溶けない氷

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作者:ステイル
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読了時間目安:9分
さくさく、ざくざく、ぎゅっぎゅっぎゅ。

「おもしろいよ!」

「そう? あなたがそういうならきっとそうなのね」

姉のリーフィアは秋に集めておいた枯れ葉に包まりながらガクガクと体を震わせて、ぶっきらぼうに答えます。

「おねぇちゃんもこっちおいでよ!」

グレイシアは姉の体を引っ張りました。

「ぜっっったいにいや! あんたは氷、私は草! それぞれ苦手なものがあるの!」

グレイシアはむくれて頬を膨らませました。

ここのところずっとこうなのです。

寒いから嫌、外が白いから嫌、太陽が出てないから嫌、たとえ今日みたいに太陽が出ていたとしても風が冷たいから嫌……。

あげだしたらキリがありません。何かにつけて洞窟の外に出たがらないのです。

「じゃあどうしたら出てきてくれるの?」

「そうねぇ…」

リーフィアは考え込みました。内心、意地でも出たくないのですが可愛い弟のためです。お願いを叶えて貰って小一時間くらい遊んでやればいいだろうと思ったのです。

「なら、木の皮をたくさん集めてきてちょうだい。……できるだけ大きなのがいいわね」

弟はパァッとまぶしいくらいに顔を輝かせました。

「わかった! おっきな木の皮ね!」

急いだ様子でグレイシアは深く積もった雪の中を駆け出して行きました。

「……寒い」

弟の背中を見送ってリーフィアは枯れ葉の中にすっぽりと潜って目を閉じました。

こうするといくらか寒さが紛れるのです。

姉であるリーフィアはいつもならこんな時期までここにとどまることはありませんでした。

例年通りならもうとっくこの寒い山から下りて、山の裾野の洞穴で春を待っているはずだったのです。

ですが、いつの日かふらっと出て行った弟はグレイシアに進化して帰ってきました。

その時の衝撃と言ったら凄まじいものでした。

てっきり同じリーフィアに進化するものだと思っていたのですから。

そんな弟がもう少しだけこの山にいたいと言ったのです。

姉なのだから仕方ありません。

姉には弟を見守るという使命があります。

寒いのはとことん苦手ですがずっと一緒にいる弟のためです。

「おねぇちゃ~ん!」

弟の声が聞こえたので枯れ葉の山から顔を出しました。

背中に氷でくっつけたたくさんの木の皮を乗せています。

「ほら、ほら、ぼく取ってきたよ!」

リーフィアは小さくため息を付くとしぶしぶ重い腰を上げて木の皮を乗せたままの弟の背中に乗りました。

「お、おねぇちゃん?」

「ほら、このまま雪の薄いところまで連れていきなさい。あんまり遠いところは嫌よ?」

リーフィアは弟ののおさげを前足でグニグニと弄りました。

グレイシアは久しぶりに構ってもらえたのが嬉しかったのか笑顔を浮かべています。

「おねぇちゃん?」

「なに」

「僕ね、明日この山下りるよ」

「ほんと!?」

姉の顔がパッと日の光が差し込んだ森の中みたいに明るくなりました。

ようやく寒いところから離れられるのです。これほどうれしいことはないでしょう。

姉の寒さでひきつった顔が少しだけほころびました。

どれほど進んだでしょう。

10分? 20分?

