Special Episode New Arkc

しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
 
作者:Aiccaud
ログインするとお気に入り登録や積読登録ができます
読了時間目安:28分
 天空に浮かぶ島・アーク。この島にやって来たポケモンたち、そして島に住まうポケモンたち。彼らはそれぞれの日常を過ごし、この狭い島の風景を彩っていく。
 午前4時半、アークの朝は早い。鬱蒼とした竹藪の奥でシグレが竹を割っていた。最近はダイバー稼業の他、この竹から楽器に付けるリードを加工して、カムイたちに売ることで生計を立てているらしい。


「ったく……このリードとやらってそんなに価値あるもんなのか? この薄っぺらいの2枚張り合わせただけで5000ポケだ……自分で作りゃいい気がすんだが。まあ、金になるから別に構わねぇか。」

それから1時間弱、夜明け直後の午前5時23分に喜びの声を上げるものがいた。


「ぬ゛ぁぁーっ、終わったぁーっ!!!! やっと終わっだぁ、早く寝だい…………。」

部屋に籠って実験レポートを仕上げていたユーグは、そう呟くと部屋のベッドへと飛び込んだ。一人暮らしの男子学生らしい7畳のワンルームアパートの部屋にはエナジードリンクの缶が散乱しており、ベッドの周りには脱ぎ捨てられたフード付きパーカーがいくつも掛けられていた。
恐らく、外に出るときはその内1つを適当に掻っ攫って身に着け、帰ってきたら適当にどこかに掛けるのだろう。クローゼットに几帳面に仕舞うことなど、季節の変わり目に衣替えをするタイミングくらいにしかやらなさそうだ。

そして午前6時17分、1匹のポケモンが早朝から溢れんばかりの食欲を発揮していた。


「あー、これ美味いわ!! 一体どこに売ってんだこの変なコーンフレークみてぇの?」
「もう……朝から食べ過ぎよ、マーク!! それにコーンフレークじゃなくてグラノーラだってば!! 美肌効果があるからって、私が食べるために買ってきたんだから食べ尽くさないでよ?」

「分かってる分かってるー!! しかしそのー……あーっ、グラグラだっけ? こんなんで美肌になれるん? 肌を引き締めるなら、俺と一緒に乾布摩擦でもした方がよくね?」
「兄貴は美肌から最も遠い存在だろ? 姉貴の繊細な肌がそんな雑なやり方でよくなる訳ないじゃん。……あいたっ!!」

朝っぱらから相変わらず騒がしい3姉弟。いつものようにマーキュリーがカザネの頭をゲンコツで小突いていた。すると、ダイニングルームの扉がゆっくりと開き、その奥から形容しがたいオーラが漂ってきた。


「ねぇ……うるさくて眠れないんだけど? 近所迷惑って言葉知ってるー?」
「おっ、おいカザネ、一時停戦だぞ……!! 早く食って出ちまおうぜ!!」

「言われなくても……!! 逆らったら朝から焼き栗にされる……!!」

運悪く騒ぎでカイネが目を覚ましてしまったようだ。寝起きで明らかに不機嫌そうな彼女を見て青ざめた2匹は、無理やりごまかすようにグラノーラを素早く掻き込み始めた。

7時2分、突然焦げ臭い匂いと大きな物音が鳴り響く。部屋の住民は、素早く外に出て上の階へと急ぐ。


「火事か……!? えっこさん、ローレル、セレーネ!! 早く避難を……ってえっ!?」
「アルバートさん…………。スクランブルエッグ、焦げちゃいましたぁ……。」

キッチンの床にへたり込むローレルの姿が、慌てて駆けつけたアルバートの動きをぴたりと止めた。シンクに落ちたフライパンからは黒い煙が立ち込め、哀れにもローレルの手に掛かってしまった卵の成れの果ては、ブクブクと泡のような膨らみを生み出しながら半ば炭化しかかっていた。


「ローレルっ!! 何でこんなことやってんだ!! この間も言ったじゃないか、君はキッチンに立っちゃダメだって……。」
「ごめんなさい……でも家庭科の調理実習が近かったので練習を……。」

