くらやみディサピアード

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作者:しろあん
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読了時間目安:60分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 ざっざっざっ、と二匹のポケモンが土を踏みしめる音が辺りに響いていた。その内の一匹、首に赤いストールを巻いたレントラーが怪訝そうな顔で周りを見渡す。

「前に来た時は、この場所ってこんなに木が生えてたか?」

 レントラーが歩いている場所には無数の木が生え渡っており、空から降り注ぐ陽の光を遮って地面に影の海を作っていた。それは一見、普通の雑木林の光景のように思えたが、レントラーの記憶の中にあった光景とは少し異なっていた為、隣を歩いていたもう一匹のポケモン──青いスカーフを右腕に巻いたフローゼルにそう尋ねた。

「確かに、もうちょっと点々と木が生えてたイメージだよねぇ。でも、『大地の奥』って頻繁に地形が変わるっていうじゃん? きっとその影響なんじゃないかなぁ」

 どこか能天気にそう話すフローゼルは、差し込んできた木漏れ日を右手で遮りながら、葉っぱの生い茂る空を見上げた。

「でもこんなに木が生えてるんじゃ、方向感覚を見失って遭難してしまうのも納得だねぇ」



 彼らはポケモン魔法協会、通称「ギルド」に所属するポケモンのチームである。この世界の中心となる大陸、ベーア大陸にて各地のポケモン達を救助して回ってきた若きエースの二匹組だ。その名はチーム「ホライズン」
 赤いストールを首に巻いたレントラーはチーム「ホライズン」のリーダーで、名をクラットと言う。橙色の右目を持った大地の魔法使いで、反対側の左目は暗い赤色をしていた。
 そして青いスカーフを右腕に巻いたフローゼルはレントラーのパートナーで、名をメレルと言う。レントラーとは違い、明るい藍色の右目を持った海の魔法使いで、反対側の左目は緑色をしていた。

「メレル、見つけた。この崖の下に遭難したチームがいるみたいだ」

 赤いストールを巻いたレントラー、もといクラットは、先ほどの雑木林の道を裂くようにして出来た垂直の崖を見下ろしてそう言った。
 ここは『大地の奥』と呼ばれるダンジョン。ベーア大陸最大の街であるエールデタウンの南に位置する大きなダンジョンで、比較的緩やかな道の場所もあれば、このような垂直の崖のようになっている場所もある。
 チーム「ホライズン」は、そんな大地の奥で遭難してしまったエールデタウンギルドの新米チームの救助を任されていた。

「おーい! 大丈夫か!」
「……! 助けに来てくれたのか! 見ての通り、仲間が倒れちまって身動きが取れないんだ!」

 崖の下から返事を返したのはリザードだった。その後ろに、怪我をして倒れたピカチュウとエネコが居る。足を踏み外して崖の下に落ちたのか、あるいはダンジョンの凶暴化したポケモンに襲われたのか、どちらにしろ、リザードは怪我をした二匹の仲間を担いで崖を登る事は出来ず、困り果てているようだった。

「そんな所に居たら危険だよぉ、僕らが今助けにいくからね! クラット、アレお願い!」
「分かった! フェア・ゲーエン!」

 辺りに木々が生い茂り、大地の魔法使いにとっては好都合なこの環境。クラットは呪文を唱えると、魔法の力で崖の岩をせり出させ、複数の簡易的な足場を作り上げた。その足場の上をひょいひょい、と乗り継いでいき、クラットとメレルは崖の下へと降り立った。

「さぁ、早く脱出するぞ。メレル、そのエネコを背負ってくれ。俺はピカチュウを連れて行く」
「了解だよぉ~」

 メレルが倒れたエネコを背中に背負い、クラットはピカチュウを自身の背中に乗せて、魔法で生やしたツタを体に巻き付けて落ちないように固定した。

「お前は自分で歩けるな?」
「あ、あぁ。……ッ!? 後ろッ!」

 突如としてリザードの表情が一変し、クラットの背後を手で指し示した。
 クラットが素早く背後を振り返ると、そこには野生本能を剥き出しにしたサンドパンが今まさにこちらに飛び掛かろうとしている所だった。
 クラットは一瞬驚くが、素早く地を蹴り、サンドパンの下を潜り抜けて巨大な爪の攻撃を回避する。サンドパンは攻撃を回避された事に苛立ちのような唸り声を上げたが、すぐに今度は視界に入ったリザードの事を攻撃しようとした。

「や、やめっ!?」
「『ハイドロポンプ』ッ!」
「ガアッ!?」

 しかし、フローゼルであるメレルは素早くみず技であるハイドロポンプを放ち、爪を振り下ろそうとしたサンドパンを勢い良く吹き飛ばした。かなり威力が強かったのか、吹き飛ばされたサンドパンはそのまま動かなくなる。
 驚いて腰を抜かしていたリザードは、吹き飛ばされたサンドパンとメレルを交互に見て、「た、助かった……」と言葉を漏らした。

「大地の奥って、谷の深い場所に行くほど凶暴化したポケモンがたくさん現れてくるんだよねぇ~、間一髪だったよぉ」
「ナイスだ、メレル。お前も、背後に敵が迫っている事を知らせてくれてありがとな」

 クラットはそう言いながら、リザードの事を立ち上がらせた。
 この時、リザードは先ほどの一瞬の攻防を見て、新米チームながらにも「この二匹は只者じゃない……」と驚嘆の気持ちを抱いていた。


────────────


「ギルドマスター、お邪魔しても宜しいでしょうか」

 エールデタウンギルド本部。様々なチームが探検の拠点とする、石や木材を組み合わせて作られたその大きな建物の一角には、ギルドマスターの部屋が存在している。
 その部屋の扉を前足でコンコンと叩いたのは、新米チーム救助の依頼を遂行してギルドに戻ってきたクラットであった。隣にはメレルも付いて来ている。

「どうぞ、入っても宜しくてよ」

 扉の向こう側から、そんなお嬢様のような口調の返事が返ってきた。クラットは「失礼します」と丁寧な口調で一言断りを入れてから、扉を開いた。部屋は明るい色調の木材で作られており、部屋の至る所に綺麗な花や植物などが飾られていた。
 そして、その部屋の中に居たロズレイドが、窓際に飾られた鉢花の手入れの手を止めて、クラット達の方に向き直った。

「チーム『ホライズン』、大地の奥での救助依頼、ご苦労様ですわ。報酬はもう受け取ったかしら?」
「はい、あのリザードから既に受け取っています」

 クラットはこくこくと首を頷かせながらそう答えた。
──このロズレイドこそがエールデタウンのギルドマスター、プレリエだ。明るい橙色と黄色の目を持つ大地の魔法使いで、少々高飛車な性格ながらも、仲間思いな一面を持ちギルドメンバーからは慕われている。

「それなら結構。大した額じゃないでしょうけれど、あの子達もまだまだ新米だから許してあげて頂戴」

 プレリエがそう言ったのに対し、クラットは「そんな、額なんて気にしていませんよ」と笑いながら答えた。その隣で、メレルが部屋の机の上に置いてあるお菓子が入ったカゴをじーっと見つめていた。

「あら……? そのカゴに入ったお菓子が気になるのかしら?」
「えっ? あっ、いやぁ、大丈夫だよぉ~、僕、今お腹空いてないし!」

 まだ特に何も言われていないのにも関わらず、メレルは慌てたように首を振ってそう答える。クラットは、あぁ、本当はお菓子が欲しいけど貰ってしまうと静かな笑顔で見つめられるから怖いんだな、と心の中でそう思った。
 ここのギルドマスターは来訪者にお菓子をよく勧めるが、ギルドマスターの部屋に置いてあるお菓子は彼女の大切なおやつなので受け取ってはいけないというギルド暗黙のルールがあるのだ。

