私もやってみよう

しおりを挟みました
しおりが挟まっています。続きから読む場合はクリックしてください
読了時間目安:12分
 バトルフィールドに立つと、見慣れているはずのフィールドがいつもより大きく感じられた。
 反対側に立つライキの姿も普段NPCと戦う時より小さく見えて、チヒロの心に不安を煽ってくる。
 ただの対戦のはずなのに、胸の鼓動が戦いのBGMをかき消しそうなほど大きく鳴っていた。
 チヒロの傍には、チームメイトのトオルとリュウが控えていて、目の前に表示されているパネルを指差してあーだこーだ説明していた。
「まずはポケモン選びだよな。相手のパーティも公開されるから、出来るだけ有利になりそうなポケモンを選ぶのがコツ。」
 トオルの声を聞きながら、うーんと首を傾げつつも3匹をタップして選ぶ。
 タップした順に1匹目、2匹目、3匹目と選ばれる仕組みのようで、選んだポケモン達に1番目、2番目とマークが表示された。
 完了ボタンを押そうとしたら、トオルがその腕を掴んでチヒロの動きを止める。
「ま…待った!バトルが始まると、後の選択は制限時間内に決めなきゃいけないから、今ここで言っとくな!!」
「う…うん…!」
 ギュッと掴まれた腕から力が抜けて、トオルはちょっと偉そうな仕草をして話し始めた。
 畳みかけるように話すトオルの話を一生懸命聞きながらまとめると、こういうことのようだ。
 バトルの選択は、戦うか交代するか降参するかの三択で、時間内に決めなければならない。
 戦う場合は攻撃の指示を出す。出すタイミングはトレーナー次第のようで、かなりアレンジもきくようだ。
 交代は、文字通りポケモンの交代。
 降参するも、負けを認めてポケモンバトルを終了するという選択だ。
 絶対最後まで諦めるなよ!とトオルが言うので、きっと降参を選ぶ機会はほとんどないのだろう。
 なるほど、と心の中で呟くと、完了と書かれている箇所に触れた。
 それと同時に、個々のアトラクション参加カードにバトル開始の通知が流れ、チヒロとライキのバトル情報が表示される。
 お互いが最初のボールをフィールドに投げると、ドリュウズとガオガエンが登場して、目の前に行動選択のパネルが表示された。
 二人が最初の行動を選ぶまでは2匹は睨み合いを続けている。
 時折2匹の咆哮が響くたびに、思わず耳を塞ぎたくなるような音の波がこだまして、チュニックの裾がはためいた。
(すごい…バーチャルのはずなのに、本当にポケモンがいるみたい…!)
「大丈夫か?落ち着いて、自分の思うように全力でかかってこい!」
 ライキの言葉に、ハッと我に返った。
(もうバトルは始まってるんだ…!全力で…ぶつかってみよう…!)
「あっ…チヒロ!?」
 トオルとリュウがギョッとして慌てて声をかけた時には既に攻撃を選んでいた。
 チヒロはその腕のリングをキラリと光らせて、ポーズを決める。

 (これが…私の全力…!)