「というか大丈夫すか……? 何かどす黒い暗黒物質が出来上がってるし、片付け手伝いますよ?」
「そうしてもらえるととても助かるよ……すまないな、いつもいつも……。」

寝室から飛び出してきたえっこはそのように呟くと、焦げたフライパンに水を注ぎ入れた。その瞬間、焦げ臭い香りがより一層強く辺りに充満していった。







 8時4分、カザネは朝早くから音楽室に陣取っている。この時間帯は朝の自主連の一時だ。


「あー、何だかんだでこの時間帯が一番落ち着くなー。空気が澄んでるから、いい音も鳴るしね。」
「カザネさーん……ここのリズム分からないです……助けてぇ…………。」

いるかはビブラフォンを前にして朝から目を回している状態だ。彼の前に置かれた楽譜はそこまで複雑ではないものの、普段一定のリズム取りや裏打ちだけを任されている彼にとって、メロディに合わせた変則的なリズムはとても難しいのだろう。


「ははーん……こりゃ確かに初心者には難しいかもな。付点4分と8分の繰り返しだから、3:1の長さで移り変わっていくんだよ。3、1、3、1ってね。」
「よ、よく分からないです……付点だと1.5倍だから、えーと……。」

「『すったもんだ、すったもんだ』のリズム。」
「すった……もんだ…………?」

するとカザネが近くにあった太鼓のバチで、譜面台の縁を軽く叩いてみせた。

「すったもんだ、すったもんだってね。」
「あ、なるほど……カッカカッカって聞こえるからすったもんだなのかぁ…………。やってみます、ありがとう、カザネさん!!」

いるかはやっと理解できたという様子で、一心不乱にリズムを確かめていた。朝に誰よりも早くに来て練習している辺りを見るに、不器用な自分自身の性質をカバーしようと頑張っているようだ。

9時28分、葉桜楽器店では開店前の準備に追われるカムイとミハイルの姿があった。


「ミハイルー、何かレジの機械がおかしいんだけどー!!」
「またなの? 開店まで30分しかないのに……。何かカムイが触るといつもこうだね。」

「むー、何とも失礼な……。それにしても困ったポンコツだよね……叩いときゃ直るかな?」
「もう、そんなことするから壊れるんだよー!!」

短刀の柄で機械の筐体をゴツゴツと叩き始めたカムイを見て、ミハイルは慌てて彼女を引き止める。きっと毎日殴られ続けたせいで、コンピュータの動作がおかしくなったのだろう。


10時16分、ローゼンとヘイダルは魔法アカデミー工学部の研究室に籠っていた。

「うん、これはよさそうだね。この地雷を使えば、迂闊に突っ込んできた相手の神経に電流を加えて麻痺させて、動けなくすることができる。僕みたいな身体の小さなポケモンとの相性はバッチリだよ、敵はこちらを闇雲に追いかけて捕まえようとする傾向にあるからね。」
「お役に立てたなら何よりです、ローゼンさんの頼みならいつでも大歓迎ですよー。」

「そう言ってもらえると心強いよ。ホント、ザクセン共和国の兵器開発者もこれくらい優秀ならよかったのにね……。奴らは現場で戦ったことがないから、役立たずの兵器ばっかり作るんだん。」
「そりゃ深刻ですね……。技術者たる者、現場のフィードバックは必ず真摯に受け止めねばならないのに。じゃないと独りよがりな開発品ばかり出来上がってしまう。」

新たな兵器の出来栄えに満足げな2匹は、長らく吸っていなかったであろう外の新鮮な空気を求め、鉄の扉と壁に閉ざされた研究室を後にした。

11時39分、セレーネは学校で理科の授業の真っ最中のようだ。黒板に答えと式をすらすらと書き連ねていった彼は、最後に担任のバクフーン・フィアンマの方を向いて少しおどおどと答えた。


「こうやって12gの食塩を加えるから……答えは6.3%の食塩水になるのです……。」
「よくできました、セレーネ君!! そう、食塩を加えるから元々の食塩水だけじゃなく、追加された食塩の重さも考えなきゃいけませんからねー。」