「そう……分かったわ。にしてもあなた達、本当によく働いてくれるわね! 今月ももう5件以上の依頼を達成してるんじゃないかしら?」
「そうですね、やっぱり助けを必要としているポケモンは世界にたくさん居ますから」
「クラットと一緒なら僕はどんな依頼でもこなせるよぉ~!」

 メレルはぴょんとその場で跳ねて、元気いっぱいなアピールをした。プレリエはそれを見てオホホ、と愉快そうに笑う。

「最近では他のギルドでも、大地の魔法使いのレントラーと海の魔法使いのフローゼルのチームの噂が立っているわよ? 本当にあなた達も2年で成長したわね!」
「光栄です、ギルドマスター。これからも精一杯頑張らせて頂きます」
「オホホ! その意気込みに期待して、あなた達に頼みたい緊急の依頼があるのですわ」

 そう言うとプレリエは部屋の棚の中から一通の手紙を取り出し、クラットの前に差し出した。クラットはその手紙の文字に目を通す。

「なになに……? 依頼主は、フィンスター二スギルドマスター、ディオン……え、ギルドマスターから依頼が届いてるんですか!?」
「ええ、そうですわ。あなた達、フィンスター二スの事自体は知っているわよね?」

 ええ、勿論です、とクラットは頷く。
 フィンスター二スはベーア大陸の中央付近にある、闇魔法使い達が暮らしている集落だ。エールデタウンからはそれほど遠い距離ではないが、フィンスター二ス付近は闇鉱石という光を吸収する鉱石が落ちている影響でとても暗く、特に用が無い限りは立ち寄る事のない場所である。

「そのフィンスター二スの近くにあるとある洞窟で、ポケモンが失踪する事件が起きているようですわ。しかも、調査に向かったフィンスター二スのギルドメンバーもそのまま帰ってこないという始末。ただでさえフィンスター二スのギルドはギルドメンバーの数が少ないというのに、失踪までしてしまったらお手上げ状態に違いないでしょうね」
「それで、失踪したポケモンの救助に向かってくれるチームを探して依頼を送ってきたという訳ですか……」

 距離的にエールデタウンより近いリヒトシティの方に依頼を送った方が早く応援を呼べる筈なのだが、やはりそこはお互いの街の仲の悪さが影響しているのだろうな、とクラットは思った。
 床に置かれた手紙を拾い上げ、内容に一通り目を通したメレルがプレリエに尋ねる。

「これって、今すぐ向かわないといけない感じ?」
「そうですわね、今ギルドにいるチームで頼りになりそうなのはあなた達だけですわ!」
「えぇ~、僕今からカフェに寄って休憩──いてっ!」

 自分の欲を優先して失礼な言動を取りそうになったメレルを前足で小突き、クラットはプレリエの方を向いてはっきりとした声で言う。

「任せてください。この依頼、俺達が引き受けましょう!」





 そうして今現在、準備を済ませたクラットとメレルは箒に乗って、フィンスター二スを目指すべく海の上を飛んでいた。
──正確に言えば、クラットは四足歩行のポケモンであるが故に上手く箒に乗れないので、メレルの操縦する箒に乗せてもらっていた。メレルの背中にしっかりと抱きつくような形で。

「もう~クラットったら、僕ら依頼帰りだよ? ちょっとぐらい休憩の時間が必要だったと思うけどなぁ」
「仕方ないだろ、ギルドマスターからの緊急の依頼なんだから」

 むぅ~、と不服そうな声を漏らしながら、メレルは箒のスピードを上げて行く。その右手に握られた光鉱石のランタンが、風に吹かれてカタカタと揺れていた。
 しばらく海の上を飛んでいると、周りの景色と比べて不自然に暗闇に包まれている場所が見えてきた。恐らくあそこが目的地のフィンスター二スなのだろう。メレルはその暗闇まで近づいていき、暗闇の外側から回りこむようにして大陸の上へと降り立った。

「はい、到着~っと。意外と早く着いたねぇ」
「よっと……ありがとな、後ろ乗せてくれて」
「当然だよぉ~、歩いて向かったら日が暮れてただろうしねぇ」

 メレルは笑顔でそう答えながら、ポーチの中に入れていた光鉱石を取り出してランタンの中にセットした。光鉱石とはフィンスター二スのすぐ近くにある街、リヒトシティ付近で取れる鉱石で、明るい光を放ち、闇鉱石の効果を打ち消す事ができる。光鉱石はエールデタウンでも光源としてよく使われるので、雑貨屋で容易に手に入れる事が出来たのだ。

「フィンスター二スって本当に真っ暗なんだな……闇魔法使いの奴らは本当にこの暗闇で前が見えるのか?」
「僕も不思議に思うよ~、このランタンがあってようやく目の前が見えるレベルなんだもん」

 そんな会話を交わしながら、クラット達はフィンスター二スの中に入っていった。フィンスター二スに門は存在しない。強いて言うならば、この暗闇が他の魔法使い達を立ち入れさせない門の役割を果たしているのだろう。
 フィンスター二スの中には石造りの建物が多く見受けられた。しかし、エールデタウンの建物と違って石が荒削りだったり、所々欠けていたりと少しお粗末な印象を受ける。それ以外にも、地面は整備されておらず凸凹が多かったり、木の根っこが地面から飛び出していたりと、とにかく歩きにくかった。

「マジで躓きそうになるなっ、これ……!」
「気を付けてよぉ、クラット……にしても、ギルドはどこにあるんだろう? 探しても全然見つからない……」

 メレルの言う通り、暫く集落の中を歩き回ってもそれらしい建物を見つける事が出来なかった。幸い、預かり箱は見つけたので、メレルの箒を預ける事は出来たのだが。

「仕方ない、ここに住んでいるポケモンに聞いてみるか……あの、すいません」

 クラットは目の前から歩いてきていたブニャットに声を掛け、ギルドの場所を尋ねてみようとした。しかし、ブニャットはクラットの右目の色と、メレルの持つランタンの光をチラリと見ると、

「……フンッ」

 鬱陶しそうに鼻を鳴らし、横を素通りして去っていってしまった。

「……愛想が悪いぞ、ここのポケモン」
「闇魔法使いって、あんまり他の魔法使いの事好きじゃないみたいだしねぇ~」

 はぁ……とクラットは溜め息をつく。どうしたものか、まずは依頼主であるギルドマスターのディオンに会わないことには話が始まらないぞ、とそう思っていると、どこからともなく子どものような声が聞こえてきた。

「オマエら、外からやって来たポケモンか?」
「……? 誰だ?」
「その通りだけどぉ~、君はどこから話しかけてきているの?」

 クラットとメレルはキョロキョロと辺りを見渡すが、声の主を見つけ出す事が出来ない。
 二匹が怪訝そうな顔を浮かべていると、突如としてクラットの目の前の暗闇──光に照らされていない地面の中から、一匹のポケモンが飛び出してきた。

「うおっ!?」
「……そんな驚くなんて、闇魔法使いをあんまり見た事が無いんだな?」

 不思議そうな顔でクラットの事を見つめるそのポケモンは、茶色い毛並みで目元や耳に黒い模様が入っているきつねポケモン、クスネだった。
 地面の中から突如として飛び出して来た事と、右の瞳が黒色である事から鑑みるに、このクスネは闇魔法使いなのだろう。

「君は~? ここに住んでいるポケモンなの?」
「そうだよ、オイラはスリック。外からポケモンがやってくるなんて珍しいから声掛けてみようと思ってさ。……何か困ってる様子みたいだったけど」
「えっとね~、この町のギルドマスターのディオンっていうポケモンに会いたくて、ギルドを探してるんだけどぉ……」
「オマエら、ディオンさんに会いたいのか? それならさっきそこで町のパトロールをしてるのを見かけたから、オイラが案内してやるよ!」

