たたいて一つ

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作者:セイ
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 手のひらを合わせっこした。
 たたいて一つ(約2,700字)




【一】色


 焚き火をたくとき、うちのタマザラシはたいそう喜ぶものだ。星月の、切り株の年輪の明るい色すら許さぬ暗闇に、燃えゆく薪は束の間の色彩を与え、やがては灰となり、弾けるような、楽しげな音の中に紛れ込んでいく。ぱちぱち、ぱぱぱん。夜の林の、原始的とさえ形容できるメロディに合いの手を入れるのが、一人ぼっちになったタマザラシの密かな楽しみであった。
「たまえ、あんまり近づくと火傷するぞ」
 そう言って抱きかかえる。ぶんぶん、と頭を横に振って、私の手の中からすり抜けていく。少しばかり火に触れてもなんともないのは、さすが“あついしぼう”持ちのポケモンといったところか。私もタマザラシのたまえと同じ目線で、同じ距離で火を見ることにした。やはり、痛みで火傷しそうだ。
 まったくもって夜の焚き火というのは、なんと我々を敬虔な気分に浸らせるのだろう。木や草花が、この111番道路に生きる多彩な命が、たった一つの灰色を目指す。多様なものが唯一のものに回帰する過程であり、異なる色をもつ人とポケモンとを同じ色に照らす道しるべであった。最近になって習慣化した夜の外出は、私がこの子どもタマザラシの気持ちに寄り添うための一種の儀式ともいえよう。
「向こうに引っ越しても、もっと、もっと楽しい毎日が続くよ」
 できるだけ、優しげにトーンを上げて語りかける。闇を遮るような松明の炎が、私たちの頬を同じように輝かせてくれたのが嬉しくて。もっと、もっと鮮やかな朱に染めてやろうと。ぎゅっと。たまえを抱き締めた。




【二】気持ち


 ポケナビの画面を一生懸命操作するたまえを見るたびに、ホウエンでの生活にもすっかり慣れたものだなと思う。キンセツの安アパートに帰宅し、私が布団を敷いていると、その傍らで端末と格闘するのが彼女の日課だ。畳の上にお腹をべったりつけたまま、短い手を滑らせ見入っているのは、アプリ「Poketter」のタイムライン。デボンコーポレーション開発のソーシャル・ネットワーキング・サービスは、インターネットを介して遠くの人やポケモンに向けてメッセージを発信することを可能にするものであり、タマザラシを愛するホウエン中のトレーナーを一つのコミュニティにつなげるものであった。
 てたたきポケモン、タマザラシ。嬉しくなると、皆で手を叩く。一人ぼっちでいるよりも、仲間といる方が楽しげな表情を見せるポケモンだ。タマザラシを相棒にもつトレーナー同士でつながるためにインスト―ルしたPoketterは、当初は人間同士でタマザラシに関する話題を共有するものであったが、他のトレーナーたちと実際に会って交流を深めていくうちに、タマザラシ同士の会話の用に供されることとなった。あうあう、あうあうあ。「あ」と「う」の打ち方さえ覚えてしまえばコミュニケーションが成り立つとは、なんとも省エネな生き物である。ちらと見えるポケナビのタイムラインには、今も愉快なタマザラシ語が飛び交っている。
 ぱちぱち、ぱぱぱん。部屋の明かりを消しても、今夜だけは静寂が守られることはなかった。寝返りを打つ私の隣で、小さな手のひらと手のひらが、一つの諧調を目指して重なり合う。ブルーライトに照らされたたまえの屈折した影が、逃げ惑うように私の方へと伸びていく。私は思わず枕もとのポケナビに視線を移した。写真が次々とタイムラインに流れ込んでいた。夏のムロでの海水浴、秋のフエンでの紅葉狩り、冬のトクサネでの天体観測、そして今日の、キンセツキッチンでのささやかな昼食会。この一年の、どの風景にもたまえたちタマザラシが映っていた。今となっては小さく切り取られた一場面の、あるときは中心で、あるときは片隅で、嬉しそうに手を叩いていた。
 仕事の都合で春からシンオウに引っ越すことが決まった。明日は、タマザラシ愛好会で一緒の時間を過ごす最後の日。画面の向こうの仲間と懐かしい、楽しい気持ちを共有することで、彼女なりの寂しさを紛らわそうとしているのだろう。
「ごめんね、たまえ」
 潤んだ瞳が宿す本当の気持ちと一つになりたくて。
「お前の痛み、痛いほど感じるよ」
 そっと。手のひらを合わせっこした。




【三】音


 シダケの花畑にいるとき、たまえは一輪の花に見入っていることが多い。立派にこしらえられた花壇の花々から少し離れるように咲いた黄色い花。家々の日陰になった道の縁にぽつりと咲いた、名前もわからぬ花。生温い柔らかな風の中で、太陽や大気や大地やポケモンたちとののどかな交わりを楽しもうと、控えめながらも陽気な活力をもって開いた花。条紋のような、無数の細脈を先端で一つに束ねる花。この星の中心との静かな和合を図ろうと、深く、深く根を伸ばす花。のんびりと柱頭を見せびらかして、傷ついたうてなのずっと内側の、未知なる深淵へと幼子を誘う花。ただ一つの花だけがたまえを惹きつけた。繁栄を誇る草地の緑が、屍と塵芥で溢れた苗床の黒が、春を告げる多彩な花々によって刺繍されていく傍らで、真新しい息吹は一つの風の音を伴い、彼女と道端の花の上にも一様に漂っていた。
「たまえちゃん、今までありがとう。元気でね」
 広場に行くと、タマザラシ愛好会の会長が私たちの門出を祝ってくれた。今日は花見。ホウエンでの最後の一日を鮮やかな花で飾ろうと、会の人々が企画してくれたものだった。私が「ありがとうございます」を言い、たまえが会長から餞別の品を受け取る。小さな花束だった。道端に咲いていたあの黄色い花と同じものが使われていた。
「よかったね、たまえ」
 できるだけ笑顔を崩さぬように、唇に一つの音を乗せる。ブルーシートの大人たちもしゃがんで、よかったね、よかったね、と同じ目線で言葉をかけてくれる。いつの間にかたまえは手を叩いていた。そっと置き。黄金の逆光の中で息づく贈り物に捧げるように。最初は、ごく小さな音だけれど。
 ぱちぱち、ぱぱぱん。他のタマザラシたちが一斉に寄り添ってきて、手と手で、一つの協奏曲をうららかな風景の中に送り始める。止まっていた音楽が、水面に浮かぶ波紋のように、何小節にもわたって揺れ動き出す。
 そうだ。いつだって彼らは一つだった。
 同じ色で頬を染めて。
 同じ気持ちで手を叩いて。
 同じ音で笑いかけて。
 どの旋律も、どの律動も、いつだって彼らの手のひらの中にあった。多様でも多彩でもない、初めからたった一つの調和が、そこにあった。
 ぱちぱち、ぱぱぱん。春への期待に満ちた世界が、永遠の快活さをもって笑いかける。私たちも負けじと”アンコール”をした。一つの色、一つの気持ち、一つの音を目指して。楽しげなこの時間が、もっと、もっと続くように。

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