俺の七世代が終わる。

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作者:120
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「またか……」

 対戦相手が見つかりません、と無機質に表示された画面に辟易する。
 これで2回連続のタイムアウトエラーだ。深夜のバトルスポットは、ひどく寂れていた。
 プレイヤーたちの興味は、23時間後に発売の新作にすっかり移ってしまっているらしい。

「なんだよ、剣盾剣盾って。まだ7世代だろ、お前ら最後までちゃんと遊べよ」

 マイクに適当な独り言を拾わせていく。こうして声を出しておくと、対戦開始からスムーズに実況できる。
 世代最後に、少しでも良い対戦動画を投稿して実況者人生を終えたかった。例え俺が、チャンネル登録者数が二桁のド底辺でも。

 まだかまだかと雑に喋って暇を潰していると、ようやく待機画面が切り替わった。

「お、対っ戦相手が見つかり……はぁっ!?」

表示されたトレーナーネームに思わず声が裏返る。

「モコライ先生……これ本物か? レート高いし本物か」

 モコライ。第四世代から続く実況で100万の登録者を沸かせる、不動の覇王である。
 底辺実況者としての3年間にけじめを付けようというこの日に、対戦相手があのモコライ先生とは。
 はっきり言って、惨めだ。無名対有名の試合ほど空虚なものはない。
 マッチングの神様は随分とお節介か、あるいは皮肉屋に違いない。
 俺はため息をなんとか飲み下して、やべーとか、マジかとか、興奮している風を装った。
 惨めでも、取れ高最高のマッチングには違いない。他の実況者がそうするように、俺も「憧れのモコライ先生との熱いバトル」をする他なかった。
 選出画面を見つつ、それらしいセリフを紡いでいく。

「前から言ってたけど、この人に憧れて実況始めたんですよ」

 これは本当だ。モコライを見て対戦を知り、モコライを真似て実況を始めた。
 いつのまにやらキッズ御用達の公式の犬になっていても、俺の憧れの原点なのは変わらない。

「あ〜勝ちたいなこれ。でも向こうも2000チャレンジだしな〜。いや、この人とバトルするのマジでずっと夢で」

 これも本当。実況を始めた頃、いつか戦って動画にしたいと思っていた。
 DMでたいあり報告したり、互いの視点の動画を見て感想を言い合う妄想ばかりしていた。

「ここで勝って、先生を、王を超える。いいね、最終回に相応しい」

 これは嘘だ。王を超える? 自分で言っていて心底ばかばかしいと思う。
 この対戦で勝ったとしても実況者としては完全敗北。というより、勝負にすらなっていない。
 モコライは俺という実況者を認識すらしていないのだ。DMで感想戦など、及びもつかない。

「……なんて言ってる場合じゃないんだよ。選出決めないと」

 演出トークはもう十分だろう。どのみちこの試合を最終回として採用するなら、取れ高のために最善を尽くすべきだ。
 俺は気持ちを切り替え、コイツが刺さってる、アイツは出てこない、などといつも通りやり始めた。


✳︎

さざし
 チルタリス  ナットレイ グライオン
 ボルトロス霊 ヒードラン ゲッコウガ

モコライ
 ルカリオ   ボルトロス霊 マリルリ
 ボーマンダ  カバルドン  ポリゴン2

✳︎


 1分少々の考察ののち、初手はボルトロス、後ろはグライオンとゲッコウガに決めた。
 できれば相棒枠のチルタリスで締めたかったが、刺さりが良くないので諦めた。
 俺の数少ない視聴者は、俺のテーマがマイナー大活躍動画ではないことをずっと前から理解しているはずだ。
 だからこれでいい。勝ちに行く。

 選出完了の入力をすると、すぐに対戦が始まった。
 モコライは長考していない、ということは、いつも通りの思考回路で選出をしている。すなわち初手は──

「ルカリオ! おっけ!」

 予定通り、こちらのスカーフボルトロスとルカリオが対面する。重く見ていたルカリオに対し、比較的有利なマッチアップだ。

「よしよしよし、読めてる。読めてますよ先生。ふふ、どうしますか」

 「どうしますか」もクソもない。モコライにとってはこんなもの、いつものレート戦と変わらない。最も勝率の高い行動をとってくるだけだ。
 虚しいにもほどがある生徒ムーブに内心毒づきつつ、技選択の考察に移る。
 モコライ側はZワザとスカーフを警戒しなければならないから、突っ張ってはこない。向こうも霊獣ボルトロスを繰り出すのが確実。俺はそれを読む。
 そんな意味合いの内容を早口に解説してから、“めざめるパワー”を選択。
 そして案の定ルカリオが手持ちに引っ込んだ。

