ほしょく

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作者:円山翔
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読了時間目安:13分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

ほしょく

「清々しい天気です。ツツケラの歌声が響き、ハイビスカスの花が咲き誇っています」





「こんな日に、私はどうしているかというと」





「真っ白な砂浜の上で」





「ナマコブシに」





「捕食されそうになっています! 見てください! 私の顔を覆うナマコブシのなかみ! 手の形をしたなかみが、私の顔をむんずとつかんで離しません!かと思えば、手で顔を弄ぶように、なかみが顔をもみほぐしているのです! ああ、いずれ私は呑み込まれて、消化されて、挙句ナマコブシの栄養になってしまうのでしょうか……そういえば心なしか、意識が遠のいて来たような気がしてきました……しかし今ここで倒れるわけにはいかないのです! 私は今よりももっと綺麗になって、素敵な殿方に見初められる未来を掴むのです……! でも、このままでは本当に、私は、ああ、私は――」

「何をもごもご言ってるのさ」

 顔を覆っていた白い物体が引き剥がされた。足りなくなった空気を補うように、私の肺が自然と膨らんだ。反対に、私の頭を巡っていた変な妄想はすごすごと萎んでいった。
 晴れた視界に、呆れた顔の弟が見えた。腕には先ほどまで私の顔をむんずと掴んで離さなかったナマコブシが抱えられている。
「何をする弟よ! 私の壮大な計画の邪魔をするのか! 」
 私は弟の手から、ナマコブシを奪い取った。いや、元々私が捕まえたポケモンだから、奪い返したと言った方が正しいだろう。
「何が壮大な計画だよ……あのままじゃ窒息してただろ。それに、肌に良い化粧水ならいくらでも売ってる」
「この方法なら、ナマコブシを捕まえてくるだけ!原価はモンスターボール一個分だ! 」
「プラス、ナマコブシの餌代、トイレの世話、健康維持、その他諸々の費用ね。ポケモン一匹飼うのにいくらかかると思ってるのさ」
「私は一応トレーナーの資格を持っている! 健康維持はポケモンセンターに無料で任せられるのだ! それに、食事は海の中の有機物粒子だぞ」
「人間も有機物でできているだろうに」
「食うとしてもせいぜい垢くらいのものだろうさ。この小さな体だから食べる量も知れている! 」
「ぶっし! 」
 びしっ!と人差し指を弟に突き付ける。ナマコブシも私にシンクロして、白い体内器官、通称「なかみ」を手の形に変えて弟を指差した。
 やれやれ、と弟は首を振った。もう半ば諦めたような顔である。私の聞き分けが悪いのはいつものことであるから仕方がない。
 ちなみに、弟が言っていたが、私が窒息しかけていたのは本当のことである。
「しかし今日はちょっと苦しかったぞ。もうちょっと口と鼻を塞がないようにやってほしいものだ」
「ぶにゅう! 」
 私が注意すると、ナマコブシはなかみでピースサインを作って見せた。

 アーカラ島のハノハノビーチには、「ほぐしや」という名のマッサージ店がある。字面は似ているが、「ほしぐも」ではない。「ほぐしや」である。名前の通り、凝り固まった体をもみほぐしてくれるマッサージ店なのだが、その方法がちょっと特殊なのである。
 ここではナマコブシが体内器官でマッサージをしてくれるという、世界でも類を見ないサービスが行われているのだ。ナマコブシの体液はスキンケア効果が期待できるとして、古くからローションとして使われてきた。この店はそれを利用して、体液を生成するナマコブシ自身にマッサージを行ってもらおうという趣旨なのだ。「ほぐしや」という名前ではあるが、同時に美肌マッサージも行っており、フェイスケアのためだけにこの店に通う客も少なくないという。
 私もつやつやお肌を手に入れたいと願う一女子である。話題になっている方法は、何でも試してみたいと思うものだ。実際に何度か「ほぐしや」に行ってみたのだが、なるほど訓練されただけある。ちゃんと息ができるように考えて顔を包み込む白いなかみは、心地よく顔を揉んでくれたものだ。実際、マッサージの後には肌の艶が増したような気がしたし、本心か戯れかは知らないが、友人にも「綺麗になった」と言われたものだ。
 問題は、サービス店である以上、通うためにはお金がいるということである。数ヶ月に一度程度なら、まあなんとかなるレベルである。だがしかし、お肌は毎日のケアが大事。ということで、毎日に店に通う訳にもいかない私は、自分でナマコブシを飼い、トレーニングを積んでマッサージをさせようと思い立ったわけなのである。
 私が捕まえてきたナマコブシは、私とは違ってとても聞き分けのいい奴だった。テレビで紹介されていた「ほぐしや」の映像を見せると、すぐにマッサージのやり方を覚えたらしく、私に実践してくれたのである。なかなかうまいものである。マッサージ屋のナマコブシがどんな風にマッサージをするのか体感したことのある私にも、うちのナマコブシのそれは心地よいと思えるものだった。一つ難点があるとすれば、うちのナマコブシは私の呼吸のことをまるで考えてくれないということくらいであろうか。時と場合によってはちゃんと口や鼻を塞がずにやってくれるのだが、大概は顔全体をむんずとつかんでしまうため、マッサージが終わるまで息ができないのだ。息を持たせるために、私は毎回息をしっかり吸ってからマッサージをお願いするようにしている。
 毎日顔をもみほぐしてもらううちに、ただマッサージをするだけではつまらないと思い始めた。折角なら雰囲気のいい砂浜でやってもらおう。ということで、わざわざハノハノビーチまで足を運んだのである。――弟が邪魔をしに来たのは想定外であったが。いや、助かったと言っていいのだろうか。あの時意識が遠のきかけていたから、弟が止めてくれなければ危なかったかもしれない。うん。今回はそういうことにしておこう。

