絆の証
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この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください
これが、ボク達の絆なんだ
「いくよ、クロウ!」
ボクの呼びかけに、一匹のヤミカラス……クロウが大きな声をあげた。それをボクはオーケーサインだと受け取り、草むらの奥に潜むオタチに向かって攻撃を指示する。
クロウは翼を二、三回動かすと流れるような動きでオタチの前まで飛び、驚きから動くことができない獲物に容赦のない攻撃を与える。そろそろいいかな、とボクが新しいモンスターボールに手をかけていると、ドサリと嫌な音がした。
まさか、という思いを抱えながら音がした方向に目を向けてみる。そこにはまるでボロ雑巾かと思うほどに傷つき倒れたオタチと、どこか不満げな表情で虚空を見つめるヤミカラスの姿があった。
「クロウ!!」
体の底から溢れる怒りのままに、クロウを怒鳴りつける。オタチはどう見ても瀕死状態だ。これではボールが反応してくれない。
既に登録されたポケモンはどんな状態でも受け入れ、そうじゃないポケモンは残りの体力で受け入れるかどうかを判断する。お陰で瀕死のポケモンを捕まえようとした結果、ボールの中で抵抗したポケモンがその中で死亡する事故はなくなった。
そのせいで、新しい仲間を望むトレーナーはどのくらい相手の体力を残してゲットするかの見極めが必要不可欠になっている。ボクはもう新人ではないのだから、その辺の見極めは難しく思わない。
でも、問題は相手をするクロウだった。少し前に遠出した森で捕まえた、ボクの初めてのパートナー。この地方では滅多に見られないポケモンだったから、捕まえた時はかなり不思議に思ったのを覚えている。
とてもボロボロだったことと、近くに朱に濡れたエーフィらしきものがあったことを考えると余程酷いことをされた後に捨てられたか、何かに襲われたのかもしれない。ポケモンセンターに連れて行った時、ジョーイさんに一体何があったのかとしつこく聞かれたのはいい思い出だ。
無事に退院できるほど回復したクロウを晴れて捕まえたボクは、彼が何を覚えているかを確認するために近くの草むらに入っていった。他の人のように早く仲間を増やしたい、と考えていたのもあってボクは真剣だった。
だけど、クロウはそこで出会ったポケモンから逃げ出してしまった。何回、何十回やっても結果は同じだった。性格は臆病ではなかったから、きっと出会う前の出来事が恐怖となって戦いを拒んでいるのだろう。
そう考えたボクは、まずは恐怖を克服させるためホログラムのポケモン相手にバトルができる施設を探し、徹底的にバトルをした。最初はホログラム相手でも逃走していたクロウだったけれど、回数が三桁に入る頃には普通のポケモンと同じような戦いができるようになっていた。
これで、やっとそれらしいバトルをすることができる。そう思ったボクは以前とは違う草むらに挑戦をした。架空とはいえ数多もの戦いを切り抜けたクロウの動きは、まるで別のポケモンのようになっていた。それはもう、ボクの指示もいらないくらいに。
結果として、クロウは勝った。圧勝だった。でも、彼はやりすぎた。彼が戦ったポケモンは一匹として無事ではおらず、酷い時には応急処置をしている間に息が途切れたポケモンもいたほどだ。
このことを相談した友達の中には、レベル差がありすぎるからじゃないか? とクロウじゃなくてボクが悪いように言うやつもいた。でも、違う。ボクは悪くない。ボクはクロウのレベルを見て、ちゃんと「彼に近いレベルのポケモンが出る草むら」に入った。
最近はようやく指示を聞いてくれるようになったけど、クロウは変わらない。あれだけのことをしているというのに、レベルが全く上がらない。不思議で仕方がないけど、以前ジョーイさんにクロウは何かの呪いを受けていると言われたことがある。
だから、レベルが上がらない。ほら、ボクには何の問題もない。問題があるのは、クロウだけなんだ。
*****
「……なあ、ユウヤ。何でお前はそのヤミカラス……クロウを手放さないんだ? 今のところ、問題しか引き起こしていないんだろう?」
オタチをポケモンセンターに届けてから数日後、友達の一人であるアラタがそんなことを言ってきた。まさかアラタに言われるとは思わず、ボクは一瞬だけ反応が遅れる。
「逆に聞きたいよ。何で手放す必要があるの? ボクとクロウには強い絆があるのに」
絆、という言葉を聞いた途端、パートナーの頭を撫でていたアラタの顔がぐにゃりと歪む。彼のパートナーである色違いのブラッキーの顔も、どこか歪んでいるように見えた。
「絆? 毎日野生のポケモンを傷つけるだけのポケモンに、そのポケモンに文句ばかり言うトレーナー。そんなやつらのどこに絆があるっていうんだ?」
「……ポケモンの言葉がわかるアラタ達にはわからないだろうけど、ボク達にはちゃんと絆があるんだ。証だってある」
今や、ほとんどの地方のトレーナーはポケモンスクールに通っている時にポケモンの言葉を学ぶ。でも物事には向き不向きがあるように、すぐにポケモンの言葉がわかるようになるやつもいればボクのようにいくら頑張ってもわからないやつもいる。