「知ってますよ、いつもの奴ですよね、HDベースオボンボルト! 先生の動画何年見てきたと思ってる。こっちにはバグレベルの情報アドがある!」

 繰り出されたボルトロスに“めざめるパワー”が刺さり、HPバーを削る。ダメージは4割弱。型まで正解のようだ。
 一度完璧に読み当てると、たちどころに次の思考も分かった。
 構築単位で重いであろう俺のボルトロスを、ルカリオの“しんそく”で倒せる圏内まで削りたいはずだ。だからここは“めざめるパワー”が飛んでくるだろう。
 それを踏まえてこちらはどうする。控えのゲッコウガのダメージ計算、相手のボルトロスの持っているであろうオボンのみ、相手の裏のポケモン、エトセトラ。選択画面の間に判断材料の解説を並べていく。ここは上手いこと編集で図解を入れたい。
 たっぷり1分間使い切ってターンが開始した。しかし互いの長考の結果はシンプル。示しを合わせたように“めざめるパワー”を撃ち合う。
 “オボンのみ”が発動し、相手のボルトロスのHPは残り5割弱。次の“めざめるパワー”を耐えるラインだ。全てが予想通りで、思惑通りになっている。

「ふっふ、一番安いの来ましたね。モコライ先生、全部読んでますよ、完璧に」

 それ故に苛立った。読みが通るのは、俺がモコライを知っていて、モコライが俺を知らないからだ。
 着実に勝利に近づく1ターン1ターンが、俺が最初から敗北していることを雄弁に語っていた。
 こんな勝負、さっさと終わらせたい。次の“めざめるパワー”に合わせてゲッコウガを繰り出したら、ほとんど勝ち確だ。
 奮い立てる格闘Z型のゲッコウガならポリゴン2の相手も問題ないことを溌剌と説明し、俺は交代を選択した。
 この心境でなお、興奮気味のトーンで勝利への道筋を語れる自分が気持ち悪くて仕方がない。
 思えば、他の実況者の真似事ばかりしてきた。喋りも、編集も、俺ではない何かがやっている。
 七世代以降、低年齢層と公式に媚びて丸くなったモコライに失望しておきながら、俺には貫く自分さえなかったのだ。
 そのくせ、誰の心を掴むこともなかった。登録者たちやフォロワーだって、別に俺の動画を一番に面白いと思ってるわけじゃない。
 ああ、くそ、一刻も早く収録を終わりにしたい。何長考してんだ、めざ氷しかないだろモコライ。
 しかしほぼ1分を使い切って始まった第3ターン、ここで初めてモコライの行動は予想を大きく外れた。

「“こうそくいどう”!?」

 絶対あり得ないと考えていた行動だった。なぜなら、素早さほぼ無振りのボルトロスが“こうそくいどう”をしても、俺のスカーフボルトロスを抜けない。
 ここまでのダメージや行動から型はおおよそ見えているはずなのに、なぜ分の悪い選択を通してきた?

「嘘だろクッソ強すぎる、これが帝王か、ヤバイヤバイヤバイ!」

 この試合で始めて興奮を覚えた。読みが外れたことに興奮した。嬉しかった。
 モコライが、普段のレートと違う賭けをしている。俺という対戦相手に、何かを見たのだ。そう思った。
 けれど、俺の培った対戦の知識は、そんな思い上がりすらも一瞬にして咎めてしまう。
 
「……いや、違う。俺のプレミだ。神速圏内までボルトを削る役割が終わったから、先生はボルトを切ってよかったんだ」

だから、ゲッコウガへの交代に備えて素早さを上げたのだ。ボルトロスを“めざめるパワー”で倒されるのは覚悟の上で。

「ただ俺が勝ちを急いで、モコライ先生は冷静だった。それだけか」

 それだけのことに、何を勘違いしていたのか。気づけば声音は冷め切っていた。代わりに、目の奥が熱くなった。
 
「……そうだよ、あんたは、俺のことなんか知らない」

 ぽつり、ぽつりと勝手に出てくる言葉を垂れ流しながら、ないまぜになる感情をかき分けて、思考する。
 モコライからすれば、ゲッコウガがボルトロスに交代する可能性がチラつくはず。だから電気技を撃てない。
 ゲッコウガが居座る可能性まで考慮して、相手はポリゴン2に交代するだろう。俺を知らないから、モコライは可能性を切らない。
 
「5世代からずっと見てたのも、7世代ずっと背中追ってたのも、アンタは知らないから!」

 何を言ってるのかはもう自分でも分からなかったから、溢れ出るままに無視した。
 相手は交代し、出てきたのはやはりポリゴン2。そしてそれを読んで選択した“ふるいたてる”が発動する。
 そして畳み掛けるように、“カクトウZ”を透かそうと出てきたボルトロスを読んで“れいとうビーム”。
 いずれも、リターンよりリスクの大きい読みだ。そんなことをしなくても、もう安定行動で十分勝てるところまで来ている。あるいは普段ならそうしたかもしれない。
 けれど、今は1ターンたりとも負けたくなかった。
 そうでなければ、俺は今にも惨めさに呑まれそうだった。

