Wish on the star

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作者:円山翔
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読了時間目安:15分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

以前投稿した「Dive to world」の続編です。
注:この作品に登場するカオルは、サート地方奇行録の奇術師カリノカオルとは別人です。
 夜空に輝くお星さま。どうか、ボクの願いを叶えてください。
 ボクは小さい頃からずっと、空を飛びたいと思っていました。空を飛ぶために、高い崖の上から何度も何度も飛ぼうとしました。そのたびに頭から落っこちて、何度も痛い思いをしました。でも、苦労してやっと手に入れたのは、飛ぶことなんて叶わない真ん丸な体でした。翼はありません。前よりも走りやすくなっている気はするけど、相変わらず飛ぶことはできません。少々何かにぶつかっても痛くはありません。でも、ボクが欲しいのはこんな身体じゃなくて、空を飛ぶ翼なのです。いつかは飛べると信じてやまないボクですが、時々本当に飛べるのだろうかと不安になることがあるのです。このままボクは、空を飛べないまま一生を終えてしまうのでしょうか?
 ボクはこれから先も努力を続けるつもりです。それでも叶わないというのならば、たった一度、一度だけでいいから、空を飛ぶチャンスをください。

 そうすれば、きっと進化のイメージがつかめるだろうから。

 月と星の光だけが照らす暗い森のはずれで、夜空を見上げて、全身を硬い鎧に包んだ小さな竜は願った。タツベイだった頃から、彼は毎晩のようにこうして空を見上げては、星に願いを掛けていた。運よく流れ星を見かけた日などは、もしかして次の日には願いが叶って、立派な翼が背中に生えているのではないかと期待したこともあった。内なる願いが現れたからなのか、夢の中で大きな翼を広げて空を飛んでいたこともあった。しかしそれはあくまで夢でしかなく、無事に着地したり途中で墜落したりしたところで目を覚ましてはがっかりするばかりだった。
 次こそは。次こそは。何度も何度も挑戦して、そのたびに突き返されて、普通ならば途中で折れてしまいそうなものである。しかし、彼は挑戦することをやめなかった。タツベイだった頃と同じように、小高い崖の上から助走をつけて飛ぼうとした。頭だけが頑丈なタツベイだった頃と比べれば、落っこちた時のケガや痛みは少なかった。それでも、その小さな丸っこい体が宙を舞うのは、地面を蹴ってから再び地に落ちるまでの数秒間。その間は重力法則に従うのみで、自由に動くことなどできなかった。

 閉じていた目をゆっくりと開いて、彼はもう一度空を見上げた。生まれた時からほとんど変わらず、小さな星たちが宝石のようにちりばめられていた。地上からでもよく見える星たちを見えない線でつないで、翼の形を想像したこともあった。空想の翼はふとした瞬間にその輪郭線を失い、また別の形を作り出す。空を飛ぶ鳥の姿。地を駆ける獣の姿。自分と同じ、翼のない竜の形を見たこともあった。そうして空想を続けるうちに、翼を手に入れた自分はどんな姿だろうと彼は思った。彼は空を飛ぶ竜の姿を見たことがなかったのである。今の姿に翼がついたら、果たして飛ぶことはできるだろうか。彼と似たような体型のコロモリは、小さな翼を一生懸命にはためかせてふらふらと飛んでいた。だが、コロモリと自分とではあまりに体重が異なる。あんな小さな翼で、自分の重い体を支えることができるだろうか?
 色々と思考を重ねるうちに、彼の瞼は次第に重く重くなっていった。彼は近くにあった木の根元に腰を下ろして、静かに目を閉じた。最後にもう一度、明日は空を飛べますようにと呟いて、彼はまどろみの中に落ちていった。

 彼は目を閉じていて気付かなかったのだが、彼の頭上でひときわ明るい星がきらりと瞬いて、それから濃紺のキャンバスに散らばった星屑の間を縫って、すぅっと流れていった。





    *





 夜空に輝くお星さま。どうか、あたしの願いを叶えてください。
 あたしは小さい頃からずっと、空を飛びたいと思っていました。飛行機に乗ったり、空を飛ぶポケモンに乗ったりするのではなく、自分の力で空を飛ぶのです。人間が空を飛べるようにはできていないことは、何度も聞かされてきましたし、自分でも高い所から飛び降りてみてよく分かりました。だから、あたしはあたしの力で動かせる人力飛行機で空を飛ぼうと思いました。
 あたしはもうすぐ大学を卒業します。社会に出たら、もう今のように夢を追いかける時間はほとんどとることができないでしょう。その前に、一度だけ、たった一度だけで構いません。あたしとあたしの飛行機に、空を飛ぶチャンスをください。

