バイバイ、またね。

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作者:ステイル
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読了時間目安:11分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

挿し絵は「マクビティ(@mcmcvv)さん」から頂きました!
桜の木の下でただ、ぼんやりと流れる雲を眺めていたときの事でした。

「バイバイ」

ふいにそう口にしました。

特に意味があったわけではありません。

ただ、どうしても言わなければいけない気がしたのです。

不思議に思っているとザァッと背後の草が揺れて春らしい、暖かい空気が流れていきました。

なにやら心の中を洗ってくれるような心地いい風です。

その風に身を任せて目を閉じます。

その風を表現するなら柔らかいと言う言葉が合っているでしょう。

柔らかく心地いい風。そんな気持ちのいい風が青々とした草木の匂いを連れてきます。

青い匂いを嗅いでいると時折、あまい香りが鼻をくすぐりました。どこかで浮き足だったポケモンが仲間を呼ぶために使っているのでしょう。

「ぶえっくしょん!」

近くを通ったおじさんがくしゃみを一つしました。

花粉症でしょうか。それともあまい香りアレルギーでしょうか。

ふふっと小さく微笑んでお大事にとそっと声をかけておきます。

私には縁の無いものですから、辛さはわかりません。でも春の風物詩なのは確かです。

春だなぁ。なんて思いながらゆっくりと目を開きます。

もう一度、ザァッと風が流れていきました。

今のはさっきよりかなり強く吹きました。

横をビニール袋が飛んでいきました。カランカランと音を立てて缶も転がっていきました。

ポイ捨て、だめ。絶対。

なんて思っていると目の前をゴミを拾いながら食べていくベトベターが通ります。

彼らにとってはポイ捨てはありがたいものなのかもしれないと少し思いました。

しかし、まさかこの気持ちのいい春の陽気が溢れる今日、彼らの臭いを嗅ぐことになろうとは思っていませんでした。

鼻を押さえてベトベターが通りすぎてくれるのを待ちます。

通りすぎようとしていたベトベターはふいに私のほうを見ると足元に置かれている枯れた花束を見つめました。

まさか…と考えましたがベトベターもそれくらいの常識はあったらしく、何も言わないで去っていきました。

正直、ほっとしました。これは私の全てなのです。食べられてしまったらかなり困ります。

いつもの平穏が戻りました。

目の前を「臭い臭い」と言いながら春を心底楽しんでいる子どもとワンリキーのコンビが通ります。

「食らえ、僕の最強の剣!」

二人は「最強の剣」と名付けたらしい木の棒をコツンコツンと歩きながら振り回しています。

ワンリキーも楽しそうに子どもに合わせて棒を振り回します。

そんな二人が去っていくと今度はハーデリアがやってきました。

いつもこの時期に来る、毎年の常連です。

ハーデリアはこの桜の木の幹に近づくと木の裏に小さく穴を掘ってどこかから拾ってきたらしい青いかけらを入れました。

今までいくつ埋めたのかは本人もきっと覚えていないでしょう。

ハーデリアにとっては集めて、埋めることが重要なのですから。

ハーデリアは後ろ足で埋めると地面をしっかり固めて嬉しそうに駆けて行きました。

黒い布切れがふよふよと浮かびながら飛んでました。風に流されることもなく自由気ままに浮かんでいます。

時折、宙返りしたりして、楽しそうです。

ふと、布切れは私を見つけるとそっと寄り添ってくれました。

布切れは「辛くない? 大丈夫?」と聞いてくれました。

私は布切れに「大丈夫よ。ありがとう」と返しました。

布切れはにっこり笑うと「そっか」と言って飛んでいきました。

「やぁ、グラエナ、久しぶり。今年も来たよ」

