ハズレ様

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作者:揚げなす
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読了時間目安:26分

この作品は小説ポケモン図鑑企画の投稿作品です。

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

ぬるいけどホラー。ちょっと胸糞表現あります。
日差しが暑い。麦わら帽子を通してきらめく太陽がどこまでも続いているように思える青い田園を照らす。
コンビニも自転車で数十分、お隣さんですら10分というような自然あふれた祖母の家に住み始めたのは春先のことだ。
真夏の日差しに汗かきながら自転車のペダルに力を込めるもちっとも家につかない。買ったばかりのアイスが入ったコンビニの袋が結露して自転車の進んだところにぽたぽたと染みを作っていた。

事の経緯は両親が事業に失敗して会社が倒産したことだ。住む場所も追いやられて両親は働き場を求めてより都会へ向かった。
ついていきたかったがまだ働くには早い息子の俺は、一人父方の祖母の家に預けられた。

以前住んでいたところは町だったから酷さが際立って見えるのかもしれない。
村のどこにいても森が見える。そもそもこの村自体が森につつまれているようなもので、上空から見たら山と大きな森の中にぽっかりと平野が表れているように見えるだろう。今年、小学校卒業を待って引っ越しと同時に入った中学には隣村の子供合わせて全校生徒50人ほど。1年生は15人と、もといた小学校の1クラス分もいない。年々縮小傾向にあって高齢化と過疎化が進み、もはや10年持つまいと言われている。
両親に恨み言を言った。何でお前らの都合で俺が振り回されなきゃならないんだ。俺はいやだ、絶対ばあちゃんちなんて住まないからな。
それでも俺がここにいるのはどうしようもなかったからだ。
怒り狂う俺を前に母は泣いていた。父はこぶしを震わせていた。

「俺だって、お前をあの村に行かせたくなんかない…!」
「じゃあなんでつれて行かねえんだよ!」
「一緒にいたら良くないから言っているんだ!!」
「やめてあなた!子供にそんなこと聞かせないで!!」
「…すまない、だがわかってくれ。…余裕がないんだ、金銭的にも、精神的にも…。」

母が叫んで、父が苦い顔をして、一瞬遅れて理解した。ああ、俺邪魔なんだな。そんな思いがすとんと落ちてきて、すっと怒りが萎んだ。
俺は思春期の自分勝手でナイーブな時期で、両親も倒産で気が荒れてる。そんなガタガタな時に一緒にいるのが良くないと思ったんだろう。俺にとっても、両親にとっても。
今でこそそうやって、なんとか家族を壊さないようにしようとした親父の胸の内を考えることはできるけれど、当時は金のかかる俺がいるのが邪魔なのかって思いが強くて、ショックで二の次が出てこなくなった。
萎んだ気持ちのまま引っ越しの準備をして、畑と田んぼのど真ん中にぽつんと立った見渡しのいい祖母の家へとやってきた。
最初こそ沈んでいたが、事情を知っている祖母は優しく出迎えてくれたし、中学が始まってあわただしくなって友達もできたからあまり暗くはしていられなかった。
町育ちだからいろいろ不便もあるだろうと祖母をはじめ担任や新しい友人がよくしてくれたし、少し栄えてる方へ連れ出してくれることもあったから暮らしもそこまで困ってはいない。
田舎だからということでいくつか独自のルールもあったがそれも教えてくれた。

森の近くを通りかかるとテッカニンの声と共にさわさわと木擦れの音がする。
不思議なことに、こんなにも自然豊かなのに住宅がある場所には木が一本もない。500メートルほど先には小さな林があるが、家の周りは見渡す限り田んぼや畑だからということもあるのだろうが、果樹の一本もないのは少し不思議だった。それに、この村の不思議なルールも。

「夜、木が揺れるような音がしたらおばあちゃんに教えておくれ。」
「え、うん。」
「それから寝ている時にガーディが吠えたらすぐに起きるんだよ。起こしに来てくれるはずだから、そうしたら何も持たずにすぐついていくんだ。それだけは守っておくれ。」