そうすれば、きっとあたしも諦めがつくだろうから。

 とある大学の研究棟。涼しい風が吹く屋根の上に仰向けになって、彼女は空を見上げていた。遠く離れたコンビニや街灯の明かりが邪魔をしているものの、暗くなった空には数えきれないほどの星が輝いていた。子供のころから空を飛ぶポケモンたちを見ては、自分も同じように空を飛んでみたいと彼女は願っていた。それが叶わない願いだと知ってもなお、彼女は人力飛行機という別の形で、自力で空を飛ぶことに固執し続けた。その執念の甲斐あってか、彼女が自転車を改造して作った人力飛行機は少しずつではあるが、空を舞うことができるようになってきていた。しかし、どれほど懸命にペダルを漕いでも、できるのは徐々に下へ向けて滑空するところまで。同じ高度で飛び続けるところまでは至っていない。そろそろ就職も考えなければならない彼女は、夢を追い続けるか諦めるかの選択を迫られていたのだ。
「カオル~、どこにいるんだ~」
 屋根の下で男の声がした。カオルというのは彼女の名であり、今聞こえたのは彼女の友人のコウジの声であった。
「またここにいたのか」
 やがてがたがたと音を立てながら、コウジが顔を出した。研究棟の屋根に掛けられた梯子を上ってきたのである。顔だけを起こしてひらひらと手を振るカオルの隣に腰掛けて、コウジもまた空を見上げて呟いた。
「いつ見ても綺麗な空だな」
「今日は七夕だってさ」
「もう七月か」
「早いね」
「ああ」
 二人は空を見上げたまま言葉を交わした。大学に入って同じ人力飛行機部に入ってから、なんだかんだ三年の付き合いだった。カオルが無茶をやらかしてコウジがそれを諫めたり、事故の後処理を手伝わされたりということばかりだったが、そんな中で互いに信頼関係が生まれていた。カオルにとって、コウジは困った時に助けてくれる同輩。コウジにとってカオルは、無茶をするのは玉に瑕だが、口に出したことはやり遂げようとする心根の熱い同輩。
「明日はね、この前タツベイを見た場所に行ってみようと思うんだ~」
  その言葉を聞いて、コウジは眉間にしわを寄せた。カオルが言う場所というのが、今二人がいる大学から数十キロ離れた山の中にあるのである。
「連れてけって言うんじゃないだろうな」
「あれくらい自力で行くよ~」
「お前、あそこまで何キロあると……」
 コウジはそうぼやいたが、自転車に乗ったカオルがそれくらいの距離の山道を平気で行き来できることを知っているのでそれ以上何も言えなかった。
「コウジが来たいんなら、二人乗りで連れてってあげようか?」
「普通逆だろ」
「あ、男尊女卑」
 わざとらしく頬を膨らませたカオル。本気で怒っている訳ではないことをコウジは知っている。
「そもそも道交法違反だろ。俺は遠慮しとくわ」
 コウジは再び星空に視線を移して、ぼそっと呟いた
「気をつけて行けよ」
それとほとんど同時に、
「あ、流れ星!」
 カオルは声を上げて空を指差した。まったくどんなタイミングだと思いながらコウジがカオルの指し示す方向に目をやった時には、流れ星などどこにも見当たらなかった。
「残念、見逃した」
 もう一度カオルの方に目をやると、カオルは腕を下ろして、すやすやと寝息を立てていた。
「ったく、風邪ひくぞ」
 溜息をついて、コウジはひょいとカオルを背に背負った。随分と軽いその身体が、けた外れのエネルギーを秘めていることを彼は知っている。梯子を下りながら、彼はもう一度だけ呟いた。
「気をつけて行けよ、カオル」





     *





 その日も、彼は件の崖から空に向かって跳ねていた。当然ながら翼を持たないその身体が空を飛ぶことはない。重力法則に従って落下し、鈍い音を立てて不時着し、地面の岩を砕く。地面には、それまでに彼が開けた直径一メートルほどの穴ぼこがいくつもできていた。
 山裾に太陽が顔を出し始めた頃、彼はこの日二度目の挑戦のために崖のてっぺんまでの道を歩いていた。少しずつ気温が上がり、既に一度地面に衝突した体の奥が異様に熱く感じた。進化の兆しかもしれない。次こそは飛べるかもしれない。そんな期待を胸に歩いていた彼は、途中で「おーい!」という声を聞いた。声のする方へ顔を向けると、道の途中で翼のついた乗り物に乗って走る人間の姿を目にした。頭にはたれ耳のついた鍔の短い帽子を被り、その上からゴーグルを額の部分につけていた。長袖の濃い緑色のシャツに黒の長ズボンを着け、背中に何やら背負ったその人間には見覚えがあった。彼が今の姿になる前から何度もこの場所に訪れては、今乗っているのと同じ乗り物に乗って、崖から少し離れた丘から跳ぶのである。それまで見ていた限り、彼よりもはるかに長い距離を飛んでいたように見えた。……いや、飛んでいるように見えただけで、実際は滑空していただけである。しかし滑空すらもままならない彼にとっては、その人間は飛んでいるのと同等に憧れの存在であった。
 人間は確かに、彼の方に向かって走って来た。そして彼の前まで来た時、その人間は乗り物から降りてしばらく彼を眺めていた。それから何か思いついたように手を打って、彼の背の1.5倍ほどの高さから突拍子のないことを言うのである。
「ねえ、一緒に飛びに行こう!」