セレーネは勉強も体育もかなりの優等生らしいが、どうにも自信がなさげだ。席に戻ったセレーネに、隣の席にいるモンメンのヴィントが話しかけてきた。


「凄いよー、私なんか家庭教師の先生に教えてもらっても全然分からなかったのに……。セレーネ君って、本当に賢いんだね!!」
「そ、そんなことないのです……。きっとみんな得意なことが違うだけ……ボクはこういうの簡単に解けるから……。」

「ねーねー、今度セレーネ君のお家行きたいなー。宿題教えてよ、君とならあっという間に終わらせられる気がするのー!! 宿題が終わったら、セレーネ君がハマってるっていうゲームを……。」
「ヴィントさん、授業中ですよ? いつもいつも騒ぐのはやめましょうね?」

呆れ顔のフィアンマに注意され、ヴィントはすごすごと席へ座っていった。セレーネにも学校での友人はしっかりできているらしい。









 「2番テーブルに2枚とコーラ2本、5番テーブルに1枚とアイスティーミルクなし、7番テーブルに4枚とロゼワインボトル1本お願いしますー!!」
「おっけー、窯チームはピッツァ7枚、ドリンクチームは用意頼むよ!!」

ホール係のマダツボミが細い身体から張りのある声でオーダーを通すと、ルーチェがそれを受けて各方面に指示を出した。現在12時12分、ルーチェの店は安くて美味くて速いために、旧市街の住民や労働者に大人気だ。


「どうぞ、マリナーラとコーラお待ち……って何してるのトレ君?」
「おー、ルーチェちゃん、今日は非番なんでね。君のそのハイビスカスのように紅く美しい、しなやかな肌を見に……。」

「たまたまそこでバッタリ出くわしてさ、ランチご一緒することにしたの。今日もこうしてルーチェさんに会えて嬉しいな。」

長々と口説き文句を垂れるトレをよそに、メイが向けた眩しい笑顔を至近距離で見て、ルーチェは目に見えて頬を赤らめ始めた。


「そ、そーかい……けどっ、生憎だけどアタイは今忙しくてさ、悪いけどまたお昼すぎにでもねー!!」

思いがけず近距離で好きな相手の笑顔を突然見ると、両思いの間柄でもついついドキッとしてしまうものなのだろうか?
ルーチェは忙しなさで胸の高鳴りを隠すように、厨房へと消えていった。

13時15分、旧市街の市場にミササギの姿があった。午後に地上から仕入れて運ばれてくる新鮮な野菜類や木の実、海藻などを手に入れることが、彼女の目的らしい。


「いらっしゃいー、今日は大きくてジューシーなクラボの実が入ってるよー!!」
「ふーーーん…………。なるほど大きくて食べごたえのありそうな実やわぁ。皮がようけあるから、食べたら歯を強うできそうやねぇ。」

「えーと……。そ、その……?」
「こっちはチーゴの実やねぇ……どれどれ…………。こらええわ。こんな味やと、何か食べる前に一齧りしといたら、料理にかけるお酢が要らんくなるわねぇ。」

皮肉と嫌味たっぷりのミササギ節は相変わらずだ。彼女は相当味と鮮度にうるさいらしく、市場のポケモンたちの間では、彼女を唸らせるような逸品を売ればたちまち話題になる程だという。

14時25分、ようやくユーグがのそのそと起き上がる。ダイバーの仕事がない日に関していえば、彼はいつもこんな調子らしい。


「あ゛ー…………お腹空いた……。」
ユーグはボサボサの毛並みも全く気にすることなく、キッチンの戸棚を開けてカップ麺を引きずり出し、コンロのスイッチを入れた。すると、その瞬間ユーグのComplusに着信が入る。


「もしもしー? あ、先生ですか? そうですー、今起きたとこです、誰のせいでこんなになってると……。えっ、それは本当ですか!? 分かりました、明日大学の方に向かいますよ。そんな魔導書が見つかるとは……。」

ユーグはComplusの通話を切ってベッドへと放り投げる。何か珍しい魔導書でも見つかったのだろうか?