「ガオガエン…ハイパーダーククラッシャー!」
 Z技のポーズが決まると、ガオガエンが大きく吼えて、跳び上がりドリュウズに突っ込む。
 流石のライキも1撃目で『全力』の技が来るとは思わず、目を見開き茫然としている。
 ガオガエンのZ技が決まると、ドリュウズのHPがあっという間に0になった。
「………」
「さっすがチヒロ…」
 トオルの呟きは小さなものだったが、チヒロの耳にははっきりと聞こえて思わず振り向いてしまった。
「…あっ…私なにか駄目だった…!?」
「いいいいやいやいやそうじゃないけど!!チ、チヒロらしい戦い方だなって…!なっ!リュウ!!」
 慌てたような表情でトオルがリュウを見ると、いつも澄ました表情のリュウも僅かに目を丸めてチヒロを見ていた。
 だがすぐにいつもの表情に戻ると、努めて冷静に頷き返す。
「い…良いと思うよ、別にルールには何も違反してない。」
 その言葉にホッと胸をなで下ろすと、チヒロは小さくガッツポーズを取った。
 初めての戦いでまだ緊張しているけど、1匹倒した事が少し自信になる。
「なぁリュウ…」
「…何も言わないでやってくれ…。チヒロはああいう奴なんだ…」
 本人の聞こえないところで交わされるひそひそ話をよそに、戦闘は次の段階へ進んでいく。
 ライキも流石にこの展開は予想してなかったようで、次のボールを取り出しながら苦笑していた。
「これは俺もうかうかしてられないな、次はマリルリ、頼むぞ!」
「かわいい…!」
 ライキの次なるポケモン、マリルリ。その可愛らしさにバトル中ということを一瞬忘れてしまう。
 マリルリは可愛くウィンクしてみせると、腕を持ちあげてファイティングポーズを取った。
 その立ち姿は可憐で可愛いだけでなく、かなりの実力者であることがチヒロにも分かって、思わずごくりを唾を呑んだ。
「マリルリ行くぞ!たきのぼりだ!」
「あっ…!」
(しまった…こうかばつぐん…!)
 ライキ達の隙のない攻撃に押されて、回避の指示も何も出せず、ただ目の前の景色を眺めることしかできなかった。
 水タイプの技を思いっきり受けて、ガオガエンがガクッと崩れ落ちる。
 慌ててHPを確認すると、バーが0を表示していた。戦闘不能だ。
(すごい…これが普段トオルやリュウが見ている景色なんだ…)
 単純にシナリオ通りにアローラを旅して戦うのとは、景色が全く違うことに驚きを隠せない。
 戦っている相手が自分と同じ『人』であり、何が起こるか先が読めない世界。緊張感のあるポケモンバトル。
 一瞬の気の緩みや選択ミスが、勝敗を分ける。
 剃刀のような緊張感が辺り一体を包み込んでいるようで、慣れていないと息苦しかった。
「次はどのポケモンで戦うんだ?」
 ハッとライキの方を向けば、穏やかな糸目が次の選択を待っているのが見えた。
 慌てて次のポケモンを選択する。チヒロの2番手はアマージョだ。
「トロピカルキック!」
「アクア…いや、はたきおとすだ!」
 土壇場で何かを思い出して、ライキが指示する技を変えた。その僅かな遅れは、アマージョの攻撃をヒットさせるには十分だった。
 効果抜群の技を受けてマリルリが後方に吹っ飛ぶのと、チヒロの追撃の指示がほぼ同時に行われ、みるみるマリルリのHPが減って、やがて遂に0になる。
「やったぁ!!」
 あまりの嬉しさにトオル達が見ているのも忘れてその場でジャンプしてしまい、慌てて顔を真っ赤にしながら俯いた。
 倒したり、倒されたり。ちょっと前よりは少し慣れたかなと心の中で気合いを入れ直す。
 あともう1匹倒せば勝ちだ。
「大分慣れてきたみたいだな。でもそう簡単に負けないぞ。」
 あくまで落ち着いた声でライキが最後のポケモンを呼び出す。そのポケモンは大きく羽ばたくと、力強い咆哮で相手を威嚇した。
 最後はボーマンダ。その特性でアマージョの攻撃が1段階下がる。
 それでも攻撃しなければ相手の体力は減らせないと、もう一度トロピカルキックを指示した。
「だいもんじ!」
 ボーマンダにアマージョのキックが当たる寸前まで引きつけてからの大技に、チヒロもアマージョも驚きを隠せなかった。
 命中率に難のある技だって、至近距離で放てばヒットする。
 そういうことを見せつけられているようで、何も言えずにライキを見上げたら、大きく頷く様子が目に入った。
「このアトラクションはかなり技の自由度が高いみたいで、工夫次第で命中率の低い技も当てやすくなるよ。」
「すっげぇー!!!」
 バトルの成り行きを見守っていたトオルの叫び声が響き渡って、ビクッと震えた。見ればトオルは興奮して目を輝かせている。
「なー見たかリュウ!!俺あの手の技はいつも祈りながら使ってたけど、狙って撃てるんだぜ!?すごくねー!?」
「…わ…分かったから…ッ!落ち着け、隣でそんなに大声出すな!!」
「落ち着いていられるかよ!!」
 トオルから溢れ出るオーラが眩しくて、大分うるさくて、方々からあからさまに嫌な顔で睨まれたが、テンション上がりまくりのトオルには届かなかった。
 興奮と感激と期待で盛り上がる外野とは裏腹に、チヒロは予想外の戦い方と一撃でアマージョが倒されたことにうろたえてしまっていた。
 残りはあと1匹だが、炎技には強くないポケモンで、勝てる気は全くしない。
「チヒロー!あきらめんなー!勝負は最後までわかんねーからな!!」
 弱気になっていたチヒロの心を見透かしたように、トオルの声援がチヒロを繋ぎ止める。
(勝てないかもしれないけど…最後まで…戦わないとライキさんに失礼だよ…ね…)
「最後はジバコイル!頑張って!」
 思い切って投げた3匹目のボールから勢いよく飛び出すと、感情の読めない眼がボーマンダを捉えた。

