ハッピーマンデーロングドライブ!

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作者:紫雲
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読了時間目安:8分

三連休の最後の月曜日にだけ、君のお父さんは帰ってきます。
朝の5時。まだお日様が顔を覗かせる前、空の色が暗い頃。
短いクラクションの音がする。君は布団から跳ね起きて、パジャマを脱ぎ捨てる。
顔を洗って口をゆすいで、シャツと短パンに汚れたスニーカーを身に纏う。
重い玄関扉を思い切り開けると、運転席から顔を覗かせる君のお父さん。
大きくもない、小さくもない。どこにでも走っている普通のクルマ。
笑顔の君は助手席に乗り込んだ。ここは安心で快適で、君の一番のお気に入り。

シートベルトをしっかり着け、お父さんに目配せする。
アクセルペダルをゆっくりと踏み込んで、クルマものんびりと動き出す。
ドアウインドを下げると朝の涼しい空気が漂う。
左手を窓の外に伸ばすと風が流れ込んで、君の髪を逆立たせた。
「どこに行くの?」と君は尋ねる。
「どこにでも行こう」とお父さんは答える。
一日は長い。どこにだって行ける。お父さんの運転なら、どこにだって行ける。

街の外れにパン屋さんがあった。朝食を買っていこう。
お父さんはクロワッサン。君はカレーパン。クルマの中に香ばしい匂い。
景色は緑の草原に黒い一本道がただ続く。草原を見渡せそうな丘が見えた。
クルマが草を踏みしめ、丘陵を登る。青い空は青く、緑の草原は緑に。
お父さんは片手にクロワッサン、紙コップのコーヒーからは大人な香り。
カリっと揚がったカレーパン、ルウのスパイスは少し辛口。
ミルクたっぷりのコーヒーで流し込むと、君は少し大人になった気分。

風にあおられたくさっぱらが、波立つ海のようだった。
「海も見たい」と君は言う。「海へ行こう」とお父さんは言う。
一息つくと、お父さんはアクセルを踏み込んだ。
ぐぐっと発進したクルマは、邪魔するものなんて無いアスファルトの道を真っ直ぐ進む。
雲一つ無い青空なのに、突然日差しが遮られた。
空を仰ぐと大きなおおきな鳥が、クルマのスピードに合わせるように飛んでいた。
「ホウオウだよ」と君は叫ぶ。太陽の光を浴びて虹色に輝く鳥が、道を照らしてくれる。

峠道に差し掛かかり、路面がぐちゃぐちゃと悪い中でも、クルマは順調に山を登る。
ひんやり冷たいトンネルを、ヘッドライトが煌々と明るくする。
隧道を抜けると道が一気に下り坂。クルマのエンジンブレーキが唸り上げる。
針葉樹林の柱の先に、大海原が現れた。エメラルドグリーンで間違いない。
山を下りきってクルマは砂浜に辿り着いた。ヒトデマンやサニーゴのお出迎え。
沖には潮が吹きあがってカイオーガの頼もしい顔が見えた。
「このまま海を進もう」とお父さん。水しぶきを放って、クルマは海中へ潜っていく。

海に棲むポケモンたちがあちらこちら。アシレーヌにミロカロスが舞い踊る。
クルマに負けないスピードで、サメハダーが並んで泳ぐ。海底の砂泥が撒き上がる。
サンゴ礁の壁に挟まれた道は、海溝の奥へと続き、ハイビームの明かりは届かない。
「暗くなってきたね」と君は不安そう。
お父さんはちらと笑顔を見せてくれると、クルマをゆっくりと止めて、ライトを切った。
真っ暗闇の中で、いくつものまあるい灯りが見え隠れ。あれはチョンチーの群れだよね。
ウインド越しにはジーランス。クルマの下にはホエルオー。背中に乗って浮き上がる。

エンジンの音がしないのに、クルマは進む。ホエルオーの背中を頼りに。
入道雲が沸き起こって、どんどん黒い曇天に、踊り狂うトルネロスとボルトロス。
屋根打つ雨音と激しい雷、クルマが揺れて怯えているよ。
「空の上なら晴れているよ」と君は言う。「それじゃあお祈りをしよう」とお父さん。
一緒に両手をきっちり合わせる。空の上に連れて行って。願いは何でも叶うんだ。
バックミラーに映った影は、あっという間に大きな竜に。
吹きすさぶ暴風雨の中を、カイリューがクルマを持ち上げ高くたかく飛んでいく。

ガラスにびっしりの雨粒を、ワイパーが何度もなんどもかき流す。
突き抜けた雲の上、真っ青な宇宙に続く空に、幾重もの線を描くドラゴンたち。
凶暴なボーマンダもレックウザも、壁の無いここではみんな仲良しなんだ。
「ありがとう、もう大丈夫だよ」お父さんがカイリューにお礼を言った。君も言った。
クルマのタイヤが雲を掴んで走り出す。普通のクルマ。でも自慢のクルマ。
太陽の光が降り注ぐ。白い雲の照り返し。サングラスを掛けたお父さん。
君も真似てサングラス。雲の上にギャングの親子。世界のてっぺんを走り抜ける。

