ハーミフル・アソート(前編)

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作者:jupetto
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読了時間目安:26分

この作品には残酷表現があります。苦手な方は注意してください

揚げなすさんのフレッド君、主催側のペルシャ、ウラノスをお借りしています。また、きとらさんのSaat Explorersの流れを汲んでいます。ただし、明確にあの話の続きというわけではなくパラレルと思っていただいて構いません。

願いが叶う伝説のある島、ユウオウ島に二人の少年が向かった。片方は毒に選ばれ、片方は霊に愛された者。似た者同士の出会いは、何を生み出し、壊すのか。
 僕の前にはいつも”みんな”がいる。
悪人も、善人も。

僕の目にはみんなは誰かと一緒に事を為そうとしているように見える。
悪の組織も。それを止めるトレーナーも。

 きっと、僕はどっちでもない。
善人でも、悪人でもない。やりたいことがないから、どっちでもない。それが、僕だ。
だからうまく生きられない。だからみんなと違う。
そう、とっても、とっても、それはこどくなことだ。


 アリアドスの身体はとても不思議だ。先端がいくつもの微細な鉤爪となった足は30㎏を超える体で平然と垂直な壁を、さかさまの天井を歩くことが出来る。狙った獲物はどこまでも追い続けられるのだ。
何より特別なのは、アリアドスには追い詰めた獲物をその場で捉えず、一度敢えて逃がしてしまうことだ。勿論気まぐれや優しさではなく、住処に逃げる獲物にこっそりと一本の蜘蛛の糸をつけ、辿ることで巣にいる全てを文字通り一網打尽にするための狡猾な罠である。

 モルフォンに紫色の背に乗った少年は、アリアドスの蜘蛛の糸を辿っている。獲物も馬鹿ではないのか、あっちへふらふら、こっちへふらふらと不規則に逃げ居場所をわかりにくくしているようだが、無駄な抵抗だった。普段は子虫を求めて飛び回るモルフォンも、今は低空を早すぎない速度で移動することだけを考えているようだ。

「き、貴様は……何故ここがわかった!?」

 糸の終点、狙いの巣に入り込むと一度逃がした獲物が少年の顔を見るなり蒼白になる。警報を鳴らし、手持ちのアブソルを出した。即座に5人の護衛がやってきた。
少年は穏やかな笑みを狂気に歪めて、モルフォンから飛び降りる。


「一人で死ぬのは寂しいだろうから、まとめてあの世に送ってあげようと思ってね」

 
 答えとは言えない答え。ふざけるな、という言葉と共にアブソルの周囲で鎌鼬が渦巻いた。空気の刃がアリアドスとモルフォン、少年の体を切り裂いて紫色の体液を零す。
滴り落ちたそれは、地面を濡らし雑草をみるみるうちに萎びさせた。ポケモンも、少年も、この世のあらゆる有害物質を煮詰めたような存在に獲物には感じられた。選りすぐりの護衛達が己の相棒を呼び出すが、全く少年の笑みは崩れない。一撃で傷だらけになった少年は、新たにボールからペンドラーを出す。そして触れたもの全てを腐敗させそうな手で獲物を指さした。

「やれ、僕の蠱毒たち」

 まるでおつかいを命じるような、何の気負いも入っていない一言。5人の護衛たちは一斉に技を繰り出す。だが勝負は始まらなかった。

「オーダイルにサイコキネシス」

 アリアドスの念力が、オーダイルのハイドロポンプを捻じ曲げ、開けた大口にそのまま大量の水を流し込む。いくら水ポケモンと言えど、口から腹の中に膨大な水を入れられればどうなるかは想像に難くない。体の内から、水を入れすぎた風船のように破裂してぐちゃぐちゃの肉片になった。

