ちっちゃくたって

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作者:草猫
読了時間目安:17分
ここはイッシュのトレーナーズスクール。その窓際に座る1人の少女が、授業がどうでも良いと言わんばかりに空を見上げていた。空にあるのは、照りつける太陽と夏の風物詩の一つ、入道雲。もう9月になったというのに、世界はそう簡単に季節を変えてはくれないようだ。授業時間が残りわずかになったところで、先生は学生にとって嫌な言葉を放った。
 「さて、この前の課題テスト返してくぞー」
 追試者多いから覚悟しておけ。 その言葉にげんなりするクラス一同。祈る人もいれば、落ち着いている人、また「俺今回絶対追試なる」と笑いながら諦めている人もいる。少女は、落ち着いている方に属していた。......もっとも、それはテストに自信があるという証明ではないが。
 「ーー次、カリナ!」
 はいと返事をして、少女改めカリナは教卓に向かう。今返されているのはカロス語のテスト。イッシュは昔からカロスとの関わりが強いため、イッシュ語とは別に学習しているのだ。さて、テストの結果を決定づける先生の言葉はー
 「......うん、もうちょい頑張れ。」
 ......これはまずい。一瞬にして、彼女に大きな不安がのしかかる。カリナはそそくさと席に戻り、自分の解答用紙を見た。
 「うげっ」
 女子力のかけらも無い声が飛び出す。点数は......38点。平均点は60点であるため、追試はその2分の1の30点未満。一応引っかかってはいない。 ......だがまずい、これはまずい。テストはカリナの心をズッタズタにして、チャイムと共に授業は終わりを告げた。

 
 
 さすがはトレーナーズスクールというべきか、ここでの休み時間は1人1匹までならポケモンを出すことが許されている。そのため、いつもは友達とポケモンを交えて話すことが多いのだが......今日に限っては、テストの慰め会と化している。当然カリナも、彼女の親友であるユイも、例外ではない。
 「カロス語のテストやらかした〜!! 夏もうちょいやっときゃ良かった......。ねえ、ユイはどうだったの?」
 「平均ちょい下くらい。でも今回凄い難しかったし、そこまで気に病む必要無いよ? というか、私今回数学の方がまずい......。」
 「数学」、その言葉によってカリナに更なる悲しみが降りかかる。
 「あっ、そうじゃん!次数学返ってくるじゃないかー!」
 「......チュリ!」
 嘆く主人を見かねたカリナの相棒、チュリネは頭の葉っぱを一枚取って差し出した。その姿はとても愛らしいものである。......特に、主人にとっては。
 「......っチュリネ!! あなたは何でそんなに優しいのお!」
 カリナは大げさなレベルでチュリネに抱きつく。本ポケは満更でもない様子だ。
 「うふふ、本当にふたりは仲良しよね、ねえムシャーナ?」
 「ムシャ〜」
 ユイの言葉に、ムシャーナはコクリとうなずいて同意の意を示す。
 「ユイ達こそそうじゃん」
 「......うーん、そう言って貰えるのは嬉しいけど、でもやっぱふたりは、私達には無い何かがあるよ?......ポケモンリーグとか、もしかしたら目指せるんじゃない? 卒業後の進路で考えてみるのもいいと思うけど」
 「ええ!?/チュリ!?」
 ユイの思わぬ言葉に、カリナとチュリネは困惑するばかり。それを見たユイとムシャーナは笑い出した。
 「あはは!進路の事は冗談だよ!カリナ、『安定した職業に就きたい』っていつも言ってるもんね」
 「よ、よくぞお分かりで......。」
 カリナは苦笑し、その後、少しチュリネの方を向く。チュリネはそっぽを向いていた。
 (どうしたんだろう......。普段はこんな事無いのに)
 チュリネの思わぬ行動を、カリナは疑問に思った。
 
 
 