引っ越してきた晩、祖母がそう言った。その時は特になにも思わなかったが、ある晩クラスメイトで家がお隣のユウがやってきたことがある。へらりと笑って手を挙げるユウは何かあったというようには見えなかった。

「あれ、ユウ?」
「ごめん今日両親いなくてさ。今晩よろしく~。」
「あらいらっしゃい。ハズレ様は大丈夫だったかい?」
「うん。まだ音が遠かったから。」
「ハズレ様?」

聞きなれない言葉に首をひねる。

「ああ、タカユキは知らないっけ。この村の風習みたいなもん。」
「木が揺れたら~ってやつだろ?この辺に木なんかないじゃん。」
「俺もあんまり詳しいことは知らないんだけどさ、ハズレ様はそういう音を鳴らすからそれが聞こえたらここに来ることになってんだよ。」
「ふーん?大人も?」
「大人はいいんだよ。ハズレ様は子供の神様だからね。」
「神様?」
「そうさ、この村の森とお山に住む守り神様のことだよ。」
「へー。」

ハズレってなんかいやな言葉だな、くらいに思った。どうせならアタリの方が縁起がいいのに。
その日はそのままユウと話し込んでいる間に寝てしまって、肝心なことは聞きそびれてしまっている。ただ、ハズレ様の風習はこの村に住む人間は全員が守っているらしい。誕生日やクリスマスにケーキを食べる、くらいに根付いた風習で、守らないとどうなるのかというのはクラスのみんなは知らなかった。

「ハズレ様って森の中にいるポケモンなのかな。」

町の中にポケモンが出没することは割とよくあったし、自然に近いこの村ならより大きく危険なポケモンが出てもおかしくない。そういうのを避ける風習なのかもしれないなと思った。
家に帰ってからアイスを食べるのはあきらめて、木陰に入ってアイスの袋を破った。夏の日差しが容赦なく突き刺す森の中に視線を向けるけれど、静かな木々の奥には何も見つけることはできなかった。



「今日は歴史の時間だけれど、中学生で新しくこの村に来た子も多いから、この村の歴史を少し話しておこうかと思うんだ。」
「あ、そうだ先生!ハズレ様って何!?」

歴史の先生のその言葉に隣のミカが大きく手を挙げた。ミカも中学入学でこのあたりのことを知った組らしく、クラスメイトから時折聞くハズレ様のことが気になっていたらしい。

「そうだね、そのことを含め今日はやっていこうと思う。」
「やったー!よかったねタカユキも気になってたみたいだし!」
「あんまでっかい声出すなよな…授業中なんだから。」

はしゃぐミカを興味ないように追いやって、それでも少し楽しみにしていた。地元に不思議な伝承があるなんて今まではなかったことだったから。

「この村は、昔はすごく貧しい村でね。戦時中やその前は食べ物もなくて多くの人が死んでいったんだ。今でこそ田んぼは多いし畑もあるだろう?あれは当時の先人たちが森を開拓して耕したからこその恵みなんだ。こった木で家を建て、豊かな土地を森からいただいた。そうすることで飢えから逃れることができたんだ。」

担任がチョークで雑な森を描き、中央に村、と大きく書き出した。そこから赤いチョークで学校のマークを描く。

「ここがこの学校で、村の端っこだね。この村は隣村からの住民が多かったからほとんど村の外と言える。まあ、こんな感じでだんだんと住処を広げていったわけなんだ。」

カツカツとチョークの音が響く。それに合わせてシャープペンを走らせる音や紙の擦れる音が聞こえ始める。いつもの授業風景だ。

「けれど森を開拓することで困ったことも起きた。どういうことかわかるかい?じゃあミカ、お前答えてみろ。」
「ええー?…んー、土砂崩れ、とか?」
「ああ、それもあるだろうからちょっと惜しいかな。…タカユキ、お前はどうだ?」
「え…」