    *


 その日、カオルは朝3時に目を覚まし、軽く朝食を取ってすぐに大学を出た。それから三時間ほどかけて翼付きの自転車を駆り、数十キロ離れた件の崖までやってきたのである。自身の飛行練習のためでもあったが、一番の目的はこの場所で空を飛ぶ練習をする同士に会うことであった。
 以前彼女がこの場所で、人力飛行機を用いて空を飛ぶ練習をしていた時、同じく空を飛びたいと願って練習するタツベイを目にしたのである。何度崖から落ちて頭をぶつけても諦めないタツベイの姿に、カオルは自分を重ねたのであった。それから幾度となくタツベイの姿を見かけた彼女は、ある時タツベイの進化の兆しを感じ取った。それはタツベイらしき声が別の声に変わっていったという些細なものだったが、今頃はもう進化して立派なコモルーになっていることだろうと思ったのだった。そして同時に、自分も頑張らなければならないと感じた。タツベイの姿を見て、彼女は自らを鼓舞していたのであった。
 彼女の目的はすぐに果たされた。崖の上を目指して歩く丸っこい影を見かけて、彼女は「おーい!」と声を上げ、自転車を漕ぐスピードを上げた。そいつの前まで行って自転車を止め、じっくりと観察した。見つめているうちに、ある突拍子もない考えが彼女の頭に浮かんだ。そして彼女は告げる。
「一緒に飛びに行こう!」
 きょとんとした顔のコモルーの身体をぺしぺしと叩いて、カオルは彼女がいつも飛行練習を行っていた丘を指差した。飛び出す地点は緩やかにせり出していて、その向こうにはなだらかな斜面が高く高くそびえ立っていた。


    *


 彼は乗り物を押す人間と共に、彼は小高い丘を登っていった。タツベイだった頃よりは歩幅が大きくなったため、移動は大して苦にならなかった。そうでなくとも、彼はタツベイの頃から何度も高い崖の上まで歩いて登っていたのである。彼自身の知らない間に、彼の基礎体力は通常の個体を上回る程度にまで上昇していた。
 丘を登りきると、人間は押していた乗り物についていた翼を外し、彼の背中に乗せて丈夫なワイヤーで彼の身体に固定した。そしてワイヤーの両端を彼の両の前脚にそれぞれ括り付けた。人間はまだ止まらない。流れるように彼の背中に飛び乗ると、二枚重ねの翼の真ん中に取り付けてあった、片面に車輪がたくさんついた板を彼の下に滑り込ませ、翼とは別のワイヤーで括りつけた。更に彼の背に乗り、彼女が背負った何かから伸びるワイヤーを翼のワイヤーに通した。
最後に、はるか下に見える少しせりあがった崖の部分を指差して言うのである。
「さあ、地面を蹴って足を引っ込めて!うまくいけばこれで飛べるはずだから!」
 彼は戸惑った。いつもと違う場所に連れて来られた上に、よく分からない部品を取り付けられ、ワイヤーでがんじがらめにされ、更に人間も背中に乗っかっている。お腹の下に敷いた台の車輪のせいで、足を離せばすぐにでも転がってしまいそうだった。体をゆすってみても、人間は彼の背中から降りる気配はなかった。仕方なく、彼は人間の言う通りに地面を蹴った。ガラガラと音を立てて車輪が回る。110キログラムとその半分以下の人間の体重にぎしぎしと悲鳴を上げながらも、台車は確かに彼らを支えて転がっていく。徐々にスピードが増し、顔や体の前面を風が殴っては通り過ぎていく。斜面を転がったことはあったものの、彼は今のように顔から真っ直ぐに斜面を駆け下ったことはなかった。体感的な問題ではあるかもしれないが、ここまですさまじいスピードで坂を下ったこともなかった気がした。足を引っ込めておかなければ地面に擦れて速度が落ちてしまうだけでなく、彼も足に怪我をしてしまいかねない。人間の忠告を守りつつも、斜面の最下点に達した彼らは、そのまませりあがった部分を一気に登って、地面の終わりで勢いよく飛び出した。
 落ちる……!
 咄嗟に目を閉じて足をばたつかせる、背中で翼がぐらぐらと揺れるのが分かった。
「落ち着いて!足をばたつかせないで、ぴんと張って!バランスを取って!」
言われたとおりに足を止めると、途端に翼のぐらつきも止まった。いつも崖から跳んだ時のような落下している感覚はない。途中で体が回転することもなく、何かにがっしりと支えられて、彼は前に進んでいる。
 恐る恐る目を開けた彼は、初めて「空を飛ぶ者の目」を体感した。



 ああ、願いは叶ったのだと、この時彼は心の底からそう思っていた。


続く。

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