カポエラー

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作者:セイ
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 カポエラー(約1,100字)




 カポエラーが穴を掘ってくれた。
 茜空に男は追憶した。金銀クリスタルのような微光を放つヤンヤンマの飛び交う池を横切り、ガス灯の朧げな光の浮かぶ自然公園を突き抜け、野生のウソッキーがユーモラスに曲がりくねる林道を辿った先は、紫の町。少年時代を過ごした土地を渡り歩いていく。苔むした滑りやすい石畳で石蹴りして、緑の萌え出た生垣に竹とんぼを飛ばしたあの時代に思いを馳せながら。塀越しに覗いた泰山木も、マダツボミを祀った五重塔の風鐸も、ベーゴマをぶつけ合った駄菓子屋の町屋の暖簾も、そこでは一切のものが絶え間なく揺れ動いていた。輝かしい過去と色褪せた今との間を行き来するように、生暖かい風に吹かれてゆらゆらと。晩夏である。うっすらとかかった霧の向こう、真新しいビル群の落とす青い影が遠い時代の情熱を冷ましてしまったようで。重く垂れ込める雲を背景に、黄金色の葉がひとひら、揺れる梢の儚い夢となって散っていった。けれども空き地では。秋の目をぱっちり見開いた桔梗の花々が、変わらぬ魅力を湛えて微笑みかけてくれて。葉むらにかくれんぼした花冠にもたれて、一匹のカポエラーが踊るように回っていた。高齢のはずだった。低く生えた花の膨らんだおしべから、切り株の朽ちた年輪から、消え入りそうなくらい淡い香りがおずおずとそよいできた。男は思わず手を伸ばした。すると確かな感触をもって握り返してくれた。離したり、また繋いだりして、くるくると風を吹かせるように。繁栄を夢見る花の心を動かして、もっと甘美で、もっと鮮烈な香りをやつれた大地に捧げようと、男とカポエラーは手を取り合って回り続けた。さかだちポケモン、カポエラー。高速で回転しているとそのまま地面に潜っていく種族。野生のこの子はこうやっていつも楽しげに回っていたのである。きな粉棒を片手にスポーツ自転車の車輪を回したときも、持ち寄った木箱にゴザを敷いてベーゴマを回し合ったときも。隣で穴を掘ってくれて、その中に皆で宝物を埋めることもあった。思い出を未来につなぐという願いをこめて。俗にタイムカプセルと呼ばれるもの。男は地面を掘り起こした。シャベルが小山を積み上げるたびに、湿った土の匂いが新鮮な桔梗の香りと混じり合い、赤い残照に染まった空に立ち昇っていった。風はさらってはいかなかったのだ。ざわめく木の葉の調べに捧ぐ芳香も、汗を拭うカポエラーの優しげな眼差しも、無限の中に眠っていたベーゴマも。変わらぬカタチがそこにあった。昔と今、2つの結び目をつなぐ駒の頂点となって回っていたのは、いつだってカポエラーだった。彼が導いてくれた、たった一つだけの故郷。その名は――

 キキョウシティ。なつかしい かおりのする まち

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