布切れと入れ替わりにふいに掛けられた言葉に私の黒い尻尾が反応します。

毛足の長い真っ黒な尻尾は小石を弾き飛ばすくらいには強く地面を払っています。

正直、尻尾が勝手に動くのは心の中を見透かされるようで恥ずかしいのですが。

声を掛けてきた男性は両手に溢れんばかりの黄色い花束を持っていました。

「今年は君が見ると大興奮してた菜の花持ってきた」

「ありがと」

素直にそう言っておきます。

私が大興奮してたのはあの高さが突撃したくなるからなのですが言葉は通じませんからしかたありません。そう言うことにしておきましょう。

「なぁ、あれからあっという間だったなぁ」

「そうだね」

あれから……。そうあれから。かれこれ四年とちょっと。

「俺さぁ、グラエナがいなくなるなんて考えらんなくてさ」

「私も。あなたと会えなくなるなんて思わなかった」

「グラエナとずっといられると思ってた」

「うん、ずっと一緒だと思ってた」

沈黙が続いて、男性はカシュッと音を立てて缶を開けました。私は飲み過ぎはよくないよ、と声を掛けます。

「なぁ、聞いてるか?」

「聞いてるよ」

「お前…俺と一緒で幸せだったか?」

「もちろん」

「幸せだったらいいなぁ」

「幸せだってば」

「俺、うざかったろ」

「それは否定しない」

特に寝ている時にお腹に向かって顔を押し付けてくるのとかね。

「俺はお前と一緒にいられて幸せだったよ」

「ほんと? 嬉しい」

「でも、俺のところに来なければ車に轢かれることもなかった」

「でも、私は優しいあなたに出会えてよかったと思ってる」

グイッと缶を傾けると空になった缶を地面に置きました。

「もし、神様ってやつがいるならさ、なんで俺じゃなくてお前なんだって問い詰めてやりたい」

「きっと、あなたが轢かれてたら私がそう思ってた」

「俺の命一つでお前が助かるなら安いもんだけどな」

また沈黙。男性は上着のポケットから二本目を取り出して開けました。多分、ズボンのポケットにも二本は入ってます。

「だいたいさ、グラエナが悪いんだぞ。馬鹿みたいに自分犠牲にして俺を助けてくれやがって」

「大好きな人だもの。守るでしょ、普通」

「ばーか」

男性は目を潤ませながらそう言いました。その言葉にはきっと沢山の思いが詰まっているのでしょう。何度も、何度もその言葉を咀嚼します。

私は馬鹿です。私のせいでこんなに悲しむなんて思ってませんでした。

自己犠牲も考えものだね……なんて。

「ほんとならお前のことなんてとっとと忘れたいんだけどな」

「その方が楽だよ」

「でもさ、やっぱり無理なんだよ。お前がいるのが普通だったんだ。ふとした時にグラエナがいたらなって」

こんなに思ってくれた嬉しさと二度と触れられない悲しさと何も出来ない不甲斐なさで私はもう限界でした。

そっと、彼の背中に寄り添います。

彼はビクッと震えたあと、なにかを探すように辺りを見渡しました。

なにかを感じたのでしょうか。堪えていた涙が堰を切って溢れだしました。私も釣られて涙が溢れていきます。

「ごめんな、ごめんな、こんな不甲斐ない人間で……」

「ごめんなさい……私、あなたがここまで傷つくと思ってなかったの。あなたに生きていて欲しい一心で助けたのにこんなことになるなんて……」

彼は背中に手を回して私を探すような動作をしました。でも、彼の手は私の体を通り抜けて行きます。

「……………………なぁ、そこにいるんだろ? 久しぶりに膝に乗らないか?」

私は目をまん丸にして驚きました。

痺れるとか言って乗せてくれなかったのに彼から誘ってくるなんて。

私は嬉しくなって胡座をかいた彼の膝に飛び込みます。彼は少し遅れて私を毛繕いするような動作をしました。彼なりに私を探しているのでしょう。

あぁ、彼の匂いだ。ぬくもりも、少しきつめの甘い柔軟剤の匂いもあの時と何も変わらない。

彼はあのときのように顔を私のお腹めがけて押し付ける動作をしました。私がいる体で動いているようです。

彼には私の匂いもぬくもりも何も感じられない筈ですから。