 スリックと名乗ったクスネはニッと笑いながらそう言った。さっきのブニャットに比べたら随分と親切で可愛い子である。妙に上から目線だが。
 クラットが「頼むよ」と一言伝えると、スリックは嬉しそうに案内を開始した。元気に走っていくので、クラットとメレルは躓かないように気を付けながらスリックの後ろを追いかける。
 しばらくフィンスター二スの中を走っていると、一匹のヨルノズクと、そのヨルノズクと会話をしているアブソルを発見した。

「お~い! ディオンさん、コイツらがディオンさんに用があるって!」
「ん? どうしたスリック? ……ほう、貴方達はもしかして」

 スリックが声を掛けると、ヨルノズクの方が返事を返した。彼がギルドマスターのディオンなのだろうか、とクラットは思案する。

「初めまして、俺達はチーム『ホライズン』。この近くの洞窟でポケモンが失踪する事件が起きたと聞いてエールデタウンからやってきました。俺の名前はクラットで、こっちは……」
「メレルだよ! 宜しくねぇ」

 クラットとメレルは手早く自己紹介を済ませる。紫色のスカーフを首元に結んだヨルノズクは「そうか」と一言呟いてから、言葉を続けた。

「俺はフィンスター二スのギルドマスター、ディオン。依頼の手紙を読んで協力に来てくれたのだな、感謝する。早速だが、今回の依頼の詳しい説明をさせてほしい」

 ディオンがそう言ったので、クラットとメレルはこくりと頷いた。

「このフィンスター二スの近くには、闇鉱石が発掘される洞窟が多数存在している。その洞窟の内の一つに、俺のギルドに所属するチームが依頼で闇鉱石を発掘しに行ったのだが、いつまで経ってもギルドに帰ってこなくてな……そこで他のチームに足跡を辿らせて、失踪したチームが入って行ったであろう洞窟に調査へ向かわせたのだが、そのチームも帰ってこなかったんだ。だから俺は、その洞窟は突如ダンジョン化してしまい、中に入ったチームが脱出困難な状況に陥ってしまったのではないかと推測している」
「なるほど……でも詳しい原因は分からないままなんですね?」
「あぁ、そうだ……今はその洞窟を『消失の洞窟』と名づけて、一般ポケの立ち入りを禁止している。それで本題だが……危険を承知で、貴方達に消失の洞窟の調査と、失踪したポケモンの捜索を行ってほしい。このまま、消えたギルドメンバーを放っておくわけにはいかないのだ。エールデタウンのギルドマスターには優秀なチームを送ってくる事を要請しているから、きっと貴方達も手練れのチームなのだろう」

 ディオンの説明を受け、クラットは「分かりました」と返事を返した。少々不気味な依頼内容だが、ここまで来て断るわけにもいかない。メレルも同じ気持ちのようで、こくこくと首を頷かせていた。

「依頼は受けるんですけど……その、そっちのアブソルは……?」

 クラットの視界の左側に映るアブソル。右目は闇魔法使いの証である黒色で、左目は赤色、白い右前足に螺旋状の銀の腕輪を付けたそのアブソルは、不機嫌そうな顔でクラットの事を睨み付けていた。

「あぁ、あいつは俺のギルドで一番腕の立つ、チーム『シルク』のリーダーであるリューズだ。若きエースで、歳も大体貴方達と同じだろう。ついさっき依頼から帰ってきた所だが、貴方達に同行してくれるみたいだ」
「……同行するだなんてオレは言ってねーよ」

 アブソルはディオンの言葉を否定するようにしてそう吐き捨てた。メレルが「依頼帰りって僕らと一緒だねぇ」と小さな声でぼやいている。

「仕方ないだろうリューズ、お前とレナがいくら優秀なチームだとしても、お前達二匹だけじゃ万が一の事がある」
「知るかよ……こんな他所の奴を呼んできてどうするってんだ」

 不信感を包み隠そうともしないアブソルのリューズに、クラットは少し癪に障るな、とそう感じた。しかし、今回の依頼を共にするチームなのだから、ここで仲間割れをしているわけにはいかない。
 そんな時、後ろで不安げに会話を聞いていたスリックが、おずおずとディオンに話しかけた。

「なんか……ディオンさんとまた遊んでもらおうと思ってたんだけど……色々大変そう、だな?」
「心配するな、スリック。パトロールが終わったらまたかくれんぼで遊んでやるさ」
「ホントか!? やったー!」

 喜ぶスリックを落ち着かせながら、ディオンはクラットの方を向いて「それじゃあ頼んだぞ」と一言伝える。そしてその後、翼を広げて飛び去っていってしまった。スリックもご機嫌そうに「じゃあまたな、旅のポケモンさん!」と言って何処かへ去っていった。

「行っちゃったな……」
「そうだねぇ……」

 クラットとメレルはそう呟き、残ったアブソルのリューズの方へと向き直る。

「まぁ……よろしく、リューズ」
「……オレはギルドの仲間を助けたいだけだ。足手まといになるんじゃねーぞ」

 クラットが差し出した前足を、リューズは払い除ける。その行為に思わずイラッとしてしまったが、クラットはぐっと気持ちを抑えた。

「ダメだよ、リューズ。折角私達を助けに来てくれたんだから、そんな失礼な態度を取っちゃダメ」

 突然、また何処からか落ち着いた声が聞こえてきた。クラットとメレルが驚いていると、声の主は、リューズのすぐ隣の地面から現れ出て来る。
 それは白を基調とした毛並みの中に、青色のもふもふの毛を頭や首元に生やしたポケモン、メスのすがたのニャオニクスであった。右目は黒色で左目は明るい紫色、左耳の先には青色の紐がリボン状に結ばれている。

「ごめんなさい、リューズが失礼な態度を……私はレナといいます。チーム『シルク』の一員で、リューズのパートナーなんです。今回はよろしくお願いしますね」
「え? あ、あぁ! よろしく、お願いします……」
「……? どうしたのクラット? なんか顔赤くなって──いたっ!」

 余計な事を口走りそうになったメレルを、クラットは前足で小突く。
──可愛らしい。クラットがレナと名乗ったニャオニクスに抱いた感情はそれだった。どう考えても一目惚れだが、お淑やかな身振りや喋り方に、クラットの心は掴まれてしまったようだった。

「……レナ。準備は出来たのか」
「うん、出来たよリューズ。早く皆を助けに行かないと。さぁ、一緒に消失の洞窟へ向かいましょう……えっと、あなたのお名前は?」
「あ、えっと……お、俺はクラットって言うんだ」
「僕はメレル。クラットのパートナーなんだけど……ねぇクラット。君もしかして、ひとめ──」

 クラットはもう一度前足でメレルの事を小突いた。今度はもう少し力強く。
 メレルが「いたいよぉ!」と抗議の声を上げ、レナは不思議そうに首を傾げる。その様子を見ていたリューズは深く溜め息をつき、「さっさと行くぞ」と呼びかけて、洞窟へ向かって歩みを進めるのであった。


────────────


 消失の洞窟にたどり着くまでにはさほど時間は掛からなかった。というのも、闇鉱石が発掘される洞窟自体はフィンスター二スのすぐ近くに沢山存在しており、消失の洞窟も一見するとその沢山ある洞窟の内の一つでしかなかった。
 しかし、消失の洞窟の前だけには簡易的に立てられた木の看板に「立ち入り禁止」という文字が書かれており、ここに入ったポケモンは帰ってこれなくなる危険な洞窟であるという事を示していた。
 それでも、失踪したポケモンを助けなければならないという使命を持ったチーム「ホライズン」とチーム「シルク」の四匹組は臆する事なく洞窟の中に入っていく。闇魔法使いであるリューズとレナは洞窟の暗闇の中でも問題なく辺りを見渡せるが、大地の魔法使いと海の魔法使いであるクラットとメレルはそうにもいかない為、鉱石ランタンで辺りを照らしながら(と言っても洞窟内にある闇鉱石の影響で光はかなり小さくなるのだが)探索を行った。

