22話 ブランクアルター

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:24分
「ダークナイトが負けた」
 仮面の女がただそれだけを言い放つ。相変わらずなんて可愛げのないヤツだ。ただ、力量差は弁えている。まだ、「今は」勝てない。だから駒として動いてやる。なんたってオレは察することが出来る男だからな。今は寝首を掻く機会を伺う。
「ハハッ、ざまあねえ。だっせーコスプレ野郎が負けちまってあんたもそろそろピンチじゃねえの? あれは切札じゃなかったのか?」
「ここまでは織り込み済みだ。計画は最終段階だ。『どんな手を使っても良い』から、奥村翔達が持つAfを集めろ。貴様がいうお膳立てとやらも整ったのだろう?」
 こちらの煽りにはとことん反応しない。知ってはいたが、面白くもなんともねぇ。だがそれはもう些細なことだ。それを許容する器の広さも、我ながら憎くなるが備えてしまっている。デキる男はデキすぎて困っちまう。
「はー。ハイハイ。お望み通り、『詰め』に行ってやっか」



 風見からの電話が来て、目が覚めた。夜明けまで続く激闘を終え、亮太の下宿先で雑魚寝をすれば正午過ぎ。
 開口一番勝手に何をやっていると罵られるが、最後の最後によくやった、と言われたことは今も耳に残る。その言葉が蘇る度、ついにダークナイトを撃破したんだという達成感がぶり返す。
 あとはAfをばら撒いた張本人を突き止めれば、長かったAf事件に終止符が打たれる。恭介が言っていた、亮太にダークナイトとしての力を与えた存在である仮面の女がその候補の筆頭か。
 その辺りの報告を含め、この後風見の家に亮太を連れて集合することになっている。
 今もなお疲れて眠っているヒーロー、長岡恭介の世話は亮太に任せ、翔は軽自動車に乗って一先ず自宅のアパートに向かう。
 鮮烈に脳裏に刻まれたあの手に汗を握る攻防。ダーク・ナイトメアの攻撃を恭介が身を呈し、俺がダメージシャッターでさらに攻撃を弾いた瞬間。なんともいえない熱が、足のつま先から頭のてっぺんを駆け巡った。今まで感じられなかったものまで感じることが出来たような。そんな気がする。
 あの時はそこまで頭が回らなかったが、今になって考えれば一つの疑問に辿り着く。
 俺は自分の能力について何か根本的な誤解をしているのではないか?
 能力が見破れる亮太が仲間になったことだし、先程こっそり相談もしてみた。だが、亮太のオーバーズでは「能力者自身がその能力についてどう解釈しているか」の基本情報に加え、分類とある程度の制約しか分からないという。無論、能力名についても本人の認識が優先されるらしい。
 俺が自分の能力を、「相手の感情が分かる能力」と認識している。それに対し、亮太はその認識に加え、能力名、精神干渉系であること、そして同時に一人しか対象に出来ず、相手と目が合う必要があるという制約までしか分からない。
 もし自分の能力に認識の違いや違和感があるなら、それは自分で解決しなければいけない。と伝えられた。現に、その認識のズレで能力が変わった人間はいるらしい。
 それに関しては翔自身も思い当たる節がある。高校時代の友人、藤原拓哉(ふじわら たくや)もあることがきっかけで、他人を異空間に閉じ込めるだけの能力だったが、閉じ込めた後解放出来るような能力に変化した。
 とはいえ、頭の片隅に置いておくに越したことはない。ただの思い違いに過ぎない可能性だって十分にあるのだ。この手のものは大概、期待して外したときショックだ。少し寂しいが、おまけ程度に考えるのが吉。
 今はAfの一件についてだけ考えよう。ダークナイト然り、ダークナイトを影で操っていた仮面の女もステルス機能を持っているらしく、直接こちらから追いかけるのは難しい。ただ、ダークナイトをけしかけてAfを回収させようとしていたなら、向こうから接触があるだろう。となると、待つだけしかないのか。
 駐車場に車を停め、施錠した鍵を指先でキーホルダーごと回して遊ぶ。
 今まで追いかけて来ただけに、ここでお預けを食らうのは面白くない。何かこちらから仕掛けられないか。
そう思い、歩いているとふいに声をかけられる。
「よう、久しぶりだな。奥村翔」
 駐車場の出入り口に設置された自販機の上に、橙の髪、切れ長の目が特徴の男。声をかけたのはどうやらこいつか。
 ただ、久しぶりという言葉に対し、この男の人相に覚えが無いような……。こいつとは会ったことがあるのか?