ザァッとまた風が抜けていきました。

今度はかなり強く吹いて、桜の花びらを散らしていきました。

「お前にも見せたかった」

「気にしないで、毎年見てる」

伝わるはずのない、聞こえもしない言葉で返します。

彼の言葉が独り言にならないように。

「………………さて、そろそろ行くかな」

「そっか」

「おう、充分過ぎるほど泣いたし、ちょっと気が楽になった」

「そっかそっか、それならよかった」

そしてまた沈黙。きっと彼は私にかける言葉を探しているのでしょう。

年を追う毎に沈黙が多くなっているような気がします。もしかしたら……もしかするともしかするかもしれないです。

「なぁ、時々、夢とかに出てきてくれないものなのかい?」

「そんな力、私には無いもの」

「出来たらでいいよ……。あー…あと……えっと、あぁ、そうだ、そうだ」

彼は今度はちゃんと私の頭に手を置くと横にワシワシと動かしてこう言いました。

「俺、来年からここに来るの辞める。……別にお前と別れたい訳じゃないし、忘れたい訳じゃない。ただ、何て言うか、やっぱり少しでも前を向かないと行けないなって」

それを聞いて私は涙を流しながらにっこり微笑みました。やっと、彼が私を必要としない生活に覚悟を決めたのです。これほど嬉しいことは無いでしょう。

「じゃあな、元気でなって言うのも変だけど向こうでも元気でな」

バイバイ、またね。またいつか。君が私を思い出す日まで。君こそ元気でね。私は大丈夫。頑張ってね。きっとまた会えるから。

涙が溢れていく一方で不思議と寂しさや悲しさはありません。

「バイバイ」

そう言った瞬間、とても強い風が吹き抜けました。それに気づいた彼が振り向いて桜を見たようでした。不思議なことに彼と久しぶりに目線が合ったのです。幽霊生活を四年とちょっとしてきた中でこんなことは始めてです。もう何も思い残すことは何もありません。

「あぁ、なんだ、やっぱりいたんじゃないか……」

彼の声がそう遠く聞こえました。私は泣きながらバイバイ、バイバイ……とずっと言い続けました。





それから幾年かして、色々あって男性の元にポケモンの卵が届きました。

最初こそ渋っていたものの、グラエナの卵と聞いて渋々迎え入れたようです。

迎え入れてからというもの毎日、毎日しつこいくらいに卵に話しかけました。

私が卵から出てくると不安と期待にめちゃくちゃにした彼の顔。

彼は小さな私を抱き締めるとまた会えたねと泣きながら呟きました。

うん、また会えたね。

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感想

お名前:円山翔さん
ほのぼのしてていいなって思います。グラエナって怖いイメージが最初に出てくると思うんですけど、ポケスペのルビー君のグラエナよろしく、人懐っこいグラエナがいたっておかしくないはずなんですよね。そんなグラエナに。事故で先立たれて。ずっと一緒にいた大切な家族を失う悲しみは想像を絶するものなのだと、何度もそう思わされました。願わくば、彼と生まれ変わった(?)私が末永く幸せでありますように…

ナチュラルに人間とポケモンが喋っていたことに関しては突っ込まないでおきます。うちでもよくそういうことがあるのと、実際に話している訳でなくとも、心が通じ合っていればこんなことだって十分あり得ると思うので。
書いた日:2017年12月31日
作者からの返信
ふふふ、感想ありがとうございます!
よぉく、読んでみてください。グラエナと人間は話してるようで話してないですよ。グラエナは人間に1度も質問してません。違和感を覚えたのはそのせいでしょうね。グラエナが答えているとき、人間はグラエナの答えを自分の中で作ってるって言う裏話があります。グラエナは人間の独り言に答えてるだけです。時折、繋がってるように見えるのはグラエナの答えと人間の予想が上手いこと一致したっていう……。
なにはともあれ、読んでくれてありがとうございました!
書いた日:2018年01月01日