月輪のソワレ

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作者:ジェード
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読了時間目安:13分
 草笛と輪唱の美しい調べが、闇夜に揺蕩う三日月の夜。銀幕の夜空を切り取ったような翼を拡げて我は指揮を執る。一糸乱れぬポケモン達の輪舞。月下に煌めくは清らかな湖から上がる水飛沫。薄らと掛かる虹霓のヴェール。
 捧げよ、かの者に光輝を。尊べ、月に祝福を。唱えよ、静かなる夜を。桑楡は優美たり淑やかであれども絢爛であれ。
 
 
 *
 
 
 「むむむ、これは少し奇妙な様子ダーテング?」
 「どうしたんですか、オーキド博士」
 
 鮮やかなアロハシャツにこんがりを通り越した褐色の肌の博士は、木と木の間に顔を挟まってどこかへ移動するコジョフーの群れを観察していた。オーキド博士、と言ってもあのかの有名なポケモン図鑑の第一人者ではなく、その従兄弟のナリヤ・オーキド博士である。
 しかし、顔は皆の知るオーキド博士そのものなので、カントーから越してきたヨウはオーキド(アローラのすがた)と勝手に心の中で呼んでいた。
 
 「ヨウ君、よくぞ聞いてくれタマゲタケ」
 「語尾が鬱陶しいですよ、マラサダ肌ジジイ、ルミーゼ」
 「相変わらず可愛げがないノクタス」
 
 ヨウは、ナリヤのフィールドワークを手伝う駄賃として貴重なムーンボールを呈示されたので、普段なら連絡もしれっと無視して冷房の効いたマラサダショップにこもっているところだったが、渋々この切り立つ峡谷、ポニの大峡谷にやってきていた。
 岩肌が聳え、洞窟が複雑に入り交じり、生態系も多くの種が混雑するここを隈無く捜索し、棲息するポケモンの種類を図鑑と照らし合わせながら記録していく。
 何か行動をしていればそれもメモする。単純だが地道で膨大な作業だ。三日程、もう見慣れた大峡谷のポケモンの面子に飽き飽きしていたところだった。ロトム図鑑の画像データは野生のニューラやジャラコ、ガントルだらけになっていた。
 
 「ヨウ君はおつきみやまのピッピの月の舞を知っとるジャローダ?」
 「ええ、知ってますよ。カントー育ちですから」
 
 カントー地方のおつきみやま。そこに棲息する野生のピッピは月の見える晴れた夜、人知れず歌い踊り明け暮れるというのは有名な話だ。その正しく妖精とも言えるだろう、可憐な舞を一目見ようとわざわざカントーを訪れるトレーナーも多いと聞く。
 ヨウはトレーナーデビューしたのはこのアローラに越して来てからなので、実際には見た事はないが、あのピッピだ。さぞかし神秘的で美しいのだろうと思った。
 
 「実はの、このアローラでも似たような現象が数件報告されてるんジャラランガ」
 「アローラでも?」
 「そこで、何か周期や理由の一部でも掴めないかと、今回君を誘ったのダイオウドウ」
 
 ただの研究資金泥棒じゃなかったのか、とヨウは思った。
 合点がいき、その先に興味を惹かれた。ヨウが見たところ、ポケモン達はいつも通りにきのみを喰らい、戦闘本能に身を宿し、縄張り争いや道行くトレーナーに襲いかかっていた。
 
 「それで、変化って?」
 「うむ、さっきサンドとメレシーを観察してたのを覚えてるかノズパス?」
 
 ナリヤの言葉にヨウは頷く。アローラサンドもメレシーの群れもきのみを持って移動していたのを思いだす。コロコロと転がっていくサンド達はなかなか可愛らしい。メレシーもヤミラミから逃げ惑いつつも、大方巣穴にきのみを運んでいたのか、頭にナナのみを載せて運んでいた。
 
 「このコジョフーの群れも、サンドも、メレシーも皆実は同じ方角に行っておる。大峡谷を抜けて祭壇に向かおうとしているのじゃナッシー」
 「祭壇に? 何かあるんですかね」
 「そう思うじゃローブシン?」
 
 確かに言われてみると、きのみの束や木の葉を持った個体も散見される。コジョフー達は脇目も振らずに入り組んだ峡谷の洞窟に入っていった。彼らも峡谷を抜けて祭壇に向かうのだろうか。
 
 「これは行くしかないのウツドン」
 
 ヨウは毅然として頷く。謎多き祭壇へのポケモンの行列。アローラでも報告されたという月の舞。初めは報酬目的で内容になどまるで興味がなかったが、ここに来て好奇心は増すばかりだ。
 アローラチャンピオンに君臨するヨウでさえ、ポケモンの神秘の部分は未だに計り知れない。その生態の真の姿とも言える部分を垣間見れたならば。トレーナーとしてはこれ以上ない僥倖なのではないかとヨウは考えた。