──そうして暫く探索を続けていたのだったが……

「……変だよねぇ。見た目は普通の洞窟だし、何よりポケモンの気配が全くしないよ?」

 メレルが痺れを切らしたかのようにそう声を上げた。クラットも「そうだな……」と頷きながら、辺りを見渡す。
 先ほどから自分達以外のポケモンを全く見かけない。そもそもこの洞窟にポケモンが棲んでいるかも謎なのだが、もしこの洞窟がダンジョン化しているなら、ダンジョン化の際に発せられた膨大な魔力に当てられて凶暴化したポケモンが襲い掛かってきても不思議ではないのだ。
 それだけでなく、洞窟自体も、闇鉱石が所々岩から露出していたり、底が少し深くなっている場所がある程度で、特におかしな部分は見受けられない。至って普通の洞窟だ。

「おーい、俺達が助けに来たぞ! 誰か居るなら返事をしてくれ!」

 クラットは闇雲を声を上げてみる。もしかしたらこの洞窟の何処かでギルドのポケモン達は遭難しているのかも知れない、とそう考えてみるが、やはり助けを求めるような声は返ってこなかった。その後ろで、どこか険しい表情をしたリューズがゆっくりと話し出す。

「……確かに、見た感じだと特に変わったところがあるようには思えねーが……何か、変な感じがする」
「変な感じって~?」

 メレルは鉱石ランタンを持ったままリューズの方へ振り返ってそう聞いた。僅かながらも光に当てられたリューズは嫌そうな顔をしつつも、言葉を返す。

「この洞窟には闇鉱石が大量に埋まってる。だから洞窟に宿る闇の魔力を感じ取れるのは当然の事なんだが……妙に、胸がざわつく感じがしやがる」
「私も……フィンスター二スに居る時とは少し違う感じがします……」

 レナも神妙な面持ちでそう答えたが、クラットとメレルには特に何も感じ取れないので、お互いに顔を見合わせて小首を傾げる事しか出来なかった。



 クラット達がさらに洞窟の奥へと進んで行くと、道が細く、通路のようになっている場所へと出た。進行方向の右側は洞窟の岩が大きな壁を作っているが、左側にはそのような壁はなく、底の見えない奈落へと続いている。落ちたら危険なのでクラットはなるべく通路の右側を歩くよう指示を出した。

「…………」

 しかしながら、やはり自分達以外にポケモンの気配は感じられず、四匹の間には沈黙だけが流れていた。このまま手当たり次第に失踪したポケモンを探しても無駄なのか、とクラットがそう思った時、集中力を切らしたのであろうメレルがリューズに向かってこんな事を訊き出した。

「ねぇ、リューズはさ、いつからギルドでの活動を始めたの~?」
「……どうでもいーだろ、そんな事」
「えぇ~、聞かせてよ。あのレナって子と一緒にチームを立ち上げたんでしょ?」

 メレルはリューズの隣を歩きながら興味深そうにそう聞いた。リューズは突然寄ってきたメレルに対し眉を潜めるが、はぁ、と溜め息をつくと話し始めた。

「あーそうだな……2年前だよ。2年前にオレはレナと一緒にチームを立ち上げたんだ。前からギルドに入って仕事がしたいと思ってたからな」
「へぇ~! 僕らと同じだね! 僕とクラットも2年前から活動を始めたんだよ!」
「ふーん……そういや、オマエは海の魔法使いだよな? なんであの大地の魔法使いのレントラーと一緒にチームを組んでるんだ?」
「あぁ、それはねぇ! クラットは元々旅をしてるポケモンだったんだけど、ある時、僕の住んでたメーア村にやって来たんだぁ!」

 メレルは楽しそうに話を続ける。

「そこで僕らは初めて出会ったんだけど、しばらくお話する内に僕らすぐに仲良くなって、それから一緒にダンジョン探索に行ったりもしたんだよねぇ」
「あの時は酷い目に遭ったもんだよな、メレル」

 話を聞いていたクラットがメレルの言葉に続けてそう言った。
 2年前、旅をしていたレントラーのクラットと、当時ブイゼルだったメレルはチームに所属していないにも関わらず、こっそりとメーア村の近くにあるダンジョンへと向かった。ダンジョンといっても、凶暴化したポケモンが全く居らず、ある種の観光スポットとなっている「海の岬」とは違い、メレルが自分で発見したダンジョンに、クラットを連れて向かったのだ。
 しかしそこには凶暴化したみずタイプポケモンの巣窟で、クラット達はすぐに絶体絶命の状況まで追い詰められてしまった。

「そうだねぇ~、クラットが傷ついた僕の事を庇ってくれた時は本当にビックリしたよぉ。でもその後メーア村のギルドのチームが駆け付けてきてくれて、なんとか僕らは助かったんだけどねぇ」
「ほう……それで、その後に一緒にチームを組む事にしたのか?」
「そうそう~、僕が勝手な判断をしてクラットを大変な目に遭わせちゃったから、なにかお詫びをしなきゃと思ったんだぁ。そしたらクラットがさ、『俺と一緒にチームを組まないか?』って! 一緒にチームを組んで、二匹で強くなって、世界中のダンジョンを攻略したり、ポケ助けをしようって僕に言ってくれたんだよぉ!」
「思い返したら、ちょっと恥ずかしくなってきたからやめてくれメレル……」

 クラットは苦笑いでそう言いながら、嬉しそうに話すメレルの方を眺めた。
 もう少し正確な事を言うならば、メレルはチームを組む前から「ギルドに入ってダンジョンを探検したり、ポケ助けをしてみたい」という事をクラットに話していた。クラットをダンジョン探索に誘ったのも、一緒にギルドに入ってくれる仲間が欲しかったからなのだろうとクラットは考えていた。
 そうしてクラットは元々住んでいたエールデタウンに帰り、メレルもそれに付いて行く形で、共にチームを立ち上げた。チーム「ホライズン」の名は、メーア村から見える綺麗な水平線から取って付けた名前だ。
「そうだったんだな」とリューズは興味深そうに頷いた。その表情には、さっきまで露にしていた不信感が少し薄れているようにクラットは感じた。

「……そういえば、レナはどこにいった?」
「え?」

 突然思い出したかのようにリューズがそう言ったので、クラットとメレルは慌てて辺りを見渡した。そういえば、さっきから一言も喋っていない。
 まさか、と思っていると、その心配は杞憂に終わったのか、ちゃんとクラット達の後ろでレナは付いて来ていた。

 しかし、なにやら様子がおかしい。

「……? レナさん、大丈夫ですか?」

 ずっと俯いているレナを見て、クラットは心配そうに隣に駆け寄る。すると、レナははっとしたように顔を上げて、クラットの事を見つめた。それだけで、ドキドキとクラットの心拍数は上がっていく。

「あ……ごめんなさい……ちょっと体調が悪いみたいで……」
「そ、それは大変だ。どこかで休んだ方が──うおわぁっ!?」
「きゃあっ!?」

 クラットがレナの背中を支えて移動しようとしたその瞬間、二匹の足元の石がガランと崩れ落ちた。そしてそのまま、通路の左側へとバランスを崩し、二匹は底の見えない崖の下へと体を放り出してしまう。