不意にあてられて焦る。板書をしていた手を止めて考えてみることにした。森を開拓することで困ること、端的に言って自然破壊なわけだ。木がなくなるってことはミカがいうように土砂崩れなんかも起きただろう。木があったことで築かれていた生態系は崩れるし、もともとそこにいた生き物たちはさぞ困ったことだろうなと思った。

「森に棲んでたポケモンが怒った…とか?」
「正解だ。当時のグラフを見ると開拓民の死亡原因は半分が餓死、半分が住処を追われたポケモンたちによる被害であるとこがわかると思う。配布したの資料1の図を見てくれ。」

がさがさという音が教室に響き渡る。
円グラフは村全体ではほぼ餓死だったが、開拓民別でみると半分はポケモンたちによることであることが示されていた。
そんな危険を冒さなければ生き延びられないほど、当時の村は切迫していたのだろう。今は穏やかな村の影の歴史に思いをはせた。

「まあ、それでは住んでからもさぞ困っただろう。移住者たちはなんとかポケモンたちに怒りを鎮めてもらおうと苦労したようだね。貧しい村から捧げものを用意したりして、なんとかポケモンたちを森へとどめることに成功した。戦ったりもしていたようだね。炎ポケモンがずいぶん役に立ったということからこの村では今なお炎が信仰されているよ。」
「あ、そういやばあちゃんの手持ちガーディだ。」
「うちポニータ。」
「俺んちポカブ。」

クラスメイトが口々に家の守り主をこたえていく。なるほど確かに村の住民はすべて炎ポケモンだった。

「そうだろ?昔の人の想いは今も残っているんだよ。いろいろとね。」
「じゃあハズレ様…山の神様ってポケモンたちのことなのかな?」
「でも大人はいいってそれ変じゃね?開拓してたのは大人なんだから。なんで子供の神様って呼ばれるんだ?」

その疑問に先生が大きくうなずく。疑問はもっともだということか。

「それはこれから話そうか。話した通りポケモンたちは森にとどまった。だけどしばらくしておかしなことが起こったんだ。」
「おかしなこと…?」
「そう、夜に子供が消えるんだそうだ。昔の人の証言だからあまりあてにはならないと思うが、庭木の葉鳴りがひどくなるとその家の子供が消える、そういわれていてね。それ以来家の近くの田畑には果樹は植えないし、あっても切り倒す民家が増えたそうだ。そしてその現象を畏れて葉の擦れる音、『葉擦れ』からハズレ様、という名前を付けたんだそうだよ。」

なるほど、当たり外れのハズレではなく葉擦れが語源なのか。その名残が今も残っているということなのだろう。

「でも切り倒したはずなのに聞こえてくることがあるのは村の子ならあるんじゃないかな?」
「そういやユウ、この間家に来たよな。」

思い出して教室の奥の方に声を投げると視線がそちらへ向く。視線を浴びたユウは恥ずかしそうに頬を掻いた。

「うん。家の周りで葉っぱ同士が擦れるみたいなカサカサって音が聞こえたらハズレ様がやってくるってきいててさ。両親もいなかったしなんかちょっと不気味で。」
「子供を別の場所に預けていれば問題はないということで葉擦れの音が聞こえてきたら隣家へ子供を止まらせるという風習ができたのさ。それのおかげかここ十数年不可思議に子供が行方不明になる事件は起きていない。」
「ってことは十数年前はあったってことですか!?」

昔話だと話半分で聞いていたクラスメイトがぎょっとした顔をするが、先生は朗らかに笑ったままだ。

「わからない。子供が行方不明になったのは確かだがそれがハズレ様のものなのかはいまだ掴めていなくてね。その前の事象も先生が生まれる前のことだからね…もしかすると当時人さらいの事件が流行っていて、葉擦れが聞こえてくるこの村の不思議な現象と混じって伝承化したパターンってこともある。実際のとことはよくわからないんだ。」
「それって…」
「葉擦れの音も、風に乗って音が運ばれているだけとも言われているしね。遮蔽物が何もないから音が届きやすいとかで。ハズレ様は子供をさらうことがあると言われはするけれど、本来は山の豊穣神として祭られているんだ。祭壇もあるんだぞ?それに大人…と言っても当時の成人、つまり14歳になれば以降は葉擦れの音が聞こえても移動する必要はないとされている。君たちはあと1年かな。これまで何もなかったんだ。気楽にいこう!」

