退廃的ノスタルジー

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作者:あるみ
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読了時間目安:12分
Cyberに連なるお話ですが、本編とは関係の無い番外編。(Cyber未読でも成り立ちます)

何処かにあったのかもしれない物語。

──感情というものをそっくりそのまま伝えることは出来ない。ラベリングして、呼称として伝え、相手はそれに該当する自らの記憶を引き出して再現するしかないのだ。
「いやぁ……やっぱり凄いねぇ、ここは」

 彼女は目の前に聳え立つ巨大な建造物を見上げて嬉しそうに言う。
 壁面には幾つものヒビ割れが走っていて、そこに鬱蒼と蔦が茂っている。今にも崩れそうなこの建物は誰も使用していない、所謂廃墟になっていた。

 照る夏の日差し。ロコンである彼女は四足歩行で廃墟の壁を眺めて歩き回る。頭上遥か彼方でその存在を主張する太陽なんか気にせずに、その建物に没頭していた。

「良かったの、ダンジョンに行かなくて」

 平日の昼間、暑い日差しの中ここに連れてこられた僕は、気になっていた疑問を口にしてみる。
 探検隊として毎日しゃかりきに働いていた彼女のことだ、今日はお気に入りのダンジョンにでも出かけるのかと思ったのだが。

「馬鹿ね、私探検は好きだけどダンジョンは好きじゃないのよ」

「そうなの?」

 意外な事実だった。だってダンジョンに向かう時の彼女の目はいつも宝石のようにキラキラしていたから。

「ダンジョンって、なーんか嫌なのよね。不思議なのは良いけど、どうもシステムとして管理されてる気がするのよ。全部作り出された物なんじゃないか、って思うくらい」

「ふーん……」

 一見感覚派で大雑把に思える彼女は、実の所こんな風に難しいことを言うことがある。僕としても少し理解できるけど、その真意を全て掴むことは叶わない。

 しばらく廃墟の周りをウロウロしていた彼女は、ふとこちらを振り返って笑った。いたずらっ子のような笑み。

「ね、もっと奥まで行ってみない?」

「え、でも立ち入り禁止じゃ……」

 この廃墟は普段、観光名所としてたくさんのポケモン達がやって来る。しかし建物自体があまりに古く、倒壊の危険性があるためロープで周囲を囲って入れないようになっているのだ。

「良いじゃない今日くらい。ほら、今日は誰もいないし。……もちろん建物の中に入るわけじゃないわ。林の奥にまだこんな廃墟が残ってるって話があるのよ」
 
「そうなんだ……」

 そう言って黄色と黒色のロープをくぐって中に踏み出していく。こういう時は僕にお構い無しだ。
 廃墟の後ろ、小さな林で先は見通せないが、そこにまだ建物があるらしい。彼女は振り返らずに悠々と木々に消えていく。

(入れないようにしてるんだから、それなりの理由があると思うんだけど) 

 とはいえ僕だけが残っている訳にも行かないだろう。確かに今日はここには誰もいない。咎める者が居ないうちにさっさと通ってしまおう。……まあ今日わざわざ来る物好きもいないと思うけど。

 ロープを潜り、彼女が消えた方向を目指して歩く。陽がある程度遮られる林の中もやっぱり蒸し暑かった。


          ※


 小さな林を抜けると、確かに同じような巨大な建物が現れた。そしてそれを見上げるロコンの姿。

 相変わらず壊れそうな建物。
 ここ一体の廃墟はかつて、ニンゲンが生み出したものらしい。ニンゲンが残した有形の物はそう多くない。
 その貴重さ故に観光名所としてポケモンがやってくるのだ。

「ねぇ、レンはどう思う?」

 彼女は僕が近づくと、廃墟を見上げたままそう訊いてきた。

「何が?」

 内容が掴めずに聞き返す。

「この廃墟を見て、何を思う?」

「何をって……」

 彼女が何を求めているのかが分からない。ただ彼女がこういう質問をする時は大抵、模範解答を出すことは出来ない。だから観念して、それなりの回答を口に出した。

「ノスタルジー……とか?」

「……ふーん……なるほどね」

 そう言って、意外そうな顔をして考え込む。
 思っていた答えではなかったのか。
 と、突然顔を上げてこちらを見た。その目は……少し怒ってる?