 「僕らも行きましょう。月輪の祭壇へ」

 そう言うと、リュックサックに持っていた望遠鏡を詰め、モンスターボールから自身の最も信頼のおける相棒ジュナイパーと、ライド用のリザードンを呼び出した。二人はそれぞれ二匹に跨ると、颯爽とアローラの太陽の照りつける空を飛び、険しい峡谷を抜けた先に顕在する、月と太陽のモチーフの厳かな雰囲気を出す月輪の祭壇に向かった。

 
 *
 
 
 「ヤレユータンが臨終したようです」
 
 そう告げるジジーロンの表情は重たく、口ぶりは鉛のようだった。無理もない。ヤレユータンはポニの樹林の長であり、棲息するポケモン達の統率を一手に担っていたばかりか、その高い知能と深い見識から、幾度も守り神様に言挙げしてきた賢者であった。
 
 「長きにわたる措辞の言伝、誠に大業であった」
 
 そう零すのは通常の者よりも大きな体躯、煌めく金色の立派な鱗。ポニの大峡谷の試練を任されている主のジャラランガであった。多くの島巡りのトレーナーと、その手持ちのフェアリーポケモンをロゼルのみを齧りつつ、圧倒してきたこのポニ島随一の実力者だ。
 彼とヤレユータンの付き合いも長かっただけに、この訃報には肩を落としたものだった。深く息を吐き出し拳を握るが、老衰とはいえ、命ある者全てに訪れる平等、死の雲翳が作った晦冥は軽くない。
 ふと拳を振るうが、空を切った栄螺殻は虚しさを増し、気持ちは晴れない。
 ジジーロンは嗚咽を漏らし、生前の彼の言の葉一つ一つを思い出し、馳せていた。彼だけではなく、ポニの樹林に棲むポケモンほぼ総てが、いや、ポニ島全域に至るまでがあの聡明な賢哲の死を悼み、哀しみを発露していた。
 
 「弔ってやったらどうか、それも皆の哀しみが尾を引かぬほど盛大に」
 
 輪郭を纏わぬ影が、落ちてきた。
 腹の底まで響くような美しく、瞻仰させられてしまいそうな声。この畏怖のビブラートには聞き覚えがあった。
 瞬きをした次のフレームには、月の輪のような光輪の頭。夜空を思わせる銀幕の翼。月を誘いし獣と畏れられた怪人がいた。
 
 「それがこのアローラには相応しいのではないか?」
 「ルナアーラ、か」
 
 白月の微笑でルナアーラは佇む。
 かつて勇気ある少女によってアローラを巡り、果ては未来世界にまで行った月の獣は、今は愛するトレーナーの元を離れ、自身をシンボルに形作られた月輪の祭壇に身を寄せて、常夏の離島群を見守った。
 
 「死の痛みはそうそう易々とは飲み込めぬ。受け入れて消化するには、時間とそれ以上の歓楽が必要だろうぞ。アローラの人間が代々守り神に祭祀を捧げるように、な」
 「祭祀、か」
 
 心優しく勇気ある少女によって、人に、ポケモンに触れてきたルナアーラは、誰かを喪う痛みを知っていた。それに寄り添う優しさも知っていた。何もかも彼女と彼女の憧憬だった少年が教えてくれた。
 逡巡した後にジャラランガが強く頷く。ジジーロンも早速皆に伝えねばとさっきの涙も忘れて、嬉しそうにしていた。
 
 「いい考えですね、私も手伝いましょう」
 
 声は静謐だが、しんと隠しきれぬ威厳が響いた。
 闇から溶けだしたように、エスニックな蒼と紫の外殻に、人によく似た髪や外観。霧に纏われし清き水神、カプ・レヒレが姿を現したのだ。
 
 「レヒレ様……!」
 「ま、守り神様!」
 
 ジャラランガとジジーロンが驚いて厲声すると、同時に平伏するのを、カプ・レヒレはやんわりと断った。ルナアーラだけは怖気付く事なく、ただ純然と彼女を見ていた。ヴェールのような霧が、周りに渦巻いていた。
 
 「ルナアーラの言う通りです。哀しみに明け暮れるのは陽気で燦然としたアローラの者らしくないでしょう。それに、皆が一時泣いてその後笑っている方がヤレユータンも喜ぶでしょう?」
 
 ジャラランガとジジーロンは顔を見合わせ、この祭祀がポニ全土を挙げた盛大なものになることを互いの目と目で確認し合った。
 
 「鎮魂歌を、歌いましょう」
 
 地の底より響くカプ・レヒレの声に背く者はいなかった。その日からヤレユータンを弔う為の準備が始まり、ジャラランガを筆頭に、彼を悼む気持ちはポニ島のポケモン達に伝播していった。
 