恐ろしいものを聞かされた子供たちの緊張をほぐすように現実的なことを言ってくれる先生のおかげで、数時間もたてばみんなハズレ様の存在など忘れたように昼食をとっていた。
その夜、俺はきょうの授業のことを祖母に話していた。
祖母は一日中畑仕事に励んでいるから俺が話すのとすべてをにこにこと楽しそうに聞いてくれる。

「それでさ、今日は歴史の授業でハズレ様のことやったんだよ。」
「そうかいそうかい、ハズレ様はこの村を作るときに大変お世話になったんだよ。大事な神様達だからタカちゃんも大事にしておくれ。」
「ん?お世話になった…?それは先生言ってなかったような…というかハズレ様はポケモンを鎮めてから出るようになったって…」

その言葉の後から、祖母の顔から笑顔が消えた。

「違うんだよ…。ハズレ様は…、ハズレ様はね、代わりなんだよ。」

それっきり、祖母は黙ってしまった。
なんだかよくないことを聞いてしまったような気がして早々に二階へ上がることにした俺は布団の上に転がって漫画を読んでいた。すぐわきでガーディが寝ているけれど起こさない。ガーディは家の明かりが消えてから朝が来るまで番犬として働くから、起こすのは忍びないのだ。
娯楽の少ない村で週に一度の楽しみを熱心に読みふけっていると、ふと違和感を感じた。

カサカサ、サラサラ。

何かが擦れるような音が窓の外から聞こえてくる。

「いや、違う…これって……葉擦れ…?」

自転車で森の奥を眺めた時と同じ音だ。祖母の家の周りには木なんて生えていないから、こんな音は出ないはずだった。

―子供をさらう。

ふと今日の授業を思い出して薄ら寒いものが背を撫でて行った。

「ばあちゃん!ハズレ様!」
「タカちゃん…?」
「聞こえない!?葉っぱが擦れる音がするんだ!」
「本当かい!?ああ、こまったねえ…おばあちゃん耳が遠くてねえ・・・タカちゃん、ガーディを連れてユウ君のおうちにいきな。今日は戻ってきちゃだめだよ。ハズレ様に見つからないように急ぐんだ。」
「う、うん…。」
「荷物はあとで届けてあげるからね。大丈夫だよ。」

先生の何でもないような声と祖母の声色が一致しない。本当に何かを畏れているような声で言う祖母に怖くなった俺は、何も持たないままガーディを呼んで表の自転車に飛び乗った。
さらさら、カサカサ、外に出るとますますはっきりと聞こえてくるその音。走って走って、その音が聞こえないところまで走ると、急に祖母が心配になって振り返った。
道沿いに灯る電灯以外には明かりは家のものしかない。その家の外で、何かが動いているように見えた。それは木のようにも見えた。

「ハズレ様………?」

ぽつりとつぶやいたその声はこの距離では決して聞こえるはずがない。聞こえるはずがないのにまるで聞こえたかのように『それ』がこちらを向いたように見えた。 

一つの赤い光がこちらを見たから。

突如ガーディが狂ったように吠え始めた。呆然と立ち尽くしていた俺はその声で我に返り、もつれるように自転車に乗りなおすと一目散に飛ばした。ガーディは置いてきてしまった。
息せき切ってユウの家へとたどり着くと、大声で家人を呼んだ。
ユウの両親とともに現れたユウは真っ青な俺を見てすぐに自室へと迎え入れてくれる。