「次にニドクインへ虫のさざめき」

 モルフォンが指向性のある音波を正面のニドクインに飛ばす。周囲からすれば、蚊の鳴く音を数十倍にした不快感を伴う音だが、狙った相手へのダメージはそんなものではない。
結果から言えば、モルフォンのさざめきはニドクインの鼓膜を破壊し、そのまま逆の耳を突き抜けるように脳にダメージを与えた。現代医学において弱い光や音を集約させて体内の結石を破壊させる例があるが、それをもっと強くしたようなものと思えばいい。三半規管を壊滅させられ、突進しようとしたニドクインはそのまま地面に倒れ伏した。起き上がろうとするが、虚しく芋虫のように地面を這うだけだ。

「……ラグラージにハードローラー」

 少年とペンドラーが何か嫌な思いででもあるのか気持ち悪そうな目でラグラージを見やり、ペンドラーは身体をエビぞりに丸めて突っ込んでいく。グロウパンチで迎え撃とうとしたラグラージに、そのまま回転攻撃――をしない。回転したまま、無数の前足でラグラージをホールドし、ラグラージと一緒に転がり続けた。壁に、床に、仲間のポケモンにぶつかりながら回転させられるその様はさながら中世におけるカタリナの拷問車輪のようだった。
 
「ルガルガンにからみつくで攻撃」

 迂闊に仕掛けるのは危険、素早い動きで翻弄しようとするルガルガンに、アリアドスは少しの間手は出さなかった。好機と見て背後からとびかかるルガルガン。
だが、どんな早い動きも蜘蛛の巣を揺らさずに通り抜けることは出来ない。既に勝負は終わっている。
動き回っている間も少しずつ絡みついていた蜘蛛の糸がアリアドスの意図で一気に強固な縄となって、ルガルガンを壁に磔にした。さらにその糸には『蜘蛛の巣』『エレキネット』『ねばねばネット』『ベノムトラップ』の効力、及び無数の毒が仕込まれている。
 ルガルガンがもがき苦しみ、そのトレーナーが必死に助けようとするのを少年は嘲笑う。

「無駄だよ。その糸はよく伸び、よくくっつく。アリアドス以外には剥がせない。……最後にリーフィアをヘドロ爆弾」

 モルフォンの羽根から跳ぶ鱗粉は、純粋な猛毒の塊。震えあがるリーフィアに容赦なく襲い掛かる。体中に浴びせられた毒液は爆薬のようにリーフィアの清浄な新緑で覆われた体を蝕みつくし、まるで別のポケモンのように体を変色、変形させて倒れた。進化前のイーブイの細胞が不安定なせいもあるのだろう。

 行われたのは勝負とは呼べない、一方的な虐殺だった。ペンドラーに弾きずり回されたラグラージも、無抵抗に朽ち果てる。護衛達は相棒を惨殺され絶望し、また迂闊なものはモルフォンの鱗粉の余波を受けて倒れ伏していた。

 最後に残った獲物とアブソルは、驚愕と恐怖に支配され、後ずさりしようとする。だが足は震えていた。自分はここへ逃げてきたのではなく、毒虫の坩堝に閉じ込められたのだと理解してしまう。
 少年は獲物を見て、つまらなさそうに目を細めた。

「ああ、まだ一匹いたね。メガホーンでアブソルを攻撃」

 ラグラージをなぶり殺したペンドラーが、今度は大きな角を振りかざし巨体に似合わぬ速度で一気にアブソルに突っ込む。その角は、アブソルの体を吹き飛ばすことすらせず。
まるで串刺し処刑のように、喉から尾までを一刺しした。早贄のようになったアブソルを、器用に放り捨てる。

「あっけなかったね。これじゃ退屈しのぎにもならない」

 まるで積み木の城を作るように築かれた死体を、少年は幼子のように見つめる。獲物は到底叶わないことと知りながら、命乞いを始めた。

「ま……待て!ウラノス様に背いたことは謝る!許してくれ!私には……私には病気の娘がいるんだ!なんとしても、ジラーチの願いが必要なんだ、お前達に仇名すことは決してしない!」
「へえ、そうやって言い訳すれば他の組織も許してくれた?」