「マジかよ! こいつは傑作。いや、流石にこのオレでも凹んじまうな。四ヶ月後の成人式が思いやられるぜ。思わねえか? いや、皆まで言わずともオレは分かるぜ」
 この気取った感じと妙な言い回し。聞き覚えがあるような気がする。それに成人式、と言った。つまり小中どちらかの同級生か?
「久しぶりだな。俺引っ越したのによくここって分かったね。で、今日はどうしたんだ?」
「無理すんなって! オレのこと覚えてねーんだろ? ま、髪の色変えたし、互いに良い思い出があった訳じゃないんだからさ。そんなオレから優しさをFor youってな」
 男はポケットから何かを取り出すと、それを指で弾いて翔に向けて飛ばす。ちょっと古臭いデザインのコインだが、あの日取り返せなかったコインだ。となるとこの男の正体は。
「それ、返してやるよ。もういらねーからな」
「お前は、雨野宮陽太郎(あめのみや ようたろう)……!」
「んー、遅え。五十五点だな! もっと早く気付けよ。五十五じゃあ単位認定降りねーな」
「俺を追い回して何の用だ。構ってくれる友達がいないのか?」
 その言葉に陽太郎は咄嗟に体が反応し、踵で自販機を蹴りつける。
「なんだ。成人式が近いって自分で言っときながら、物に当たったりその辺りは変わってないんだな」
「黙れよ。今からテメーらは俺に泣いてでも縋りたくなるからよ」
 陽太郎はポケットからカードを取り出し、それを翔に見せつける。
「Af! なんでお前が」
「優しいオレから耳寄り情報を更にやるよ」
 そう言って、陽太郎はAfを指差す。
「鬼兄弟とかが持ってたの、知ってんだろ? これをよ、いろんな奴らにばら撒いたのさ」
 全身が粟立つ。ニヤリと奴の口角が上がる。予感がする。ヤツの得意げで余裕のある笑み、一々こちらの怒りを煽り立てるようなその挙動。そして翔の知る限りならば、この男の目立ちたがり故のお得意な三文芝居。それが符合するものは一つしか思いつかない。
 陽太郎は右手の人差し指で、自分の顔を指す。
「オレだよオレ。Afはオレが最初に撒き始めたんだよ」
 満足気にそう言うと、こちらの顔を眺めてニヤリとし、耐えきれなくなったのか腹の底から笑い出す。
「最ッ高だなおい! やっぱ人が泡食ってる顔見るの、クセになりそうだ」
 左腕のデッキポケットを構える。今この場で全てを終わらしてやる。まだ亮太と戦ってから半日も経っていないが、オーバーズを使えば疲れも感じない。いくらでも戦える。
「まあ待てや。これだから早漏は困るぜ全くよォ。悪いが今は戦う気はねーんだわ。今日はズバリ宣戦布告しに来たってだけでさ」
「お前の意思など関係ない。今ここで全ての因果を終わらせる」
 陽太郎の舌打ちの音。だが、怒りではない。やれやれ、といった呆れた感情が、コモンソウル越しで伝わる。
「仕方がねえなあ」
 自動販売機の上で立ち上がると、陽太郎は指を鳴らす。すると自動販売機の影や、駐車場の他の車の影から、一、ニ、三……。合わせて三人の雨野宮陽太郎が更に現れた。
「なんだ……? どういうことだ」
 夢でも見ているのかと思い、目をこすり、軽く頬をつねる。が、それでも目の前の光景は変わらない。
「これがオレの能力。ブランクアルター。見ての通り、分身を作る能力だ。ま、上限作れる分身は三体」
「きちんとそれぞれ意思もあるんだぜ」
「幻覚じゃなくてよ、物理干渉系の能力なんだ。ちゃんと肉体もあってさ」
 車の影から現れた陽太郎が、近くの車を右手の中指の骨で叩く。コンコン、と音がする。幻覚ではない、という証明か。
「しかも持続時間はほぼ一日」
「何言いたいかわかるか?」
「今、この場で戦うのはオツムが足りねえってことだ」
「オレたちはそれぞれ異なるデッキを所持してる」
「一対四でやるなら別だがよォ」