「何があった…?」
「ハズレ様…見たかもしんない…。」
「は?」

ぽかんとした顔のユウに食って掛かるかのように縋り付く。
ユウは見なかったのか、あの光を、あの姿を。

「俺くらいの高さだったと思う…木みたいだった、けど目が合った……どういうことだ!?なんで木と目が合う!?」
「ちょ、ちょっと落ち着けよ…。お前のそれがハズレ様だったって証拠はあんの?」
「葉擦れの音…ガーディが吠えてたんだ。それに向かって…俺、ガーディおいてきちまった…どうしよう。大丈夫かな。」
「目のある木…なんかどこかで聞いたことあるような…。」

ユウは何か考え込んでいるようだった。

「ばあちゃん、あとから来るって言ってた。…その時に聞く…。」
「大丈夫か?一旦寝とけよ。顔色悪いぞ?俺起きてるしさ。」
「う…そうする…」

全速力で逃げて安全地帯に来たという思いからか、眠気が襲ってきてしまう。許されたこともあってそれに身を任せて眠りについた。
時間にしてほんのちょっとだった気がするのに、目が覚めると朝になっていて焦る。

「あ、おはよ。」
「ユウ…?あれ、朝!?ばあちゃんは!?」
「あれからすぐ来たよ。ガーディ連れて。でもお前ぐっすりだったしそのまま寝かせといた。俺も調べものしてたしさ。」
「調べものって…」
「ハズレ様。タカユキ目のある木って言ってたろ?もしかしてこいつじゃないのか?」
「……これ…」

ユウが差し出してきたのはポケモンの図鑑だった。写真付きで乗っているそれはまるで木に目がついたかのような風貌をしている。
その上に種族名が載っていた。

「オーロット……?」
「森に棲んでるポケモンだって。もしかしなくてもこいつが正体だろハズレ様。この村森が近いしさ。ゴーストタイプらしいし夜にひょこっと出てくるやつがいてもおかしくないって。」
「そ、か。…よかった、ポケモンかぁ…。」

脱力した俺の背中を面白そうな顔を隠さないユウがバシバシ叩く。

「得体のしれないやつじゃなくてよかったな!」
「ホントだって。ああもう一気に気が抜けた…。」
「俺もポケモンだってわかったらもうおまえんち行かなくてもいいかなーって。それもこれもタカユキが正体見てくれたおかげだわ。」

そんな会話をして、俺は昨日全速力で駆けた道を朝早くから戻っていた。連絡はしてあったらしく、家に着くと玄関先で祖母がおろおろとしながらも待っていた。
自転車から降りた俺を抱きしめた体が震えていた。

「ああ、タカちゃんよかった…」
「もうばあちゃん心配しすぎだって!ハズレ様はポケモンなんだからさ。いざとなればゲットしちまえばいいだろ?」

明るく安心させようと声をかけたつもりだったが、祖母の顔が驚きへと変わっていく。

「…知っていたのかい?」
「知ってるよ、昨日見た。オーロットだろ。」
「そう……、ちょっと来てくれるかい?ハズレ様のことを、少し話してあげようね。」

手を引かれて入った家のダイニングでお茶を入れた祖母は、俺を座らせると少し待っててほしいというと部屋の奥へと引っ込み、しばらくして何かを取り出してきた。

「これ…?」
「ばあちゃんちの家系図だよ。」

普段食卓となっている場に広げられた紙はずいぶんと古いものだ。
そこに祖母の名前を見つけて、こればあちゃん?と聞くと祖母が頷いた。祖母は3人兄弟ということになっている。

「本当はね、そこにあと3人、名前があるはずだったんだ。」
「えっ…?」
「ばあちゃんはね、生まれるのが遅かったから助かった。ばあちゃんは『アタリ』だったんだよ。」
「『アタリ』…って…。」

