香のくゆる町

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作者:揚げなす
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読了時間目安:7分
どことも言えない中東風味。ダーティでスリリングな一面も裏を返せば乙なもの。
砂埃が舞うその街は独特の空気を持って夕暮れの中に佇んでいる。
あちらこちらから様々な匂いが立ち込めているが、そこを根城とするポケモンたちはもはや慣れてしまっている様子だ。
少々薄汚れたニャルマーが出店の垂れ幕の上で毛づくろいをしている。
昼の街は普段、旅行客向けの店の列が立ち並んでいる。火の灯る香から出る白い帯がたゆたう薄暗い店内に、何十種類もの香や本物かどうかもわからないような装飾品、手作り感のある布小物にキラキラと反射する民族工芸が所狭しと並んでいる。
いかにも胡散臭気なその街は、夕闇が空を覆うのに合わせて金網て囲まれただけの粗末な街灯をちらほらと灯らせていく。走光性のポケモンたちがそれとともに居住まいを変えていった。
夜を迎えれば街の怪しさはいよいよ増し、遠目にスモッグで霞むそこはいっそ幻想的ですらあった。

そんな街の一角にある宿を今夜の根城に据えた旅人がひとり、誘うように光る街を眺めていた。
スモッグと砂埃で煤けているはずの空気がこの街を不思議と魅力的にみせる。

「清潔じゃないけどなんかキレーなんだよなあ。」

旅人の青年はそう呟いた。都会によくあるようなネオンも、全体的に低い建物の中ではあからさまに浮いていて面白い。路地ではヤブクロンたちが跋扈し、繁華街ではモクモクと食べ物の屋店から出る煙が客引きをしていた。
こういう夜店で食べるものって美味しいんだよなぁ…ふかふかの肉まんや焼きたての串料理を想えば、夕食をとうに済ませた小腹がきゅうっと切なくなる。
旅人、デリックは思い立って宿にキーを預けると、荷物を持って街へくり出した。
青年一人とはいえ夜この街を出歩くのはなかなかリスクが伴う。スリやひったくりを始め、強盗などにも遭う可能性がある。にもかかわらず、街は未だ地元民たちの活気で溢れていた。
夜目の利くレントラーを連れ立って夜店を渡り歩けば、蒸気を上げる肉まんや初めて見る郷土料理に目を惹かれる。無数に張り巡らされた配管の傍では餌付けされたコラッタやポチエナが安心しきったように転がって眠っていた。
デリックの姿を見留めた店先の主人たちが、珍しいものを見た、という表情を隠さず嬉しそうにセールスをし始めた。

「兄ちゃん旅人だろ?これ食ったことあるかい?」
「何それ?ゲテモノはやだなー」
「食ってみりゃ旨いんだって!」

調味料でおおわれているものの、いかにも何かの生き物そのままですと言わんばかりの造形にデリックは顔をしかめた。しかし目は逸らさない。旅人たるもの未知を求める好奇心も少なからずあったりはするのだ。
迷っていると、反対側からも声がかかった。

「じゃあこっちはどうだ?この地方ではよくある食べ物だ。どこでも見ただろ?」
「あっ、それ前食べた。美味しかったし2つもらうよ!レントラーの方は味付け薄めでお願い。こっちの姿焼き?もちょっと気になるし、2本!」
「サンキュー兄ちゃん!」
「よし、ちょっと待っててくれよ!」

そんな光景が何度か続いたあと、電球や調理の熱の熱気に中てられたデリックは少し涼を求めて道を外すことにした。
少し奥まった場所に行けば迷ってスラム街に行きついてしまう可能性がある。注意しながら灯りの無くなりきらない場所を選んだが、それですら少しばかりスリルを感じた。それも年若い青年にとっては夜店の食べ物へのスパイスになる。
舗装の行き届かない剥き出しの地面をじゃりじゃりと渡り、深い闇が覆う路地裏を横目に戦利品を頬張っていたデリックは、不意に自分に身を寄せてきたレントラーの頭を撫でた。

「なんだいレントラー?」

手のひらを受けながら低く喉を鳴らすのは、愛着の証ではなく警戒だ。薄闇の中で淡く光るその眼は先ほどの路地裏を見ている。

「まあ、こんな身なりだしな。」

自分のくすみも型崩れもないピカピカの服を見下ろしてデリックは苦笑いした。
旅行客と一目でわかる彼は、今まさに闇から這い出ようとしている「彼ら」には格好の餌食に見えていることだろう。先ほどの夜店の主人たちも結局はそういうことだ。旅行客は金持ち。この街の誰もが知っていることだ。だからここに来る旅人達は皆、夜は出歩かない。
身を膨らませて地を這うような唸り声を上げるレントラーの背をポンポンと数度叩き、耳打ちする。

「大丈夫かい?撒けそう?」

相棒は目を逸らさず、無言で頷いた。それを見てにっこりとほほ笑んだデリックは、間髪入れずにその背に飛び乗った。
それを合図にレントラーの目が見開かれ、鋭い眼光の先にあるそれらを一直線に照らし出した。

「ダストダスにゴースト、ドガースにベトベトン…まさに集大成って感じ。後ろのお兄さんたちもなんか物騒だし。」

この街の薄暗さを形にしたかのようなポケモンたちと共に、刃物を携えた男たちが数人。全員突然の思いもよらない明るさに目を覆っている。
数秒待って手をどけ始めた男たちを見つめると、デリックは言った。

「顔は覚えた。行くよ。」

ひと鳴きして踵を返したレントラーは香の煙る街へと走り出した。明るさに慣れてからの暗闇に視界が追い付かないながらも追い縋ろうとする影は、あっという間に見えなくなった。
追尾を警戒して街をしばらく駆け続け、ようやく宿に戻るころには日が昇り始めていた。そもそも出かけたのが草木も眠るような時間だ。繁華街は夜の住民、眠りが遅い。
荷物はこんな治安の中宿においておけばどうなるかは目に見えていたため、すべて身に着けている。それが返って狙われる原因になったわけだが、つまりは借りていた部屋はもぬけの空だ。
チェックアウトも残り2時間ほど。デリックは身支度には時間をかけない方ではあるが、寝るには短い時間だった。

「部屋、借り損だったなぁ・・・」

宿の屋上で肩を落とした主人を横目に、一晩の役目を終えたレントラーは大きな欠伸を一つして、早々にボールに戻ってしまった。
スモッグと砂埃が朝日を浴びて街を白く淡くぼやけさせている。
徐々に眠りにつく灯りたちを見下ろすデリックの耳に、朝の住民たちの生活音が次第に聞こえ始めていく。
昨日見かけたムスクの香りを放つシュシュプが、階下の店先から不思議そうにこちらを見上げていた。
海外旅行におしゃれは厳禁。リスク管理は厳重に。

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