 
 「疲れたー!!」
 家に帰るなりカリナは自分のベッドに飛び込む。......当然だろう。テスト返し連発、さらに夜まで続いたユイとの勉強会。勉強会は楽しくない訳ではないが、ただ疲れる。
 ......さらに、来週にはポケモン勝負の実技テストときたものだ。 バトルは苦手なのに。
 チュリネは進化していない分、やはり力勝負にはめっぽう弱い。 それに今にもなると、進化形のポケモンも多くいるのだ。 現に、ユイのムシャーナはムンナの進化形である。それならこちらも進化させればいいのでは?と思うかもしれないが、それも無理だ。 ......チュリネは進化を受け入れようとはしない。 太陽の石を近づけてみても逃げるだけなのだ。理由が何かは分からないけれど。
 「............。」
 カリナはチュリネのいるモンスターボールを眺める。別にその行動自体に意味は無いが。
 ーー出来るのなら、尋ねてみたいな。なんで、進化が嫌なのか。
 そう思いながら、カリナは眠りについた。
 
 
 
 「ナ......リナ......。」
 誰かの声だろうか。カリナは少し目を開ける。ただ、襲いくる眠気に抗う事が出来ず、再び目を閉じそうになった時ー
 「カリナ!!」
 「うわぁっ!」
 今度ははっきりとした大きな声に起こされる。少しずつ意識が鮮明になっていくうちに、カリナは自分の状況が分かっていった。
 「......ってうわ!何これ!!」
 驚くのも無理は無い。今の彼女は、浮かんでいるのだ。虹色の光の満ちる空間の中に。どう考えても、これが現実とは思えないだろう。カリナはさらに慌てる。
 「ど、どどどどうして!? 私なんかやっちゃった!?」
 「落ち着いて、カリナ! 大丈夫だから」
 先程、カリナを起こした声がまた響く。振り返ってみると、そこにはまたもや考えられない光景があった。
 ......そこにいたのは、チュリネだった。
 「......落ち着いた?」
 ......なんだこれは。こんなもの、落ち着ける訳が無い。カリナは頭が真っ白になり、大声で叫ぶ。
 「ポ、ポケモンが......チュリネが、しゃべったあ!?」
 
 
 
 その後、チュリネは少しずつなぜこうなったのかを説明した。チュリネは昼休みの間に、ユイのムシャーナに「夜になったら、カリナと話したいから夢の煙をこの家に届けて欲しい」とお願いしていたのだ。夢の煙には、夢を見させる力がある。その力を応用して、カリナとチュリネの夢を干渉させて、今に至ったという。
 「分かった? カリナ」
 「うん......驚きしかないけど......。」
 まさか、本当にチュリネと話が出来るとは......。 カリナはムシャーナを拝む。 例え夢の中とはいえ、こんな事は奇跡に近いのだ。 だがそのうち、カリナはあることを疑問に思った。ありきたりだけど、大切なこと。言っていいものか一瞬ためらうが、思い切って聞いてみる。
 「......ねえ、チュリネ。『どうして』あなたは、私と話したいって、願ったの?」
 「......!」
 ......しばしの間、沈黙が場を支配する。チュリネは、何か悩んでいるのでは? そう感じたカリナは、チュリネに優しく語りかける。
 「チュリネ、大丈夫。別に何言ってくれても構わないんだよ? お願い、教えてくれる? ......何があっても、全部受け入れてみせる」
 「............。」
 また少し経った後、チュリネは話し始めた。
 「......謝り......たかったの。カリナに」
 「......え?」
 予想外の言葉に、カリナは驚く。
 「ねえ......カリナ。 初めて会った時のこと、覚えてる?」
 
 
 