「うわっ、まずい忘れてた!!!!」

ユーグが慌ててキッチンに向かうと、沸騰してヤカンからお湯が吹きこぼれているのが見えた。ユーグは目に見えて焦りながらコンロのスイッチを切り、恐る恐るヤカンの柄を掴んだ。

15時22分、スーパーのレジで揉める大柄のポケモンの姿があった。そのポケモンは面倒そうに溜め息をついている。


「あーったく…………俺が何買おうが勝手じゃねぇか、それにあんたらにとって利益になるんだから構わねぇだろ?」
「そうは言っても、これだけ大量のアルコール類を買われては……。アルコール依存症の危険もありますし。」

「そんなドジはしねぇさ、これでも自己管理だけはちゃんとやってる。血中アルコール濃度とアルコール類の消費量チェック、それから血液肝臓の定期検診、それを心がけて何か異常が出れば断酒してんぞ。何ならエビデンスの資料を持ってこようか?」

そう、アルコールを大量購入しようとしていたのはアントノフだ。徹底的な理論武装の構えを見せる彼の後ろには、ビールやワインやウォッカのダース箱がうず高く積まれていた。これを全て持っていくつもりらしい。


「ま、どうしてもってなら仕方ねぇか。手間が増えるが毎日来てやるさ、アンタの顔でも拝みにな。それなら文句ねぇだろ?」
「え、ええ……はぁ……。」

アントノフは積み上がったアルコール類の量を減らし、わなわなした態度の店員のダルマッカに会計を頼んだ。アントノフはこう見えて、見た目よりも聞き分けはいいようだ。








 16時17分、自宅に併設された道場では、ツォンが門下生たちに武術を教えていた。


「では、今日は円を描くような軌道で相手の後ろを取る術を伝授しましょう。僕がお手本を実演しますから、君は一思いに攻撃してみてください。」
「あの……本気でいいんですかい?」

「遠慮は要りませんよ、僕を誰だとお思いで? さあ、いつでもど……。」

そのとき、門下生のサイドンのメガトンパンチが、ツォンの小さな身体目掛けて放たれる。見ていた門下生たちは思わず目を見開いた。


「ツォン師範……油断は禁物でしたよね? 不意打ちをお許しくだ……うぁっ!?」
「そうです、最後まで油断は禁物です。君の攻撃は掠りすらしていませんよ。皆さん、動き方はよく見えましたか? 今のように相手の攻撃の勢いに乗って横方向にくるりと回避して回り込むか、縦方向に宙返りする形で回り込むか。周囲の状況と相手の攻撃パターンによって使い分けてくださいね?」

ツォンはサイドンの左腕のパンチの勢いをも利用し、時計回りに一瞬のムダさえなく瞬時に回り込み、サイドンの首筋ギリギリで足刀を寸止めしてみせた。サイドンは一瞬の出来事に身動き一つできず硬直していた。

17時28分、マーキュリーは仕事帰りに新市街のスポーツジムに立ち寄っていた。重さ400kgものベンチプレスを持ち上げる彼の怪力に、周りの誰もが釘付けの様子だ。


「何だ? テールナーなんかがこんなとこで体鍛えてんのか? 女々しい奴がよ。」
「んあ? 何だおっさん。今忙しいから後にしてくんね?」

「てめぇ……ガキの分際で俺にナメた口聞くなよ? その顔を叩き潰してくれようか?」
「いや、別にナメてねぇし……。アンタが勝手に絡んでんだろ?」

マーキュリーに因縁を付けてきたバンギラスは、そのままマーキュリーを思い切り踏みつけようとした。マーキュリーは素早く身を起こして立ち上がる。


「あー、やめとけやめとけ。俺は一般のポケモン殴っちゃダメなのー。めんどいことになるから、さっさと帰ってくれよ……。」
「んだと? エスパータイプのお前にはこれが効くよな!? 食らえ、『かみくだく』!!」

バンギラスの強靭な顎がマーキュリーを狙う。弱点である悪タイプの高威力技を、マーキュリーはその身でまともに受けてしまった。


「…………汚えんだけど。見ず知らずの相手に噛み付くのやめてくれねぇか?」
「うえっ!? 何だコイツ、何で俺の一撃を食らってピンピンしてやが……!?」

「知らんわ、えーと……何だっけ……。『せーとーぼーえー』……だっけ? まあ何でもいいや、やられたんだし一発くらいいいよな?」

マーキュリーはそう言うと、驚いて固まるバンギラスに回し蹴りを叩き込んだ。すると哀れにも戦う相手を間違えたバンギラスは、放たれた矢のように出口の方へ吹き飛んで行った。