 少年はにやにやと命乞いを聞いている。少年は悪の組織に与する立場で、獲物は少年の協力する悪の組織を裏切った立場だった。少年が聞いた話によれば、獲物は前にいた別の組織も裏切り、今の組織に鞍替えしてまでジラーチに願いを叶えさせる方法を模索していたらしい。前の組織からは、上手く逃げ延びたのだろうがもう終わりだ。

「頼む……そうだ、見逃してくれればジラーチの願いを叶える際にお前の願いも一つ叶えてやろう!お前の過去は知っている。今から人生をやり直してまっとうに生きたいと思ったことがあるはずだ!」

 少年は、悪の組織の界隈においてはそれなりに有名人だった。毒虫の坩堝で育ち、最強の毒虫を従えて気まぐれに組織に協力と利益を、時には破滅をもたらす存在。己を『こどく』そのものだと表現する彼の人生がいかに狂っているかは、噂だけでも片鱗は察せる。

「へぇ~魅力的だね。確かに僕にもやり直したい過去の一つや二つはあるかな」

 全く本気にしていない様子の少年。別に今更平穏な日常が欲しいとは思わない。望むとしたら、これまでの旅路で失った仲間の蘇生だろう。それも特別望みではなかった。

「でも命令だし、どうしようかなぁ。殺すのもつまらなさそうだし……ねぇ、君はどう思う?脅しとけば邪魔はしないんじゃないこの人」

 ここで獲物を殺すなど赤子の手をひねるより簡単だ。しかしいささか面白みに欠ける。なので少年は後ろに声をかける。
少年の後を追うようにして現れたのは、毒への対策であろうガスマスクを手にした愛嬌のある美少女だった。美少女は凄惨な場を見てため息をつく。

「何言ってるんですかもう~。変な茶茶はいれずにさっさと裏切り者は始末してください」

 そして、当然この少女も獲物の味方ではない。組織の制服にうさ耳をつけた彼女こそ獲物が裏切った悪の組織の幹部であり、この少年に始末を命じた張本人であった。少年の悪ふざけに、頬を膨らませて怒りをアピールしている。それを見て怖くないと思うやつがいるなら、そいつは少女の本質を知らないだけだ。少女の背後に控える団員たちが、それを物語っている。

「まあまあ。なんか大事な人がいるみたいだし、組織を勝手に抜けたってだけで別に何か計画を邪魔したわけじゃないんでしょ?話を聞いてあげるくらいはいいかなって」
「彼の研究のためにコスモ団がいくら出したか教えましょうか~?あなたへのお給料100年分でも到底及びませんよ。病気の娘だか妻だか知りませんけど、勝手に組織を抜けて研究成果を持ち逃げなんて許されません。勿論始末した後この研究所を丸ごと調べ尽くしますが」