 そして今に至る。

 ナマコブシを抱え、ぷりぷりしながら家路についた。無論、弟もしっかりついて来た。監視なんてしなくても、ちゃんと寄り道せずに帰れるわ!と突き放してやりたいところだったが、ここは心配性の弟の顔を立てようということで、おとなしく連行されている次第である。
 昔っからそうだ。元来私が危なっかしい性格をしているというのもあるが、弟は幾度となく私の行動に突っかかった。そのたびに私は反発するのだが、弟の忠告を聞かなかったばかりに酷い目に遭ったことは一度や二度ではない。ならば素直に言うことを聞いておけというのが道理である。しかしそこは姉としてのプライドが許さない。私には私の考え方があるのだ。今までは弟が正しいことが多かったが、今回ばかりは私が正しいに違いない。そう信じて突き進むのが、私という人間であった。
 事実、今回はうまくいっているはずなのだ。自宅でナマコブシのマッサージを始めてから既に二週間、私の肌は確かに、ハリと艶を保った潤いのある肌となっている。今度こそ、弟を見返してやれることだろう。弟の悔しがる顔を思い浮かべるだけで、ご飯三杯は余裕で平らげられるのではなかろうか。
 と、そんなどうでもいいことを考えているうちに我が家である。
 ナマコブシの体についた砂を外付けシャワーで落とし、玄関に置いてあるタオルでくるんで水気を軽くふき取った。元々湿った体だから濡れるのは仕方ないが、家の中に砂を持ち込むのはご勘弁である。

 さて。リビングに入って何の気なしに電源を入れたテレビから、こんなニュースが流れてきた。

『アーカラ島でナマコブシに人が飲み込まれて窒息死する事件が多発していることを受け、地元警察が注意を呼びかけています。アーカラ島、ハノハノビーチ周辺では、今月だけで14件が確認されており、被害者の多くが、手持ちのナマコブシによるマッサージを受けている最中に飲み込まれたということです。ナマコブシの体液は美容によいとされ、化粧水として広く出回っています。近年では、ナマコブシに直接マッサージを行わせている店舗もあります。しかし、マッサージ店のナマコブシは特別な訓練を受けたものです。事故防止のため、野生のナマコブシを捕まえて同じことをさせるのは控えてください。』

「ほら、姉ちゃんもやめときなよ」

 いつのまにやら横で見ていた弟がそう言って、部屋を出た。
 はじめは話半分に聞いていたのだが、話が頭に染み込んでくるにつれて、さすがに背筋が冷えてきた。

「……お前、本当に私の事食ったりしないだろうな?」
「ぶにゅう? 」

 傍らでクッション代わりにしていたナマコブシに尋ねてみたが、当の本人はニュースの内容を理解しているやらいないやら。とぼけた顔でこちらを見上げるばかりである。
 流石に杞憂であろう。そう思ってテレビを消し、部屋に戻るべくナマコブシを抱き上げようとした矢先。
 大きな影が、私に覆いかぶさった。
 正確には、私の顔に。白いなかみがへばりつき、ものすごい力で押し倒された。マッサージはハノハノビーチで済ませたはずである。それに今は頼んでもいない。それなのに、ナマコブシは自発的にマッサージを買って出たというのか。
 先ほどのニュースの内容が脳裏を過ぎる。まさか。本当に、ナマコブシは――

「姉ちゃん! 」

 たまたまリビングに戻ってきた弟の、この日一番の絶叫が響き渡った。















 ここはどこだろう。
 目の前にはマイク、視線の向こうにはカメラが見える。でかいヘッドホンをしたディレクターらしき人物が、こちらに手で指示を出している。喋れということなのだろう。気分はドキュメンタリー番組だ。