「ほら、また俺の勝ちだ! 俺の方が強いのに! なんで! 最高レートだって、俺の方が上なのに!」

 ああもう、めちゃくちゃだ。動画に使えなくなっちゃうだろ、これじゃあ。

「編集だって、解説だって、俺の方がずっと丁寧にやってる! 投稿も、隔週はキープしてる! なのに、なんで、なんでだ!」

 ポリゴン2にカクトウZが入り、一瞬でHPを消し飛ばした。残るルカリオは、攻撃上昇の“けたぐり”を耐えられない。
 ほどなくして、相手の降参が選択された。

「……なんで」

 問いかけた画面にモコライはもういない。
 3DSを閉じ、録画を切るのも忘れて、俺は天井を仰いだ。
 ああ、七世代が今日で終わる。
 俺の七世代が、終わるんだ。


✳︎

 もう最終回なんてどうでもいいと思ったが、一晩不貞寝して起きると、やはりけじめは付けるべきだと思い直した。
 なにより、せっかくの新作をこんなモヤモヤした気持ちで迎えるのはもったいない。
 実況者「さざし」とはここで決別して、八世代ではただのポケモン好きとしてコンテンツを遊び尽くしたいのだ。
 俺は卑屈な感情をどうにか抑えながら編集ソフトを弄った。大学が4限だけあったが、せっかくなのでサボった。

「これ最後の方、テロップ入れまくれば意外とギャグとして見れるな」

 採用したのは結局vsモコライだ。理由は、一周回ってありな気がしたのと、今更炎上を恐れるような人気もなかったのと。
 怪我の功名というか、最終回にして逆に誰も作れないような動画ができたと思う。

 夕方6時、俺は最後の動画投稿を終えた。モコライの最終回と同時刻だ。
 偶然というわけではなく、動画投稿はこの時間とお互い決まっている。投稿後の流れでモコライの動画を視聴するのもまた、いつも通りだ。
 動画のサムネには、【2000達成】の赤文字がデカデカと刻まれていた。俺に阻止されたあと、なんとか達成したらしい。

「そりゃ、そうだよな」

 この後に及んで、最終回に採用されなかったことを残念がる自分がいた。何を今更、と軽く自嘲して、再生ボタンを押す。
 毒舌は鳴りを潜めたものの、キレのある言葉選びとシンプルな解説は、やはり耳に馴染んだ。
 何より、モコライのやるレートバトルは楽しそうだった。こういう風に遊ぶ人がいるから、俺もやりたくなったんだ。

「おもしれぇなぁ、クソ」

 最後に短い後語りがあって、動画はエンディングを迎えた。
 実に二年ぶりに評価ボタンを押した後、少し迷ってから、モコライのツイッターの動画宣伝ツイートにもいいねをつけた。
 もう俺は意地を張る必要はないのだ。
 なんだか肩の荷が降りて、ほっとため息をついた、その直後のことだった。

 “モコライさんがいいねしました”

 ──は?
 しばらくフリーズしてから、フェードしていく通知を慌ててつついた。
 俺の動画ツイートに、モコライがいいねを押している。

「はっ、ちょっ……な、な」

 “なんでですか!?”
 気がつけば、心の声をそのままモコライのDMに書いていた。
 何してんだ俺は、とメッセを取り消すまもなく、返信が来た。

 “え、いやあとで見ようと思って”
 “昨日ヤバい読みで2000チャレ阻止してきたTNが、さっきいいね通知で見えたから”

 覚えてたのか。いや、たしかに2000チャレンジでアレは、モコライからすれば割と記憶に残るかもしれない。
 メッセージはさらに続いた。

 “剣盾でリベンジするから”
 “またやろう”

 ああ、アンタやっぱ先生だよ。
 悔いがなくなっちまったじゃねぇか。
 このいいねとDMを卒業証書代わりに、俺は実況者を卒業する。
 これ以上なく、晴れやかな気持ちで。

 ああ、俺の七世代が終わった。
 そして明日から、八世代が始まる。


TN「さざし」……チルタリスの図鑑ナンバー、334のもじり。実在の実況者とは全く関係ないです。

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感想

お名前:坑/48095さん
Switch充電中にタイムリーなタイトルをみつけたので、楽しく読んでいました
レートや実況のことはあまり詳しくはないですが、無名の実況者の彼の心の揺れ、強い感情の動きが手に取るようにつたわってきました!
剣盾楽しんできてください!!
書いた日:2019年11月15日
作者からの返信
剣盾にハマっていて反応が遅れました。120です。
感想ありがとうございます。お互い良い八世代になりますようお祈りしております。
書いた日:2019年11月16日