地獄でも見せてやるよ』


この時、ストレアの何かがブツリと切れた。

それを感じ取るように、アブソルもまた全身の毛を逆立てる。それを見たムウマージ達は、軽く笑い飛ばした。

「つじぎりッッッ!!!」

アブソルは迷うことなく、倒すべき敵を切り伏せにかかる。しかし。

『はっ、甘いなぁ?』

その刃があと数寸で届こうかという所で、アブソルの動きが止まった。なんとか届かせようと足掻く様を見て、ゲンガーは嫌な笑みを浮かべた。

(まさか、かなしばりか……っ!)

アブソルは先程の影との戦闘で、最後に『つじぎり』を繰り出した。相手が最後に使った技を封印する『かなしばり』にまんまとハマる形となっていた。

「アブソル離れろ!」
『あら、逃がすと思ってまして? 』

その場から離脱しようとした所で、ムウマージが背後に回り込んでいた。身を翻そうとするタイミングをつかれ、ヒラヒラとしたその体で……切り裂かれる。不意の一撃を食らって、アブソルは足から崩れ落ちた。この斬撃は、森で襲われていた時のものと似ている。ストレリがそう思ったのを読み取ったのか、こう漏らした。

『森で放ったこのつばめがえしを、受け止められた時には驚きましたわ』
「くっ……!」
『おっと、動くなよぉ?』

いつの間にかゲンガーは、ストレアの背後で片腕を突き出している。その先には、真っ黒な影の球体が装填されていた。それに込められている威力からしても、下手なマネをすれば双方ともに、タダでは済まないだろう。生殺与奪を掌握されている状況になってしまっていた。

『ふふふ、活きがいいわね。こういうのは新鮮なうちに食べなくては』

ムウマージが空中でくるりと回転すると、ストレリとアブソルの足元に真っ黒な渦が現れた。ムウマージとゲンガーが出てくる時に使っていたあの渦。それはすぐに彼らを飲み込む訳でもなく、じっくりとナックラーの巣のように、じわじわと引きづり込んでいく。

『さて、あとは……私の歌とあなたの呪いでゆっくりと、味付けでもしましょうか』
『けけっ、そいつはいいねぇ』





じわじわと視線が低くなっていく。
暗い、昏い、闇の中へと沈む。
周りの全てが消え去っていく。
本当に、自分たちは終わるのか?


――――いやだ。

――――終わりたくない。

――――終わらせたくない。
ただその一心で、意識すらも消えゆく中、足掻こうとするがうまく体が動かせない。
声にならない声でただただ叫ぶ。

その叫びは、届かなかった。





「エースバーンッ! かえんボールッッッ!!」

「メタング、バレットパンチですッ!!」


それでも、あまりにも良すぎるタイミングでその思いだけは汲み取られた。マシンガンのような打撃音と爆裂音がかすかに届く。

「っ!?」

もう少しで完全に沈みきっていた腕が、誰かに掴まれた。そこからは根菜を収穫するかのように、ズルズルと引っ張られて、黒い渦からその全身が引き戻された。その時に、奪われていた視界にようやく光が戻る。

「――――俺さま、参上。なんてな? 」
「何が俺さまですか、馬鹿馬鹿しい。そんな馬鹿な事を言わないで早く来なさいこの馬鹿」

無駄に男前な顔つきで笑っているケイトウと呆れ果てた顔でその彼を罵倒するサルビアの姿がそこにあった。二人の襲撃に、不意をつかれたムウマージは酷く驚いた。

『あなた達は、ついさっき深く夢に落としたばかりだったはずですわ。目覚めるのが早すぎます……!』
「夢? ああ、あの光景のことですか」

たった今、それを思い出したかのようにわざとらしい態度を取ってみせるサルビア。その顔は大層、侮蔑に塗れていた。

「あんな上面だけの夢物語に惹かれると思ったら大間違いですよ。大体、目が覚めたら知らぬ間に自分の夢が叶ってたとかいう筋書き、どこのラノベなんです? 」

むしろ夢見が悪くなったと、はっきり言い切った。今回ばかりは、いつも小競り合っているケイトウも大きくうなづいていた。「なんつーかな、赤ん坊に欲しいものだけをあげてるよーな感じだったわ」などと呟いている。

『調子つきやがってぇ……食材は大人しく食われてれば良かったのによぉ!』

恨めしそうに、ゲンガーはそう言うとストレア達目掛けてシャドーボールを複数撃ち込んできた。だが、間に割り込んだメタングによってその全てが阻まれる。黒煙があがっている中、メタングの正面には透明な障壁、『まもる』が展開されていた。

「エースバーン、一発ぶち込んでやれ!」

反撃開始と言わんばかりに、エースバーンの足元には小さな火種が現れた。それが徐々に大きくなっていく中、ゲンガーは内心ほくそ笑んでいた。
先程撃ち込まれた火球を見て、厄介だと判断し真っ先に『かなしばり』を掛けたのだ。技が失敗したその時に、いの一番で潰しにかかる算段になっている。余裕ぶっていたところで、ケイトウは口を開いた。