 ーーあの時、私に親はもういなかったの。 私の目の前で、ポケモンハンターに捕まって......。 私は親が助けてくれたおかげで、命からがら逃げられたけど、そのかわりとして、親は捕まった。 今どうなっているのかは、全く分からない。......私は、親を犠牲にして生き延びたの。 当然、とっても辛かったし、自分の無力感に打ちひしがれもした。消えてしまいたいとも思ってた。こんな自分に、生きてる価値なんてないってね。
  ......そんな中だったの。森の中で迷子になって、泣いているあなたを見たのは。 あなたはわんわん泣いていて、どうしたら良いのか全く分からなかった。 当然もの凄く慌てたんだけど......昔お母さん、お父さんが言っていたことを思い出したの。「チュリネの頭の葉っぱは、みんなを元気にするのよ。」「もし、チュリネの周りで疲れていたり、悩んでいたり、泣いたりしている子がいたら、その葉っぱを分けてやると良い。」
 だから、私はあなたに頭の葉っぱをあげたの。 食べた途端に「にっっっがあい!!」って言った時はびっくりしたんだよ? それに、ああ、失敗したかなって思ったし......。 でも、あなたはその後、元気になってくれて、さらには「良かったら一緒に来ない?」とも言ってくれた。 その時、これだ!!って思ったんだ。 私の生きる価値。 それは、あなたを幸せにしてあげること。あなたが辛い時は、この頭の葉っぱで元気づけてあげること。
  ......だから進化が嫌だったの。チュリネじゃなくなったら、頭の葉っぱもなくなっちゃう。 そうしたら、私の存在理由が揺らぐ気がしたから。
 でも......ユイちゃんは言ってたよね、「ふたりならポケモンリーグも目指せる」って。 ......あの時、思ったんだ。私が進化しないことで、カリナの未来の可能性を狭めているんじゃないかって。 「存在理由」とかいう、くだらない理由で。でもやっぱ、進化はしたくない。今はそれだけじゃなくて、この姿で一緒にいたいっていう、私の勝手なワガママもあるの。 ......バカ、だよね。私。
 「だから、謝ります。 本当に、ごめーー」
 
 
 
 ......言い終わる前に、カリナはチュリネを思いっきり抱きしめていた。 何か、伝えたいことでもあるように。
 「ちょっ......カリナ?」
 「何で謝るの? 私、チュリネの気持ちが聞けて、スッゴイ嬉しいんだよ? チュリネの事、やっと本当に知ることが出来て。」
 「え!?」
 チュリネは驚愕を隠せないでいる。 カリナは、チュリネに言葉を紡ぎ続ける。
 「私は、チュリネ、あなたとだから良いの。 あなたとだから、いつも頑張ろうと思えるの。 いつも優しくて、進化は嫌で、好き嫌いも無くて。......そして、いつもいつもそばに寄り添ってくれるあなただから、大好きになったの。 例えあなたがどんな思いでいたって、私はそれを受け止めたい。
 そんでさ、『一緒に』進んで行こうよ。私達なら、不可能なんてないんだから!!」
 
 また、しばしの沈黙が訪れた。そしてーー
 「......うふふ! さすがは、私の大好きなパートナーだね!」
 チュリネに笑顔が戻る。当然、カリナはとても強い喜びに包まれた。
 「......ふふん! 当然でしょー!」
 「でも本当にいいんだよね? このままじゃ、勝負の実技テストもまずいよ?」
 「ノープロブレム! なんとかしていこう!」
 その後、夢が覚めるまでの間、ふたりは楽しく語り合った。他愛のないことから、テストの対策まで。これ以上に楽しいものはないと、心から言える時間であっただろう。
 
 
 
 ーーその後、ふたりは勝負の練習に時間を注ぎ込んだ。 当然、ふたりはもう話すことは出来なくなっていたが、それでも、彼女達の意思疏通の力は他とは比べ物にならないレベルで強くなっていた。 時にはユイ達も交え、練習を行う。ムシャーナ相手では、やはり力の差か全然勝てなかったが、それでも力はつけていっているのが目に見えて分かった。......そして、少し涼しくなってきた日に、実技テストはやってきた。
 
 「......リーフィア戦闘不能! よって勝者、ユイ!」
 おおっ!という歓声がグラウンドを包む。......やっぱり、ユイのムシャーナは強い。催眠術戦法で、一気に相手を潰しにかかる。 練習の時にもよくやられたものだ。
 「次の試合、カリナとジュンペイだ! 準備しとけよ」
 ......ジュンペイは、ポケモン勝負は中の上レベル。実力的には同じようなものだろう。 そうなると、あとは実戦でどれだけ、ポケモンをうまく動かせるかが重要になる。
 「それではやるぞ! 両者あいさつ!」
 「よろしく、ジュンペイ!」
 「実技でくらい点は取る! 本気で行かせてもらうからな、カリナ!」
 「こっちのセリフよ!!」
 カリナはピリピリとした緊張感を感じる。 こういうのには、いつも押し潰されそうになる。
 だがここで、ボールが少し熱を持つのを感じる。それは、カリナの心を奮い立たせた。
 「それでは、テストを行う!」
 そうだ。 私達は、『ふたり』なら......
 「両者準備!」
 絶対、無敵っ!!!
 「勝負、スタート!」
 
