とおせんぼう

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作者:坑/48095
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 べしっ! と平手で勢いよくはたいたような乾いた音が響いた。その技を受けたワニノコがふがっむがっと呻きながら尻もちをつく。ワニノコの顔面を覆うように貼りついていたのは、真新しいペンキで塗ったような真っ赤なバツ印だった――。
 僕たちは森の中に佇む姉の研究所を目指していた。年の離れた姉は、親戚がかつて営んでいたペンションを譲り受けてそこを拠点にし、森のポケモンの調査をしている。最近、森でしらないポケモン(新種かもと姉は言う)を見たらしく、僕たちはポケモン探しに駆り出されたのだった。
 オタチ、オオタチ、オドシシと、この辺りでよく見るポケモンとすれ違いながら歩いていると、一本の木に目が留まった。がさごそと動いていたのですぐにわかった。それは木ではなく、木のふりをして敵をやりすごすという、ウソッキーだった。
 それにしてはそのウソッキーは落ち着きがなかった。どんなポーズを取ってもしっくりこないというように枝のような腕を振ったり、足を動かしたり、顔もあっち向いてどっち向いてと忙しない。
 しばらく眺めてしまっていた。そしてとうとう目が合ったかと思うと、驚いたことにウソッキーは(そのとても短い足で)迫ってきたのだ。僕たちが、え? 何? わにっ? とか言っているうちに、ウソッキーはワニノコに何かしらの攻撃をして(やはり短い足で)走り去ってしまったのだった。ワニノコの顔面に、何やら赤いバツ印を残して。
「暴れるなって、今取ってあげるから」
 それは強力な粘着テープみたいに貼りついていて、無理に剥げばワニノコの顔の皮ごとひん剥いてしまいそうだった。かと思えば、僕が手を放すとそれは「自ら」ワニノコから離れ、二本の足(つまり、バツ印の下半分の二本の棒)で地面に立った。痛かったよお、とわにわに泣くワニノコの隣で、バツ印もまた、メソメソし出す。そう、そいつは顔もないのに泣き出したのだ。
「な、なんだこれ……」

*

「新種のポケモンだと思っていたのは、ウソッキーの技『とおせんぼう』だったのかあ」
 泣き疲れて大人しくなった二体(という表現でいいのかはしらない)を抱え、姉の研究所まで運んだ。姉の用意したクッキーを食べるのに夢中なバツ印は、技というよりやっぱり生き物だった。
「技がこんな生き物みたいになるの」
「ウソッキーだって木のくせに動いてるし。そのウソッキーが出した技ならあり得るんじゃない」
「ウソッキーは木じゃなくて石だよ」
「しらんけど」
 クッキーを食べ終えたバツ印がきょろきょろと周りを確かめている。隣には、食べながらうとうとするワニノコがいるだけ。目当てのものが見つからなかったのか、しゅんと落ち込んでしまった。
「ウソッキーを探してるのかな」
「そうかもね。親なのか友達なのか、あるいはご主人様か、どう解釈すべきだろう」
 だけど、と僕は思う。あのときのウソッキーはまるで、このバツ印を僕たちに押しつけたみたいだった。親にしてもご主人様にしても、こんなに幼い(多分)生き物を見ず知らずの他人に預けるなんてひどいと思う。すっかり消沈しているバツ印。またいつ泣き出すかわからない。
「ウソッキーを見つけたら何かわかるかな。こいつを置いていった理由とか」
 まるでベビィポケモンみたいなバツ印を見ていると、技とはいえなんだかかわいそうに思えてくる。
「木を隠すなら森の中って言葉もあるし、探し出すのは大変なんじゃない」
「ウソッキーは木じゃなくて石だよ」
「しらんけど」
「それにそのウソッキー、よく動くんだ。だからすぐ見つかると思う」
 よく動く? よく動く……と姉は繰り返す。
「そのウソッキーなら私もしってるかも。よしっ、じゃあさっそく行こっか」
 姉は、わにわにと寝言を漏らすワニノコの口を塞いで起こした。