そんなボクはポケモンと楽しそうに会話する人達が羨ましかった。言葉が通じないと仲間ができないと言われているようで、苦しかった。言葉を交わせなくても絆は生まれることを証明したかった。
「……証? 証って、なんだよ」
「これだよ」
嫌な視線を送るアラタに見せつけるようにボクが置いたのは、クロウが入ったモンスターボール。これが何になるというんだ。そういう視線がボクに突き刺さる。
確かに言葉で絆を確認しているアラタ達にとって、ボールはただの道具に他ならないだろう。でもボク達にとって、これはボク達の絆そのものだ。これがあったからこそクロウはボクと一緒にいてくれる。ボク達はパートナーなんだと実感することができる。
じっとボールを見つめるボクに、アラタが真剣な表情で話しかけてくる。
「ユウヤ。そのヤミカラスは明らかにおかしい。……オレ、前に聞いたんだよ。ヤミカラスが『俺の名前はクロウじゃない! 俺は人間なんだ!』って叫んでいるのを」
「クロウの妄想じゃないの?」
「しかも、『くっそ、どうやったらボールを壊せるんだ? 俺は元の生活に戻りたいんだ!』って何度もボールを壊そうとしていた」
「ボールで遊んでいただけだよ、きっと」
「もしかしなくても、あのヤミカラス……元は人間だったんじゃないのか? ちゃんと調べて、戻せるようなら戻した方がいい!!」
「人間がポケモンになったなんて、おとぎ話や空想の話でしか聞いたことがない! からかうのもいい加減にしてくれ!」
「ユウヤ!!」
*****
まだ何か言いたげなアラタの声を振り切り、ボクは最初にクロウと出会った森にやってきていた。クロウが元人間? もしそうだとしたら、どうやってなったというんだ。キュウコンの尻尾にでも触ったのか?
「はは……バカらしい」
今時キュウコンの尻尾に触れて呪われるなんて話、見たことも聞いたこともない。いるとしたら、そいつはとんでもないバカか命知らずだ。アラタの言葉はさっさと忘れることにして、ボールからクロウを出す。
クロウはやはり不満げな表情で虚空を見つめているが、ここから逃げ出さないということはボクを信用しているに他ならない。今はちょっと意見がすれ違っているだけで、ボク達にはちゃんと絆があるんだ。
「あっ」
突然吹いてきた風に、適当なところに置いていたボールが転がっていく。遠くに行かないうちに回収しようと足を踏み出し、ボールに手が触れるか否かの距離になった時。
「うわっ」
片足が何かに引っかかり、ボクは大きくバランスを崩してしまった。それだけならよかったものの、目的とは違う場所に踏み出された足はまるで狙ったかのようにボールを潰し、グシャリと嫌な音を辺りに響かせる。
「ああ……」
粉々になったボールを見て、新しいボールはどこにしまっていたっけ、とリュックの中をガサゴソと漁っていると。
「クロウ!?」
さっきまでボクの近くで突っ立っていたクロウが、ボールが壊れたのを見た途端にどこかに飛び去っていく。慌てて新しいボールを探してスイッチを押すも、赤い光線が届く前にクロウの姿はどんどんと小さくなり、やがて完全に見えなくなった。
もう何も見えなくなった空を見ながら、ボクはポツリと言葉を漏らす。
「……ああ、なんだ。そうだったのか」
全て、アラタの言う通りだった。ボク達に絆なんて、存在しなかった。ボクが勝手に思い込んでいた、ただの幻想だった。ボクが彼との絆の証だと思っていたものは、偽物の証だったんだ。
「はは、ははは!」
そう考えると今までのボクはなんておかしかったのだろう。次から次へと笑いが込み上げてきて、全てがどうでもよくなってきた。
「こんなもの、もういらないや」
ボクはそう言うと、偽の証を遠くに投げ捨てた。
*****
「……ユウヤ、トレーナーを辞めたってどういうことだ!? オレは確かにヤミカラスを手放すようには言ったが、辞めろとまでは言っていないはずだ!」
次の日、トレーナーカードを返却したボクのところにアラタが怒鳴り込んできた。近所迷惑だなと耳を塞ぎながら、ピリピリとした表情の友達に視線を送る。
「ボクはどうやっても偽物の絆でしか仲間を増やせない。それがわかったから、辞めたまでだよ。ボクは本物の絆を手に入れたいんだ」
「偽物って、お前――」
アラタはまた何か言おうとしていたけど、ボクの表情を見て口を閉じる。きっと何を言っても無駄なことがわかったのだろう。
「……もういい。最後に一つだけ伝えておく。昨夜、近くの裏路地でヤミカラスの死体が見つかったそうだ」
この近くでヤミカラスといえば、彼しかいない。ということは、そのヤミカラスは彼で間違いないだろう。アラタはボクに彼を引き取って欲しいとか、最後をちゃんと見てやって欲しいと思っているに違いない。
でも、ボクはもう彼のトレーナーじゃない。彼とは何の繋がりもない。
「それがどうしたの? さ、用が済んだのならとっとと帰ってよ」
「ゆ、ユウヤ!?」
驚きで目を丸くするアラタを強引に追い出すと、ボクはただ空を見て嗤った。
「クロウなんてヤミカラス、ボク知~らない!」
「偽の証」 終わり