赤く染まった記憶

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作者:理想の湊
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読了時間目安:15分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

 水色に澄み切った空の下、翠色の草木の合間に銀の風が爽やかに吹いている中、風に揺られ一段と目立つ色をしたものが目に留まる。赤く色付けされた織物だ。赤といっても一概に同じような赤色はなく鮮やかな緋色や夕日のような朱色など…様々な赤織物が晴天の空の下に干されている。
 その中に同じように赤色のポケモンが1匹、ハサミポケモンのハッサムであった。
 俺はハッサムのビンガタ。赤色専門の染色業を営んでいる。赤色専門なのは俺の第2魔力が“紅染くれないぞめの魔法”だからだ。今でこそこうやって悠々自適に生活しているけど小さい頃は大変だったんだよな。





 * * *





 俺は戦が絶えなく起こる地方で生まれた。その頃の俺は子供であったため進化前のストライクだった。母親と2匹で暮らしており父親は戦場に駆り出されていて家にはいなかった。

 ある時、母親が見知らぬポケモンから1つの小さな箱を貰っているのを見かけた。その日以来、しばしば母親が俺が寝静まった後にその箱を見つめては静かに泣いているところを見たのだ。今でこそあれがなんだったのか分かる気がする。あれは父親の戦死公報せんしこうほうだったのかも知れない。俺の父親は戦場で亡くなってしまったのだろう。皮肉にも悲しい時に泣くことを俺はこの時初めて知ったのだった。

 そんなある時、敵兵のポケモンが食料を求めて俺の家に来たのだ。荒々しい態度で食料を寄越せと脅してくる敵兵に対してどうすればいいのか分からずに母親はあたふたしていた。その様子に耐えかねたのかそのポケモンは母親の胸に向かって針を突きつけた。鈍い色をした銀の針。それを突きつけられた母親は “どうか息子だけは…!” と懇願したのだった。しかし、そのポケモンからしてみればさっさと食料を出さない母親に苛立っていた。その苛立りによっておそれていた最悪の事態が起こってしまった。




 小さな小屋の中に鈍い音と赤いものが飛び散った。




 親の周りに飛び散ったそれが最初はなんだったのか俺は理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。動かなくなった親の身体、銀の針が刺さった胸の辺りから延々と流れ出る赤黒い液体。血だ。血塗れになった親を前にして頭の中が真っ白になった。鉄臭いにおいが部屋の中に漂う。親は殺されたのだ。
 その後敵兵のポケモンは家の中の食料を漁ったのちに俺を置いて家から立ち去った。今思えばあの時殺されなかったのが不思議でならない。恐らく子供如き殺す価値もない、勝手に野垂れ死ぬとでも思われたのだろう。

 そのあと俺は家を飛び出した。逃げなきゃという意思はあったがどこに行けばいいか、当てもなしにとにかく一心不乱にその場から逃げるために走った。その時のことはほとんど覚えていない。親が殺されたショックで気が動転していたのだろう。気づいた時には親戚の家のベットにいた。どうやらあの後俺は無意識に遠くの方にある親戚のところにかけこんでいたらしい。
その後俺はそのまま親戚に引き取られることになった。


 親戚に世話になりつつそれから時が幾分か流れた。子供だった俺はハッサムに進化して少しだけ成長していた。12歳も過ぎたころには魔法を使うための魔力も宿った。俺の第1魔力は“土の魔力”が宿った。むし・はがねタイプの俺にとってこれが普通だった。
 その後魔法の修行なんかをしながらごくごく普通に過ごしていた。第2魔力が宿るまでは…


 第2魔力は第1魔力が宿ってからしばらくしてから宿る種類豊富な魔力なのだ。俺の場合は2年後に宿った。俺に宿ったのは“血染ちぞめの魔法”だった。血染の魔法は血から魔法に必要なマナを生み出すことの出来る魔法なのだ。しかしその血はポケモンの血を必要とする。第2魔力は育った環境などによって左右される魔法だと言われている。おそらく俺の場合、小さい頃のあの経験がトラウマとなって刻み込まれたためこの魔力が宿ってしまったのだろう。
 当然そんな変な魔力が宿ってしまったら他のポケモンからとやかく言われるのは当然のことであった。最初は親戚も俺のことを擁護していたのだがそれも段々と薄れてしまい、ついには親戚にまでもとやかく言われるようになっってしまった。“ここまで育ててあげたのになんたってそんな魔力が宿っちゃったのかねぇ” “もともと慈悲でアンタを養ってたんだよ?” 正直、あの時のことは思い出したくもないがそんな風に言われていた。最初は仕方がないと思い、内にしまっていた。