「クラットぉ!?」
「レナ!!」

 メレルとリューズは慌てて二匹が落ちた崖を覗きこんだ。その瞳には今まさに暗闇へと消えて行きそうなレントラーとニャオニクスの姿が映る。

「くっ、マズい! ──フェア・ゲーエン!」

 崖から落ちたクラットはすぐさま四足でレナの事を抱きかかえ、呪文を唱えて、目の前の崖の脆くなっている岩を不思議な力で引き剥がした。そしてその岩を自身の真下へとかき集め、即席の足場を作る。

「ぐあっ!」
「きゃうっ!」

 なんとか足場の上へと倒れこむ事ができたクラットは、打ち付けた背中の痛みを感じながらも、崖の一番底まで落ちなかったことにほっと安堵の息をついた。
 そして、クラットの真上からメレル達の大声が聞こえてくる。

「クラット、大丈夫っ!? 聞こえる!?」
「レナ、無事か!?」
「あ、あぁ……! 俺は大丈夫だ! レナさんも……あれ、レナさん?」

 足場に落下する直前に、クラットはレナの事を抱きかかえていたので、レナは今クラットのお腹の上にいる。しかし、その上で彼女はなにやら苦しそうに呻いていた。
 どうしたんですか、とクラットが尋ねようとしたその瞬間。レナはがっしりとクラットの体を掴み、そのままクラットの体を自分ごと宙に浮かび上がらせた。

「(なっ!? サイコキネシス……!?)」

 不思議な念力に包まれ、クラットは宙に浮いたまま身動きを取る事ができない。

「……!? ねぇ、あれどうなってるの!?」
「レナ……!? 何をやってるんだレナ! クラットを足場の上に戻すんだ!」

 その光景は崖の上からランタンの光で底を照らしていたメレルとリューズにも見えたようで、いつもと明らかに様子が違うレナに、パートナーであるリューズは狼狽したように声を投げかけた。
 宙に浮くクラットは体にしがみ付くレナの様子を伺おうと首を持ち上げる。すると、レナの顔のある部分に変化が起きている事に気が付いた。

「(両目が……『黒く』なってる!?)」

 先ほどまでレナの左目は暗闇の中でも認識できるような明るい紫色をしていた。しかし今は右目同様、光のない真っ暗な黒色をしている。
──どういう事だ、とクラットがそう思った瞬間、体を包んでいた不思議な念力が、消えた。

「っ!? うわああああああぁぁぁぁぁ!!!」

 クラットはレナと共に底へと落下する。レナの突然の行動に動揺したクラットに、もう一度魔法を使う余裕は無かった。
 ああダメだ、このまま地面と衝突して死んでしまう。何も見えない暗闇の中でそう思ったクラットだったが、次の瞬間、ぽちゃん、と水面に体が沈むかのような感覚を覚えた後、

 世界が、反転した。



「……? あ、あれ……?」

 気が付けば、クラットは地面に倒れ伏せていた。地面と衝突した時に感じるような痛みは何も無かった。
 クラットは不思議に思いながら、ゆっくりとその場を立ち上がる。辺りを見渡して見ると、そこは先ほどの洞窟とは全く違う景色が広がっていた。

「どこだ、ここ……外なのか?」

 洞窟の真っ暗闇とはまた違う、色が失われた、灰色の景色。地面は石ではなく土で、辺りには枯れた木が点々と生えていたり、ボロボロに崩れ去ってしまった石造りの建物などが存在していた。
 一度辺りを探索してみるべきかと思ったその瞬間、いつの間にかレナが目の前に立っている事に気がついた。クラットは驚いて一歩後ろに身を引く。

「レナさん……どうしてしまったんですか……」
「……」

 レナは何も答えない。その代わりに、再びクラットの事をサイコキネシスで持ち上げた。その両目はやはり真っ黒のままだ。

「っ!? しまった!」

 レナはクラットの事を不思議な念力で持ち上げると、腕を勢いよく振り下ろして、地面に叩き付けた。鈍い痛みがクラットの体を襲い、肺の空気を全て吐き出してしまう。

「がっ……なんで……!」

 さらにレナはもう一度クラットの事を持ち上げると、今度は近くにあった木の幹目掛けて、勢いよくクラットの事を吹き飛ばした。吹き飛ばされる途中でサイコキネシスは解除されるが、慣性が働いたクラットの体はそのまま止まることなく、背中から木の幹に衝突し、どさり、と地面へ落ちる。

「(痛い……でも、レナさんを止めないと……!)」

 クラットはなんとか足に力を入れて立ち上がる。レナは無言でクラットの事を見つめていたかと思うと、今度は何も無い空間から真っ黒な剣や斧、槍などの武器を生み出した。
 クラットは思案する。恐らくあれは闇魔法によって作られた武器だと。そしてレナはそれらの武器をサイコキネシスを使って浮かび上がらせると、クラット目掛けて一斉に飛ばした。

「ふっ!」

 クラットは勢いよく前へと走り出すと、飛んできた剣の袈裟切りを回避する。その後、立て続けに斧が振り降ろされ、槍の突きが飛んでくるが、軽快なステップでそれらの攻撃を全て避けきった。
 そして、動き回った事によってクラットの体内で発電された電気を、周りの武器目掛けて一気に放出する。

「『ほうでん』ッ!」

 ビリビリビリッ! と強烈な電撃がクラットの体を中心に放たれ、その電撃を食らった武器達はあっと言う間にボロボロに破壊され、虚空に消えていった。その様子を見ても、レナは特に驚く事もなく、無言を貫くのみだ。
 クラットは今しかない、と強く地を蹴ってレナの元へ走り出し、大声で呪文を唱えた。

「フェア・ゲーエンッ!」

 全力で前へと駆け抜けながら、クラットはレナの足元に強く念を込めて、複数のツタを生やさせた。どうやら、この空間に存在する枯れ木や土からも大地の魔力を受け取る事は出来るようだ。
 ツタはレナの足元にしゅるしゅると巻き付いていき、徐々に体の動きを封じ込めていく。

「レナさんっ! 目を覚ますんだッ!」

 とにかく声を掛け続けるしか方法は無い。ツタから逃れようと体を暴れさせるレナを押さえようと、クラットは勢いよくレナに飛び掛かった。
 しかしその瞬間、レナはシャドーボールを目の前に生み出す。そして、それをクラットに向けて放った。

「まずっ──!?」

 クラットはそのシャドーボールを回避する事ができず、正面から攻撃を受けて勢いよく後ろに吹き飛ばされる。その拍子に大地の魔法の集中が解けてしまい、レナはツタを抜け出して地面の影の中へと潜ってしまった。
 ゴロゴロと土煙を上げながら転がって倒れたクラットは、なんとかもう一度立ち上がろうと試みる。
 しかしその時──背中に何かが突き刺さった。

「ぐああぁぁぅがッ!?」

 背中に走る鋭い痛み。血が、体の脇を伝って流れているのを感じた。
 クラットは歯を食いしばり、首をひねって自身の背中を確認する。そこには、闇によって作られた真っ黒な剣が突き刺さっていた。

「(二本目……か……!)」

 はぁ、はぁと荒い息をついて痛みに耐え忍ぶ。自力でこの剣を抜く事は叶わない。クラットが表情を歪ませていると、目の前の地面から現れ出てきたレナが、真っ黒な瞳をこちらに覗かせてきた。
 止めを刺すつもりなのだろうか。

「やめ、ろ……レナ……!」

 クラットは足を震えさせながらも、なんとか立ち上がる。血が土の上にポタポタと落ちていくが、そんな事は意にも留めず、必死にレナに向かってそう訴えた。

「……だ……め……!」
「……え?」

 すると突然、レナは声を絞り出すようにしてそう言葉を発した。そして、何かに苦しみ悶えるように両手で頭を抱え始める。

「わたし……を……かえせ……!」

 途切れ途切れにそう叫ぶレナの左目は、真っ黒だった状態から、徐々に元の紫色を取り戻していく。まさか、正気を取り戻してくれたのか? そうクラットが思ったその時、背中に突き刺さっていた剣が消えていくのを感じた。