「……いつから、この技が『かえんボール』だと思ってんだ? 」

軽やかな助走をつけて蹴り出された火種。それがボールを象ることも無く、一本の火柱としてゲンガーに迫った。さながらフリーキックのように、伸びやかな焔は加速度的にその規模が大きくなり、油断していた対象をたやすく飲み込む。

ダメ押しとばかりに、着弾したところから天に向けて、最大規模の獄炎が立ち上った。

「炎の最終奥義の味は、お気に召したか? 」
「私が『かなしばり』を読んでいなかったら、真っ先に倒れてたのはあなたでしょうが……右に旋回しなさい!」

黒焦げになって倒れているゲンガーにドヤ顔で決めゼリフを吐いているケイトウ。彼を尻目にして、ムウマージとの戦闘を行っているメタングに指示を送り続ける。

中間進化と、最終進化。
タイプ相性も不利な対面の中で、サルビアとメタングは堂々と立ち回っていた。距離をはなす暇もない程の猛攻、追撃を行い続ける。『バレットパンチ』の嵐の中に混ぜこむ『れいとうパンチ』のコンビネーションが、ムウマージの行動をことごとく阻害していた。

『な、なんなんですか!? やることなすこと邪魔をして……!』
「狼狽え方も分かりやすいですね。では、そろそろ仕上げですよ」

攻撃を避け続けていたムウマージの後ろには、目を閉じて神経を『とぎすま』した……アブソル。体力もある程度回復して、トドメをさすべくストレリと共に待機していた。

「いやはや、誘導されてくれて……ありがとうございます」

気づいた時には、既に『バレットパンチ』で叩き落とされていた。ストレリは決めの一手を指示した。

「決めろ、アブソル!」

空中から墜落してくるムウマージ。
目を見開き、それをすくい上げるようにして鎌を振るう。その一太刀は確かにその幽体を捉えて、

「つじぎりッッッ!!!」

ムウマージの意識もろとも、刈り取った。



「やったか……?」
「やめてくれ……フラグを建てないでくれ……」

ここまでの怒涛の展開で、ストレリの体力もかなり消耗されていた。ゲンガー、ムウマージが起き上がらない事を確認してからようやく、へなへなと砂浜の上に座り込んだ。

「おいおいストレリ。大丈夫か?」

白いユニフォームが砂埃で汚れてしまったケイトウが、クククと笑っている。なぜ笑われているのかが分からないストレリは思わずムッとした。

「あぁ、悪ぃ悪ぃ。そんなグッたりとしてるお前を見るのが珍しいと思ってよ。それにしても、空が暗くなって目が覚めたらいつの間にかガラルに戻っててな……しかも自分がチャンピオンになっててよ、ビックリしたぜ。まぁ、夢だったんだが」

努力の末に叶えてこその夢だよな、とケイトウは締めくくった。もっともその夢を見ていなかったストレリにはいまいちピンとこなかったが。

「ストレア、波打ち際にいますよ」

サルビアの指さしたその先には、気を失って倒れているギャラドスがいた。それに気づいたストレアは慌てて駆け寄り、容態を確認する。特に問題がないことが分かり、眠ったままではあるがそのままボールの中に入らせる。





灰色の世界が、元の色素を取り戻していく。モノクロだったキャンパスに絵の具を塗るかのように修復されていく景色。消えていた光が降り注ぎ始めた中、全員の意識がフェードアウトしていった。




・ ・ ・ ・ ・


海原を大胆に突き進む一隻の客船。燦々と照りつける太陽の光、空を渡るキャモメの群れ。絵に書いたような航海の最中に、スポーツデッキに立つ三人のトレーナーの姿があった。

「はぁぁ……ようやく着くぜ……うぷっ」
「ここでは吐かないでくださいね。嫌ですよ、あなたの吐瀉物の処理なんて」

慣れない船旅にすっかり参ってしまったケイトウと持参した本に読みふけっているサルビア。そんな中、ストレリは手すりに体を任せてその先の景色を眺めていた。だが、船に乗ってから今までの記憶がやけに曖昧なことに気がついた。

まるで今まで、夢でも見ていたような感覚。
違和感の正体にふと、頭をひねっていると突然船内放送が入ってきた。


『間もなく、当客船はアローラ地方メレメレ乗船場に到着いたします。お忘れ物のないよう、気をつけて下船するようお願い申し上げます。繰り返します。間もなく――――』


「よし、早く降りようそうしようバトルロイヤルが俺を待っている!」
「落ち着きなさいこのスポ根」

なんだかんだ言い合いながら、一緒に荷物を確認している二人。これまでの旅で何度か見たその光景。さっきの違和感について考えることをやめたストレリは、海に浮かぶ島の一つを見遣る。


輝かしい陽の光を浴びながら、新天地へと船は進んで行った。



海に浮かぶ夢の孤島、上陸者に待つものは幸福と地獄。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

感想の読み込みに失敗しました。

 この作品は感想が書かれていません。