 獲物の巣は、ジラーチに関する研究結果をまとめる施設だった。単に裏切り者を始末するだけでは組織の損失は戻ってこない。故に少年の出番というわけだった。

「言い方からすると、病気のなんとかがいるのは事実なんだね?」
「……そーですよ。まさかあなたが情に絆されたとか言いませんよね?」

 獲物は、二人の会話に口を挟めない。二人とも口調こそ穏やかだが、余裕の現れにすぎない。余計なことを言えばその瞬間死ぬ。

「いやあ、大事な人を残して死ぬのって気が気じゃないかだろうと思ってね。その人の居場所ってわかる?」

 わかるはずがない、と獲物は思った。守るべき人がいる場所の情報を残しておくほど、獲物は迂闊ではない。少女もその質問には難色を示した。しかし、意味合いは違った。

「……わかりますけど~。さっきからどうしたんですか?」
「な……!?」

 獲物は思わず声を出した。瞬間二人の目がこちらを向く。二人は人間のはずなのに、くろいまなざしを使われたように動けない。

「我らがコスモ団を、ウラノス様を舐めてもらっては困りますね~。そんなもの、あなたがうちに入ってきた時から知ってますよ。もう処分の準備も出来てます。さて、そろそろいい加減に仕事をしてください」
「ここを暴き出して丸裸にした時点で仕事はしてると思うんだけど?もう君のポケモンでもこの人殺せるでしょ」
「幹部というのは部下を動かすものなんです~。私がここにいるのは裏切り者の抹殺を確認するのと、研究結果を持ち帰るため。荒事はあなたの仕事ですよ」
「はいはい……じゃあやろうか、アリアドス。せっかくだし『アレ』にしよう」
「待て!娘は、アンラは何も知らない。私とは無関係なんだ!だから、アンラだけは……」

 土下座する獲物に少女はため息をつき、少年はわざとらしく悲しそうな顔をした。

「無関係なんてひどいな。大事な大事な娘なんだろう?……だから、一緒にあの世に行け」

 それが死の宣告だった。アリアドスが博士にゆっくりと近づき、首筋に頭の角をぷすりと指す。先刻のような派手な無残さはなく、うめき声をあげて博士はぴくりとも動かなくなった。
少女が近づいて確認するが、いまいち死んでいるのかよくわからない。

「……殺しましたか?」
「似たようなものだね」
「それじゃ困ります~。はっきり殺すか、納得のいく説明しなさい。幹部命令です」

 やれやれ、と少年はペンドラーをボールに戻しながら緩やかに答えた。

「ざっくり言うならこの人は生きてるし、放置しておいても毒で死ぬことはないよ。ただ、もうこの人は自分の意思で指一本動かせない」
「神経毒ですか?」
「医学的な区分は知らないけど、多分そういうやつだね。ちゃんと脳は生きてるし目も見えてるよ。――せっかくだからさ。組織を裏切ってまで助けようとした人が死ぬのを見てから死んだ方が未練無く死ねると思わない?」
「……えげつないですね~。見せしめとしては面白い趣向なので、そういうことなら許しましょう」

 少女は、外道極まる少年の行いを否定しなかった。じゃあ目の前で娘さんのスプラッタでも見せてあげましょうかーと呑気に言っている。

「やだなぁ。これでも良心に則ってやってるんだけど」
「あなた的にはそうなんでしょうねぇ~こわいこわい」

 少年の価値観は、歪んでいる。死に瀕したポケモンがいれば死なせてあげることで『助け』、誰かを救うために命を賭けた人を見ればその誰かを殺めることで未練から『救う』。
そう考えなければ、精神を保てないような過去があった。具体的に何があったかは、穏やかな笑みからは決して語られない。

「じゃあ荒事は終わったし、後は任せていいよね?」
「いいですよ~。ただしあたしからの呼び出しにはすぐ応じること、いいですね?」
「わかってるよ。最近は暇だし」
「あたしたちの任務は暇つぶしですか。……そういえば、最近は彼に頓着していませんね」

 ヴェスターには、想い人がいる。明確な信念を持ち、悪をその手で裁く青年の心の強さに恋い焦がれている。以前は殺し合うために暇さえあれば追いかけようとしていたが、最近はその素振りを見せない。

「どうにも、彼は今よそ事に手が離せないらしくてね。それが終わるまでは待つつもりだよ」
「ああ、あのポケモンハンターといざこざを起こしたとか~?あなたが他人の事情を考慮するのは意外ですね」
「果実はしっかり熟すまでとっておいた方が美味しいからね」

 あのポケモンハンターとぶつかれば、実力的にも信念の問題においても、平穏無事には終わらないであろうことは察していた。ならばこそ、それが終わってから彼の答えを聞きたかった。

「相変わらずよくわかりませんが、まあ素直に言うことを聞いてくれるようになったのは嬉しいです。個人的ないざこざはほどほどにしておいてくださいね、ヴェスター君」
「わかってるよペルシャ。……それじゃあ行こうか、モルフォン」