「『クラッシュゲヴィヒト』!!」

何者かの声が聞こえた瞬間、今度は強烈に地面に叩きつけられたバンギラス。顔面を地面に強打した彼は、完全に気絶して伸びてしまった。


「あ、メイじゃん!! 何でこんなとこいんの?」
「近くを通ったら騒ぎになってたから、来てみたらこの有様よ。無闇に他のポケモンぶっ飛ばしちゃダメって言ってるでしょ?」

「だって……アイツから絡んできたんだし……。」
「しかも私に向かって吹っ飛ばしてくるなんて信じらんない。父さんと母さんに報告ねこれは。」

突如現れたメイにたじたじといった様子で、マーキュリーは彼女の後を追いかける。鋼のような肉体を持つマーキュリーでも、姉には頭が上がらないようだ。

18時33分、ミササギの料亭にカムイとミハイル、そしてトレの姿があった。どうやらカムイたちが彼を連れてきたようだ。


「んー!! これはたまらんぜ……単なる炊き込みご飯でここまでの美味さが引き出せるもんなのかよ……。」
「まあ、お口に合ったらならありがたいもんやねぇ。お粗末様。」

「いやいや、本当に美味くて止まらねぇんだこれが。それにミササギさんもよ、さながら蓮の花の如く美しくて目も潤うってもんだぜ。普段は慎ましいミステリアスな様相なのに、時が来れば池全体に咲き誇る、あの花のように場面場面でその魅力が伝わってくるよなー。」
「あらま、何とも賑やかな殿方やねぇ。」

そんな言葉を聞いたカムイは苦笑いをしていた。彼女は知っているのだ、その言葉はミササギ語録に照らし合わせれば、『ベラベラやかましく喋らずに食うことに集中しろ』を意味するのだと。

19時22分、仕事帰りのニアは新市街のイベントホールにやって来た。その目的はというと……。


「おっしゃあ、クソッタレを根こそぎぶちのめしてやったぜぇっ!! ざまあねぇな雑魚野郎!!」
「おいニア……せめて面と向かった相手にその罵詈雑言の嵐はやめろと言っているだろ……。というか、試合中も煽りまくりで酷いもんだったぞ、対人戦なのだからもう少しマナーを……。」

「ああ!? 文句あるのかこの腐れモンブラン野郎が!! このゲームじゃ勝った方が正義なんだよ、てめぇみたいなトロい老いぼれは黙ってろカスが!!」
「はぁ……だからニアの付添は嫌なのだ…………。良心が痛む……。」

ゲームモードになったニアをハリマロンえっこご諌めるが、そんなものは焼け石に水といったところ。ゲームの平日大会に飛び入りしたニアは破竹の勢いで勝ち進み、今日も優勝をさらって行きそうだ。

20時11分、ローレルとセレーネは共にアパートの共用シャワーを浴びていた。セレーネの大きな耳の毛並みを、ローレルが優しく洗ってあげているようだ。


「そうですか、今度授業参観があるのですね? それは楽しみですが……。」
「やっぱりローレルお姉ちゃんは忙しいのです……?」

「そうですね……高校の授業と重なってしまいますから。でもえっこお兄ちゃんがきっと来てくれますから、心配は要りませんよ。」
「楽しみなのです、えっこお兄ちゃん大好きなのです!!」

えっこはあれでいて中々の子煩悩らしく、血こそ繋がっていなくとも、セレーネのためならできる限りのことを尽くしてくれるらしい。セレーネの授業参観とあらば、トレたちも快く休みをくれるだろう。









 21時3分、山賊の就寝は早いらしく、シグレは既に就寝準備を済ませていた。彼が引き取っていた養子のフシデ・コルナはまだまだ夜更かししたそうではあるが……。


「むー、分かったよ。じゃあ読み聞かせしてくれる? そしたらオイラちゃんと寝るから。」
「おめぇな……5つや6つのガキじゃねぇんだからよ…………。まあいいか。えーと、何何……。」