 「行けっ、ハーデリア!!」
 「行くよチュリネ!!」
 両者のポケモンが姿を現す。相手はハーデリア。やはり進化系だ。
 「ハーデリア、先手必勝! とっしんだっ!」
 「チュリネ! しびれごなで迎え撃って!」
 チュリネにはとっしんを避けられるような素早さはない。ならば、あえて食らっておいて、相手を不利な状況に追い込もうという作戦である。
 「チュリッ!!」
 案の定、チュリネは大ダメージを受ける。だがそのかわりとして、見事ハーデリアを麻痺状態に追い込んだ。
 「バウ......。」
 「大丈夫かハーデリア!?」
 「......バウ!」
 「まだ行けるな......! チュリネはさっきの一撃だけで凄いダメージを負ってる! あと少しだ、どでかいのぶち込んでやれ!!」
 「バウ!!」
 その言葉は、完全に図星だった。もし相手が痺れをものともせず攻撃してきたら、チュリネは確実に倒れるだろう。
 ......だが、それでも。出来る事を全てするしかない!
 「チュリネ、マジカルリーフ!!」
 「ハーデリア、かみつく!!」
 マジカルリーフは、ハーデリアに攻撃を確実に当てるというだけではない。ハーデリアの視界を奪う役目も持つ。 そのことと、麻痺の苦しみもあってか、チュリネのダメージは最小限で済んだようだ。
 「頑張れハーデリア! ......とっしんっ!!」
 ハーデリアは少しチュリネから離れた後、全ての力を解放するかのようにまたチュリネへと向かう。あの攻撃を食らえば、ひとたまりもないだろう。......だが、ふたりには最後の切り札がある。 まだ1度も成功したこともないが。
 「......チュリネ!! 私、信じてるからね!!」
 「チュリッ!!」
 だが、そんなことは関係無い。ふたりの思いが重なり合っている今ならー!
 全ての力を込めて、カリナは叫ぶ。
 「リーフストームッ!!!」
 その時、草がふわりと舞ったと思ったら、それはまるで嵐のごとく、鋭い葉っぱがハーデリアを襲った。完全に攻撃態勢だったハーデリアに、それを防ぐ手段はなくーー
 ......ふらふらとした後、どさりという音を立ててハーデリアは倒れた。
 「......ハーデリア戦闘不能! よって勝者、カリナ!」
 
 
 「......勝っ、た?」
 呆然とするふたり。だが、徐々に気分は高揚していく。
 「やったよチュリネ! リーフストームで勝てたよー!」
 「チュリ! チュリチュリ!!」
 ふたりは抱きしめあって喜びを分かち合う。その姿は、本当に輝きに満ちていた。
 「あの、ラブラブなとこ悪いが......ちょっといいか?」
 「ふえ? どしたのジュンペイ?」
 ジュンペイは手を差し出す。
 「ありがとう、良い勝負だったぜ! ところで、『リーフストーム』は、お前らにとって何か特別なのか?」
 カリナは、満面の笑顔で答える。
 「うふふ、実はこの技、ドレディアじゃなくて、チュリネの状態でないと覚えられないの! せっかく進化しないんだったら、その個性生かしたいじゃない?」
 「......ははっ! 面白いなぁお前! 気に入った、またバトルしようぜ!!」
 「もちろん!!」
 バトルを通して新たな絆が、今ここに生まれた。
 
 
 
 「カリナ! やったね!!」
 「うん、ありがとう!! ......あのねユイ、私ね、将来どうしたいかは、まだ分からない。」
 「うん。」
 「でも、私は、ううん、私達は証明したい!! ちっちゃくても、強い絆があれば、未来は輝くって!!」
 「チュリ!!」
 「......本当、最高のコンビだよ!! ふたりは!」
 秋の気配を感じさせ始めた空。その澄み渡った空は、まるで彼女らの未来を表しているようだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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