 数秒程の静寂。ヤツらは動じる気配がない。ちょっとした煽りで狼狽えるヤツの心が、ここでは凪のように静かだ。その言動はブラフではない、と言ったところか。
 悔しいが、言う通りだ。構えた腕を降ろす。ここは一人では切り抜けられない。
「ハハッ、ま、さっきと違って今度は合格点だな」
「で、オレからもお前らとケリをつけたいんだわ」
 何処から声がかかるのか、同じ顔、同じ声に囲まれては流石にたまったものじゃない。
「ちょっと待ってくれ。お前の能力は確かに凄いのは分かった。分かったから一人が代表して話してくれ。集中して話しが聞けないんだ」
「おおっと。このオレとした事が気が利かなかったか! ちょいちょい~と調子に乗っちまったな。ま、用件よ。お前ら何人かツレがいるだろ? だからちょっとしたゲームをしようと思ってさ」
 話していた陽太郎とは違う陽太郎がカードを投げつける。キャッチして見てみれば、カードイラスト部には地図、テキスト部に住所と時間が書き込まれている。それが計四枚。指定された時間は全て九月十三日の午後三時。場所も二十三区外をも含む広域だ。
「オレらがそこでそれぞれ相手してやる。オレらはそれぞれAfを持って戦う。つまり、てめーらの勝利条件は───」
「全勝、か」
「今度は更に反応良いじゃん! 満点だな!」
「何が目的だ」
「なんだろね? むしろなんだと思ってるか聞かせてくれよ。なあ?」
 この男とは中学時代の同級生だった。見た目は多少変わっても、この男の本質は何一つ変わっていない。自分を優秀だとし、それ以外の他者を見下し小馬鹿にする。
 こいつにある程度の才覚があることは認めざるを得ない。だが、こいつの気まぐれで多くの人が何かを奪われたり、心を傷つけられてきた。
 そんな男がAfの一枚噛んでいるとすれば。これ以上好き勝手にさせるわけにはいかない。
「おいおい、怖い目だねぇ。ま、知りたければオレから聞きだしてみろよ」
 さてと、と陽太郎が自販機の上から降りて翔の顔を覗き込むよう近付き、低い声で耳打ちする。
「それよりさぁ……。お前まだ炎デッキ使ってんのか?」
 翔はそれに答えず、乱雑に腕を振って陽太郎を遠ざける。そして両手を上げておどける陽太郎を睨み付けた。翔に自覚はないが、その目は既にオーバーズを発現している。
「おー怖い怖い。ならオレの勝ちも決まったようなもんだな。ま、聞かなくても知ってたけどよォ」
 乾いた笑いを浮かべていた陽太郎の姿が薄れて行く。それだけじゃない、周りにいた分身の陽太郎の姿も二つ消える。おかしい、本体と分身で合わせて四人いたはずだ。
 最初から翔に話しかけていた陽太郎は分身の方であり、本体は物陰で待機。他の分身が現れた時に分身とともに姿を現していたのか。
 本体は翔が激昂していた隙に引き上げ、もはや翔の視界にはいない。
 握った拳の納め所を失ったまま、一人残された翔。狐に化かされたような不快感ともどかしさだけが迎合し、肚の中で下火になりつつあった。



 風見家のリビングに全員が揃ったのは午後二時頃。テーブルには希が焼いたクッキーが並べられ、ここに集った面々は皆思い思いに頬張っては感嘆の言葉を漏らす。
 ただ、一人居心地の悪そうに背筋を伸ばした亮太を除いて。
「まずはこれからの事を話す前に、これまでの事を整理する。生元、お前にも俺たちが持っている情報が合っているかをチェックしてもらう」
「……はい」
「おいおい! もうちょっと優しく言ってやれよ。亮太めちゃくちゃ縮こまってるじゃねえか」
 隣に座っていた恭介が亮太の背をバシバシ叩く。
 恭介からすれば亮太は友人だが、それ以外からすれば先日まではただの敵だ。そりゃ無茶だろう、と翔は言いかけたが、ややこしくなりそうだったので堪える。