シグレはコルナから手渡された絵本に目を通し始める。そのまましばらく各ページを眺め、読み聞かせを開始した。


「昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。お爺さんとお婆さんは鬼をぶちのめし、釜茹でにしましたとさ。めでたしめでたし、ほれ終わりだ、寝ろ。」
「いやいやいや、めちゃくちゃすぎるって!! お爺さんとお婆さん強すぎないそれ!? でもいいや、兄貴の端折りまくった読み聞かせ、いつも面白いからなー。じゃ、おやすみー。」

コルナは唐突すぎる話の展開を聞き、笑いをこらえるのに精一杯という様子だったが、シグレが明かりを消した後、約束通り布団に入って丸まった。

22時38分、ハリマロンえっことカイネはダイバー連盟本部ビルにいた。ハリマロンのえっこは気だるそうにあくびを漏らしている。


「ニアの保護者役お疲れ様……。もう、あの子いつになったらあの口の悪さ治るのかな……。」
「無理だな、諦めろ。しかし運がないものだ、ニアの付添の後に、本部の宿直当番の夜勤と来た。みんなして私を扱き使うつもりらしいな。」

すると、カイネが少し意地悪そうな目つきでえっこにこう尋ねた。


「いいよー、君は家に帰ってふかふかのベッドで1匹だけゆっくり休んでも。私に任せて、君は当番サボってればー?」
「私がその誘いに乗るような性格じゃないことくらい知ってのことだろ? もちろんそんな真似はしないさ、君1匹で放置すると何をしでかすか分からんからな。」

「じゃ、ニアの次は私の連れ添いよろしくねー。今夜は眠らせないからね?」
「へいへい、寝落ちしそうになったら一発お願いしますよーだ。」

ハリマロンえっこは再び大きなあくびをしながら、上の階へ向かうエレベータへと乗り込んだ。カイネも乗り遅れないよう、夫の後ろ姿を追って扉の中に飛び込む。

23時17分、いるかは忙しない様子でどこかに電話を掛けていた。こんな夜遅くに一体どうしたのだろうか?


「あー……『夜分遅くに失礼します』って言葉知ってる?」
「え? ああ、もちろんですよ。夜分遅くに失礼しますー。」

「いや、そういうことじゃなくて……。昨日も一昨日もこんな時間に掛けてきて、3日連続じゃないか? 今度は何なのさ?」
「えーと、化学の教科書の27ページの問5なんですけど、明日僕が当たっちゃってて……。解き方が分からないからお聞きしようかと。」

どうやら電話の向こうはカザネらしい。宿題で分からないところを毎日のように彼に尋ねるのが、いるかのお決まりのようだ。それもこんな夜中になってから。


「えーと……。あー、molと質量のお話か……。分かったよ、どうせ教えなかったら教えなかったで、明日朝5時くらいに『カザネさぁんー、宿題解けないですぅー、助けてぇー!!』とか泣きついてくるだろ?」
「そ、そんなことしないですけど……。でもお願いします、頼りにしてますよ先生!!」

カザネは渋々ながらも、いるかに宿題のヒントを教え始めた。これでカザネの言うような、いるか迫真のモーニングコールは掛かってこないだろう。








 0時9分、メイはルーチェの家で夜を過ごすようだ。真夜中でも彼女たちのガールズトークは白熱している。


「もー、何でカザネといいマークといい、男ってみんなああなのかしら……。トランプでタワー作って盛り上がってる弟2匹とか、オバカすぎて乾いた笑い1つ出なかったわ。」
「男ってそんなもんだよー。きっとメイメイには単なるカードで作ったしょぼくれたタワーに見えたかも知れないけど、奴らからするとそりゃ壮大なロマンなのさ。あれだよあれ、例えるならバベルの塔って奴?」