 「ほうでん!!」
 「だいもんじだ!」

 電撃と火炎が空中でぶつかりながら両者に降り注ぐ。
 その迫力で衝撃波が発生し、大地の砂が巻き上げられて、チヒロにも降り注いだ。
 あまりの激しさに腕で顔を覆い、息を潜めてやり過ごす。
 爆風が過ぎ去ったのを感じてフィールドに視線を移せば、息切れしながらジバコイルが宙に浮いていた。
「ラッキー!ジバコイルの特性、がんじょうだったんだな!!」
 トオルの弾む声をどこか遠くで聞きながら、向こうを凝視していると、流石にボーマンダを一撃で倒すのは無理なようで、息を切らしながらも何とか立っている。
 大きく息を吐き出すと、もう一度攻撃の体勢に入って大地を踏みしめて身体に力を込め始めた。
 何かを考えるより早く言葉が出る。
「ジバコイル、もう一度ほうでん!!」
 渾身の電撃が四方八方に放たれるのと、大という形をした火炎が迫ってくるのが同時に映った。



***



「おつかれさま、良いバトルだったわ!」
「あ…ありがとうございます、シズクさん。」
「ライキ大人げないよー、ティーチングなんだしもうちょっと優しくしてあげなよ。」
「煩いな…、手を抜く方が失礼だろ。」
 バトル終了のアナウンスと共に、ブルーオーシャンの面々がチヒロに労いの言葉をかけてきた。
 チヒロもライキに手を差し出すと、握手しながらお礼の言葉を述べる。
 その輪の向こうから、トオルとリュウがゆっくり歩み寄ってきた。
「おつかれ!」
「初めてにしては良いバトルだったと思う。」
「トオル…リュウ…!」
 二人の温かい言葉に、思わず視界が揺れた。
 チヒロの様子に驚いた二人が、慌てて近づいて顔を覗き込んでくる。
 零れ落ちる涙を必死に拭いながら、震える声で絞り出すように今の思いを口にした。
「ち…違うの…!負けて悔しいというか…バトルが終わって…ホッとしたというか…その…!」
 先程までの張りつめていた気持ちが一気に弾け飛んで、湧きあがってくるこのなんて言えば良いのか分からない感情に、言葉も上手く出てこない。
 何も言えずにただ泣きじゃくるチヒロに、トオルはギュッと手を握ってみせた。
「大丈夫だって!チヒロは一人じゃない。俺やリュウもいるし、一緒に慣れていこうぜ!」
 にっかしと笑うトオルの傍で、同じようにリュウもチヒロの手を握った。
「そうだよ。一緒に頑張ろう?」
 優しく声をかけてくれる二人の表情は凄く穏やかで、だんだんチヒロも落ち着いて、二人の握ってくれた手を握り返した。
 思ってたより大きくて温かい手に少しびっくりすると共に、頼もしくも感じる。
 いつの間にか涙も止まって、チヒロは小さく微笑むことが出来た。


『個人戦が終了しました。各トレーナーにBPが付与されました。』

■勝者
 ライキ(ブルーオーシャン)

■バトル結果:ライキ
 ドリュウズ ×
 マリルリ  ×
 ボーマンダ ○

■バトル結果:チヒロ
 ガオガエン ×
 アマージョ ×
 ジバコイル ×

■獲得BP
 ライキ(ブルーオーシャン):10BP
 チヒロ(ピカチュウ☆ラブ):1BP
出す技に困ったら、とりあえずガオガエンのZ技を使ってます。
サンムーンもウルトラサンムーンも、私の相棒はガオガエンです。

読了報告

 この作品を読了した記録ができるとともに、作者に読了したことを匿名で伝えます。

 ログインすると読了報告できます。

感想フォーム

 ログインすると感想を書くことができます。

感想