「すまないな、これ以外に言葉を知らなくて」
「バカ、そりゃ流石に嘘だろ」
「いや、もういいよ。僕は僕で自分の立場を弁えてるつもりだから」
「……とにかく、進めるぞ」
 Afと呼ばれる非公認カードが、なんらかの影響かプレイヤーに過剰なダメージを与えている。そう聞いて翔達が風見に駆り出されたのは七月だ。
 幸いにも、大怪我は誰にも起きておらず風見の甲斐もあり、水面下で回収は進められた。そんな最中、鬼兄弟の徒党が今度は逆に翔達に取られたAfを奪い返そうと目論む。
 これが翔が薫とデートをしていた博物館の一件で、そこが初めてダークナイトと邂逅したタイミングだ。
 亮太も、そのときのダークナイトは自分で、当時のことは覚えているという。
その後恭介が鬼兄弟に監禁され、翔と亮太が戦うことになったとき。あのとき亮太は自分の正体を明かされるのを嫌い、オーバーズで翔の能力を防ぎつつ、コモンソウルで自分のAfを翔に渡して鬼兄弟を撃破。
「ここで鬼兄弟らを問い詰めたところ、Afは見知らぬ男からもらったと言っている。それはお前か、あるいは仮面の女ではないな?」
「僕ではない。それに男から貰ったと言ってるんだよね」
「そうだ」
「なら仮面の女ではないと思う。長い髪をポニーテールにしてるし、体つきははっきり女性だ。もちろん声も。まあ、僕が知る限りではあるけど」
 亮太曰く、ダークナイトの鎧のように自分の体を覆ったりしない限りは男とは思わないだろうとの指摘だ。となれば、その男の候補は一人しかいない。
「雨野宮陽太郎だな」
 翔の言葉を聞いた風見が小さく頷くと、再び視線を亮太に向ける。
「さっき会ったと言っていたな。それが筋だろう。生元、お前はそいつに会ったことはあるか?」
「いや、名前は仮面の女から聞いていたけど面識はないよ。翔君達を倒した後、戦うことになると言っていたけど」
「そいつの背後に仮面の女がいる可能性は?」
「どうだろう、高いとは思う。動き出すのが早すぎる。あまりにもタイミングが良すぎる」
「そうね。翔君が生元君の所からの帰り道ってことは、半日も経ってない訳でしょ? ダークナイトが負けた、って聞いたから動いたってのが自然よね」
「ちょっと待ってください。だとしたら、その仮面の女の目的は何なんですか? 生元さんと雨野宮って人がどちらも支配下にいて、最悪その二人を戦わせようとしたんでしょう?」
「じゃあなんだ? 俺たち以外なら誰がAfを集めてもいいと思ってんのか? そこで漁夫の利をしようってか」
「それは違うだろ。陽太郎は鬼兄弟にAfをばら撒いていたのに、その胴元が仮面の女ならば元々自分の支配下にあるAfをばら撒いた事になるんだぞ。それにヤツが誰かの下につくなんて考えづらい」
「考えられるのは二つだ。一つ、翔の言うように雨野宮陽太郎は単独行動をしている。お前達が戦っているのを陰で見ていれば不自然な点はない。そしてもう一つ。仮面の女が背後にいた場合。実はそれについては仮説を立てていて、検証を進めている」
風見の言葉で、場の空気が変わる。少し緩んだ雰囲気も、ピシャリと水を打ったようだ。
「ただそれには致命的には問題が一つだけある」
「なんだ?」
「以前踏矢という先生と会ったのを覚えているだろう」
 風見と美咲が戦う前に翔と恭介は一度出会っている。服装がだらっとしていてあまり良い印象はないが、精神エネルギーが物理干渉を起こしうるか、という研究をしているということは覚えている。
 風見はその踏矢准教授にAfを何枚か研究サンプルとして渡していたはずだ。
「俺の仮説が正しいかどうかは、踏矢先生の検査結果次第で明らかになる。が、それは同時に問題でもある。その検査結果の受け取り及びAfの引取りが、雨野宮陽太郎が指定した九月十三日。つまり、俺は雨野宮陽太郎との戦いに参加出来ない」