「でもダメ。ちゃんとレンの言葉で表して」

「僕の言葉?……どういうこと?」

 分かってないな、という顔で溜息をつく彼女。もちろん全く分からない。

「ノスタルジー……って、それはあまりに便利すぎるわ。色んな意味を内包しすぎ。他の誰かが作ったラベルの受け売りじゃ面白くない」 

 受け売りって……。
 でもちょっと言いたいことはわかる気がする。
 ノスタルジー。郷愁。それはその言葉だけで複雑な感情、状況を表している。その言葉を言えば相手に感情はほとんど伝わる。
 でもそれはラベル。複雑な感情に無理やり名前をつけただけであって、その感情の内容や内訳の説明にはならない。ただの呼称。
 だから──

「寂しい、かな」

「……寂しい?」

「あと、痛い」

「……まぁいいわ。まだ固定観念から離れきれてないけど」

 どうやらギリギリ及第点だったらしい。
 だが彼女は続けて別の質問を投げてきた。

「でも、レンはニンゲンを知らないよね? それなのに、そのノスタルジーを感じるの?」

「……それは」

 
 ニンゲンとは。
 僕らとは別の世界に住む生き物。かつてはポケモンと同じ世界にいたけれど、はるか昔の大戦争の末に世界は分かたれた。……一般にはそう言われている。
 それが真の歴史なのかは誰も知らないけど、少なくともこうやって今、ニンゲンの残した物が目の前にある。

 ただやっぱり、僕らはニンゲンを知らない。

「私たちより遥かに高度な文明を築いた生物。でも彼らは私たちに恩恵ばかりを与えたわけじゃない。……社会を作り生きていくために、姿形は統一され、形に囚われた。その為に進化が止まり、彼らの文明は行き止まった。発展が終わった。……それが私たちの研究結果だったわよね?」

「それは、分かってる」

「利便性と合理性のみを重視して、彼らは既知だけを手にして進歩を止めた。それ故に滅んだ彼らの記憶の残滓。そんな廃墟にどうして郷愁なんか感じるの」

「単純な話をするなら」

 彼女と難しい話を続けられるほど頭は良くない。だから思ったことだけを口にする。

「ニンゲンに同情してるんじゃなくて、単純に滅びた建物が寂しさを誘うから、かな」

「……」

「ほら、廃墟って言ったって昔は誰かが使ってたでしょ? それが誰であれ、今は無くて、でも確かにあったものを夢想すると……ちょっと寂しい」

 考え込む彼女。僕の首筋に汗の雫が流れるのを感じる。

「……無いものを想うと、寂しい?」

「うん。戻らないものは……ちょっと、寂しい」

「そう」

 黙って建物を見上げる彼女は、何かまた考え込んでいるようだった。
 いつも、彼女に幾つも質問されては呆れられてばかりだけれど、いつになく真面目に僕の回答を見極めているらしい。

 ふと歩き出した彼女。追っていくと廃墟の裏手に回った。
 そこにあったのは小さな庭。花が咲いていたのだろう花壇と、よく分からない鉄製のオブジェ。ガーデニング、だったか。
 周りを囲む木の柵はもうボロボロに欠けていた。

「ねえ、レンには、戻りたい過去ってある? もう一度味わいたい記憶」

 唐突の質問はいつものことだ。
 
 戻りたい記憶──
 物心ついた時から、探検隊として働いた今まで。覚えていることをさらってみる。
 例えば学校での日常。友達と放課後、遠くの方まで冒険しに行って、日が落ちるまで歩き続けた小さい頃。結局暗くなって迷子になり、親が心配して助けを求めて騒ぎになった。
 いっぱい怒られたけど、今思えば楽しかった。

 例えば初めて彼女と探検に行った時。
 今でこそ悠々とダンジョンを闊歩するけれど、最初の頃は足が震えていたっけ。それでも彼女は前に立ち、僕を引っ張ってくれた。初めて依頼を達成した時の喜び。それもまた、懐かしい記憶。

「あるよ、色々」

「それも、ノスタルジー?」
 
「かも」

 楽しかった記憶はいくらでも思い出せる。もちろん嫌な思い出も。

 ああ、でも──

「戻るのは、怖い」

「怖い……?」

「……そう、そうだ。怖いよ。戻るのは。ノスタルジーは怖いんだ」

「……」

 完全に黙ってしまった彼女を放ったまま、僕は思いをそのまま口に出す。

「古い時代。幼少期。僕らの知らない過去の時代。もし戻ったら、もしそこに僕等がいたら。それは酷く怖い」

 もちろんあの時の感動を、あの時の友情をもう一度感じたいと思うことはある。だけど、

「例えば本当に幼い時、平日のお昼、お母さんに連れられて街を歩いた何でもない1日。でも僕が今その場に戻ったとしたら僕は怖い。あまりにも膨大な時間の壁が、もう過ぎ去ったというその事実こそが僕に襲い掛かるんだ。……思い出が思い出故に僕に牙を剥くんだよ」