「……! フェア・ゲーエン、傷を、癒してくれ……!」

 素早くクラットは呪文を唱え、大地から癒しの力を送ってもらい背中の傷を治そうと試みる。しかし、辺りは一面枯れ木だらけ。その身に受けた癒しの力は大したものではなく、背中の傷を完全に塞ぎきるまでには至らなかった。
 苦しみ悶えていたレナは、突如として両手をだらんを垂らし、荒い息をつきながらその顔を上げた。その左目は、完全に元の紫色へと戻っていた。

「クラットさん……! 気を付けて……奴は、すぐ近くに……!」
「『奴』……!?」


────────────


 時は少し戻って、クラットとレナが洞窟の底に落ちて行った直後の事。

「このっ、裏切り者ぉ!」

 メレルは自身のパートナーがあのニャオニクスの手によって殺されてしまったのだと思いこみ、ニャオニクスのパートナー──アブソルのリューズを地面に組み伏せ、鬼のような形相で怒鳴りつけた。その近くには、メレルが怒りに任せて放り投げて、割れてしまった鉱石ランタンの破片が散らばっていた。

「なんなんだよっ、あの子ッ! 僕の大切なパートナーを道連れにして崖の下に落ちてった!!」

 メレルはリューズの上に馬乗りになり、両手でリューズの顔をがっしりと掴んでそう叫ぶ。対してリューズは焦ったような表情を浮かべてメレルに言い返した。

「し、しらねーよッ! オレだって信じられねぇ! レナはあんな事をする奴じゃなかった筈だ!」
「でもッ! 確かにあの子は、僕の、大切な、クラットをッ!」

 完全に激昂しきったメレルは、スカーフを巻いた右腕を大きく振り上げ、リューズの顔をぶん殴ろうとした。しかしその時、メレルはリューズのとある変化に気付く。

「あっ……ぐぁ……!」
「……!? リューズ……? 君、左目が……」

 リューズの赤かった左目が、どんどん黒ずんでいく。それと同時に、リューズは苦しそうな呻き声を上げ始めた。
 どうなっているの? と、メレルはさっきまでの怒りの感情をすっかり忘れ、顔を掴んでいた両手を離し、リューズの体を揺さぶって必死に声を掛ける。

「だ、大丈夫!? しっかりしてよ!」
「ぐ……なん、か……へん……だ……!」
「リューズ、しっかりして! ねぇってば!」

 洞窟の中にメレルの叫ぶ声が響き渡る。どんどん黒ずんでいくリューズの左目を見て、メレルはとてつもなく嫌な予感がしたが、それでも必死に声を掛け、体を揺さぶり続けた。
 すると突然──リューズの右前足に付けられた螺旋状の銀の腕輪が、眩く光った。

「わわっ!?」

 暗闇に目が慣れ始めていた頃だった為か、その輝きにメレルは思わず目を瞑ってしまう。
 眩かった光はすぐに収まり、一瞬呆然としていたメレルだったが、すぐに割れた鉱石ランタンから転がり落ちた光鉱石を手に取って、もう一度リューズの顔を確認した。
 リューズの左目の色は、元の赤色に戻っていた。

「リューズ……? 大丈夫なの?」
「う、うぅ……あぁ。なんか、急に苦しいのが収まった……」

 リューズは心配そうに覗きこんでくるメレルを押しのけ、ゆっくりと立ち上がった。そして、顔をぶるぶると振って意識を覚醒させる。

「今の、何だったの……? リューズの左目がどんどん黒くなっていってた……」
「わかんねぇ……でも何か、意識が乗っ取られてしまいそうな、そんな感じがした……」
「そ、そうなの……? でも、その腕輪がぴかぁって光った瞬間、苦しいのが収まったんだよね?」
「腕輪?」

 リューズは自身の右腕に付けられた螺旋状の銀の腕輪を眺めた。そういえば苦しさが収まる直前、目の前が眩く光っていたような気がしたなとリューズは思い返す。

「この腕輪には、災いを退ける力があるっていうらしいからずっと付けてたんだが……」

 もしかして、これがオレを守ってくれたのか……? とリューズは小さな声で呟く。その隣で、メレルが少し気まずそうな顔をしながら話しかけた。

「あの……リューズ、さっきはごめんねぇ、ついカッとなっちゃって……」
「ん……? あぁ、別に気にしちゃいねーよ。それより、レナとクラットの事なんだが──」

 リューズが言葉を続けようとしたその時、二匹の耳に、どこからともなく謎の声が聞こえてきた。

『ナゼ……アヤツレナイ……?』
「っ! 何!?」
「誰だッ!」

 リューズとメレルは咄嗟に辺りを見渡す。しかし、そこには誰も居ない。
 ただ、何も無い場所から幽霊のような声が聞こえてくるだけだった。

『ヤミ……ワタシノ……ナカマ……』
「仲間……? 一体何の事だってんだよ!」
『アヤツレナイナラ……ハイジョスル……!』

 謎の声が恨めしそうにそう言った直後、リューズとメレルの足元に、真っ黒な渦が発生した。二匹は驚いてその場を離れようとするが、それもままならず、瞬く間に渦の中へと引きずり込まれていく。

「うわぁ、何!?」
「くそっ、何が目的なんだ……!」 

 二匹はどんどん渦の中に飲み込まれていき、完全に中に沈み込んだ瞬間、世界がぐるりとひっくり返ったかのような感覚を覚えた。
 そして気がつくと、二匹は洞窟とは全く別の景色──枯れ木やボロボロの建物が点々と位置する灰色の世界の中に倒れていた。
 
「う、うぅ……ここは、どこなの? 何が起きたの?」
「たぶん、洞窟の裏側……? 影の世界の中に無理矢理引きずり込まれたみたいだが……妙だな、普通は影の中に入ってもこんな集落の跡地のような光景は広がってない。しかも……ここ、どことなくフィンスター二スに似てねーか……?」

 リューズの言う通り、木は枯れ果てて、建物も倒壊してしまっているが、その雰囲気は闇魔法使い達が暮らすフィンスター二スの町並みにどこか似ていた。でも、灰色で染まったこの世界はやはり異様だ、とリューズは思う。
 メレルとリューズが辺りを見回していたその時、木の裏、建物の瓦礫の中、そして地面の影の中から、マニューラ、オノンド、ヤミカラス、ヤトウモリ、リージョンフォームのニャースと、次々にポケモン達が現れ出てきた。そのポケモン達は皆両目が真っ黒に染まっており、まるで操り人形のように理性を感じさせず、リューズ達の周りを取り囲んだ。

「っ!? コイツら、ギルドのポケモン達だ!」
「えっ!? で、でも様子がおかしいよ……!」
「コイツらも……きっとレナの奴も、皆さっきの変な声の奴に意識を乗っ取られちまったんだ! だから誰もギルドに帰ってこなかった!」