「あれが? あんな貧弱な塔、神の怒りに触れるまでもなく倒れるわよ。というか現に、父さんが部屋の窓を開けたせいで風が入ってきて倒壊してたし……。」

昔から女の子にばかり興味を持っていたメイにとって、男というものは身近なようで未知の存在なのかも知れない。カップの紅茶を飲み干すと、メイは小さな溜め息をついた。

1時25分、ローゼンは旧市街郊外の雲海海岸に腰掛けていた。眼下に広がる地上世界は、真っ暗な夜の闇に埋もれてほとんど何も視認することができない。


「あー、えっこじゃないか。どうしたのこんな夜に? 寝なきゃ身体に悪いよ?」
「お気遣いどうも、でも俺なら大丈夫です。何か眠れなくて、ちょっと夜中の散歩にね。何となしに雲海海岸まで来たはいいものの、この時間じゃ何も見えませんね……。」

「だからこそいいんだよ。全てを吸い込んでしまいそうな夜の空、夜の大地、夜の海……。そのどれもが言葉に表せない重力を持ってる。僕らは無意識にその力に引きずり込まれた。だからこうして夜の海岸を眺めてるんだ。それ以上でも以下でもないね。」

ローゼンはえっこの方をほとんど見ることもなくそう語った。確かに、夜が生み出す闇の深さには、人を惹きつけて溺れさせんばかりの魔力があるのかも知れない。


「……俺、少し迷いがあるんです。俺はローレルを連れ戻し、一緒に故郷に帰るためにこのアークにやって来た。でも今では、俺にとってもローレルにとっても、このアークこそが帰るべき家になった。カルスターへ戻ったところで俺には行く宛がない。ローレルもまた籠の鳥に逆戻りだ。それでも俺たちは帰らねばならないのか? ……見えませんよ、今の俺には。」
「それでいいと思うんだ。今の僕たちは、その両方の世界にアクセスできる権利を持っている。この世界に残るか、元いた世界へと帰るのか、それはその時になって考えればいいことだ。今はレギオン使いたちを滅ぼしてこの世界を守り抜くこと、それだけに集中しなきゃだからね。」

「そう……かもですね。まだ未来がどうなるのかは分からない。このシビアな世界では、一瞬の手違いで命を持っていかれることもザラにあり得る。だからこそ、確実に生き残るためには今に集中しなくちゃならない。ありがとうローゼンさん、少し迷いが晴れたかも知れません。」

まだしばらく海岸に残るというローゼンに別れを告げ、えっこは自分の住むアパートへと戻っていった。しばらく海岸の景色を眺めていたローゼンがふと時計を見ると、時刻は2時1分に差し掛かっていた。


「…………。『Ark』、つまりポケモンたちの命を乗せて飛び去った天空の方舟。そして恐らく、方舟に見捨てられた大地も存在している。そこまではいい、でも創世主の考えている世界とは何だ? 確かにもう1つ、存在していなければ話が成立しないなぁ。可能性があるとするならば、そもそもこの島は方舟ではない……? 見捨てられた場所、ということかな? 訳分かんないや。」

何やら意味深なことを呟いたローゼンは、その場にごろりと寝転んだ。真夏の星々は広がる漆黒の奥深くに飲まれまいと、必死にその輝きを保っているようにも見える。ローゼンは考えるのをやめて、ようやく気の抜けたような表情を空に向けた。

3時11分、薄暗い部屋に無数の巨大モニタが敷き詰められた壁。そんな広大な空間の中、やる気なさげに頬杖を突く小さな身体があった。


「あー……かったりぃな……。夜シフトってのは、ホント何度やっても慣れたもんじゃねぇぜ……ふぁぁ……。」

そのように呟いたのは、アークの中枢施設であるホイールに勤務するジラーチのゼノだった。彼は眠そうな薄目を片手で擦りつつ、モニタに表示されている情報や数値を監視している。


「おっ、コイツはっと……。なるほどねぇ、もうじき夏も終わりだからな……。どデカい嵐でも吹かせようってか? こりゃまた面倒臭えことになるな……こっちの身にもなってみろってんだよ。」

ゼノは独りでブツブツと文句を垂れながら、自分のデスクに置かれたノートパソコンの画面を眺めていた。

アークでの夜は更け、また新たな朝がやって来る。この空に浮かぶ島で繰り広げられる日常は、雲海に混じった薄い青に溶ける島の景色をも、見事鮮やかに彩ってくれる。


(The end)

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想

 この作品は感想が書かれていません。