「ねぇ、まだ着かないの?」

「おねえちゃん、まだ洞窟からそんな離れてないよ?」

「うぅうう…急いでちょうだい…、寒すぎるわ」

「は~い!」

一刻も早くこの体を引き裂くような寒さから逃げたいリーフィアにとってはほんの数分がとても長く感じました。

冬になる前にイトマルの糸で編んでもらった落ち葉の衣もこの寒さには大した効果を発揮していないようです。

頬を撫でる弱い風すらも鋭い刃物で切り付けられたような痛みを感じます。

「まだ着かないの…?」

弱々しく弟に尋ねました。

「もう着くよ~、……ほら、おねぇちゃん。僕はおねぇちゃんにこれを見せたかったんだぁ」

ふいに落ち葉の衣の隙間から差し込む光が強くなりました。

まるでフラッシュでも使われたような強い光です。

それにどこか温かさも感じます。

衣の隙間から外を見たリーフィアは目に飛び込んできた光景に目を奪われました。

辺り一面に色とりどりな光が飛び散っています。

まるで色ガラスの入ったバケツをひっくり返したような、そんな光景。

「すごい…」

「でしょ~、ここね、冬限定なんだって。ツンベアーのおじさんに教えて貰ったんだ。きっとおねえちゃんも気に入るからって…どう? 気に入った?」

リーフィアは首を縦に振りました。

こんなきれいなのに気に入らないわけがありません。それになにより冬とは思えないほど温かいのです。むき出しの地面には若草が芽吹いているくらいです。

グレイシアの背中から降りて地面に触れてみると少し湿っているもののいつも寝泊まりしている洞窟とは違う温もりを感じました。

辺りを見渡すと下に向かって氷の道が続いています。

温かい空気はこの氷の道のずっと奥から流れてくるようです。

「あったかい…」

リーフィアは久しぶりの地面に体をこすりつけます。

ひとしきり体を擦りつけたあと大きく息を吐き出しました。

地面にはリーフィアの跡が付いています。

「じゃ、戻ろっか?」

「え、嫌よ。ここなら温かくていいじゃない」

弟は姉の言葉にえぇ…と漏らします。

「あ、あのね、おねえちゃん。今は温かいけど夜になるとここは…」

「嫌ったら嫌! もう寒いのはこりごり!」

弟が何度か説得を試みましたがこうなった姉はもう動きません。

「じゃ、じゃあせめて寝るときはあそこの石の上で寝てね?」

リーフィアは不満そうでしたが平たい石の上で寝ることにしました。

地面より冷たいですがグレイシアが睨みを効かせて見張っているので仕方ありません。

「おやすみ」

グレイシアに前の洞窟から持ってきてもらった落ち葉の山に埋もれて目を閉じました。





「い…痛い!」

リーフィアの叫びで飛び起きたグレイシアは慌てて姉が寝ていた方に体を向けます。

姉は石の上にはおらず、いつの間にか地面で寝ていました。

姉は涙目でグレイシアに助けを求めます。

「う…動けないの」

グレイシアが姉の体に乗っている落ち葉を退けると地面と姉が凍ってくっついていました。

「ちょ…ちょっと待っててね?」

そう言って氷の道の奥に大急ぎで走って行くと木の皮の入れ物にたくさんの小さな赤い石を入れて帰ってきました。

その石をリーフィアの体の周りに置くと氷があっという間に解けていきます。

氷が解けるまでリーフィアは半べそをかきながら、グレイシアはおろおろしながら、離れる時を待ちます。

動けるようになるとリーフィアはワッと泣きだしました。

「もうやだぁあああ、山下りるぅうう!!」

「お、おねえちゃん…?」

「なんでグレイシアなの? 私と同じリーフィアは嫌だったの? 私のことそんなに嫌い?」

リーフィアは溜まっていたものを吐き出すようにワァワァ声を上げて泣きじゃくりました。

ひとしきり泣いた後、グレイシアはリーフィアの横にそっと座ってこういいました。

「おねえちゃん、僕はね、おねえちゃんが嫌いなわけじゃないよ」

「え?」

「だっておねえちゃん、優しいもん。嫌いになる理由なんてないもの」

リーフィアはならなんでと言おうとしましたが弟が自分の口に手を当てて静かにと合図を送りました。

「僕がグレイシアになったのはね、ほんとに偶然だったんだ。この氷の道のずっと向こうにはね、この温かい石がたくさん転がってるんだ。その沢山転がってる場所のもっと奥、そこにいつまでも溶けない氷があるんだよ。ほら、今年の夏は暑かったでしょ? あまりに暑かったからそこでお昼寝して起きたら進化しちゃったんだ」

リーフィアは鼻を啜って目元の涙を拭います。

「そこでツンベアーおじさんと仲良くなったんだよ」

そうだったの、とリーフィア。

「でね、今の僕の体じゃ夏は越えられないっておじさんが言っててね。だから溶けない氷が最も冷たくなる時期に欠片を取ってこようと思ってたんだ」

もう一度リーフィアが鼻を啜ってこう言いました。

「じゃあそれ取ってきたら山を下りる気だったの?」

「うん、そうだよ。だから最初に言ったじゃん、おねえちゃんは降りていいよって。そしたらおねえちゃんも残るって言うから…」

おさげを揺らしながら姉にすり寄っていい匂いと呟きました。

「だからさ、少し休んだら山を一緒に下りようね」

グレイシアは微笑んで姉の尻尾に自分の尻尾を絡めました。

リーフィアもゆっくり頷いて尻尾を動かしました。

「……私、雪触りたくないから下までちゃんと運んでよ?」

「えっ…」

「なによ、えっ…て」

「い、いやぁ、下まではちょっと…」

「なに、もしかして私が重いって言いたいわけ?」

「そんなことは…」

そんな言い合いをする二匹の側で若草が外から流れ込んできた冷たい風に身を震わせました。

まだまだ、冬は長いのです。

冬が終わったら春が来て、夏が来ます。

夏になったら今度はグレイシアが大変な目にあうことになるのですがそれはまた別のお話…。

だって、まだ冬は終わってないんですから。

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