 一同に緊張が走る。風見の実力は皆知っているが故に、強力な戦力を失ったまま戦わなければならない。
 そこに恭介がちょっと待てよと一言制す。
「それは他の誰かが代わりに行っちゃダメなのか?」
「……悪いがそれは承諾できない。ちょっとした私用もあるんでな」
「そんなに大事な用なのか?」
「そうだ」
 間髪ない返答に、恭介は溜息を吐く。こういう頑なになったとき、風見は中々折れないことをよく知っている。それに風見もきちんと何が大事かの優先順位をつけているはずだ。きっと先を見据えた言動なんだろう、と類推する以上は出来ない。
 雨野宮陽太郎と戦うのは四人だが、この場にいるのは六人。風見は自分がいなくても戦えるだろう、と思っているに違いない。
「じゃあ仮説だけでも教えてくれよ」
「……正直なところこの仮説が当たる確証は三割程だと思っている。いたずらに不安を煽りたくはない」
「いやもう十分不安を煽られてるから」
  風見はふと目を丸くし、そうなのかと問う。居心地のまだ悪そうな亮太を除き、残り全員が首を縦に振る。
「Afがばら撒かれた目的は、Afを使わせることが目的だと考えている。その先に何があるかは分からんが、誰かがAfを巡ってAfを使いながら戦う。それがやつらの本懐かもしれない」
 それに意を唱えるのは、以前からAfを破棄すべきだと言っていた美咲だ。
「それじゃあ風見さん達がAfを使っていたのも───」
「まあ逸るな。もしそうであるという確証が得られれば、俺だってAfを破棄することを考える」
 嫌らしいやつだ。破棄するとは断言しない所が実に嫌らしい。だが美咲はそれで良いのか、あるいは不毛な揉め事を避けたいのか、簡単に矛先を収めた。
「とりあえず俺を除いた五人で雨野宮陽太郎と戦うメンバーを決めよう」
 雨野宮陽太郎が指定した場所はどこも距離が離れており、時間は午後三時に指定されている。二十三区内の私立大学、千葉は船橋市の住宅街、湘南方面のライブハウス、横浜方面のショッピングモール。
 ちなみに、風見が向かう踏矢の私設研究所は埼玉方面。午後二時から始まるという風見の用事が終わったとしても、間に合わせるようにどこかに向かうのは厳しい。
「雨野宮ってどんなやつなんだ?」
 恭介の声で我に帰る。苦い記憶の糸を辿ってでも、先に繋がる手がかりを引き出さなくては。
「極度の目立ちたがり屋だけど、相当な自己中で、まああまり対等な友人みたいなのはいなかったな。子分みたいなのはいたけど」
「性格もだけどなんかデッキ的な特徴はねえの?」
「……無い。勝つためならどんなデッキでも使う。でも俺を意識してるとは思うから、水タイプのデッキを組んでる可能性は高いと思う。まだ俺が炎デッキを使ってるのかと聞いてきたくらいだから」
「うーん、あんまり具体的なヒントにならないわねえ。まあ生元君みたいにデッキが尖ってる方がレアかしら」
「こればっかりは戦ってみないと分からないですね」
「後は勝つためなら手段を選ばない。もしかしたら指定した場所に分身がいなくて、別の場所に二人いる可能性もなくは無い」
 翔の眉間に皺が寄る。それをみかねた恭介が、鼻息を鳴らす。
「なあ、聞いて良いのか分かんねえけど何の因縁があったんだよ。やけに辛辣じゃん」
「……中学生の時の話だよ」
 中学時代、翔にはいつも(つる)んでいた親友が二人いた。幼少期に大阪から越してきた勝気な女子の宇田由香里(うだ ゆかり)、弱気な天才男子の冴木才知(さえき さいち)。
 翔の今は亡き父がポケモンカードを作っていたこともあって、翔が由香里と冴木にポケモンカードを広めた。クラスのムードメーカーだった由香里がカードを他のクラスメイトにも広め、校内でちょっとしたブームになった。