 しかしそんなことで耐えていても限界がきてしまった。それは夕食の時であった。ぐちぐち非難してくる親戚に対して切れてしまったのだ。頭の中で糸がプッツンと切れたような感覚だった。そのあと何が起こったのかは覚えていない。しかし、気づいた時には手は赤く染まっていてその側には血を流しながら倒れている親戚の姿が映し出されていた。ここで何が起こったのか、俺が何をしたのか、すぐに理解した。




 俺が殺したんだ




 俺は家から飛び出し無我夢中で逃げた。捕まるのが怖いという気持ちというより何か違う恐怖に襲われていた。幸いにもその日は雨が降っていた。走っているうちに付いていた血も雨に濡れて落ちてしまっていた。親も殺されてしまった上に自分で親戚を殺してしまった俺に身を寄せることのできる場所などもはやどこにもなかった。淀んだ雲が空を覆う中、俺は森の中へ走っていった。そこにしか身を潜めることはできないと思ったからだ。木が生い茂り屋根になる場所を見つけると幹に倒れるように座り込んだ。身体は小刻みに震える。雨に打たれ身体が冷えてしまったこともそうだが、何よりもこの手でポケモンを殺してしまったという自身に対しての恐怖で震えていた。暗い雨が降る中、俺はそこで過ごすことにした。

 そこで過ごして何日かの時が流れた。あの時から何も食べていないせいでお腹もかなり空いていて意識を保つことも精一杯な状況だった。その時近くで声が聞こえてきた。ここら辺を通ろうとしている旅ポケモンなのだったのだろうか。しかしその時は頭より先に身体の方が動いた。顔を俯け茂みを掻き分けながら足元がおぼつかない様子でヨロヨロとポケモンの方に歩み寄る。茂みから出てきた俺を見たポケモンは驚いて小さな悲鳴をあげつつ後ろにたじろいだが、すぐに “だ、大丈夫ですか…?” と声をかけてくれた。そこらの野生のポケモンと違いひどく傷ついていたので恐らく遭難者だと思ってくれたのだろう。心配してこちらに近づいてくるそのポケモン、そのポケモンに向かって、俺は手を振りかざした。




 その瞬間、そのポケモンから赤いものが飛び散った




 手のハサミの部分にはまた赤い液体がこびりついていた。意識はあった。そのポケモンを手のハサミで切り刻んだ感触も感じていた。その手についた生暖かい血、目の前でポケモンが切り刻まれ、血が噴き出す様子もその目でまじまじと見ていた。殺ろうと思ったわけではない。身体が勝手に動いた感じだった。

ハサミの中に溜まった血をすすった。どことなく空腹が薄れた気がした。
なんで殺ったんだ?腹が減っていたから?いや、意図して殺ったわけではない。分からない。なんで、なんでなんだ。わからない。わかりたくもない。

ただ今だったら分かる、あれは内に秘めた魔力が血を欲していたからだ。


 空から小さな雨粒が落ち始めた。その雨は次第に強まりその場にあったポケモンだったものから流れ出る血を流し始めていた。
虚ろな目で俺は茂みの中へと戻っていった。そして歩いた。ひたすらに歩いた。なるべくポケモンが寄り付かなさそうな場所を目指して、ひたすらに歩いた。理解が追いつかない状態だったその時に、たった1つだけ確信をもって理解出来ることがあった。




 俺は血に飢えた怪物と成り果ててしまったのだ




 それから俺はポケモンの寄り付かなさそうな場所を見つけてはそこで寝泊まりすることにした。しかし、どんなに寄り付かなさそうな場所を見つけても、あるポケモン達を見つけてしまうのだ。それは“魔法探検隊”だ。探検隊というだけあって普段ポケモンが寄り付かなそうな場所には必ずといっていいほど彼らに出会ってしまう。出会ったら最後、そのポケモンを血に染め上げてしまう。野生のポケモンやお尋ねものとして探検隊と対峙することもあったが元々の俺の第2魔力は血染の魔法、血でマナが強化されていくため戦闘で負けることはなかった。
ポケモンの血を浴びるたびに最初にあった自身に対する恐怖や新鮮な血の暖かさなんかは薄れていっていった気がした。
そうして探検隊からの血を魔力にポケ知れずに暴れ狂うポケモンと成り果ててしまったのだった。



 それからどれくらい経ったかはもはや分からなくなったころ、俺はある探検隊と対峙していた。いつものように魔法でさっさと殺そうとしたのだが一瞬の隙を突かれてしまいその探検隊に破れてしまったのだ。その時、俺は殺される、と初めて思った。しかし、これまで多くのポケモンを殺していた俺に対してこれは正しい罰なのだ。
探検隊が近寄ってくる。殺される覚悟はとうに出来ていた。