 
 *
 
 
 ヨウとナリヤは月輪の祭壇の柱の影からその目の前で起こる光景をただただ目に焼き付けていた。否、そうすることしかできなかったのだ。それほどまでに圧倒的であり、閑麗であった。
 炎が舞い、水泡が弾け、花弁が渦巻く。
 始まりはあのルナアーラであった。ヨウは馴染み深い“ほしぐもちゃん”の出現に驚いたが、それは序章に過ぎなかった。
 ルナアーラが輝く三日月を背に、ゆっくりと星めく夜空の翼を拡げると、アローラガラガラの列が輪を成した。祭壇に仄かに灯りが燈る。ガラガラ達は萌葱色に燃ゆる骨こん棒を巧みに振りかざし、何かを口ずさみながら輪舞をした。
 次にはガラガラ達の周りで水泡が弾けた。シズクモとオニシズクモ達だ。月光で飛沫が煌煌と虹を作りゆく。
 その泡沫の美しさに釘付けになっているうちに、薄桃色の花弁が舞う。ラランテスのはなふぶきだ。そよめく花々をバックに、今度はアブリボンとオドリドリの群れがステップを踏む。やはり何か歌を口にしながら。ちょうのまいとめざめるダンスだろう。華麗に、どこか悲しげに、しかし優麗に羽を拡げ、はためかせるポケモン達。
 
 「これは、お祭り……? いや」
 
 列を成し、輪を組み。歌い踊り明け暮れるポケモン達を眼前にしてヨウはようやく口を開くことが出来た。ナリヤの方を向くと、彼の瞳にエンニュートとヤトウモリが放った紫の炎が映っていた。おそらくおにびだろう。
 
 「誰かを悼んでいるのか」
 
 ヨウは各々の技を駆使して演舞するポケモン達を見ながら気がついた。笑顔の者もいるが、それはそう多くないということに。むしろ多くの者は、流れる涙をものともせずに踊り、歌っているということに。
 キテルグマが溢れる筋力を駆使して大木をかわらわりした後に、ナマコブシを投げた。それを鎖のような緑の藻屑を伸ばしてダダリンがキャッチする。
 トゲデマルがほうでんを放つと、メテノがスピードスターで電光を弾けさせた。
 アローラキュウコンのオーロラベールをバックに、ツツケラとドデカバシの群れがフェザーダンスを翻す。
 
 「ヨウ君もそう思うかノコッチ」
 「うん。皆、哀しみを和らげようと踊ったり歌ったりしてるんだ」
 
 祭壇の中央に現れた一際大きなジャラランガは、拳を合わせると深呼吸して自身の鱗と鱗を擦り合わせた。頭を振り、腕を回し、足を拡げ。最後に大きく飛び上がると多大な音波の攻撃を放つ。間違いない。ブレイジングソウルビートだ。これまで何度もZワザに助けられたヨウが見紛う訳がなかった。
 
 「それだけでなくきっと、その誰かに届けたいんじゃないかネオラント?」
 「僕達のカプのお祭りと同じ、か」
 
 祭りは朝焼けまで続いた。代わる代わるポケモン達は踊り歌い。それをまたポケモン達がきのみ片手に見ていた。ヨウにはそれがレクイエムというよりは、もっと毅然としたある種の意思表示のように思えたのだった。誰かを安心させたい、そんな意思。
 風は寄り添うように柔らかく、月は微笑みかけるように淡かった。
 
 
 *
 
 
 「えー!? そんなポケモンさん達の凄い姿! 私も見たかったです! ヨウさんの意地悪!」
 
 ハウオリシティのマラサダショップの一席。金髪のおさげに白いセーラー服の少女、リーリエは声を張り上げた後に、拗ねるようにマラサダを咀嚼して目の前の少年から目を逸らす。
 少年、ヨウは手についたマラサダの砂糖を舐めつつ、乾いた笑いで誤魔化した。
 
 「でも本当に不思議ですね。ピッピさんといい、ポケモンさんにはまだまだ不思議がいっぱいです。ピッピさんが月の舞なら、これは……月下の鎮魂歌とかでしょうか!」
 「リーリエって、やっぱりグラジオの妹だよね」
 
 目を爛々と輝かせたリーリエをバッサリと切り捨てたヨウ。どういう意味ですか、と彼女が詰め寄るとまた目を泳がせて口笛を吹いた。じゃあ自身で名付けるなら何なのだと彼女が問うてきた。少し考えを巡らせてから、ヨウは答えた。
 
 「僕が名付けるなら、たぶん──」
 
 その答えを聞いたリーリエはぷっと吹き出し、私と変わらないじゃないですか、と笑顔を咲かせた。少し顔が熱くなるのを感じながら、ヨウは冷たいミックスオレを飲み干して席を立った。
 
 
 
 
 
 ──了──

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