 マニューラは視界に入ったリューズの事を真っ黒な目で見つめると、勢いよく飛び掛かって爪を振り下ろした。しかしリューズは咄嗟の所でその攻撃を回避する。

「ちっ……! しっかりしてくれ、皆! 目を覚ますんだ!」
「ダメだ、聞こえてないよぉ! こうなったらもう戦うしか方法は……!」

 同じく飛び掛かってきたオノンドやヤミカラス、ヤトウモリの攻撃を必死に避け続けながら、メレルはそう訴える。

「……くそっ、まずはおとなしくさせるしかないか! やるぞ、メレルッ!」
「分かったぁ!」


────────────


「クラットさん……! 気を付けて……奴は、すぐ近くに……!」
「『奴』……!?」

 意識が元に戻ったレナは、荒い息をつきながらも、クラットの背後にあった枯れ木のてっぺんを手で指し示した。クラットは素早く背後を振り返る。

「誰もいないぞ……?」
「いいえ、奴は魔法で気配を消しています……あの木の枝の先に……!」

 レナのいう『奴』が何者なのかは分からないが、クラットはレナをおかしくさせた原因がすぐそこに居るのだろうと推測した。そして、クラットは背中に走る痛みを我慢して、全力で背後の木に向かって走り出す。

「はぁぁッ!!」

 木の幹を垂直に駆け上り、そのまま力強く幹を蹴り飛ばして木の枝の先端を捉える。そして、自身の牙に電撃を纏わせ、見えない何かに向かって勢い良く噛み付いた。

『グッ……!?』
「ッ!?」

 クラットの「かみなりのキバ」は、何かジェルのような柔らかな体に突き刺さり、空中で稲光の尾を引きながら共に地面へと衝突した。大きな土埃が舞う中、クラットは噛み付いた相手を両足で押さえつけ、その姿を確認する。

「カラマネロ……!?」

 クラットが噛み付いたポケモン、そしてレナが言う『奴』の正体はカラマネロであった。その両目はやはり真っ黒に染まっている。

「クラットさん、そいつが……私達を、操って!」

 後ろでレナがそう大きな声で叫んだのが耳に届いた。理由は分からないが、今言った事が本当であるならばこのカラマネロがレナの意識を乗っ取っていたという事になる。
 クラットは迷わず、もう一度自身の牙に電撃を纏わせ、カラマネロに噛み付こうとした。
 しかし。

「うっ……!?」

 真っ黒だったカラマネロの双眸がギラリと輝いたかと思うと、クラットの視界はぐにゃりと歪み、そのまま体に力が入らなくなって、ばたりと横に倒れてしまった。
──さいみんじゅつ。恐らくそれに掛けられてしまったのだろうとクラットは歪む視界の中で考える。なんとか立ち上がらねば思ったが、上手く足に力を入れる事が出来なかった。

『ナカマ……シテヤル……』

 カラマネロは2本の触手を操って、クラットの体に「まきつく」。クラットは自身の舌を強く噛み、なんとか意識を保とうと試みた。

『アヤツッテ……ヤル……』
「──ダメッ! フェア・ゲーエンッ!」

 カラマネロがもう一度クラットに向かってさいみんじゅつを掛けようとしたその瞬間。カラマネロの触手の片方に、真っ黒な剣が一本突き刺さった。
 カラマネロは剣が刺さった触手をだらんと垂らし、剣が飛んできた方向へと視線を向ける。

「何であなたが私達を操ろうとしているのかは知りませんが……クラットさんにまで手は出させませんよ!」
「ナイスだ……レナさんッ……!」

 カラマネロがレナの方向に視線を逸らした隙に、クラットは力を振り絞って後ろ足でカラマネロの体を蹴り飛ばした。そして、触手の拘束が一瞬緩んだのを逃さず、素早く『ほうでん』を放ってカラマネロのまきつく攻撃から脱出した。

『ガァ……!』

 カラマネロが怯んだ隙にクラットは素早く距離を取る。その隣に臨戦態勢のままのレナが駆け寄ってきて、カラマネロの事を見据えながらクラットに話し出した。

「操られている間、私はあのカラマネロと意識を共有していました。どうやら、あのカラマネロは洞窟にやって来たポケモンを次々とさいみんじゅつで操り、この世界に閉じ込めていたようです」
「なるほど……でも洞窟の中に居たときはポケモンの気配はしなかった。あいつはどうやってレナさんの事を……?」
「あのカラマネロは恐らく凶暴化しています。そして奴は洞窟に宿る魔力を自由に操れる……恐らく、闇の魔力とエスパーの力を駆使して、遠くから私達闇魔法使いの意識を乗っ取っていったのでしょう」
「俺やメレルが何ともなかったのは闇魔法使いじゃなかったからか……でも、それだとリューズは……?」
「分かりません……無事だと良いのですが……でも、クラットさん。あなたを殺してしまわなくて本当に良かった。背中の傷、本当にごめんなさい……」

 しおらしく謝る彼女の姿を見て、クラットはまた不覚にも可愛いと思ってしまった。自身の頬が赤くなっていないか心配になったが、すぐに思い直して、目の前の事柄に集中する。

「気にしないで。まずは……アイツを何とかしないと」
『ナカマ、ナラナイ……ハイジョスル……!』

 怒っているのだろうか、カラマネロは恨めしそうにそう言うと、二匹目掛けてサイコカッターを放った。
 紫色の刃がクラットとレナの目前に迫るが、所詮は単調な直線攻撃。クラットは素早く横に飛びのいて回避し、レナは目の前に「リフレクター」を展開し、刃の軌道を逸らせて攻撃をいなした。

「『シャドーボール』ッ!」

 そして反撃とばかりにレナがカラマネロに向かってシャドーボールを放ち、それに合わせてクラットは前へと駆け出す。カラマネロは迫ってくる二つの影に一瞬迷うような素振りを見せたものの、闇魔法の力で真っ黒な盾を生み出し、先にシャドーボールを防いだ。
 しかし、その隙にクラットがカラマネロの後ろに回りこむ。

「今度こそッ! 『かみなりのキバ』ッ!」

 カラマネロにさいみんじゅつを使われる前に、クラットは牙に電撃を纏って勢いよく噛みつく。そして、牙がカラマネロを捉えた瞬間、激しい電流がカラマネロの体に迸った。

『グ、ガァァ!』

──効いている。クラットはそう確信して、噛み付いた口の端を少し吊り上げる。
 しかしその次の瞬間、カラマネロの体は白いオーラに包まれた。

「(何だ!?)」
「いけないクラットさん! そこから離れ──」

 レナがそう言い終える前に、白いオーラを纏ったカラマネロの体から、強烈な衝撃波が発生した。大地を揺るがす程のその衝撃波は、離れた位置に立っていたレナすらも吹き飛ばしてしまう。
 
 ギガインパクト。
 
 辺り一帯を吹き飛ばすカラマネロ最大の攻撃を至近距離で受けたのは────「みがわり」。

『ッ……!?』
「はあああぁぁぁぁッ!!」

 カラマネロの遥か上空から、クラットは雄叫びを上げ、全身に電撃を纏って墜下する。そして、その渾身の一撃はカラマネロの体を捉え、

「『ワイルドボルト』ォッ!!」

──ビリビリバリィッ!!