 毒虫を操る少年、ヴェスターは再びモルフォンの背に飛び乗った。幹部の少女、ペルシャは苦笑する。

「よくその上に乗れますねえ。毒についてはあなたに言うまでもないですが、酔いません~?」
「慣れれば快適だよ。慣れればね」

 モルフォンの飛行は、一直線ではなく上下左右にバタバタと揺れる。そもそも常人なら毒の鱗粉が致命的なので彼以外にその背に乗れる人は見たことがない。
ペルシャの疑問にさらりと答え、ヴェスターはもう獲物のことなど気にも留めずに巣から出て、この島――ユウオウ島の探索を始めた。



 フワンテの手はとても不思議だ。ハート型のその手を垂らし宙を揺れるその体はあまりに頼りないのに、時々幼い子供の体を浮かしてしまう。
ゲンガーの背に乗っかる少年は、フワンテを風船のように持ちながら不安定に揺れる体を見ていた。
つかんでいる子供を連れて行ってしまうといわれるフワンテが揺れ流れ、人の命を奪いに現れることも珍しくないと言われるゲンガーの背に乗ることは、普通に考えて命の危機だ。しかし、その手を握る幼い少年は全く不安そうな様子は見せない。

「がーくんの背中は、ひんやりしてて気持ちいいね」
「がー」

 あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろと不規則なその視線は本来のゲンガーが持つ危険な性質とは異なる。以前フワンテが少年を運んでいた時、不意打ちを受けて少年を落としてしまったため、今度はそういうことがないように自分で運びつつ周りを警戒しているのだ。今は低空を早すぎない速度で安全に移動することだけを考えているようだ。

「がーくん、今日はどこいくの?」
「……がー」

少年フレッドは、自分を運んでいたブルンゲルに声をかけた。すぐに声は返ってきたものの、言いたいことははっきりとわからない。なんとなく、はぐらかしている印象を受ける。今日は手持ちのみんながそうだった。フレッドの手持ちである彼の目的地にはまだ着かなさそうではあるので、つまらなさそうにまたフワンテの手をいじり始めた。

「あさっての夕方には帰らないとだめだよー」
「がー!」
「うん、まかせたー」

 トレーナーはポケモンで移動する場合、ポケモンに対して指示を出して動いてもらうのが一般的だ。しかしフレッドは旅をするポケモントレーナーとしてはあまりに幼い。
グレーの短髪の下で揺れる顔立ちはどこか気弱で、へにゃりと笑う顔も快活というわけではない。ヒートロトムを模したプルオーバーのパーカーと半ズボンの出で立ちに、どうやら出かける時からゲンガーの背の上にいたらしいのが伺える、外出時としては異様な素足にスリッパ姿だ。
そんな彼は行先もポケモンに決められているらしく、それに従うのが当たり前だと思っているようだった。

「ぷわわ、『変な風』はこっちなの?」
「……ぷわわ」
「ほんとに?」
「ぷわー…」

 疑うフレッドの言葉にしょんぼりと肩を落とすフワンテは、ただ揺れているだけではない。彼らは目的があってサート地方を休日の間だけ旅をしていた。
今年七つを迎えた彼は本来なら親が旅を止めるような年齢だが、しかしそれをする親は今彼にはいなかった。親は『変な風』によって連れ去られてしまったのだ。
フレッドと、彼を守るゴーストポケモン達は当然両親を取り戻そうとした。いくつか手がかりを探してみたが、『変な風』に関する決定的な情報はわかっていない。そこでフレッドの保護者足るゴーストポケモン達は、ユウオウ島の伝説に目をつけた。
 『変な風』が両親を返してくれる保証はないし、具体的なことがわからない以上危険が伴う可能性も高い。ならばいっそ、『変な風』は無視してジラーチに両親を返してほしいとお願いすることは出来まいか、と考えたのだ。
 そのことはまだフレッドには伝えていない。伝えるべきではあるのだが、そもそも願いを叶えるという伝説自体が眉唾ものだ。出かける前に言えば、そんな方法より直接『変な風』を探そうと言われるかもしれないし、正論だ。
だが、ゴーストポケモン達は出来ることならフレッドを危険に晒したくないのだ。ゲンガーの警戒っぷりからも伺えるだろう。フレッドの父親によって集められたゴーストポケモン達は、それこそフレッドを我が子や弟のように大切に扱っている。お願い事で目的が果たせられるのなら、それに越したことはない。
ユウオウ島に到着してから、折角来たのだからお願いを叶える方法を探そう、と説得するつもりなのだ。
『変な風』とは直接関わることはないであろう気楽な旅。島に到着し、現地の人と触れ合いながら手がかりが見つければいい。と思っていた。