雲海が途切れてクルマが落ちる。フワライドの群れがパラシュートを作ってくれた。
ふわふわ漂って、小さな島に不時着だ。大きな鉄骨を運ぶドテッコツ。
目の前に見えるは高くて大きな発射台。宇宙にまで行ける発射台。
「宇宙にまで行けるかな」と君は聞く。「宇宙にまで行けるだろう」とお父さん。
鉄骨が組み上げられた発射台。カイリキーたちの手伝いで、クルマは縦に立てられた。
マルマインが百何匹も。10から数えるカウントダウン。お父さんはアクセルをふかす。
リフトアップ! 大爆発の爆風で、クルマは一直線に天空を駆ける。

空の色がどんどん黒く、星々がだんだん近く、クルマの速度計は振り切れた。
身体がぷかぷか、重力ともさようなら。君はシートベルトをしっかり握る。
名前のある星知らない星、輪っかの惑星、真っ赤な天体、たくさんの星を過ぎ去った。
「宇宙にもポケモンはいるのかな?」君の素朴な疑問。解決しに行こう。
青い星。つつましい緑。白いまだら模様。きっと命の源がある。お父さんが指を差す。
テールライトを光らせながら、大気圏に突入だ。熱にも強いカッコいいクルマ。
ブレーキ踏み締めハンドルをがっちり握る。優しくてカッコいいお父さん。

ふわっと舞い降りたのは、点々と、どこまでも、美しく咲き誇る花畑。その真ん中。
数えることもできない色とりどりの花々。見たことも無い色とりどりの花々。
花絨毯から鳴き声がたくさん。顔を出したのはイーブイ、リーフィア、仲間たち。
「他の星にもポケモンがいるんだね」君は驚きと嬉しさをお父さんに伝える。
「そうだね、どこにでもいるんだね」お父さんは目を細めて君の笑顔に答えた。
ブラッキーとグレイシアが、クルマの下に潜りこんで真っ白の太陽から身を隠す。
エーフィとブースターが、クルマの屋根で日向ぼっこ。穏やかな時間が流れている。

シャワーズが水飛沫で虹を作った。「そろそろ帰ろうか」お父さんが君に言う。
ニンフィアが器用に花冠を作った。「帰りたくないよ」と君は駄々をこねる。
「帰らないとみんなが心配するよ」「でも、帰り方が分からないよ」
「そうだね、いつも帰り方が分からなくなるんだよね」と、お父さんは呟きます。
「大丈夫だよ。ここにもポケモンたちがいたんだから」君は満面の笑みを浮かべます。
サンダースを撫でる君。花々に囲まれた君。天国とはこういうところなのでしょうか。
次の祝日はいつでしょうか。君に会えるその日その時。今度こそは一緒に帰ろうね。





 つづく







































心電図の音。点滴の雫。咽び泣く声。呪文めいた鳴き声。横たわる子。
ある新人看護師が尋ねました。「あの子はどうしたのかしら」と。
ある人はこう言いました。「交通事故で意識が戻らないのよ」と。
またある人は言いました。「痴ほうの老爺に未来を奪われた」と。
また別の人は言いました。「お父さんは祝日にしか来れない」と。
そしてお父さんは言いました。「大丈夫だから帰っておいで」と。
ムウマージが優しい幻を見せ続けます。お父さんは涙を流し続けています。





 おわり


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感想

お名前:花鳥風月さん
投稿お疲れ様です!

「つづく」までを読ませていただいたわたし→あら~かわいいドライブのお話かしら……。ポケモンのいる世界のドライブってこんな感じなんだろうなぁ。わたしも小さいとき車の中でカレーパン食べたなぁ。
「つづく」以降を読んだわたし→うわぁああああああああ!!ぎゃぁあああああああああ!!!!うわぁああああああ、あああああ……ううううううううううう(以下ループ)

今回の覆面作家で、まさか声を上げて絶叫すると思いませんでした。それほど上げて落とされたような気分です(誉め言葉)。何でこんなに衝撃だったかって、もちろん最後のオチもそうなのですがドライブのシーンがめちゃくちゃ幸せそうなんですよね。あとカイリューがクルマを持ち上げるアイディア(ネタ?)もすごいと思いました。正に共存ですね。
あとさりげなく、交通事故の原因を匂わせるものが現実世界の時事的な問題だったのもグサリときました。社会風刺的な側面もあるように感じて痺れます。
書いた日:2019年07月06日
お名前:円山翔さん
二人称視点で、誰から見た「きみ」だろうか、という問いの答えが、最後の最後で明らかになって。夢のような光景は、本当に夢だったんですね。タイトルの楽しい感じとは裏腹に哀しいお話ですが、ムウマージの優しさが心に染みるようです。「三連休の最後の月曜日→祝日にしか帰ってこられない」の伏線回収、お見事でした。
書いた日:2019年06月02日