 激しき迅雷が眩い光と共に空間を迸り、カラマネロを意識を刈り取った。

「くっ、ハァ……ハァ……倒した、のか……?」

 みがわりやワイルドボルトを使った反動で、クラットの体力はかなり消耗していたが、それでも何とか地を踏みしめ、倒れたカラマネロをじっと見据えた。どうやら、もう動かないようだ。

「クラットさんっ! はぁ……、大丈夫ですか……!」

 吹き飛ばされて綺麗な毛並みを泥だらけにしてしまったレナが、少しふらつきながらもこちらに駆け寄って来る。クラットは「あぁ、なんとか……」と頷いて言葉を返した。

「これで、良かったのか……? このカラマネロ、異様に『仲間』っていう言葉に固着してたようだけど……」
「分かりません……でも、勝手にポケモンを操ろうとしたのは紛れもない罪です。たとえ、凶暴化して理性を失っていたとしても……」

 レナは地に倒れたカラマネロを、怒りと哀れみの混じった眼差しで見つめながらそう言った。このカラマネロはなぜ洞窟にやって来たポケモンを次々に操っていたのか。それを知る術を、クラット達は持ち合わせていなかった。
 
「……? 何だ、地震……?」

 直後、クラットは地面が微かに揺れ始めている事に気がついた。
 その揺れは次第に大きくなっていき、ゴゴゴゴゴ……と大きな音を立て始めたかと思うと、辺りの木やボロボロの建物の破片などが、ゆっくりと宙に浮かび上がっていく。

「ど、どうなってるんだ……!?」
「影の世界が……崩壊し始めてきてる……!? クラットさん、このままじゃマズいです! 早く脱出しましょう!」

 灰色の世界は徐々に崩壊を始め、裂けた地面の間からは真っ黒な闇が差し込んで来ていた。レナは慌ててクラットの前足を引っ張る。

「脱出するって……どうやって!?」
「地面が残っている内に影の中に潜ります! ここは恐らく洞窟の裏側。もう一度影の中に潜れば元居た場所に帰れる筈です!」
「わ、分かった! それじゃあ頼みます!」

 クラットがそう返事を返すと、レナは右腕でクラットの前足をしっかりと抱えながら、近くの建物の残骸付近に出来ていた影の前へと移動した。

「行きますよ──フェア・ゲーエンッ!」


────────────


 レナとクラットは気がつくと、洞窟の外で横たわっていた。クラットはどうして洞窟の外にまで出てきているのだろうと尋ねたが、レナは不思議そうな顔で、分からないと答えた。
 そして二匹の隣には、メレルとリューズ、そして失踪したと思われていたポケモン達が全員倒れていた。メレルは目を覚まし、クラットの姿を見つけると、感極まった表情で無事だったんだねぇ! と叫びながら体に抱きついた。
 続けて目を覚ましたリューズから詳しい話を聞くと、リューズとメレルが操られたギルドメンバーと戦っていた時、突如としてギルドメンバー達の目の色が元に戻っていったという。そしてそのまま、全員で崩壊していく影の世界から脱出し、気がつけば洞窟の外に倒れていたとの事だ。
 やはりカラマネロを倒した事によって操りが解除されたのだろうか、とクラットは考える。兎にも角にも、失踪したポケモンが全員戻ってきたという事に安堵の溜め息をつき、メレルとリューズ、そしてレナに感謝の言葉を述べてから全員でフィンスター二スへと戻った。

 そうして今現在、クラットはフィンスター二スギルドマスターのディオンに今回の一連の出来事を報告していた。どうやらディオンはスリックとのかくれんぼの鬼役を務めている途中だったようだが。

「なるほど、そんな事があったのか……いやはや、俺からも礼を言わせてくれ。貴方達のおかげでギルドのチームが皆戻ってきてくれた。本当にありがとう」
「いえいえ……結局カラマネロが何者だったのかは分かりませんでしたし、あの洞窟は引き続き立ち入り禁止にしておいた方が良いと思います」
「あぁ、その通りだな。今回の依頼の報酬は、また後日エールデタウンのギルド宛に送らせてもらう」
「分かりました。それでは俺達はそろそろ帰らせて頂きますね」

 フィンスター二スに泊まっていっても良いんだぞ、とディオンは言ったが、クラットは遠慮しておきます、と丁重に断った。正直な所、フィンスター二スの宿はあまり寝心地が良くなさそうな上、メレルが鉱石ランタンを割ってしまっており、予備の光鉱石の僅かな光しか光源が残されていなかった為、早めにエールデタウンに帰りたいと思っていたのだ。
 ディオンと別れた後、パートナーのメレルの元へ向かおうとしたクラットだったが、その途中でレナと出会った。泥だらけだった彼女の毛並みはいつの間にか綺麗に整えられており、小さな怪我を負った箇所には手当てが施されていた。

「あ、レナさん……」
「クラットさん、今回はありがとうございました。それから改めて……背中に怪我をさせてしまった事、本当にごめんなさい!」
「あぁ! 気にしないで、レナさんの意思でやった訳じゃないんだし……俺は、こうして元気なままだしさ」

 頭を下げて謝るレナに対して、クラットはニッと笑ってそう答えた。クラットの背中の傷もしっかりと包帯で手当されており、命に別状はないとの事だった。
 レナはクラットの言葉を聞き、目を見開いて顔を上げた思うと、ぎゅっとクラットのストールを巻いた首元に抱きついた。

「れ、レナさんっ!?」
「ありがとうございます、クラットさん……! 本当に、お優しいんですね……!」

 突然の事で頭が混乱するクラット。何か言葉を返そうとしたが、あまりの緊張に口はパクパクと開くだけで何も喋る事ができなかった。
 少し経つと、レナはふと我に返るように「ごめんなさい、私ったら……」と謝ってクラットから離れた。

「あのっ、また……一緒にギルドのお仕事ができたら良いですね」
「え、あ、うん……そ、そうだね、アハハ」

 レナはふふっと笑い、「それではまた!」と元気よく別れを告げて闇の中に潜っていった。クラットは動揺を隠すために無理やり作った作り笑顔のまま、その場で固まる。

「……今まで生きてきた中で一番ビックリしたかもしれない」

 抱きつかれた時に頬に感じた彼女のふさふさの毛並みを思い返しながら、クラットは一匹でそう呟いた。
 その直後、クラットの向かい側からおーい、と声を上げてメレルが走ってくる。

「クラット! ギルドマスターとの話は済んだの?」
「あ、あぁ。報酬は後日エールデタウンのギルドに送ってくれるってさ。んじゃ、そろそろ俺達も帰るか……」
「そうだねぇ。あ、そういえば! リューズがまた機会があったら一緒に仕事をしようだってさ!」
「ホントか? あいつも大分心を開いてくれたみたいだな」
「そうだねぇ~。それで、クラットはレナとデートの約束はしたの?」
「デっ!?」

 突然のメレルの爆弾発言に、クラットは素っ頓狂な声を上げる。そしてクラットは慌てて否定した。

「べ、別にデートとかそういう関係ではないだろっ! 一緒に依頼をこなしただけだし!」
「え~? でもなんか依頼終わってから結構仲良さそうにしてたじゃん。ま、僕はクラットを傷つけた事、まだちょっと根に持ってるんだけどねぇ」

 メレルはいつも通りの能天気なトーンでそう言った。その隣で、クラットは顔を赤らめながらてくてくとフィンスター二スの街路を歩く。
 二匹がフィンスター二スの外に出ると、陽はもうすぐ水平線に沈むという頃合だった。ずっと真夜中のような暗さを体験していた二匹にとっては、夕方まで時間が巻き戻ったかのような感覚に陥るが、早くエールデタウンに帰らないとまた辺りは暗闇に包まれてしまう。
 メレルは箒の上に跨り、クラットはその背中にしがみ付いて、二匹はふわりと宙へと浮かび上がった。そして、チーム「ホライズン」は彼ら自身の拠点を目指し、勢い良く飛び去っていくのであった。



「……帰ってったみてーだな」
「そうだね」

 フィンスター二スの中。アブソルのリューズとニャオニクスのレナは木の幹に腰掛けてそう呟いた。

「……悪くない奴らだった。おかげでギルドの皆を助ける事が出来たし、特にメレルってやつはのんびりしているように見えて、戦いの動きは良かった」
「珍しいね、リューズが闇魔法使い以外のポケモンを褒めるなんて」
「別に……オレはレナや闇魔法使い以外の奴らは信用してねぇ。でも……アイツらとはまた、一緒にチームを組んでも良いと思う」

 リューズはそう言うと、ふいっとそっぽを向いてしまう。レナはくすくすと笑いながら、言葉を続けた。

「そうだね。私もまた、クラットさん達に会えたら良いなって思うよ」

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