 
 


「うーん、あれはおとぎ話ですから……あの、周りが怖がるのでポケモンはボールの中にお願いしてもいいですか……?」
「……あんた一人かい?親はいない?冷やかしならごめんだよ」
「なんだその物騒なポケモン達は!うちの店を呪う気か!帰ってくれ!」

 ゲンガーがここに連れてきた理由を説明すると、がーくんが言うならいいよとフレッドは頷いた。さっそくお店を回りつつ情報収集を試みるものの、結果は散々だ。
ぬいぐるみ屋では相手はしてくれたものの、子供相手とおとぎ話の話しかしてくれず。漢方屋や工芸品の店ではたくさんのゴーストポケモンを見て門前払いされてしまった。後者二つは商品が子供には高い金額な部分もあるが、それ以上にこの島の人間は基本的によそ者を好まないらしい。

「こまったなあ……」
「がー……」

 ゲンガーと一緒に落ち込むフレッド。一応お金を出せば商品は売ってくれるのでジラーチを模した金平糖をぺろぺろ舐めているが、気晴らしにしかならない。
他の島に行った時は博士やルカ、リムの案内などがあったが、今は自分たちだけだ。とはいえ、今までが幸運だったのだろう。


 もしかしたら『変な風』以上の災厄が。今、彼らに迫っていた。


「ねえねえそこの君ー!僕に出来ることなら手伝おうかー!?」

 空からかけられた声は、遠くから呼びかけているため大きくはあるが、語気は穏やかだった。親切な人が来てくれたのか、と思うもつかの間。声の方向を見た瞬間、それは幻想だったことを知る。少年は鱗粉を飛ばし体を揺らしながら飛ぶモルフォンの上に平然と乗っている。、

「がーくん、がーくん、な、なにあれ……!」

 フレッドはいわゆる霊媒体質と言われるもので、霊的なものを引き寄せやすかった。生き物と認知されているゴーストポケモンから、怪談やおとぎ話に出てくるような妖怪・幽霊など様々なものを呼んでしまう。フレッド自身にはその力を認識することも制御することも不可能で、今よりさらに幼い頃から見えるべきでないものと過ごし、なにかと神隠しや霊障の被害にあっていた。ある意味そうした事態は慣れっこであり、またそれらから守るためにゲンガーを始めとしたゴーストポケモンが守っているのだ。
 そのフレッドや憑き添うゴーストポケモンたちでもしばらく見た覚えがないほど、声の主が持つ霊は異常だった。
夥しいほどの毒虫。それに人、ポケモンの霊が、少年と周囲に毒の呪詛をまき散らしている。もし彼が一週間も同じ場所に留まればその場所一帯は毒で腐り落ち、十年は不毛の地となるだろう。
声の主はフレッドよりはいくらか年上の少年で、全身抹茶色の服に目やマントの模様など、ところどころが毒々しい紫色を放っている。傷だらけの顔、クマの出来た不健康な瞳が作る笑顔は不自然なほど穏やかだ。普通の人間なら、仮にポケモンでもここまでの霊に憑かれれば呪い殺されるか、廃人になっているはずだ。それほど彼の受けた呪いは強い
何より悍ましいのは少年に憑いている霊には、自分がどうして少年に憑りついているかもわかっていない、生まれたばかり(言い換えれば死んだばかり)の霊も何体かいることだ。それはすなわち、この少年はつい最近も平然と恨まれる形で誰かを殺めている。