「……だから、ノスタルジーは怖い?」

「思い出が……怖いんだ。過去はもう、僕じゃない」

 気づくと熱くなっていた自分に気づく。いつもはそんなことは無いのに。
 ……こんな時だから、か。
 
 なら、僕はこんな時だから、いつもは訊かないこんなことを訊く。


「何でそんなことを訊くの? ハルカ」


 いつも唐突に質問を投げる彼女は、その理由を問われるのを嫌う。彼女は質問し、僕は答える。それが僕等の様式。ルーティン。それに疑問はない。それこそが僕等だから。

 でも僕は訊く。

 彼女は答えた。




「もうすぐ私たちが、過去になるから」


          ※


「ニンゲンは群れとしての生き方を優先した為に進歩を止め、技術を発達させ、そして行き詰まった。だから滅んだ。……そういう研究だったわよね」

「うん」

「じゃあ、私たちはどうして滅ぶんだろうね?」

 彼女の言葉に僕は空を仰いだ。

 そこには燃える火球が視界いっぱい、に太陽のように輝いていた。だがそれは大きな流れ星なんてものでは無い。今まさに堕ちようとする巨大な隕石。
 僕らの滅びの印。空から来る福音。


 そう、僕等は今日滅ぶのだ。


 空から隕石が降る。そしてそれによりポケモンは滅ぶ。その観測自体はかなり前から分かっていたことだ。
 問題はその解決方法が無い事だった。
 先の大戦で、世界はその対処法を失った。所謂伝説級のポケモン達。彼ら総出で戦ったその戦争は、僕等の勝利に終わったけれど、被害も甚大だった。

 世界の制御装置。彼らの役目が「守護者」であることは分かっていた。それが僕等の研究。
 
 世界の仕組みの解明。だけど僕等はそれを成すことは出来ず、立て続けに襲った危機に為す術なく僕らは終わる。


 どこで間違えた? どこでその運命が決まった?

 それは分からぬまま。
 ただひとつ分かるのは、「僕等では無理だった」ということ。


 最期の一日。ポケモン達は思い思いの行動をとる。いつも通り仕事をする者。大切な人に会いに行くもの。
 行動は様々だけど、不思議とやけになる者はいなかった。
 世界の定めた終わり。外敵ではなく、母なる地からの死亡通告はあまりにも穏やかだった。


「絶滅したニンゲンに私たちがノスタルジーを覚えるなら、いつか私たちに同じ想いを抱く者も出てくるのかな」

 そう言って微笑む彼女。諦めのような笑み。
 強気に見せる彼女の本性が「諦め」だったことを知ったのは最近になってからだった。

「……ノスタルジーって言葉は。……経験した事の無い時代にも抱くものなんだって。……ニンゲンはそう定めた」

「そうなの。……じゃあ、間違ってなかったってわけね」


 低い低い耳鳴りのような轟音が近づいてくる。
 この暑さも、夏だけのせいではないだろう。
 木々が不穏にざわめく。大地が揺れる。

 まるで僕等を殺したいかのような、立て続けに起きた危機に、僕らは屈する他無かった。
 ニンゲンを排斥した罰か。思い当たるのはそれくらい。ひょっとしたら彼は「救世主」だったのかもしれない。

 僕等はきっと、何かを理解し損ねた。

 仮定はいくらでもできるけど、少なくとも僕等には無理だったのだ。きっと他の誰かなら。
 ……いや、もう終わる話だ。

 気づくと隣に彼女が居た。
 身体を寄せあって空を見つめる。

 久しぶりに見る、気弱な笑顔だった。


「……ねえ、過去に戻りたいって、思う?」

 
 始まる終焉。終わりの始まり。
 世界を駆け回った僕等の、幾つも積み重ねた最後の問い。

 白む世界。
 僕は笑う。


「──このままでいいかな」



──これは、何時か何処かにあったかもしれない物語の終わり。

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