*

 変な起こし方をされて不機嫌なワニノコを僕が、お腹(あるのだろうか)がふくれてすよすよと寝息を立てるバツ印を姉が抱っこして、ウソッキーと出会った辺りまで歩いてみる。ジムバッジはゲットした? まだ全然勝てないよ。進化もまだまだっぽいね。(ここでワニノコが姉にかみつこうとする)――そんなやりとりをしていると、向こうからへたくそな歌みたいなものが聞こえてきた。
「あれじゃない?」
 思っていた以上にあっさりと見つかった。ウソッキーは歌いながら、しゃかしゃか、ぐるぐると激しく動いていた。硬そうな身体なのに滑らかなカーブを描き、かと思えば短い足で前へ後ろへと素早くステップ。ウソッキーは、踊っていた。
「ああ、やっぱりね」
 何かに納得するみたいに姉が頷く。陽気なウソッキーの歌にバツ印は目を覚ましたようだった。赤くて小さなその身体でウソッキー目がけて走っていく。やっぱりウソッキーと一緒にいたいんだなあとのんびり思っていると、気づいたウソッキーは一瞬固まり、それからさっと身を翻し逃げ出した。
「ぼんやりしてないでよ! 何のためにワニノコ起こしてきたの」
「あ、そうか! わ、ワニノコ、『みずのちかい』! ウソッキーを止めるんだ」
 僕の腕から飛び出したワニノコは、両足同時に着地した。それが合図であるとでもいうように、ウソッキーの行手前方に、風船に小さな穴を開けたみたいに水が勢いよく噴き出した。幾筋もの水の柱に道を阻まれ、動けないウソッキー。そこにバツ印が飛びついた。
 ぱしん。
 そんな音が聞こえた。ウソッキーは、飛んできたバツ印を手ではたいたのだ。さもうるさそうに。冷酷に。
 ぶたれて、吹き飛ばされて、それでもバツ印は立ち上がってウソッキーに近づこうとする。何度やっても同じだった。どうしてウソッキーがそんなひどいことをするのかわからなかった。同じくバツ印もわかっていないようだった。
「もうやめな」
 土と葉っぱに汚れたバツ印を姉が抱き上げる。いやいやというように少しだけ暴れたが、じきに大人しくなった。

*

 すでに水の柱は消え、けれども地面が濡れていてウソッキーはそこを歩きたくないようだった。バツ印が来ないのを察して態度悪く座っている。
「本で読んだことがあるの。擬態のへたな若いウソッキーは、自分に技をかけて練習するんだって」
 姉が労わる手つきでバツ印の汚れをハンカチで拭う。
「この子はきっと、木のふりの練習のために出された技だったんだね」
「ちょっと待ってよ。じゃあどうして自分の技から逃げてるの? 木のふりだって全然してないし」
 目の前のウソッキーは出会ったときから落ち着きがなかった。木のふりどころか踊ってすらいたのだ。まるで意味がわからない。
「気づいたんだよ。木のふりが必要ないってことに」
 ――だってこの森に、ウソッキーを襲うようなポケモンなんていないんだから。
 ああ、そうか。ここに来たときにすれ違ったポケモンたちを思い返す。確かに、オタチやオオタチ相手に木のふりをしたってしょうがない。
「役目を失って、ずっと宙ぶらりんだったんだね。ウソッキーを追うことしかできなくて、だけど本人にはじゃま者扱いされて」
 でもね、と姉は続ける。抱いたバツ印にまるで母親のような優しい微笑みを見せて。
「それももうおしまい。うちにおいで。それで私を手伝って。ポケモンの観察をするのに『とおせんぼう』は十分に力を発揮できるはずだから」
 生きる意味のなかったバツ印に、役割が与えられた瞬間だった。バツ印は姉の提案に喜んだように見えた。
 最後に身勝手なウソッキーに『みずでっぽう』を一発命中させてから、僕たちは研究所に帰った。

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