「ねえ、君は独りなの?親はいない?」

 何かを期待するような少年の声に、フレッドへの敵意はない。だがそれは近づけて安全であるということにはならない。あれだけの霊を背負って笑える生き物が、正気であろうはずがない。
怯えるフレッドを助けようとするように腰のボールがガタガタと震えて出すように頼み、ゲンガーは二人に割って入る。舌を出して威嚇するゲンガーを、虫に呪われた少年は興味深そうに見つめて、モルフォンから飛び降りる。こいつはフレッドに近づけてはいけないと、着地の瞬間にゲンガーはシャドーボールを少年にぶつけた。漆黒の弾丸が直撃し、少年が吹き飛ばされる。モルフォンの羽音が大きくなった。いつでも虫のさざめきを使える体制を整えたようだ。モルフォンは、フレッドにもわかるくらい周囲への憎しみ、難しく言えば殺戮衝動に満ちている。

「へえ~すごいねそのゲンガー。さっきの連中とは比べ物にならないくらい強い。とはいえ、戦いたいわけじゃないんだ。話をさせてくれないかな?」

 少年の体は、更にボロボロになっていた。体のあちこちが黒ずみ、一つ堰をすると少なくない血が吐き出される。濃紫に染まった血は、地面に触れると強酸が金属を溶かすような音を立てた。だが穏やかな声には一切の変化がない。指揮者のように右腕で合図をするとモルフォンの羽音が止まる。立ち上がると、そのままこっちに向かってくる。 だがその前にフレッドの手持ち達が、息子を守るように立ちはだかった。

「参ったな。本当に何も悪いことはしないよ?戻れ、モルフォン」

 明確に敵意を向けられてなお、表情の変化は苦笑のみ。あまつさえ、少年は躊躇いなくモルフォンをボールに戻し、両手を広げて何も抵抗する気がないことをアピールしている。……この隙に一斉攻撃を仕掛ければ、少年を気絶させて逃げることはできるかもしれない。だが、6匹のうち最もかしこいランプラーが皆に耳打ちする。
ここで下手に手を出して怒らせたが最後、勝っても負けてもフレッドの心は一生消えない傷を負うだろう。手加減できる相手ではないが、殺してしまって彼に憑りつく呪詛がフレッドを襲いでもすれば本末転倒だ。
 幸いにして向こうに現状敵意はない。そして、これだけの霊がついていれば『フレッドに敵意を向けようと意識する直前に霊は反応する』はずだと。
ならば、フレッドのためを思えばむしろここは話をさせて極力刺激しないように帰ってもらうしかないのではと。
 ゲンガーやバケッチャ、フワンテは危険すぎると反対したが、じゃあ他にどうするんだと言われて反論できなかった。
約5分、ゴーストポケモンとフレッドたちの話し合いが終わる。その間少年は愉快そうにその様を見つめて待っていた。

 フレッドは既に泣きそう、というか目に涙をためてゴーストポケモンの後ろから少年に話しかける。話しかけようと決めてから実際に話しかけるまでたっぷり一分かかった。

「ぼ、僕フレッド……お、お兄さんと。いっしょにいるのは、誰……?」

 怯え、警戒されているのがはっきりわかる声だが、少年は気にせず自己紹介した。怯えられるのはいつも通りだからだ。


「僕は“こどく”のヴェスター。一緒にいるのは……そうだね、旅の道ずれってやつかな」


 “こどく”とは蠱毒で、孤独だ。一つの壺にありとあらゆる毒虫を詰め込んだ空間に放り込まれ、最強の毒虫達を従え独り生き残った少年は、この世の全ての毒を取りそろえたに等しい。
 毒虫に恨まれた少年と亡霊に愛された少年は、近しくて遠い。そんな二人が出会った時、互いに何を思うのだろうか――。

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