「いやあ、あの時はさすがに死ぬかと思いましたね。まさか、ナマコブシのマッサージはあれで味見をしていたなんて。確かに体内器官を使う訳ですから分からなくはないんですが、まさか人間が捕食対象になるとは思ってもみませんでした。小さな体ですが、柔らかくてよく伸びるので、アーボックやジャローダのように自分の体よりも大きなものを飲み込んでしまうこともあるとか。皆さんも、ナマコブシを見つけた時には気をつけてくださいね。丸呑みにされた後では遅いですからね」

 ディレクターが巻き指示を出している。そろそろ締めの言葉に入らなければならない。この日一番の笑顔で、カメラに向かって手を振った。

「それでは、気分はドキュメンタリー、また来週お会いしましょう。さようなら~」

 なんだよこのタイトルは。私が訊きたいわ。いや、そもそも私は家にいたよな。なんでこんなテレビの番組に出演しているんだ? そしてなぜ、ナマコブシが私を食べようとしたことになってるんだ?あれはマッサージだから、被害報告ではなくマッサージの紹介だろう?

 息が苦しくなっていく中で、思考だけがぐるぐる回る。
 目の前は真っ暗だ。……いや、少し光が見えただろうか?



「何やってんだよ」

 聞き覚えのある、少し語調を強めた声が、私の意識を現実へと引き戻した。
 顔を覆っていた白い物体が、べりべりと引き剥がされた。本日二度目、弟の呆れ顔である。
「何って、マッサージだろう。見てわからなかったのか? 」
「いや、どう見ても食われてただろ! 姉ちゃん窒息しかけてただろ! 」

 弟はナマコブシを指差してがなった。が、指差された当の本人は、なんのことやらさっぱりという顔をしている。

「かーっ、珍しくナマオがやる気をだして自分からやってくれてたというのに! 」
「ナマオって、名前まで付けたのかよ……」
「いいだろ、名前くらい。これからずっとお世話になるんだから、名前くらい付けてやらないと。ナマオもそう思うだろう? 」
「ぶにゅう! 」
 私の問いかけに、ナマコブシのナマオはなかみで一本指を作り、弟に突き付けた。
「ほれみろ、ナマオもそうだと言っている」
「論点をすり替えるなよ。ったく、本当に食われても知らないからな! 」

 とうとう匙を投げて自分の部屋へ帰ってく弟を見送って、リビングには私とナマオだけが残された。
 テレビはさっきから付けっぱなしだった。ニュースは終わり、今はゴールデンタイムのバラエティ番組をやっている。出演者に一流の品や人物と安物・アマチュアを見分けさせる格付け番組だ。ちょうど、超一流のマッサージ師と、マッサージを教え込まれたばかりのメタモンを見分けるクイズに入っていた。
 マッサージ、という単語から、先ほどのニュースを思い出した。

「なぁ、ナマオ。お前、さっきのはマッサージだよな? 私を食おうとしたわけじゃないんだよな? 」
「ぶにゅう?」

 相も変わらず、ナマオは首を傾げるばかり。傾げる首がないというツッコミはご法度である。どこにそんなルールがあるって?私が今決めた。
 まあ、ここまでの二件があったとはいえ、こんな人畜無害そうな顔をしたやつが、人間を襲うなんて考えにくかった。そういうことがあり得るのがポケットモンスターという生き物ではあるのだが、あんまり悩んでも仕方がないと思えた私は、テレビの電源を落とし、ナマオを抱えて自分の部屋に戻ることにした。




















 それから数日後。
 弟の心配が現実になる日が来ようとは、夢にも思わなかった。

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感想

お名前:北埜とらさん
ナ、ナマオ……!! どうして……!!!笑(笑えない
 ナマコブシのねばねばがスキンケアに~って図鑑設定なんですね、それを商売に~→素人トレーナーが真似をして事故多発、っていう発想・着眼点が面白いなあ流石だなあと思いました。いかにもポケモン世界にありそう……観光客の多いアローラですから観光名物としてトライする外国人も多そうです、かなり映えそう!! でもポケモンと人間は本来的には分かり合えず、あくまで「モンスター」なんだなというのを再確認させられるような作品でした……(*'ω'*)ナマオが普通にちょっと間抜けな良い奴みたいな感じ(本人的にはきっと本当にそうなのでしょう)に描かれているからのほほんほのぼのかと……本当に……本当に!! うっかり騙されたぜ!! ナマオ……
書いた日:2019年03月25日
作者からの返信
お読みいただきありがとうございます。
ナマコブシのお話を書くなら、ナマコブシ投げかスキンケアかなぁと思っていました。一番最初のシーンを書きたくて始めたんですが、どうしてこんなことに……(もともと、人が飲み込まれる案件が多発しているニュースで締めるつもりだったから誤算ではなかったのです)
ナマオの本心は想像していただけるように、実際どう思っていたのかは書いていません。さて、ナマオは「私」にマッサージをするつもりだったのやら、はてまた「私」を捕食しようとしたのやら……
書いた日:2019年03月25日