 それを面白く無いと思ったのが雨野宮陽太郎だった。話題の中心が自分じゃないというだけで、陽太郎はそのブームを潰そうとしたのだ。陽太郎は取り巻きと共にアンティルールを持ちかけ、いろんな人からデッキやカードを取り上げていく。
 やがて気弱な性格の冴木もそのターゲットにされ、デッキを奪われた。それに怒った翔が、取り巻きを蹴散らして陽太郎に挑んだが……。
「それで勝ったんだろ?」
「いや、負けたんだ。あいつは取り巻きを俺の後ろにこっそり立たせて覗き行為(ピーピング)をしてたんだ。でもそれじゃ引き下がれない。それで当時あいつが草タイプのデッキを使っていたから炎デッキを作って、もう一度挑んだんだけど」
「なるほど、それで勝ったのか」
「違う。負ける寸前のところで取り巻きが先生を呼び出して強制的に中断させられた」
「学校でやってたのかよ!」
「いやいや、今はそこじゃ無いでしょ! 確かに雨野宮君? 狡い手を使うわね」
「それで冴木のデッキは帰ってきたのか?」
 だんまりを決めていた風見が珍しく割って入る。それもそうだ。風見と冴木は同じ光に関する研究分野に励むライバルであり、友人でもある。無論、二人が知り合ったのはまだ三年足らずではあるが。
「いや、たぶん帰って来なかったはずだ。それでそのままポケモンカードのブームは去って、ヤツとはそれっきり」
「禍根はまだ残ったままってことですね。でも翔さん、炎デッキ使い始めたのはそこからなんですか?」
「ん、まあね。まだ当時の事を引きずってるのか、それか使い始めたらしっくり来たからか、どっちかは分からんけどそれ以来だな」
「えー! そうなのか!」
 恭介が思わず立ち上がる。その際に脇が亮太の頬を僅かに掠める。
「恭介君……」
 ギロリと睨む視線が、半日前の緊張感をふと想起させる。恭介は笑って誤魔化すが、それでは許してくれなさそうだ。
「すまん。でもそっかあ。俺も風見も翔とは付き合い高校からだもんなあ、なんだよ早く教えてくれよ」
「言って楽しい話じゃねーじゃん」
「まあ、だな」
「だからあいつがまたポケモンカードで何かやらかそうというのなら、今度こそ俺が絶対に止める」
「一人で気負うなよ。今は俺達はチームなんだから」
「ああ、分かってる」
 さて、と風見が一区切りを入れて、誰がどこに行くかを決める事になった。
 五人で四箇所に向かう都合上、二人ペアが一箇所だけ発生する。風見はそこに亮太と翔で組めと言う。つい先程まで敵だった亮太は、正直なところまだ信用が弱い。監視の目が必要という点で、特に異論はない。
「じゃあ一番遠い湘南を足がある俺が行く。一人ならバイクの後ろに乗せられるし、横浜まで連れて行くぜ」
「んー。じゃああたしは船橋かな。地元ではないけど、知ってる場所だから土地勘あるし。美咲ちゃん横浜お願いしていい?」
「え? はい、分かりました。大丈夫です」
「残った僕達がK大かな」
「近くて助かるな」
「案外早く決まったな。K大に翔、生元のペア。横浜は澤口、湘南は恭介、船橋に希。決行は九月十三日金曜日の十五時。こう言うと無責任にも聞こえるが、頼んだぞ」
「任せろって。名付けて十三日戦線ってとこだな! 俺らと雨野宮で決戦だ!」
「ああ、今度こそ決着をつける」



美咲「わざわざ送ってくださってありがとうございます」
恭介「また後で迎えに来るからさ、そっちはそっちで頼んだぜ!」
美咲「はい、ありがとうございます。もう後一歩の所まで来た以上、負けられません。
   次回、『奈落のゲームマスター』! これこそが、運と実力のイリュージョン!」

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想