まるでその反対が『ハズレ』みたいじゃないか。
その言葉を口にする前に祖母が話を始めた。落ち込んだような、懐かしむような声色で。

「当時村は貧しくてねぇ…本当は森のポケモンたちに差し出せるようなものや、戦えるような力はなにもなかったんだ…、本当に、本当に恐ろしい話だ…。」
「どう、いうこと…?」
「タカちゃんは平和な時代に生まれてくれてよかったよ。つまりねぇ…間引いたんだ。口減らしに働けない幼い子供を、ポケモンたちに捧げたんだよ。たくさん、たくさんいけにえにしたんだ。」
「いけにえ…?」

言葉に詰まりそうだった。昔、そういう風習はどこでもあっただろう。食べさせられないから、殺す。それは知っていた。
俺は平和な時代に生まれたから祖母の家に一時的に置かれただけで済んでいる。でも戦時中やその前に生まれていたとしたら、きっとその限りではなかっただろう。
じゃあ、そんな話をするってことはハズレ様はその子供を食べたポケモンたちなのか…?まさかその味が忘れられなくて今も?いやな想像が沈黙の間に生まれていく。

「タカちゃんは、オーロットがどんなポケモンか、知っているかい?」
「えっと、木に似たポケモンだろ?赤い、一つ目の。」
「見た目はね。でもその進化前のボクレーが、人の子供の魂だということは知らないだろう。」

絶句だった、今度こそ。

「…な、ど、…いう?」
「ボクレーは森に迷い込んだ子供の魂の成れの果てだと言われているのさ。親に捨てられ、怒り狂ったポケモンたちに追い回され、食べ物はなく…どれだけ辛かっただろう。どれだけ無念だっただろうねぇ…。その怨念が木に宿り彼らは、『ハズレ』とされた子供たちはボクレーとなったに違いないよ。」
「ばあちゃんの、きょうだいたちだって…?あれが…?」

人が食われるなんてものじゃない。見捨てられていたぶられて死んだ子供たちが、ああやって里帰りをしているということになるじゃないか。

「たぶんねぇ…森が静まった後ばあちゃんは生まれたんだけど、数年して森から家に帰るようなそぶりで村へやってきたボクレーたちを見て大人たちがおびえていたことを幼いながらに覚えていてねぇ…。村で供養塔を建てて祭ったけど、まあ遅いってもんでポケモンになった彼らは森でオーロットになった。オーロットは森へ人を迷い込ませるポケモンだ。きっとさみしかったんだろう。兄弟たちを連れて行こうとしたんだろうねぇ。彼らは気まぐれにやってきてはボクレーになる可能性のある子供たちを森へと連れさっていったんだ。家に木がないのは兄弟たちが近づいてくるのに気が付くためで、今も家に炎ポケモンを置くのもオーロットに対抗するためなのさ。」
「ばあちゃんは、どうしてこの村から離れないの…。」

唇が震えそうだった。そんな恐ろしい場所でどうして平然と生きていられるのか、俺はわからなかった。
正体を知ってなくなったと思っていた恐怖が再びせりあがってくる。未知の恐怖でもない、命が脅かされるような恐怖だ。あの日、あのまま家にいたら俺はどうなっていた?
オーロットに誘われるままに森に引きずり込まれて、ボクレーにさせられていたとでもいうのだろうか。

「悲しいけれど対処はできるからねぇ。大人は連れて行かれない。オーロットはよその家は襲わないから気づかれる前に預けてしまえばいい。もともと貧しさから居ついた場所だ。ほかに行くところもなくそうやって風習を作ることで生きてきた。今更どこへもいけないよ。若い子はどんどん街へと出ていく、この村も、今の年寄りがいなくなったら終わる。だから皆知らなくていいんだ、古臭い風習のままでいい。ばあちゃんたちが潮時なんだよ。」

さみしそうに言う祖母は窓の外を見た。今は明るい家の外も、夜になれば今なお亡き兄弟たちが徘徊するこの村でこれからも生きてここで死ぬのだという。
この気持ちはなんだろう、恐ろしさと、それより大きなやるせなさ。
森を開いたのは人で、罪のない子を捧げる間違いを犯したのも人だった。
オーロットは恐ろしい、けれど本当に恐ろしいのはどっちだろうか。


