彼は今日も孤独だった。
この世にただ唯一のものとして生まれた時から運命はそのように定められていた。
ひたすらじっと、身を潜めて幾千幾百もの時を過ごし、近づくものを全て追い払い、そうして孤独を守り続けてきた。
しかし、彼が孤独を愛することはなかった。
気まぐれに人々の前に姿を現しては、衆人を魅了し、あるいは畏怖を与えることもある。
時には災害を引き起こし、一帯を不毛の地に追いやることもある。
しかし、それは彼にとってはただの散歩であったり、癇癪を起しただけに過ぎない。
ただ、それは彼以外の何物にとっても日常から逸脱した事象として捉えられざるを得なかった。
同格として争える友、あるいは語り合える友がいないことは、それがつまり彼が孤独である原因の一つでもある。
そうして、孤独を嫌い、嫌えば嫌うほどに世界は彼を孤独へと祭り上げた。
彼は自らの境遇を呪い、世界を呪い、また大いなる諦めの感情を持って、その日も眠りについた。
しばらくして彼が目を覚ますと、年端もいかない人間が目の前に佇んでいた。
彼を目の前にしても恐れるような雰囲気はなく、感情らしい感情は読み取れないが、確かな自信と、少しだけある種の絶望感も感じ取れた。
その人間が何かを語ることはなかったが、なぜか彼はその人間に自分を重ねて見ていた。
力を手に入れるのは楽しい。しかし、手に入れた強大な力を発揮する場所がない。
自らを倒し得る者を無意識のうちに求め、そうしてさらに力を増していく。
この人間も孤独へ向かおうとしている。ふと、そう感じてしまった。
今更、友と語らうことを望んだりはしない。ましてや相手は人間である。
しかし、手加減の上で、相手ぐらいはしてやってもいいだろう。本当に、ただの気まぐれとしか考えられないが、それでもそう思えたのは後にも先にも初めてのことである。
眼前の相手に改めて、しっかりと向き合うと、その人間はボールから一体のポケモンを繰り出してきた。
そのポケモンは彼に対して少しだけ足がすくんでしまっている。
しかし、それでも両目はしっかりと彼をとらえている。
その瞳に、彼はポケモンが持つ、人間への信頼とそこから生まれる勇気を見た気がした。
そして、それは戦いが進むにつれ確信へと変わっていく。
人間が的確に指示を出し、ポケモンはそれにこたえ、期待以上の動きを見せる。
種族など関係なく、互いに互いを認めているからこそ生まれる一体感があった。
彼の中には、今まで人に飼いならされるポケモンを実は馬鹿にしている部分があった。
彼が求めるのは対等の相手であり、主従関係は望んでのである。
しかし、自らがある意味で認めた相手と、そのポケモンとの戦いの中で、彼はその考えを改めざるを得なかった。
この人間は孤独へ向かっていると思ったが、しかしポケモンとの信頼関係がある内は孤独になりようがない。
その上、そのポケモンと人間はもはやお互いにとって同志といえるほどであり、自分とは全く違う存在である。彼はそう思った。
彼は世界に必要とされていないが、この人間は少なくとも仲間のポケモンにとって代えがたい存在であった。
勝負も中盤。善戦しているとはいえ相手は肩で息をしている。
もとより相手のポケモンと彼とでは地力が違う。彼にとってこの程度蹴散らそうと思えばわけないのだ。
そのとき、人間は別のボールに手をかけ、それを彼めがけて投じた。
そしてボールが発する光に包まれ、彼はその中に吸い込まれた。
なるほど、このボールで彼のことを捕らえるつもりらしい。
もちろん彼は抵抗しようと思えば簡単にできる。
この人間と出会う以前の彼であれば、間違いなく怒り、暴れ、そうして、もしかしたら人間を殺してすらいたかもしれない。
しかし今、彼の中には抵抗の意思など限りなく無いに等しかった。
彼は今まで孤独を嫌っていはいたが、その実、変化も嫌っていた。
自らが孤独であるのは世界が悪いのだとしか考えていなかった。それ以外に原因があるとは思いたくもなかった。
しかし今は、そんなくだらない自尊心よりも、先の勝負の中で感じたことに対する興味のほうが大きかった。
自らと同じものを唯一感じた人間と、その人間と信頼しあえるポケモン。そんなことが有り得る環境に自らを置くことに対する興味である。
つまり、人間についていくのもそう悪いものでもないのかもしれないと考え始めていたのだ。
未来がどうなるかなど誰にとっても明らかなものではないが、孤独という安息から抜け出すために、とにかく彼は一歩踏み出そうとしている。
このとき、彼は初めて世間を呪う傲慢さを捨て、そして一匹のポケモンとして、この世に生を受けたのだ。