 しかし、そのポケモンは俺に向かってこう言ったのだ。“君、野生のポケモンじゃないな?”と。野生のポケモンとは自我を失い見境なくポケモンに襲いかかるポケモンたちのことだ。しかし俺は意識無くして怒り狂い襲いかかるポケモンと違って少なからず自我は保っていた。俺は静かに頷いた。
 俺が頷くとそのポケモン達は安全な場所まで俺を運び、傷の手当てをしてくれたのだった。その時、俺は理解できなかった。さっきまで殺そうとしていたやつを手当てするなんて。


 傷が癒えてくる頃にはすでに夜になっていた。目の前にはさっきまで対峙していた3匹のポケモンが座り込んでいた。何故だかそのポケモン達を再び襲おうとは思わなかった。辛うじて口を開き、俺はそのポケモン達に問いかけた。 “なんで助けたんだ” と。

 焚き火のパチパチと静かに燃える炎の音が静寂の夜に響く中、1匹のポケモンが問いに応じた。そのポケモンはキバへびポケモンのハブネーク。怖そうな見た目とは裏腹に優しい口調でこう答えた。

  “君、宿った魔力で苦しんでたんじゃないか?”

予想外の言葉に俺はあっけらかんとしていた。このポケモンは俺に宿っている魔力のことを知っているのか?考えても答えなど出るはずもないがなぜか俺は黙ってしまった。そして静かに頷いた。
そうすると、ハブネークはさっきのような優しい口調でこういったのだ。


  “今まで辛かっただろう”


 その言葉を聞いた途端、目の周りが熱く感じた。そして頰をつたって地面に無色透明な何かが落ちてきた。最初はこれがなんなのか分からなかった。しかしすぐになんなのか思い出した。涙だ。悲しくなった時に出るあの涙だ。しかし今は悲しいわけでもないのになぜか涙が出ているのだ。分からなかった。なんで涙が出ているのか。なんで泣いているのか。
泣いている俺を抱きかかえるかのようにハブネークは優しく寄り添ってくれた。そばにいたポケモンが泣いている俺に向かってこういってくれた。

  “それは涙って言うんだぜ。悲しい時にも涙は出るが、嬉しい時にも涙は出るんだぜ”

そう言ってくれたのはネコイタチポケモンのザングースだった。
嬉しい時にも涙は出る、今まで生きてきて初めて知った。そうか、俺は今嬉しいんだ、俺のことを、俺の魔力のことを受け入れてもらえて、理解してもらえて嬉しいんだ…。
今まで感じたことのない感情に押し流され、俺はひたすら泣いていた。
今は感情に任せて泣こう、俺は、暖かい何かに包まれながらその場で、静かに泣いた……。

 “流石じゃな…”

そばにいたもう1匹のポケモン、けんじゃポケモンのヤレユータンが苦笑いしながらそう言ったのが聞こえた。


 その後、俺はハブネーク達のチームジャックに色々世話になった。まずはハブネークのトカラの提案で血の代わりに赤色の染料で魔法の代用にできないかと相談され、ザングースのジャワとヤレユータンのマンタが赤の染料を集めてきてくれた。もちろん血ではなく自然に存在する天然の染料で。
 一年後にはその作戦が功を制し俺は血の代わりに赤の染料からマナを作り出すことができるようになったのだ。トカラによるとこう言った第2魔力は用途を変えたりする事で時間はかかるがそれを別の魔力に変えることが出来るそうだ。俺の魔力は“血染の魔法”から“紅染の魔法”に変化したのだ。
 その後、トカラの勧めで俺は染色の技術を学び、今はこうして赤色専門の染色業を営んでいる。





 * * *





 今日も今日とて俺は染色業に営んでいる。今日の染物も終わり水道で手についた染料を洗っていると玄関の方からチャイムが鳴り響くと同時に扉の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。トカラとジャワだ。手を早々に洗い終わり玄関へと赴き2匹を中に通す。今日は新たな宗教勧誘の方法をについて相談しにきたようだ。こう見えてトカラとジャワは魔法学者でありながら“時空教じくうきょう”といういかにも怪しそうな宗教の教祖でもあるのだ(ジャワはその幹部みたいな立ち位置)。しかし俺のような魔法で不便な思いをしているポケモン達の心の拠り所としての役割を果たしているので名前だけが怪しいだけで中身はそうでもない。
 いつしか俺もトカラから謎の経典らしきものをもらってその宗教に(勝手に)入らされたが、今となってはそれでよかったと思っている。
今日も今日とてトカラ達は新たな宗教勧誘のために活動している。トカラ的には最近流行りの“つながりオーブ”とやらを使って勧誘を行いたいらしい。
 ホント、変わってないなこのポケモン達は。心の中でそう思いつつ俺は意見がぶつかり合い喧嘩している2匹を静かに見守ることにした。





  “今の俺がいるのはあんたらのおかげだ。ありがとな…”

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