「ばあちゃんは兄弟に申し訳ないと思ってるんじゃないの。」
「そうかもしれないねぇ。」
「親父が俺をこの村に来させたくないって言ってた理由がわかった…。」
「ああ、あの子もこの話を聞いたときそんな顔をしていたよ。」

祖母は畑仕事で腰が曲がってしまっている。生きるためには仕方がない。それはこの村の貧しさの年月を思わせた。
祖母がハズレ様を畏れるのは曾祖父母が祖母の兄弟を見捨てて自分だけが生きていることに後ろめたさがあるからだ。老いてなおいつか迎えに来るのではとおびえているからだ。わざわざ俺に伝えたのは、ポケモンだからと言って侮ってほしくないからだろう。
森のポケモンたちの怒りをおさめるために犠牲になった、この村にとって邪魔ものだった彼ら。
アタリとして残った子供は大人たちに守られていたとすれば、オーロットたちはそれをどんな気持ちで見たのだろう。
大人たちにとってもハズレを選ぶことはどうしようもなかったからこその苦肉の策だったのかもしれない、それでも他に道はなかったのだろうかと思う。もう、なにもかも遅いのだろうけれど。今なお土地に縛られ続ける祖母を見てそう思った。





朝、俺は自転車を漕いで学校へ向かう。途中にさしかかる森へと続く木々の前で、少し足を止めた。

「この奥にいるのかな、オーロットも…。」

この村は何もない、貧しく、でも青く染まる田園の風景はきれいだ。だれもこの村の裏側におぞましい裏があるとは思わないだろう。
あれから少し考えた。過去は変えられない。けれど、未来を生きる人にももう関係のないものだ。
この先もうこの村に縛られる人間はいなくなる。あと10年持たないと言われたこの村は、もう二度と悲しい過去に新たにとらわれる人間はいなくなるのだ。そうしたら、今は森の奥で静かに眠るオーロットたちの心にもいつか休まる日が来るはずだ。
なにもかもとっくに歴史の波へ流された後だ。俺にできることなんて、この森には何一つないのだろう。
だからせめてと願うことにした。ばあちゃんを、これ以上苦しませないでください、と。

少しだけ森へ向けて目を閉じて、再び前へ走り出す。振り向いた視界の隅で、小さな赤い光が二つ、こちらを見ていた気がした。

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感想

お名前:円山翔さん
ぜひとも昔話として語り継ぎましょう……!なんて軽々しくいっていいものか分かりませんが、こういう物語は語り継ぐものがいないと風化してなくなってしまうのです……「ハズレ」というのが二つの意味を持っているというのも興味深く、そして何より、時代が導いた哀しい過去、言い伝えのおどろおどろしさがいい感じにマッチしていたと思います。地球温暖化然り、こういう怪奇現象然り、人間は罪作りな生き物なのだなぁと思ってしまいます……
書いた日:2017年06月07日
作者からの返信
返信遅くなりました、ありがとうございました!
テーマが閉鎖的な空間の風習でした。そういうところには外の人に言えないものがすぐそばに横たわっていて、それは普段見えないものなのかもしれないな…と。
当時は仕方なかったとしても、なくなったほうがいいものかもしれなくても、解決しないまま人の記憶から消えていくのは寂しさがあります。
…まあ、最後にこちらを覗いているのは新しい犠牲の上のボクレーなのですが。
書いた日:2017年06月27日
お名前:jupettoさん
読んでる途中でどうなるのかぞわぞわして、最後にふっと心が落ち着くような奥行きのある小説でした。面白かったです
書いた日:2017年05月30日
作者からの返信
ありがとうございましたー!
一人の力ではどうにもならない、村人全員で頑張ればなんとかなるかもしれない、でも誰もが受け入れてしまっていて解決するのは時間しかない…というのがこの話の少し虚しいところで書きたかったオチです。風習ってけっこうそういうところがありそうで…
書いた日:2017年06月27日